バンガロールに来ちゃったの(実録亞細亞とキネマと旅鴉) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

10-12-2011 (Sat) 自宅84日め

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[]『書記(書記)』(周浩)[C2009-52] 『書記(書記)』(周浩)[C2009-52]を含むブックマーク 『書記(書記)』(周浩)[C2009-52]のブックマークコメント

ポレポレ東中野で開催されている中国インディペンデント映画祭2011(公式)で、周浩(チョウ・ハオ/ジョウ・ハオ*)監督のドキュメンタリー、『書記』を観る。

河南省信陽市固始縣の書記、郭永昌(グオ・ヨンチャン*)氏を描いたドキュメンタリーで、任期終了直前の3ヵ月間、彼に密着して撮られたもの。誘致する企業の責任者との面会、接待の宴会、住民の陳情への対応、送別会など、こんなところまで映していいのかというところまで詳細に見せられる。

人の上に立って成功する人物は、主に次のどちらかのタイプであると思う。第一のタイプは、非常に優秀で聡明で、独創的なアイデアを出して自らそれを実現できる人。演説や挨拶にしても、本当におもしろく心に残ることを言える人。第二のタイプは、凡庸でロクでもないことを心からいいと信じ、突き進んでいける人。バカバカしい教訓などをくだらないと思わず、いいと思って話すことができる人。郭永昌は明らかに後者のタイプ。

既得権益を守ることや私腹を肥やすことに一生懸命になるわけでもなく、とにかく仕事熱心でパワフル。企業を誘致したり高層マンションを建てたりすることが本当に地元のためになるのか、などと疑問に思ったりしないから、どんどん契約が成立し、固始縣には発展という名の無味乾燥な風景が広がる。決断が遅い人は、必ずしも優柔不断なわけではなく、いろいろな可能性や問題点まで考えてしまって決められなくなったりするのだが、彼はそんなことはないから決断も早い。永遠に続くかのような宴会や、顔にケーキのクリームを塗りたくるドリフのような余興も、心から楽しんでやることができる。彼の業績がいかにすばらしかったかというお別れの挨拶をされて、心から感動して涙を流すこともできる。すなわちとことん俗物で、とことん人間くさい。だから見ていて本当の意味で感心したり共感したりはしないけれど、なかなか楽しませてくれる。

今後の出世間違いなしといった感じで送り出された彼は、その後固始縣での収賄容疑で有罪になり、現在服役中だというテロップが最後に出て、予想を超える劇的な幕切れ。監督の話では、額はたいしたことはなく、政治闘争に敗れた結果といった感じらしい。実際映画のなかに、任期中にもらった金品を整理して、離任後に返すように部下に指示する場面がある(この部分は映像なし)。あとで返すくらいなら最初からもらわなければいいと思うが、とりあえずもらっておかないと物事がうまく進まないのだろうか。もしかして、ここで頼まれた部下がきちんと返さなかったのかもしれない。あるいは、このシーンで、「これは何だっけ?」とか「誰にもらったか忘れた」とかいった台詞があったので、こういう管理の杜撰さが、彼を陥れるのに利用されることになったのかもしれない。


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[]『占い師(算命)』(徐童)[C2009-53] 『占い師(算命)』(徐童)[C2009-53]を含むブックマーク 『占い師(算命)』(徐童)[C2009-53]のブックマークコメント

ポレポレ東中野で開催されている中国インディペンデント映画祭2011(公式)で、徐童(シュー・トン*)監督のドキュメンタリー、『占い師』を観る。

足が不自由な占い師・厲百程と妻、占いの客などを描いたドキュメンタリー。厲さんは、顔は似ていないけれど、小っちゃくて顔が丸くてかわいらしい感じが連碧東を連想させる。

夫婦が住んでいるのは河北省廊坊市三河市燕郊鎮。北京の郊外である。けっこう年取ってから結婚した奥さんは、知的障害があってからだも不自由だ。厲さんは彼女と結婚した理由について、「虐待されていると聞いてかわいそうだったから」「そばに女性がいるとしあわせだから」と話す。自分でできるから奥さんが家事ができなくても問題ないとも言う。殊勝な人だなあと思う。しかし厲さんの占いだけで彼女を養っているわけではない。お祭りなどに占いの屋台を出すとき、奥さんは「バカ生き仏」というタスキをかけて物乞いをさせられる。「おばあちゃんもけっこう稼いでくれますしね」という感じである。厲さんが気をつかう彼女のヘアスタイルも、単にかわいく見えるというだけでなく、より多く施しがもらえるようマーケティングした結果である。そして監督がかなり露骨な質問をすると、厲さんは「なんのために結婚したと思ってるんだ」と吐き捨てる。安い結納金でヨメを貰ったほうが、娼婦に金を使うより安上がりというわけである(そうはっきりは言わないけれど)。厲さんが言っていることは、矛盾するようでどれもほんとうだし、彼にとってはごく自然に共存しているものだと思う。

厲さん夫妻はやがて、河北省秦皇島市青龍滿族自治縣の奥さんの実家に帰省する。厄介者をもらってくれたありがたいお婿さんだからか、それともカメラがついてきているからかわからないが、兄夫婦は厲さんたちを歓迎光臨する。特に、賀原夏子みたいな嫂は、とても愛想よくふたりを迎える。だけどわたしたちは知っている。実家で彼女がこの人たちに虐待されていたことを。そして嫂が「ゆっくり休んでね」とニコニコしている横で、「彼女が住まわされていたのはあの小屋だ」と指さす厲さん。

家に戻った厲さん夫妻は、今度はお祭りに稼ぎに行く。家では手相などを見ていたが、今回は馬をかたどった道具を使って占いをする。このお馬さんが風に揺れているショットがとてもよかった。

この映画は、底辺でしぶとく生きる庶民を描いたというより、人間というものがいかに矛盾に満ちた複雑な存在であるかを魅力的に描いたドキュメンタリーだと思う。

なお、映画のなかで、“美酒加咖啡”、“往事只能回味”などの古い台湾ポップス(たぶん)が流れる。

上映前のロビーに、ポレポレ東中野には著しく不釣り合いな、派手で存在感のあるおねえさんがいるなあと思ったら、映画に占いの客として登場し、逮捕後行方不明と説明されていた唐小雁さんであったらしい。上映後のQ&Aに徐童監督とともにゲストとして参加されたようだ。Q&Aはパスしたのでちょっと惜しいことをしたが、この時間に晩ごはんを食べないと時間がないのでしかたがない。


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[]『恋曲(こいうた)(戀曲)』(張贊波)[C2010-77] 『恋曲(こいうた)(戀曲)』(張贊波)[C2010-77]を含むブックマーク 『恋曲(こいうた)(戀曲)』(張贊波)[C2010-77]のブックマークコメント

ポレポレ東中野で開催されている中国インディペンデント映画祭2011(公式)で、張贊波(チャン・ザンボー/ジャン・ザンボー*)監督の『恋曲』を観る。

湖南省長沙市のカラオケ店で働いている、けっこうかわいい女性・惠子に密着し、恋人の維特との関係に悩む彼女を描いたドキュメンタリー。中国のインディペンデント映画とかドキュメンタリーとかいうと、すぐに「中国の闇」とか「経済発展の歪み」とか「政治的な抑圧」とか、知った風にまとめられてけっこう違和感を感じるのだけれど、これは普遍的な男女の恋愛を描いていて楽しい(そりゃあもちろん中国の話なので、当然中国ならではの問題点みたいなものもあるし、なければつまらないけれど)。

ダメ男にハマって尽くす女性というのはわたしの理解の外にあり、ぜんぜん共感できないが、そのような女性をヒロインとする映画は多い。そんな映画を観るときのわたしなりの尺度として、ヒロインにイライラしたり、「こうすればいいのに」と思ったりさせられる映画はダメで、共感はできないけれど客観的におもしろく観られる映画はマル。この尺度にしたがえば、この映画はマルである。

カメラはずっと惠子に密着していて、彼女は自分の心情を吐露したり涙を見せたりするから、監督とのあいだにかなりの信頼関係があると思う。しかし、カメラは常に彼女に寄り添っているのに、決して彼女に肩入れせずに、客観的に彼女のことを見ている気がする。客観的に冷たく見ているというのではなく、あたたかく見守っているけれども味方はしない、というか、その距離感が絶妙だと思う。惠子は、独り言ともカメラに向かってとも監督に向かってともとれる感じでしゃべっているのだが、一度「ひとりで○○へ行ってきたの、誰も一緒に行ってくれないから」みたいなことを言って、監督が「僕が一緒に…」と言おうとしたら「贊波はいいのっ」という返事が返ってきて、(そのココロはよくわからないながら)なんか和んだ。

相手の男・維特はなかなかカメラの前に登場しないが、「バツイチだと言っていたのに、実はまだ離婚していなかった」「離婚証明は失くしたと言っていた」「彼に1万元貸している」といった話を聞くと、典型的なダメ男で、ぜったいにロクでもない男に違いないと思わせる。惠子は「彼にはいいところが何もない、顔だってよくないし」などと言うが、実際は「こういう男に騙されるんだよな」という感じの、わりとかっこいい男が出てくるんだろうと思っていた。ところが、ほんとうに離婚したところで満を持して登場した彼は、ほんとにかっこよくなくてびっくりした。少し小太りで頭ボサボサで目が細くて、まさに三上真一郎である。

わたしは自分がダメ男にハマるという危険は全く心配していないので、映画に出てくるダメ男は、恋愛等の対象としてではなく自分を重ねあわせる対象として見て、けっこう共感することが多い。『浮雲』[C1955-01]森雅之も、『父子』[C2006-14]の郭富城(アーロン・クォック)も、「あぁ、わかるわー」と思ってしまうのだが、この三上真一郎は彼らに比べたらワル度もたいしたことなくて、さらに共感できる。出てくる前の印象に比べたら、そんなに惠子をないがしろにしているわけでもないし、別れた妻とさっさと無縁になれないのもわかるし、なかなか愛すべき人物であった。

しかし、惠子は三上真一郎と結婚したくて、三上真一郎は誰とも結婚する気がない。惠子はそれをはっきり言えなくて、再三「今後のこと」「将来のこと」と言い、三上真一郎はひたすらわからないふりをする。そんなふうにして、ふたりのすれ違いが決定的になっていく様子が描かれ、気の毒だけどおもしろい。

タイトルが『恋曲』となっているように、この映画には惠子や維特がカラオケで恋の歌を歌うシーンが挿入され、その歌の歌詞が彼らの気持ちを表している。この構成自体おもしろいが、さらに、歌うシーンの最後に、カラオケの映像の最後に出るクレジットの画面が写され、これによって今の曲が何かがわかるのがおもしろかった。歌われる曲は5曲で、鄧麗君(テレサ・テン)の“我只在乎你”(『時の流れに身をまかせ』の北京語ヴァージョン)、張學友(ジャッキー・チュン)の“一路上有你”、裘海正(チウ・ハイジョン*)の“愛我的人和我愛的人”、劉徳華(アンディ・ラウ)の“謝謝你的愛”。残念ながら5曲めは憶えきれなかった(どなたかご存じの方がいらっしゃいましたらご教示ください)。そしてエンディングでは、惠子が歌う羅大佑(ロー・ターヨウ/ルオ・ダーヨウ*)の“戀曲1990”が流れる。中国映画(特にインディペンデント系)では、なぜか“我只在乎你”と“戀曲1990”の人気が高い。

【追記】5曲めは、關澤楠(グワン・ゾーナン*)の“這一生回憶有你就足夠”であると、《廃話!〜もっとチラシの裏に書いとけよ!〜》(LINK)のmaikoさんに教えていただきました。ありがとうございました。

maikomaiko 2011/12/12 18:42 私も「我只在乎你」はよく使われると思いました。本映画祭内では「収穫」「書記」「恋曲」の3本。テレサ・テンの場合、インディペンデントでは「我只在乎你」で、商業映画では「月亮代表我的心」か「甜蜜蜜」かなあと。
被写体との距離感では「天から落ちてきた!」も絶妙で、「蟻の兵隊」のコーディネーター兼通訳である劉慶雲さんを思い出しました。

xiaogangxiaogang 2011/12/14 04:51 maikoさん、コメントありがとうございます。
“月亮代表我的心”は香港映画で多く使われていますよね。
『天から落ちてきた!』は今日観る予定です。楽しみです。

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