12-08-2008 (Tue) メロドラマブーム
■[映画]『愛染かつら』(木村恵吾)[C1954-V]
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ダグラス・サークを観たらメロドラマが観たくなったので、大映版(鶴田浩二版)『愛染かつら』(goo映画)を観る(DVD-R)。わたしの知るかぎり、『愛染かつら』にはオリジナル版(上原謙版)[C1938-09]と松竹リメイク版(吉田輝雄版)[C1962-31]とこれの三種類がある(三作品とも婦長が岡村文子なのが笑える)。この大映版がいちばん知られていないと思うが、いちばんよくできていると思う。
大映版のいちばんの魅力は、もちろん主演の鶴田浩二だが、脚本も、細かいところがオリジナル版とは違っていて、いろいろと工夫が凝らされている。いちばんの違いは、鶴田浩二とヒロインの京マチ子が恋に落ちる過程である。オリジナル版では、以前から同じ職場で働いているという設定なので、パーティで歌の伴奏をしたというだけでふたりが急に接近するのは説得力がない。大映版の場合、パーティは鶴田浩二が博士号を取ったお祝いということに変えられており、しかも伴奏のあとにふたりきりで話すシーンも用意され、この日初めて言葉を交わすという設定になっている。さらに一緒に手術を担当し、仕事のうえでもお互いを認めるというように、ふたりが近づいていく過程が丁寧に描かれている。このため、単に美男美女が意味もなくすれ違うだけではない、説得力のある展開になっている。
鶴田浩二は、プライドの高い封建的な家族とは異なる、素朴な雰囲気や人柄のよさがすごく出ていて、特に前半、リアルな存在感がある。まだ松竹にいるころなので、ノンちゃんをもう少しシリアスにした感じ。京マチ子は一見ミスキャストのようだが、これもなかなか悪くない。一見派手なようだが顔自体はけっこうヘンなので、看護婦のような地味な役だと、ちょっときれいでちょっと色っぽくて、未亡人の魅力をなにげに漂わせているという感じがよく出ている。田中絹代だと所帯じみすぎているし、岡田茉莉子だとあまりにきれいすぎるので、京マチ子が中間でちょうどいい感じがする。
キャストの問題点といえば、鶴田浩二の京都の友人の役が船越英二であること(わたしの意見では、船越英二が出ると何でもイロモノっぽくなってしまうと思います)。それから今回気づいたが、京マチ子が歌手デビューするときのレコード会社の部長が近衛敏明。戦前の近衛敏明は、二枚目でもないのに真面目な二枚目役だったが、戦後の近衛敏明といえば『セクシー地帯』[C1961-37]に代表されるエロおやじ役。「嫌だと言っても放しませんよ」などと言っていたので、「売り出してやるから」と言って関係を強要したりしていないか心配である。
大映版を観たら無性に吉田輝雄版が観たくなった。この松竹リメイク版は、オリジナル版とほとんど同じ脚本なので(たぶん)、「いくらなんでも1962年にそれはないだろう」という古くさいところがたくさんあって苦笑する。でも吉田輝雄だし、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の『電姫戯院』(『それぞれのシネマ』[C2007-13])で脚光を浴びたところでもあるし、長らく観ていないので観たかったが、うちにないことが判明してがっかり(以前8ミリ時代にはあったので、てっきりあるものと思い込んでいた)。
■[映画]『五月の恋(五月之戀)』(徐小明)[C2004-V]
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吉田輝雄版『愛染かつら』がなかったので、メロドラマは少しお休みし、徐小明(シュー・シャオミン)監督の『五月の恋』(映画生活)を観る(DVD)。公開時にはレイトショーのため観られなかったが、最近日本版DVDを入手したのでやっと観ることができた(台湾版DVDも持っているけれど…)。
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台湾人の青年・阿磊(陳柏霖/チェン・ボーリン)と哈爾濱から来た少女・瑄瑄(劉亦菲/リウ・イーフェイ)との淡い恋物語に、兵士として台湾に来て大陸に帰れなくなった外省人とその家族の物語を絡めて描いたもの。京劇の公演で台湾に来た瑄瑄が、‘五月雪’(桐の花が雪のように散るさま)を求めて三義に行く。彼女はなぜ‘五月雪’を見たかったのか、なぜ三義に行きたかったのかを阿磊が探るという形で、台湾で亡くなった瑄瑄の祖父の物語が語られていく。祖父の元老兵を演じるのは田豐(ティエン・フォン)。
阿磊と瑄瑄が知り合うのは五月天のサイトを通じてであり、瑄瑄は五月天の大ファンで、阿磊はメンバーの弟であるという設定。まだ見ぬ孫の瑄瑄が五月天のファンだと聞き、おじいさんは五月天から五月雪を連想し、その言葉を瑄瑄に残す。五月天が実名で登場し、陳柏霖と劉亦菲が主演するアイドル映画でもあるが、実はこのおじいさんの物語が映画のメインだと思う。大陸と台湾の二つの家族、大陸訪問で初めて会った息子、故郷の変貌など、淡々と語られるのは、どうすることもできない数十年の空白の重みである。
大陸と台湾との合作映画なので、あまり生々しいことは描かれていないが、分断を余儀なくされた過去から、同じ五月天の歌を聞いて熱狂し、制限はあっても行き来することが可能になった現在までの時の流れが感慨深い。一方で、瑄瑄のようなこれからの時代の若者に託される希望があり、一方で、そのような時代になっても過去の空白は埋め合わせることができないというどうしようもなさがある。死ぬ前におじいさんが帰りたかった故郷は、決して帰ることのできない、今はもう存在しない1948年ごろの哈爾濱だったのだと思う。
勝興火車站など三義のロケ地は、登場シーンも少なく、そんなに「行ってみたい」と思わせるようには撮られていなかった。一方、哈爾濱は、聖索菲亞教堂(ソフィスカヤ寺院)が何度も出てきていた。瑄瑄の通う京劇の学校も何度も登場するが、ここは行ってみたいと思った。
■[映画]『乱れ雲』(成瀬巳喜男)[C1967-04]
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メロドラマ第二弾は、大本命の『乱れ雲』(映画生活/goo映画)を観る(DVD)。以前から大好きな映画だったが、久しぶりに観て、こんなにもすばらしかったのかとあらためて感銘を受ける。映画史上10本の指に入る映画である。
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今回は、司葉子と加山雄三が互いに打ち解ける過程に注意して観た。先に打ち解けるのは加山雄三で、司葉子のほうがあとなのだが、それが同じ青森の喫茶店に設定されている。この喫茶店でふたりが会うシーンは2回あり、最初は十和田湖の実家へ帰る司葉子が加山雄三を訪ねるシーン、二度めは加山雄三が旅館に忘れたライターを司葉子が届けにくるシーン。これらのいずれもが、ふたりの関係が変わっていく重要なポイントに設定されており、コーヒーを運ぶウェイトレスの乱暴さに関する台詞など、似たような話題がふたりの関係の変化を映すように変化しながら繰り返されている。
この映画を語るうえで重要な地理的キーワードは、青森とラホールである。司葉子は、迷ったすえに最後に加山雄三に会いに行く決心をする。その際に、これまで加山雄三の側に負い目があったのが、彼がラホールに飛ばされることになり、司葉子の側にも負い目ができたということが大きなポイントになっている。ここで重要なのは、「ラホール」と聞いて連想されるイメージを、ふたりが共有しているということだ。そのように考えてみると、交通事故の加害者と被害者を、貿易会社の社員と通産省の官僚という関連する職業に設定したことが、不可抗力であったにもかかわらず加山雄三が会社から受ける不当な扱いに始まって、ラホールが加山雄三と司葉子に喚起させるイメージに至るまで、いろいろなところに効いているということがわかる。
ちなみに、『乱れ雲』を初めて観たときから今日に至るまで、わたしが「ラホール」と聞いて連想するのは、マルグリット・デュラスの『インディア・ソング』[C1975-02]である。『インディア・ソング』のほうが、小説も映画も『乱れ雲』よりあとなので、実際には全然関連はない。しかし観る側としては、駐在員がおかしくなって行方不明になったという『乱れ雲』での設定は、『インディア・ソング』のラホールの副領事の狂気じみた感じを連想させるし、あの映画の退廃的な雰囲気が、加山雄三のラホール行きに特別な印象を与えているのはたしかである。