10-02-2007 (Sat) 刑務所には絶対に入りたくない
■[本]『ミッション・スクール - あこがれの園』(佐藤八寿子)[B1200]
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- 作者: 佐藤八寿子
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2006/09
- メディア: 新書
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先日『三四郎』を観たとき(id:xiaogang:20070128#p1)に、「(小説の)美禰子ってファム・ファタルだよなあ」と思って検索していたときに引っかかった本。でもちょっと期待はずれ。
ミッション・スクールに対するイメージについて、でっちあげの不敬事件の新聞記事や、ミッション・スクールの女学生が出てくる小説によって論じているが、全体の中でのそれらの位置づけ(たとえば、小説に出てくる女学生の中でミッション・スクールはどのくらいの割合なのか)や、ミッション・スクール以外との比較(たとえば、公立女学校の生徒が出てくる小説の比較)がほとんどないので、単に著者の主張に合う都合のよい事例を持ち出しているだけのように見えてしまう。
そのことと無関係ではないと思うけれど、そもそも、西洋文化に対するイメージとミッション・スクールに対するイメージ、女学校一般に対するイメージとミッション女学校に対するイメージ、有名私立大学に対するイメージとミッション系大学に対するイメージなどの境界が曖昧で、それらをきちんと区別したうえで論じていないところが散見される。だから、著者は、ファム・ファタルに対する憧れとコンプレックスといった相反する感情と、それと表裏一体をなす良妻賢母称揚、といったことを言いたいようだけれど、それは、欧米留学した人が時々日本主義者になってしまったりするのと要するに同じではないのか。著者が主張するほど、新規な視点だとは思えない。
このように違和感を感じながら読み進んでいたところ、極めつけに不審な例に行き当たった。まず、昭和のミッション・スクールのイメージの例として、石坂洋次郎の『若い人』が取り上げられている。石坂洋次郎の小説はひとつも読んでいない(読みたくもない)し、映画化された『若い人』(たとえばasin:B0009OATQ2)も観ていないが、ミッション・スクールが舞台ではないほかの映画化作品を観るかぎり、「明るく開放的で自由」なのは石坂洋次郎ものの一般的な雰囲気ではないのか。そして特に不審なのはここからで、比較対象として木下恵介の『女の園』(asin:B000FHVVDS)が挙げられている。京都女子大がモデルのこの映画は暗くて重いけれど、そもそも仏教系の学校を舞台にした映画がほとんどないのに(少なくとも私は思い出せない)、『女の園』をその代表として出すのはあまりにも恣意的だと思う。
この本でおもしろかったのは、戦前の立身出世イデオロギーを表す言葉として「突貫」を挙げていることである。「突貫」という語はかつてはよく使われていて、肯定的な意味が強かったらしい。ここで
とちゃんと言及しているところまではよかったが、その『突貫小僧』に主演し、芸名が突貫小僧になってしまった青木富夫への言及がないのは寂しい。
■[食]ひろみの天ぷら

今日の昼ごはんは、鎌倉のひろみ(公式)で天ぷらを食べる。いつもはお正月に行くのだが、今年は鎌倉にいなかったので、今日ようやく行くことができた。
左は私が食べたつゆくさ(一番安い定食)、右はJ先生が食べた小津丼。小津安二郎が好んだ天丼を再現したというふれこみのもの。ファンなら一度は食べるべきかと思うが、でもお丼いやぁよ。ほうら、お丼じゃなくて、ごはんと天ぷらが別々になったの……のほうがいい。だいたい3675円もする天丼というのがどうも解せない。
■[食]日影茶屋の草大福

日影茶屋(公式)の前を通ると、「草大福」と書いた紙が貼ってある。つい、ふらふらと入ってしまう。日影大福のように焼き色のついたのではなく、ふつうの大福なのががっかりだが、季節ものなので買ってみる。ふつうにおいしかった。
■[映画]『暴動島根刑務所』(中島貞夫)(DVD-R)[C1975-V]
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- 出版社/メーカー: 東映ビデオ
- 発売日: 2006/09/21
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かつて『シティロード』を毎月すみずみまでチェックしていたころ、場末の三本立てなどで時々タイトルを見かけて以来、なんとなく気になっていた映画。やっと観る機会にめぐまれたが(DVDまで出てたんだね)、なかなかおもしろかった。1975年の映画だが、舞台は1948年ごろ。非道な刑務所の生活と、そこで起こる大暴動と、そこからの脱走が描かれている。
やっていることを見ても、顔つきを見ても、演じている俳優を見ても、どっちが職員でどっちが受刑者だかわからない。制服だけが両者を区別している。そのような刑務所で、刑期が延びるのも懲罰も気にせず、気に入らない奴はやっつけ(そのため金子信雄が早々に死んでしまって、J先生はえらくお嘆きのごようす)、暴動を煽動し、すきがあれば脱走する。そんな前後の見境のない受刑者が松方弘樹。これに対して、少しでも刑期を短くするため、模範囚となり、看守にも協力し、暴動に際しては、有利に和解して待遇改善を引き出そうとする受刑者が北大路欣也。この二人の配役がぴったり合っている。刑務所内では、二人の接触はほとんどなくてそれぞれのエピソードが並行して描かれ、終盤、舞台を刑務所外に移して初めて、二人を中心とするドラマが始まるのがおもしろい。途中、 松方弘樹が溺れかけた子供を助けるというエピソードが、そのあとの展開につながるだけでなく、ラストの伏線にもなっていた。



