バンガロールに来ちゃったの(実録亞細亞とキネマと旅鴉) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

22-07-2011 (Fri) エンコ映画の日(自宅8日め)

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[]『日本残侠伝』(マキノ雅弘)[C1969-31] 『日本残侠伝』(マキノ雅弘)[C1969-31]を含むブックマーク 『日本残侠伝』(マキノ雅弘)[C1969-31]のブックマークコメント

銀座シネパトスの特集「梶芽衣子スタイル その魅力にはまる」(チラシ)で、マキノ雅弘監督の『日本残侠伝』を観る。いちばんの感想は、「悪役でない郷鍈治は物足りない」。

『日本侠客伝』と『昭和残侠伝』という、東映の二大看板仁侠映画シリーズのタイトルを合わせたようなタイトル。『日本侠客伝』[C1964-07]と同じく木場が舞台。それで製作会社は日活。となれば、後追い、まねっこ、パクリ疑惑のいかがわしさ満開なのだが、監督が同じマキノ雅弘ということになると別にまねっこでもパクリでもない。それどころか、むしろ東映での監督作よりもマキノらしさがあふれている作品であるといってよい。

物語はけっこう込み入っていてわかりにくい。「ひたすら我慢して最後に殴り込む」というレベルではほかの仁侠映画と同じだが、そこに疑問の余地なく納得させるような太い中心線のようなものが乏しい。しかし、そうして散りばめられた様々なエピソードのなかに、マキノがこれまで東宝や日活でやってきたこととの連続性や、他の仁侠映画とは違うオリジナルなものを感じることができる。

『日本残侠伝』はいちおうカタギの話なので、同様の『日本侠客伝』シリーズを例にとると、たいていは「親分が殺されたけれども、やらなければならない大事な仕事があるので、それを立派にやり遂げるまで我慢する」というのが主なストーリーである。しかし今回はそのような仕事はない。かわりにこだわるのは「浅草っ子」という概念である。生まれも育ちも浅草で、たとえ借家住まいでも一生浅草っ子でいたい。そのためには命をかけても土地を守る。これはほかの仁侠映画ではあまり見られない主題だと思う。そのためほとんどの登場人物が浅草っ子だが、彼らと対比される人物として、木曽から出てきた津川雅彦と梶芽衣子が設定されている。ちなみに、木曽節に歌われている「木曽のなかのりさん」というのが何か、今日初めて知った。

太い中心線が乏しいのは、高橋英樹が演じる主人公も同様である。高倉健が演じる東映の主人公は、人格者かつ立派なリーダーであり、正義である。彼が我慢すべしといえば我慢すべきであり、彼がもう我慢できないといえば我慢できないのである。高橋英樹の場合、正義感が強く皆に慕われてもいるが、どこか無謀なところがあると同時に弱さもある人物である。この映画では、女将さんの南田洋子が万事丸くおさめるような解決策を強行するので、最後にどうしても殴り込まなければならないような強い理由は見いだせない。それでも高橋英樹が殴り込むのは、親分の遺言とか仲間の復讐とか正義とかのためというより、自分の家同然の店を潰して好きな女の家の跡取りにおさまってしまうのは自分のプライドが許さないという、きわめて個人的な理由である。しかも殴り込みのあとの彼に晴れ晴れとした表情はない。後悔とも空しさともつかぬ苦渋の表情を浮かべる高橋英樹を長いあいだ写して映画は終わり、観客はモヤモヤさまぁ〜ず。この終わり方がなかなか秀逸。

このような主人公を演じる高橋英樹がまたよい。胸毛はいらないけれど、ちょっとゆるい感じの雰囲気が独特で、「高橋英樹ってこんなにかっこよかったっけ?」と何度も思った。ぜったいもっと若いころよりも二枚目になっている。後述する高橋英樹の歌も、『男の紋章』に比べて大分うまくなっているように感じられる。

マキノらしさを示すところとしては、主題歌の使い方があげられる。東映仁侠映画で、主人公が殴り込みに行くときに主題歌が流れることについて、マキノは「プロデューサーの趣味」と言ってあまりお気に召していないようだったが、この映画の主題歌は、高橋英樹が作った歌という想定で劇中で使われている。親分の水島道太郎が酔っぱらって歌ったり、仮釈で帰ってきた高橋英樹に頼んで歌ってもらったり、そのままみんなで合唱したり、いい感じに使われている。さらに、子分の川地民夫がこの歌をうまく歌えるということになっていて、これは彼が高橋英樹を継ぐ人として想定されているということだと思う。だから高橋英樹は、殴り込みに郷鍈治は連れて行くけれど川地民夫は連れて行かない。長門裕之も、それをわかっているかのように彼を妹の山本陽子と一緒にさせ、殴り込みに巻き込まれないよう配慮する。

お祭りの使い方もマキノらしい。お祭りが出てくる仁侠映画はたくさんあるが、御神輿が来て、それに気を取られているすきに殴り込むといった使い方はほかではあまり見られないし、以前のマキノ映画でのお祭りシーンを彷彿させて興味深かった。

きれいどころの若い女優は岩井友見、梶芽衣子、山本陽子と三人も出ていて、みんな出番が中途半端。岩井友見は高橋英樹の恋人だから本来ならばヒロイン的役回りのはずなのに、物語中でも女優としてもなんだかとても気の毒な扱われ方。女郎役の梶芽衣子はマキノから新しい芸名をもらっての出演だから、それなりに見どころは作ってもらっているけれど、ちょっと中途半端な感じ。梶芽衣子特集の一本としてみれば、出番はきわめて少ない。山本陽子は長門裕之との見せ場がいちおうあるが、こういう肉親系メロドラマは苦手。

そんなちょっと存在感のうすいお嬢さんたちをさしおいて、さすがの存在感を示しているのが南田洋子。死んだ親分の奥さんが目立つような仁侠映画はあまりないような気がするが、この南田陽子は、夫の遺志を汲みつつも遺志そのままではない解決策を考えて実行する、頭脳も行動力もあるかっこいい女性だった。

キャストの中でもうひとり特筆すべきなのは長門裕之。仁侠映画における長門裕之の典型的イメージは、健さんの弟分で、気はいいけれどアタマはちょっと足りなくて、アニキが我慢しろと言っているのにひとりで思いつめて殴り込み、結果としてアニキに迷惑をかける、というもの。しかしこの映画での彼は、それとはぜんぜん違う。今は寿司屋をやっているが、暗い過去を背負って死に場所を探している元渡世人。目つきの鋭さが尋常ではなく、ひとり殺気立った空気を漂わせている。着物の前のちょっとゆるんだところから、いつもちらっと刺青が見えているのもよかった。

ほかに田中春男、須賀不二男、三島雅夫が出ているので、小津ファンも必見。高橋英樹が南田洋子に、「養子に行ったら角芳の旦那をおとうさんと呼べるでしょうか」とか言うところがあるけれど、三島雅夫をおとうさんと呼びたくない気持ちはよくわかります。

[]『鯨とり ナドヤカンダ(고래사냥)』(裵昶浩)[C1984-45] 『鯨とり ナドヤカンダ(고래사냥)』(裵昶浩)[C1984-45]を含むブックマーク 『鯨とり ナドヤカンダ(고래사냥)』(裵昶浩)[C1984-45]のブックマークコメント

新宿K's cinemaの「韓国ニュー・ウェーブ、再発見」(公式)で、裵昶浩(ペ・チャンホ)監督の『鯨とり ナドヤカンダ』を観る。1988年の公開時には観そびれたが、いつか観たいと思ってチラシはちゃんととってあった。中野武蔵野ホール。懐かしいですね。

先日観た『風吹く良き日』[C1980-23]から4年。監督が違うので断言はできないが、映画のスタイルや女優の外見が洗練されてきていると感じる。

映画は、安聖基(アン・ソンギ)、金秀哲(キム・スチョル)、李美淑(イ・ミスク)の三人が、ほとんど無一文でソウルから牛島まで旅するロードムービー。金秀哲と安聖基が李美淑を売春宿から救出して故郷へ送り届けるという話で、基本的にはさえない大学生、金秀哲の成長物語。ロードムービーとしては躍動感があって悪くないし、いくつかロングショットの印象的なシーンがあった。直接の社会的、政治的な描写はほとんどないが、一時的に失語症になっている李美淑、インテリの浮浪者である安聖基といった登場人物の設定などに政治的な含意がみられる。

男ふたり、女ひとりの物語といえば、ふつう三角関係のもつれが必須だが、安聖基は女性にも男性にも全く興味を示さない。そのため、金秀哲と李美淑のカップルはずっとラブラブで、安聖基はそこに全く絡まないという妙な構図が最初から最後まで続く。ラブシーンが苦手といってもここまでくるともはやヘンタイの域である。

安聖基は『風吹く良き日』から4年経って、若々しさはほとんど感じられない成熟した域に達している。浮浪者という役、および物語中での役割からやむを得ないとはいえ大げさな演技。おそらく吹き替えと思われる台詞まわしがまた大げさなので、相乗効果でけっこう苦手な感じ。

李美淑は、最近(といっても10年以上前)では『情事』[C1998-43]に出ていた女優さんだ。もろに聖子ちゃんカットでなかなかかわいいけれど、『情事』のほうがきれいだと思う。

かなり田舎である故郷をひたすら目指すというのは、『海をみつめる日』[C1983-44]などを連想させ、台湾でいうと郷土文学の流行とその映画化に対応するのかなとちょっと思った。

ソウルのシーンでは、旧ソウル駅で何度か映る。東京駅と同様、ソウル駅が映る映画なんて大量にあると思うが、たしか同じ裵昶浩監督の『黒水仙』[C2001-27]にも出てきたのでちょっと気になった。最後に三人がたどり着く牛島(ウド)というのは、済州島の横のこんなところ。ここでロケしているかどうかはわからないが。


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ところで、盗んだ車がエンコで動かなくなるというシーンがあるが、そこで思わず「エーンーコー生まれーのあさくーさ育ちー♪」と口ずさんだのは、わたしだけではありますまい。