バンガロールに来ちゃったの(実録亞細亞とキネマと旅鴉) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

23-12-2011 (Fri) 香港旅行第一日

[]2011年12月23日のつぶやき 2011年12月23日のつぶやきを含むブックマーク 2011年12月23日のつぶやきのブックマークコメント

★香港到着後のツイート時間は日本時間(現地時間は-1時間)。

[][]鎌倉→香港 鎌倉→香港を含むブックマーク 鎌倉→香港のブックマークコメント

最後に香港を見てから10年以上経った。3年ほど前から盛り上がってきた香港へ行きたい気持ちは、少し前に『東京ギャング対香港ギャング』[C1964-21]のDVDが台湾で発売され、ツイッターでロケ地話が盛り上がったのをきっかけに決定的になった。最悪二泊三日でもと思って検討した結果、唯一年内に行けそうなのがクリスマスの三連休。高い時期に二泊ではもったいなさすぎるけれど、チケットも取れたので思い切って行くことに。テーマは「石井輝男で歩く香港」。すなわち、『東京ギャング対香港ギャング』、『ならず者』[C1964-31]、『神火101 殺しの用心棒』[C1966-49]の香港澳門三部作にターゲットを絞る。前回の香港旅行も『東京ギャング対香港ギャング』がメインテーマだったわけで、この10年の間、「この映画のために香港へ行く」という香港映画は現れなかったということだ。最近の香港映画界を象徴するような淋しい話である。

多少高くても羽田発午前便が必須ということで、10時羽田発のJL(日本航空)029便。ずっと前に羽田から中華航空に乗って台湾へ行ったが、新しくなった国際線ターミナルははじめて。しかし朝ごはんを食べていたら時間がなくなり、探検はできなかった。

飛行機はほぼ定刻に出発。食事はあいかわらず激マズだが、デザートがハーゲンダッツ・アイスクリームだったのでちょっとうれしい。しかし、飛行機に乗っていたらおなかはへらないし、食事時間は不規則だし、別にがっつり食べたいとは思わない。こんなドロドロしたメインディッシュを食わされるくらいなら、カップヌードルとか菓子パンとか市販のおにぎりやサンドイッチとかのほうがいいんだけれど。

食事のあとは、せっかくの日本語字幕つきなので、杜琪峰(ジョニー・トー)と韋家輝(ワイ・カーファイ)の『単身男女』を観る。古天樂(ルイス・クー)、高圓圓(ガオ・ユエンユエン*)、呉彦祖(ダニエル・ウー)主演のラブコメ。はずかしいラインのぎりぎり内側でなかなか楽しく見せてくれたが、いちばん最後にはずかしいラインを越えてしまって残念でした。セクシーな女性を見ると鼻血が出る古天樂は、「小学生のギャグかよ」と言いたくなる設定。高圓圓は大陸から来た女性だが、実家もそれなりに裕福で学歴や能力があって、簡単に香港に来てキャリア系の仕事をして生活も豊かで、広東語をおぼえようとはしているものの北京語で堂々と働いているという役柄。香港映画における大陸人の表象も様変わりしたなあと感心するが、なんだか落ち着かない。ロケ地もいろいろ気になったが、今回は行かないことにしよう。ちなみにJ先生は、甄子丹(ドニー・イェン)主演の『三国志英傑伝 関羽』を観ながら寝ていた。

着陸前にもたついたものの、結局定刻の14時10分ごろに着陸。ウィーンでは通信費をケチってつぶやかなかったら、結局いまだに旅日記も書けずに後悔しているので、今回はケチらずにつぶやくことにする。15時ホテル着という勝手な予定は、長蛇の列のイミグレを抜けて入国した時点ですでにアウト。これまで「HK$100もするもんに乗れるかよ」と思って乗ったことがなかった機場快綫で香港島へ向かう。どうでもいいけど、台湾ではほとんど「線」が使われているのに、香港では「綫」が使われているようだ。機場站近くには八達通(オクトパス)の増値機が見当たらず、カウンターで聞いたらふたりでHK$160というチケット(2人行-單程票)が買えた。割引があるのはいいけれど、カウンターでしか買えないのが納得いかない。機場快綫は、高いだけあってふつうのMTRとは違っていた。車内で流れている説明ビデオで、同じおばさんが青衣でも九龍でも降りたみたいだったのが気になる。

終点の香港から中環へ乗り換えて上環まで行き、乾物屋街を抜けて今回の宿、尚豪酒店(So Hotel)にチェックイン。各階3部屋くらいしかないのに16階ある細長ーいホテル。一人一泊約7000円と、わたしの基準では決して安くないホテルだが、部屋はとっても狭かった。

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[][][]上環→筲箕灣→北角→上環 上環→筲箕灣→北角→上環を含むブックマーク 上環→筲箕灣→北角→上環のブックマークコメント

いちばん行きたいところに最初に行っておくべく、MTRで筲箕灣へ向かう。『東京ギャング対香港ギャング』[C1964-21]高倉健が死んだのは、愛秩序街と工廠街が交差するところ。Googleマップによれば、福盛工廠大廈という名前のビルの前である。よろよろと歩いてきた健さんが力尽きるところが左写真で、健さんが倒れこむのは歩道の角あたり。そのままカメラが引いていった、同じショットの最後が右写真。映画は高いところから俯瞰で撮っているので、アングルはかなり異なる。福盛工廠大廈の建物自体はあまり変わっていないが、歩道には柵ができ、一方通行の標識のあたりにあった街燈はなくなっている。

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福盛工廠大廈(↓左写真)は、薄っぺらな形、丸い窓、カラフルなベランダがちょっとおもしろい建物。映画ではスラムのようだった愛秩序街の反対側は、小綺麗なバスターミナルへと変貌している(↓右写真)。上を走る高速道路も、もちろん『東京ギャング対香港ギャング』の時代にはない。

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より大きな地図で 映画に登場する香港 を表示

上環でも筲箕灣でも、コンビニを見かけるたびに入って探していた“香港街道地方指南”を、やっと見つけて買う。もう2012年版が出ていそうだけど2011年版で、“通用乗車地圖”とセットで高いのだが、香港歩きはこれがなければどうにもならないのでしかたがない。前はもっと簡単に買えたような気がするが、最初に大きな本屋に寄るような計画にしておいたほうが無難かもしれない。

筲箕灣といえばトラム(香港電車)の終点の街。せっかくなので終点(↓左写真)からトラムに乗る。もちろん2階(↓右写真)。西灣河電車廠附近で降りて線路が曲がっているところをチェック。『東京ギャング対香港ギャング』で健さんが内田良平とお別れするところを探しているのだが、ここは線路の曲がりかたがかなり違うようだ*1

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行きたい冰室があったのに、ちょうど閉まってしまったところだったので、ふたたびトラムに乗って北角へ。小辣椒で四川料理の晩ごはん。今回は、飲食はローカルで庶民的な店にしか行かないと決めている。うれしいことに辣子雞(↓左写真)があった。しかし麻婆豆腐(↓右写真)は四川の味というより、ふつうの中華料理屋の味。これらに青菜や白飯や啤酒をつけてHK$188。ここのトイレには「紙は流すな」と書いてあった。

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北角總站附近に戻り、春秧街のところのトラムの曲がり具合をチェックする。銅鑼灣と筲箕灣の間で線路が直角に曲がるところはあとここしかないし、線路の曲がり具合だけを見れば違うともいえないけれど、まわりの風景があまりにも違いすぎる*2。健さんが女優の三田佳子にヤクを預けに行くのは、劇中ではポウヘン劇場というたぶん架空の劇場で、撮影はセットだと思われるが、想定は新光戲院ではないかと勝手に思っているので、北角だったら都合がよかったのだけれど。

その新光戲院は来年閉館するという話なので、入口の看板をのぞいたりしつつ、北角雞蛋仔へ行って雞蛋仔(↓左写真)を買う(HK$15)。これは見たらぜったいにほしくなる、つながったベビーカステラ。外側がカリカリでおいしいが、予想よりも淡白な味。食後でもぱくぱく食べられる。Uターンしてふたたび西へ向かい、今度は福元湯圓へ。昨日延期した冬至の湯圓として、鴛鴦湯圓(↓右写真)を食べる(HK$16/杯)。黒胡麻餡3個と花生(ピーナッツ)餡2個のセットだが、めずらしい花生餡がすごくおいしい。

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天后まで歩き、MTRでホテルに帰る。今日の歩数は17672歩。尚豪酒店は、上環にあって値段がまあまあリーズナブルでWiFiがタダというので選んだが、部屋もバスルームもかなり狭い。必要なものは最低限そろっているが、ところどころ「経費節減」が可視化されたような使い勝手の悪さが目立つ。最近少し贅沢なホテルに慣れてきたので、いろいろ不便に感じる。WiFi環境はぜんぜん問題ないが、特にシャワーまわりの使い勝手が悪く、洗濯物も干せそうにないので、もっと長期のときは泊まらないほうがよさそうだ。

*1:西灣河電車廠は1989年にできているので、その前から線路が曲がっていたかどうかわからないし、いずれにしてもこのあたりは1964年とは変わっていると思われる。

*2:1964年にはすでに海は電氣道や渣華道より北にあるので、北角でトラムが海岸を走っているとは考えられず、ここも違うようだ。

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