28-11-2009 (Sat) 第10回東京フィルメックス第八日(参加六日め)
■[映画]『北京陳情村の人々(上訪)』(趙亮)[C2009-23]
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遅めに出京し、ジョムマカンと同じ銀座ファイブにあるタイ料理のティーヌンで昼ごはんを食べる。このビルは、上はしょぼいけれど、地下はエスニック料理店がいろいろ入っていて使える。
今日の1本めは、特別招待作品で趙亮(チャオ・リャン)監督の『北京陳情村の人々』。地方政府とのトラブルを中央政府に陳情するため、最高人民法院人民來訪接待室に陳情に来た人々を、1996年から10年以上追ったドキュメンタリー。解決までに時間がかかるため、陳情に来た人々が接訪室の近くに住みついているところが上訪村(陳情村)と呼ばれている。
ここに陳情に来ても簡単に対応してもらえるわけではなく、何度も追い返されたり、場合によっては逮捕されたり精神病院に入れられたりする。さらに、陳情が多い地方は減点されるし、陳情が聞き入れられれば自分たちが処分されるため、地方政府が刺客を送り、陳情させないように邪魔をしているのだという。『血斗竜門の宿(龍門客棧)』[C1967-22]を思い出させるような話で、不謹慎だがフィクションのアクション映画にしたらおもしろそう。
それ以上に興味深いのは、そのような目に遭いながらも、10年以上も陳情を続ける人々である。何が彼らをそうさせるのか。正義感とか不屈の精神とか呼ぶこともできようが、そういったものに収まりきらない異様なパワーを感じる。よくないたとえかもしれないが、ダイエットにはまって拒食症になるのと似ているような気がする。陳情書を手書きでせっせと書き直している人々を見ながら、もう少しどうにかやりようがあるのではないかとも思う。映画は、娘(来たときは義務教育の年齢だった)といっしょに陳情を続ける母親を中心に据えて描いていくが、人権蹂躙などと訴えながら、明らかに別の人権蹂躙を生み出してもいる。
全体を通して見えてくるのは、政府への怒りや人民のパワーよりも、巨大な無駄と徒労の集積である。無限に繰り返されるとてつもない無駄はなにものをも生み出さず、どこにも行き場のない徒労感が映画を覆っている。こういう映画を観ると、鬼の首を取ったみたいに「だから中国は…」と言う人がよくいるけれど、程度の差こそあれ、こういうことはどこでも起きていて、似たような無駄が積み重ねられていると思う。問題が大きくなると、突然解決に乗り出したり、見せしめ的に関係者が処分されたりするのは、年金問題などを見てもわかる。
10年以上、陳情者を撮り続けてきた監督の苦労は相当なものであると思うし、撮影禁止の接訪室附近で隠し撮りをしているだけでもすごいことである。しかし、一本の映画としてのまとめかたはどうも中途半端なように思われる。上述の母子にフォーカスするなら、もっと徹底的にしてもよかったのではないだろうか。また、上訪村を去る娘から母親への手紙を託されたりして、監督が中途半端に彼らに介入している点も気になった。
上訪村があった場所は北京南站の近く。映画のなかで北京南站は北京オリンピックのために建て替えられるが、前の建物のほうがずっとよく、行っていないのが悔やまれる。最高人民法院人民來訪接待室も北京南站のすぐ近くにあったが、つい最近、朝陽區に人民來訪接待室和申訴立案大廳が新築されて引っ越したようだ。
■[食]ジョムマカンのゴレン・ピサン

次の映画まであまり時間がないにもかかわらず、ジョムマカンへおやつを食べに行く。
テ・タレ(左写真)を飲んで、昨日食べ損ねたゴレン・ピサン(右写真)を食べる。テ・タレは別にパフォーマンスを披露してくれるわけではない。ゴレン・ピサンは、写真では揚げ物にソースがかかっているようにしか見えないが、いちおうちゃんと揚げバナナで、かかっているのはチョコレートソース。でも正直言って小さくて高い。チョコレートソースはいらないから、雰囲気も値段も、もう少し現地っぽくしてもらえないだろうか。
■[映画]『春琴抄 お琴と佐助』(島津保次郎)[C1935-15]
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大急ぎで東劇に移動。今日の2本めは、ニッポン★モダン1930で島津保次郎監督の『春琴抄 お琴と佐助』。谷崎潤一郎の『春琴抄』の最初の映画化だが、残念ながら原作は読んでいない。
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キャストは、お琴に田中絹代、佐助に高田浩吉。なぜかふたりとも、終始眉間にしわを寄せているのが印象的。田中絹代は、お嬢様という雰囲気はないものの(でも町人だから違和感はない)、こういう気位の高い役はすごく合っている。脇役では、田中絹代に横恋慕する若ぼん(馬鹿ぼん)を斎藤達雄が演じていて、悪役だけどキモチわるくておもしろい。
いちおうストーリーは知っていたが、なかなかおもしろかった。派手な演出や大仰な展開をせず、手堅く丁寧に描かれているのがよい。しかし、おそらく原作にはあるはずの、お琴と佐助のあいだのSM的でエロティックな雰囲気はほとんど感じられないのが残念。お琴はわがままだが、サディスティックという感じはあまりしない。佐助との結婚を望まないのも、SM的な意味でのご主人様嗜好というより、封建的な時代背景と気位の高さによるものとして描かれているように思われる。戦前だし、アイドル田中絹代の主演映画だから、それもやむを得ないだろう。
注射嫌いのわたしは、クライマックスが近づくと、「来るぞ、来るぞ」と思ってドキドキしたが、考えてみればそのもののシーンがあるはずもないので、なんとか無事に通りすぎた。お琴に「痛くなかったか?」と問われて、佐助は「このぐらいのことはなんでもありません」みたいな返事をしていたが、『盲獣』[C1969-09]みたいに、「イタイけどうれしい」とか言ってほしいものである。
■[映画]『春風沈酔の夜(春風�醉的夜晚)』(婁�)[C2009-24]
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Meal MUJIで晩ごはんを食べて、今日の3本めは特別招待作品で婁�(ロウ・イエ)監督の『春風沈酔の夜』。フィルメックスの公式サイト等には原題が“春風�醉的晚上”と書かれているが、引用されている郁達夫の小説のタイトルが“春風�醉的晚上”、映画のタイトルは“春風�醉的夜晚”のようだ。婁�といえば『天安門、恋人たち(頤和園)』[C2006-46]で5年間の製作禁止処分を受けているが、「地下映画」なら構わないということで、果敢に新作を撮っていて天晴れ。第五世代ではいちばん変節せずにがんばっている田壯壯(ティエン・チュアンチュアン)が、禁止処分をまじめに守ってそのあと出世した(違うかもしれないけれどそう見えた)のとは大分違う。
『春風沈酔の夜』は、南京を舞台に、5人の男女の絡みあい、移ろいゆく関係を描いたもの。ゲイの青年、江城(検索すると、江城、江成、姜城、程江など諸説あるが、クレジットが江城だったような気がするのでとりあえずこれにしておく)(秦昊)を中心に、ふたつの三角関係が描かれる。ひとつめは、江城と、彼の恋人(男)の王平(吳偉)と、その妻・林雪(きれいな人なのにこの名前は笑える)(江佳奇)。この関係は、林雪がふたりの関係を認めないため崩壊し、王平は自殺する。ふたつめは、江城と、林雪に頼まれて王平を尾行していた青年・羅海濤(陳思成)と、彼の恋人・李靜(譚卓)。羅海濤は江城に興味をもって近づき、関係をもつが、李靜はふたりの関係を知りつつ三人で旅をする。しかし、やがてその関係も終わる。江城を中心とする輪のなかに、ほかの4人が入っては抜けていく物語と言ってもいい。
最後、自分の店を持ち、新しい家(前のよりレベルダウンしているが)に新しい恋人と住んでいる江城が、ふっと王平が“春風�醉的晚上”を朗読したときのことを思い出すところがいい。今でも王平を忘れられないというわけではなく、今の生活にそれなりに満足もしている。それでも、あるとき突然よみがえり、心をとらえる過去の愛の思い出とその喪失感。誰にでも訪れるそういう瞬間が、印象的に描かれている。
揺れる手持ちカメラでクロース・アップと長回しを多用し、微妙な関係にある登場人物の心のゆれをリアルにとらえている。全体のダークなトーンと、鮮やな木々の緑と、雨が印象的。暖かさを感じさせつつ不安を煽るような、独特の春の空気が映画を満たしている。
主演の秦昊は、張震(チャン・チェン)にちょっと劉徳華(アンディ・ラウ)を混ぜたような雰囲気。譚卓は�蕾(ハオ・レイ)に似ていると思ったが、実際‘小�蕾’と書かれている記事をいくつか見た。
これで南京へも行かなくてはならなくなった。江城と羅海濤と李靜が旅に出るときに渡る、社会主義リアリズムの装飾が気になる橋は、南京長江大橋だろうか。
映画中で歌われる歌は、周杰倫(ジェイ・チョウ)の“迷迭香”、范��(ファン・ウェイチー)朴樹(プー・シュー)の“那些花兒”など(范��はたぶんカヴァー)。また、江城の部屋で音楽に合わせて踊る羅海濤は、明らかに『欲望の翼』[C1990-36]の張國榮(レスリー・チャン)の真似をしていると思う。
上映後は婁�監督をゲストにQ&Aがあった。婁�監督は見た目がチンピラっぽい。Q&Aの内容は、フィルメックスのデイリーニュース(LINK)を参照のこと。水曜シネマ塾でのトークも載っている(LINK)。


そうですよね。あの彼氏は何者だろうとか、監督は見送りにまで行っているけれど、前から知ってたんだろうかとか、見送りは撮影のためなんだろうかとか、いろいろ気になります。
i cannot read Japanese well, but i could guess a lot. still learning the elementary Japanese.anyway, i was in tokyo for FILMeXtoo, and we saw lots of same films actually! i enjoy reading you blog a lot (though cannot tell the exact content)
BTW:那些花兒is originally by pushu/朴树
Thank you for your comment and information about "那些花兒".(I have ordered 朴樹's CD.)
您是中國人嗎?