29-08-2009 (Sat) タイムリーな映画
■[映画]『Clean クリーン(Clean)』(Olivier Assayas)[C2004-46]
![『Clean クリーン(Clean)』(Olivier Assayas)[C2004-46] - 実録 亞細亞とキネマと旅鴉 のブックマークコメント 『Clean クリーン(Clean)』(Olivier Assayas)[C2004-46] - 実録 亞細亞とキネマと旅鴉 のブックマークコメント](http://r.hatena.ne.jp/images/popup.gif)
1ヵ月近く映画を観ていなかったが、今日から怒涛の映画月間というか映画四半期が始まるので、久しぶりに世間に出る。遅めに出京して、シンガポール映画祭の前売りなどを買ってからシアター・イメージフォーラムへ。あまりに暑いので、すぐそばの某イスラエル支援企業でフラペチーノを買ってしまった。懺悔します。シアター・イメージフォーラムで映画を観ることは比較的多いが、あの場所は駅や渋谷のよく行く場所から遠すぎ。ユーロスペースのビルに移動してほしい。
観たのは、オリヴィエ・アサイヤスの『Clean クリーン』。2004年の映画なのに、やっと一般公開された。張曼玉(マギー・チャン)主演という時点で観るのは必須なので、内容は全く知らなかったが、ある意味、非常にタイムリーな話で驚いた。ジャンキーのミュージシャン夫婦、幼い男の子、薬物摂取による急死…。どこかの二つの事件をくっつけたような設定だ。このようなタイミングでの公開になるなんて、きっと配給会社の人もびっくりだろう(だからといって入りがよくなるわけでもない気はするが)。のりピーは、ぜひこの映画を観て更生してほしいものである。中華圏で人気ののりピーが、張曼玉から更生への道を教えられるというのも何かの因縁に違いない。
といったことはまあどうでもいいが、映画を観るというより、いつも疾走しているかのような張曼玉といっしょに人生を駆け抜けるといった感じの映画体験だった。終わってみれば、彼女が夫の死やら薬物中毒やらを乗り越えて再生するまでを描いた映画、というふうにまとめることができるが、観ているときはこの物語がどこへ向かうのか考える余裕もなかった。「母親が子供のために生まれ変わる」というのはわたしの好みではないが、彼女は最終的に息子も歌手の夢も諦めないという選択をするのがよかった。
変わっていくにつれて、あるいは変わることの困難さに伴って、がんがん変化する張曼玉の表情も魅力的だが、ほとんどいつも、疾走する張曼玉の身体とともにある赤いマフラーも印象的。赤いマフラーといえば、『春の日は過ぎゆく』[C2001-03]の李英愛(イ・ヨンエ)(結婚したって本当ですか?)も印象的だが、わたしもひとつもっているのでこの冬は活用すると心に決めた。
舞台は、ハミルトン、バンクーバー、パリ、ロンドン、サンフランシスコと移り変わり、一種のロードムービーといえなくもない。しかしながら、車やバイクでの移動は頻繁に描かれるのに、飛行機などの長距離移動は全く描かれず、登場人物たちが非常に軽やかに、都市から都市へと移動しているようにみえる。バンクーバーに住む義父のニック・ノルティは、家からそれほど遠くないと思われるところへ張曼玉に会いに行くのに、レンタカーでかなり頼りなげにやってきて、頼りなげに帰っていくが、ロンドンやパリへは軽々と移動している。
冒頭、カナダで英語を話しながら登場した張曼玉に、「けっ、英語かよ」といささか失望したが、中国系フランス人と思われる彼女はその後パリへ行き、おフランス語をがんがん話しだしたので安心した。家族の経営する中華料理店で広東語を話してみせるサービスショット(?)もある。カナダで夫の両親に育てられている息子は、自分に中国人の血が流れているという認識がなさそうなので、張曼玉はクマのぬいぐるみの代わりにパンダのぬいぐるみを買い与えるべきである。
ところで、すっかり忘れていたけれど、これ、以前にシネフィル・イマジカで放映していて、うちにDVD-Rがあった。なんだか得した気分ですね。
■[映画]『九月に降る風(九降風)』(林書宇)[C2008-06]
![『九月に降る風(九降風)』(林書宇)[C2008-06] - 実録 亞細亞とキネマと旅鴉 のブックマークコメント 『九月に降る風(九降風)』(林書宇)[C2008-06] - 実録 亞細亞とキネマと旅鴉 のブックマークコメント](http://r.hatena.ne.jp/images/popup.gif)
2本めは、ユーロスペースで林書宇(トム・リン)監督の『九月に降る風』。去年の東京国際映画祭(id:xiaogang:20081023#p1)につづいて二度め。その後DVDでも何度か観ている。
- まずはタイムリーな話題から。冒頭のプロ野球観戦のシーンで、阿翰(李岳承/リー・ユエチェン)が投げられた靴を拾うためにグラウンドに降りようとするところ(仲間がやめさせようとしているところまでしか描かれていないが、その後の台詞によれば降りたらしい)。いちおう笑うところなのだけれど、先日の横浜スタジアムでの事故の直後だけにちょっと笑えない。
- 林書宇監督は7人の少年のうちのどれか、ということについて、前回は超人(林祺泰/リン・チータイ)ではないかという意見を出してみた。しかし、監督のインタビューによれば小湯(張捷/チャン・チエ)のようだ。もちろん、素直に観れば小湯であると考えるのがふつうである。主人公ではないほうが描き方としてはおもしろい、失礼ながら張捷ではちょっと美化しすぎである、超人の存在感がだんだん増してくるのが気になるといった理由から、ちょっとヒネた見方をしてみたのだが。
- 7人の少年の中でだれがいちばんいいかというと、阿行(王柏傑/ワン・ポーチエ)である。東京国際映画祭での上映時にナマ王柏傑も見ているが、そのときは、「鳳小岳(リディアン・ヴォーン)とか張捷とか、もっとメインのキャストは来ないのか」と不満に思っていた。もったいないことしたよ。
- 阿彥(鳳小岳)と小芸(初家晴/ジェニファー・チュウ)がMTVで観る映画は、監督のインタビューによると、最初の候補は『牯嶺街少年殺人事件』[C1991-16]だったが、権利問題で使えなかった。それで、内容がこの映画にマッチしている『恋恋風塵』[C1987-71]か、当時流行っていた『Love Letter』かで迷って、結局『恋恋風塵』にしたということである。実際に流行っていたというリアリティも重要だが、これが『Love Letter』だったらわたしの評価は★ひとつぶんくらい下がっていただろう。内容がマッチしているということなら、『風櫃の少年』[C1983-33]がモアベターな気もするが。
- 去年の上映のあと、この映画における「親の不在」について書かれている感想をいくつか目にした。たしかに親はほとんど出てこないし、どの少年の家も、少なくとも四六時中家族団欒しているような家ではなく、ある程度自由放任であるといえるだろう。しかし、親が子供をほったらかしにしているわけではなく、親との言い合いなどは単に省かれているとみるべきだと思う。それによって、自分たちのしたことが引き起こした結果と責任を、自分たち自身で引き受けていこうという少年たちの決意を表しているように思える。
- 卒業式で歌われる“藍色蝴蝶”は、実際に‘竹東高中畢業歌’だそうだが、このメロディは陳百強(ダニー・チャン)の“喝采”のイントロにそっくりである。シンプルなメロディなので、偶然ということもあり得ると思うが、どちらが先なのか気になるところである。パクリだとしたら、“藍色蝴蝶”→“喝采”は許されても、“喝采”→“藍色蝴蝶”は許されないだろう。‘藍色蝴蝶’が女の子の制服のリボンのことだということだというのは、今日観ていてはじめてわかった。
- 登場人物が、‘國立竹東高中’と書かれたかばんを使っているのを発見してしまった。当時(1996〜1997年)は台灣省立竹東高中だったはずで、かばんには‘省立竹東高中’と書かれていたはずである。用意しないのなら、アップにしないなどの工夫をしてほしかった。
- 『Clean クリーン』の上映前にはじめて本予告編を観たが、かなり不満な内容だった。少年たちの青春が、台湾プロ野球と廖敏雄(リャオ・ミンシュン)と重ねられていることがこの映画のキーなのに、台湾プロ野球に全くふれられていないのはいかがなものかと思う。さらに、この映画はあくまで男の子たちの物語だと思うのに、三角関係の話みたいにみえるのも、観たあとで「期待していたのと違う」と観客に思わせてしまうことになりかねない。
プログラムにロケ地情報が載っているということだったので、競合調査のため購入。二点ほど知らない情報もあったが、たいしたことは書いてなかったので安心。
とんきでひれかつを食べて帰る。