実録 亞細亞とキネマと旅鴉 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

14-11-2009 (Sat) 狂気と死と、暴力が渦巻く収容所タウン

[]『動くな、死ね、甦れ!(Змари, умри, воскресни!)』(Vitali Kanevski)[C1989-43] 『動くな、死ね、甦れ!(Змари, умри, воскресни!)』(Vitali Kanevski)[C1989-43]を含むブックマーク 『動くな、死ね、甦れ!(Змари, умри, воскресни!)』(Vitali Kanevski)[C1989-43]のブックマークコメント

楽天ブックスアマゾンで、わたしが時々検索してみる用語に、「動くな、死ね、甦れ」、「ひとりで生きる」、「カネフスキー」などがある。これまでのところ、DVD化される気配はぜんぜんないのだが、かなり唐突に(わたしにはそのように思われた)「ヴィタリー・カネフスキー特集上映」がユーロスペースで開催されることになり、先週からすでにはじまっている(この機会にDVD化されることを切に望みます)。そこで、劇映画二作品を14年ぶりに再見するため渋谷へ。昼ごはんセガフレードで軽く済ます。

まず1本めは『動くな、死ね、甦れ!』。チラシに蓮實先生コメントが載っているため、シネフィルの方々で混みあっているようだが、アジア映画好きの方々には動きがない。関係ないと思っておられるかもしれないが、舞台となっている街の名前がスーチャンと聞けば、そうも言っていられないだろう。スーチャンといってもキャンディーズではない。蘇城である。1972年に沿海地方から中国語地名が一掃され(なんでそんなつまんないことするんだ?)、現在パルチザンスク。言うまでもないが、極東ロシアアジアである。アジア映画好きのみなさんも、ぜひともチェックされるようお勧めします。


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舞台第二次世界大戦直後、強制収容所炭鉱の街、スーチャン(ウラジオストクも登場)。大戦の傷痕(足の悪い/ない男たち)、スターリン崇拝、囚人日本人抑留者、狂人自分が生きることに精いっぱいの大人たち。ワイルドすぎる彼らの生きざまを強烈に見せつけながら、そのなかでやはりワイルドに生きざるを得ない子供たちを生々しく描いている。

主人公のワレルカは、無邪気とはいいがたい悪戯を繰り返すうち、次第に深刻な事態に巻き込まれ、犯罪に関わり、死に直面する。彼を時代や社会犠牲者ということもできるだろうが、同情すべきかわいそうな存在というより、子供が本来身につけていると思われる邪悪さに満ちた、善悪の彼岸ともいうべき存在である。ワレルカに寄り添う少女ガリーヤは、ワレルカよりも大人で何でも知っている、彼を導き、守る存在。しかしワレルカはそんなに簡単に守られて生きていくわけにはいかないから、彼がやがてひとりで生きていくために、ガリーヤは死ななければならない。

主人公、ワレルカが体験する出来事は、極力説明を排して断片的に淡々と描かれる。これはおそらく、監督自身がかつて体験したことを体験したまま、その衝撃やわけのわからなさとともに、解釈を加えることなくそのまま再現しようとしているのだと思われる。だからといってワレルカの心情に寄り添っているわけではなく、常に一定の距離が保たれている。

ワレルカ役のパーヴェル・ナザーロフの存在感は強烈で、この映画に大きく貢献している。決して表情が豊かというわけではないにもかかわらず、実に様々な側面を見せる。時にうすのろかと思われるほど子供っぽく、時に邪悪でワルっぽく、時にかわいらしい。ガリーヤ役のディナーラ・ドルカーロワも、かわいいというわけではないが、憶えやすくて印象的な顔だち。

かっこよさとも美しさとも無縁の内容ながら、モノクロの画面はすべてのショットがかっこよくて美しい。また、この映画で印象的なのは音楽。ワレルカや近所の男たち、日本人抑留者、収容所囚人などの歌う歌は、映画を彩っているといったレベルではなく、映画の主要な構成要素となっている。日本人が歌っているのは、よさこい節(『南国土佐を後にして』と書いている方が何人かいらっしゃいますが…)、炭坑節、五木の子守歌民謡なのは、カネフスキーの好みなのか、実際にそうだったからなのか、歌っている人(ワタナベさん?)の持ち歌なのか。個人的には、歌謡曲だったらもっとグッとくると思う。ワレルカや近所の男が歌う歌は、たぶんけっこうメロディアスな曲だと思うけれど、音痴気味にがなっているため美しさはない。とても美しい主題音楽と、囚人が歌っていると思われる歌が印象的。

最初と中間(スケート靴を取り返すところ)と最後に、なにが現実でなにがつくりものなのかわからなくさせるようなシーンがあるのも興味深い。

[]『ひとりで生きる(Une vie indépendante)』(Vitali Kanevski)[C1991-51] 『ひとりで生きる(Une vie indépendante)』(Vitali Kanevski)[C1991-51]を含むブックマーク 『ひとりで生きる(Une vie indépendante)』(Vitali Kanevski)[C1991-51]のブックマークコメント

昼ごはんが少なかったので、映画の合間に白いタイヤキを買ってきた。はじめて食べるが、別にうまいものではない。ふつうの鯛焼き屋を作れ。

「ヴィタリー・カネフスキー特集上映」2本めは『ひとりで生きる』。『ひとりで生きる』といえば蘇慧倫(ターシー・スー)。このタイトルを見るたびに、ついつい‘在你的世界裡我一個人住♪’と歌ってしまうが、別に関係ない。関係ないけれど、これも蘇城(スーチャン)が舞台だから、やはり縁があるかも。

映画は『動くな、死ね、甦れ!』の続篇で、同じくパーヴェル・ナザーロフがワレルカ役で主演。前作でガリーヤは死んだが、そっくりの妹、ワーリャとしてディナーラ・ドルカーロワも再登場。思わず「香港映画かよ」とつぶやいてしまうが、もちろん香港映画ではない。

前作に比べて画面が端正になり、そのぶん生々しさは減った。しかしこれはこれでよい。フランス資本が入って技術的な面で充実したということもあるだろうが、ワレルカ自身が分別を身につけたため、彼が見る世界自体が、生々しくてパワフルでわけのわからないカオスではなくなったのと対応しているのではないかと思われる。

チラシによれば『動くな、死ね、甦れ!』の3年後だが、最初から成長して登場するわけではない。ワレルカもワーリャも、『ひとりで生きる』のなかで成長していく。うすのろっぽい顔や邪悪な顔が消えていくとともに、ワレルカは切ない表情を身につける。ワーリャの乗った船を見送るシーンが特に好き。成長するといっても、ほかの「少年が大人になるモノ」みたいに、希望を抱かせて終わったりはしない。ひとりで生きることは痛ましい。

カラーになった画面は、北国の光の淡い感じがよく出ていて美しい。霧に煙っているみたいなのもいい。やはり登場人物の歌う歌が主要な構成要素になっているが、前作よりもテーマ音楽が頻繁に使われている。

いちばん印象的だったのは、寒いのにもかかわらず、多くの登場人物が気前よく尻を出している点である。

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