Hatena::ブログ(Diary)

久保洋介ブログ(本のキュレーター) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-01-15

『イーロン・マスクの野望』

我々が人類史上類をみない大変革の時に居合わせていることを気付かせてくれ、単調な毎日を過ごしがちな私たちをワクワクさせてくれる、そんな一冊だ。

日本ではまだ認知度が低いかもしれないが、今、世界中から「未来を変える天才経営者」として注目されている起業家がいる。1971年南アフリカで産まれ、31歳の時アメリカで億万長者の仲間入りし、現在地球規模の壮大な挑戦をする今年43歳の男だ。彼の名はイーロン・マスク。2010年公開の映画「アイアンマン2」で、天才発明家にして大富豪の主人公トニー・スタークのヒントになった人物である。

イーロン・マスクの名が世に知られるようになったのは、2002年にeBay社が15億ドルもの価格で彼が設立したインターネット決済サービスの会社「ペイパル」を買収し、世間の注目を浴びた頃からだろう。当時ペイパル株式の12%を保有していた彼は約1億7千万米ドル(約170億円)もの資金を手に入れ、若くして億万長者となる。そんな彼がその資金を元手に次はどんなインターネットサービスを始めるのかシリコンバレーの注目が集まったが、彼はそんな周囲の期待を尻目に、インターネットとは全く関係のないビジネス・プランを打ち立てる。

彼が次に始めたのは宇宙ロケット開発だったのだ。彼は「スペースX」という会社を設立し、大見得を切って会社の目標は「宇宙ロケットで人類を火星へ移住させること」と言い切る。人口増加と温暖化による気候変動が続く地球に人類が住み続けられる期間は短く、人類は火星へ移住する必要があると信じ、その手段を自ら作ろうとするのだ。しかも「打ち上げコストは従来の10分の1までコストダウンさせる」と高々と宣言する。

世間は、インターネットベンチャー起業家が唱える火星移住計画に対し、「不可能だ」と言って切って捨てる。その後もイーロンは数々の批判や中傷を受け続けるが、彼とスペースX社のメンバーは同社にとって初の宇宙ロケット「ファルコン1」の開発を着々と進めていく。そして創業6年後の2008年、3度の失敗後の4度目の正直で、遂に民間ロケット初の地球軌道飛行達成という快挙を成し遂げるのだ。しかも、スペースX社の打ち上げコストは宣言通り、NASA試算値の約10分の1まで下がっていることが判明し、文字通り世間を「あっ」と言わせることに成功させた。今では宇宙ロケット開発においてあらゆる国を相手に競争を仕掛けるスーパー民間企業だ。

ネットビジネスと宇宙ロケット開発の両方を成功させただけでも十分「天才経営者」と呼ばれるに値するが、彼はそれだけで満足ない。イーロンは宇宙ロケット開発という壮大な夢を追っている最中、なんと、これまた全く別の電気自動車事業へも着手するのである。2004年に電気自動車ベンチャーである「テスラ・モーターズ」に出資し、会長に就任、その後社長を務めるようになる。ガソリン車よりも化石燃料を使わずにすむ電気自動車の普及に陣頭指揮を執るのである。

ここでも宇宙ロケット事業と同様、数々の横槍にあいながらも、着実と実績を残していく。会社が危機的状況には「すべての投資家が見捨てても、私がテスラ社を支える」と私財を投じて会社を守り、New York Times電気自動車バッシング記事に対しては「事実と違う!」と記事の矛盾点を一つ一つ指摘し最終的にはNew York Timesに白旗コメントを掲載させてまでいる。

トヨタパナソニック等の出資も受け、創業7年目の2010年に米自動車メーカーとしては1956年のフォード以来半世紀振りとなる新規株式上場に成功。現在、連続走行距離が約500km(東京京都間は無充電で走行可能)と最も性能の高い電気自動車「モデルS」を全世界で販売中である。

スペースX社とテスラ社の経営だけでも尋常でなく大変なのに、あろうことかイーロンは更に太陽光発電事業の経営にまでも手を出す。彼の従兄弟が2006年に創業した太陽光発電企業「ソーラーシティー」に出資し、会長に就任しているのだ。同社は2012年に上場を果たし、現在、全米が熱い視線を送るクリーンエネルギーベンチャーとして期待されている。

イーロンは、2014年までに北米の人口の80%の都市をカバーする電気自動車用高速充電ステーションを設置する計画を公表し、充電ステーションの電力源はソーラーシティーなどに任せ太陽光発電にしようとしている。実現すれば化石燃料のいらない自動車インフラシステムの誕生である。一つの国家でさえ手を焼く大事業を民間人一人でやりきろうとする彼の壮大なスケールの事業観には、ただただ恐れ入る。今回もあらゆる方面から「不可能だ」と言われているが、彼は着実に実績を残すつもりだろう。

宇宙ロケット電気自動車太陽光発電。一見、バラバラの先端産業をイーロンは取り組んでいるように思えるが、彼の中ではこれら三つの事業は一本筋が通っている。「太陽光発電とともに電気自動車を普及させることは、この地球を石油依存から脱却させ、気候変動に対処し、人類が火星への移住を実現する時間を稼ぎだすことになる」、そう電気自動車事業と太陽光発電事業は、火星へ人類を移住させるという途方もなく大きな計画の前ステップだったのである。

一般人には壮大すぎて理解しがたいゴールを掲げ、それを着実に実現させていくイーロン・マスク。彼が人類の歴史を変えることになるのか、それともただの野望で終わるのか、幸いにも同世代に生きる私たちは、彼の無謀な挑戦をこの目に焼き付けることができる。

本書は、映画の主人公のような彼の半生を分かりやすく紹介している。本の虫だった少年時代、宇宙ロケットの打ち上げに何回失敗してもへこたれない彼の楽観主義、ハイテク技術の技術優位性を守るためにあえて特許申請しないという彼の天の邪鬼戦略、日本のモノ作り現場のような地道な努力の積み重ね、彼のお金の使い方など、どれをとっても面白いエピソード・切り口であり、未曾有のチャレンジに挑み続ける経営者の評伝としては日本で一番である。イーロン・マスクを知らない人も少し知っていた人も十分に楽しめる内容だ。

2013-12-25

『北からの世界史』

まるで歴史ドキュメンタリー番組を観ていたかのような読後感を味わえる一冊だ。

本書は、歴史上、ロシアカナダアメリカなど極寒の世界に人々が「何」を求めて遠征していき、「何」を売り買いすることで世界経済と繋がっていったのかをおう歴史書である。歴史書といってももちろん学校で習うような事実の羅列とは全く違う。本書を読んでいると、学校で暗記した地域や年代別の世界史が一つの視点を主軸として繋がりあっていくような感覚を味わえる、そんな一冊だ。

著者は、歴史を事実の羅列ではなく、面白い視点から分かりやすく解説することで定評のある宮崎正勝氏。著者の歴史観の特徴は、「文明」「民族」「国家」など従来学校で教えられる切り口ではなく、世界の社会経済がどのように繋がっていたかという「ネットワーク」という切り口から歴史を捉える点である。本書でも、世界史の周縁の北方世界が、イスラムヨーロッパなど世界史の中心となる文明と「何」を介して繋がっていったのかを主軸に世界史を編集する。

意外にも、北方世界と世界史の中心を結び付けた重要な商品(上で言うところの「何」)とは、クロテンやビーバーラッコといったなんとも愛らしい動物たち。一瞬おやっとなるが、彼らを世界史の舞台に押し上げたのはその可愛らしさではなく、奢侈品としての毛皮である。世界史を主導した文明が集まるユーラシアの乾燥地帯では良質な毛皮の自給が不可能であり、北方森林地帯の毛皮に羨望の眼差しが集まっていた。

この飽くなき需要を満たすために活躍したのが、スウェーデンバイキングロシア人、フランスイギリス出身の漁民たちからなる毛皮商人である。彼らは時の権力者や富裕層が渇望する毛皮を求めに、未開拓地である北方世界に足を踏み入れていく。本書では、ロシアカナダなど北方世界が毛皮交易を中心として開発されていく過程が描かれている。

教科書にあまり載らない歴史を追うのも楽しいが、更に面白いのは毛皮交易の歴史の主人公である商人たちの生き様だ。これら商人たちは、未開の地で力強く、時にずる賢く、また残酷に、毛皮交易という全世界を股にかけるビジネスを展開していく。紹介されているのは、一癖も二癖もありそうな人物ばかりだが、個性的で情熱的な商人で、どこか愛着が湧いてくる。

毛皮交易と言っても、商人の出自国柄によってビジネスモデルはてんでバラバラで、現地拠点を築いて自ら狩猟するもの、原住民との物々交換をとおして毛皮を取得するもの、原住民から税金として搾取するものなどいて興味深い。

ところで、当時の文明世界に良質な毛皮を供給したのは、シベリア、西カナダアラスカなど、現代社会では石油・ガス資源が大量に賦存されていると言われている地域である。文明人たちの飽くなき欲望を満たしていた上質な毛皮は今では石油・ガスに代わっている。歴史は繰り返すと言うが、現代社会にて全く同じ事が同じ場所で繰り返されている。過去の歴史から何を学ぶのか、著者が突きつけている裏の課題のような気がしてならない。

『スリランカの赤い雨』

わくわくサイエンス本だ。

2012年11月13日早朝、インド沖合のスリランカに突如として「赤い雨」が降り注いだ。砂漠の微粒子を含む「黄色い雨」や火山灰・石炭を含む「黒い雨」はよく確認されているが、「赤い雨」というのは神話などで紹介されているものの事例が少なく、本格的な科学的研究はあまり進んでいない未知の現象である。本書は久しぶりに確認された謎の「赤い雨」の正体に迫る研究者の話である。

スリランカに赤い雨が降った11年前の2001年7月下旬、インド南西部ケララ州でも同様に赤い雨が降ったことが報道されていた。いくつかの地点では赤色の濃度が高く、血が降り注いだようであったという。スリランカで赤い雨が降った際も、辺りが赤茶色に染まるほど、赤い雨の濃度は濃かったそうだ。そしてインドのケースでは、その赤い雨が降る前に、大気中で大きな爆発音が聞こえたという奇妙な現象も報告されている。

ここ数年、各国の科学者たちがこの未知なる「赤い雨」の分析を急いでいる最中だ。今現在も分析は進行中で完了してないそうであるが、すでに驚くべき分析結果が一部で出始めているという。赤い雨には、地球上のものとは思えない細胞状物質が大量に含まれているというのだ。採取した粒子の細胞壁にはウランが濃集されており、加えて細胞内にはリンが少なく代わりにヒ素があるという。もしこれが本当だとすると、地球上に確認されていない未知の細胞の発見となり、科学的に大発見となる。2010年12月にNASAが発表したヒ素を用いて生命活動を維持することが可能な細菌「GFAJ-1」に類似している可能性も示唆されている。

この研究を海外チームと共同で実施しているのは、東京大学名誉教授で現在は千葉工業大学惑星探査研究センター所長を務める著者。著者がどういう経緯で「赤い雨」を研究することになったのか、どのように研究・分析を進めているのかを本書はルポタージュ形式で綴っている。インドスリランカなどに現場検証に出かけながら「赤い雨」の謎を解こうとする著者の調査は、さながら探偵物語を読んでいるかのようなスリル感があり、ぐいぐい引き込まれる。

この赤い雨の究明に、惑星科学者である著者が加わっているのには訳がある。2001年のインドでの赤い雨を研究したグループが、赤い雨粒子の正体を彗星爆発によって撒き散らかれた細胞と結論付けたからである。もしこれが本当だとすれば、赤い雨から採取された細胞地球外生命にあたるかもしれず、世紀の大発見だ。また、これまで生物科学界で無視されてきた、地球上の原始生命は宇宙から隕石などに付着して到来したというパンスペルミア説を裏付ける重要な手がかりの一つになるかもしれない。パンスペルミア説は今までトンデモ論として軽視されてきたが、著者らの分析結果によっては、異端理論が日の目を見るかもしれないのである。

本書のページをめくっていると歴史が変わる一幕を追っているかのようなワクワクした気分を味わえる。地動説を唱えたガリレオスノーボールアース説を主張するポール・ホフマンといった主流説に真っ向から刃向かう異端児を応援したくなるような人にはおススメの一冊だ。

本書を読んでもパンスペルミア論が正しいのか正しくないのかは正直よく分からないが、科学者が仮説をたて、証拠をもとに理論武装していく過程は読んでいて楽しい。さながら新手の経営者が自分の信じるビジネスモデルを実践していくかのようだ。常識にとらわれずに新たな視点で物事を捉えることの面白さを教えてくれる、そんな一冊である。

2013-11-16

『産後クライシス』

子どもが産まれたあと妻の態度が激変した ー そんな経験ある世の男性(夫)は多いのではないか。とある民間研究機関の調査によると、妊娠した段階では7割が相手に愛情を抱いているが、子どもが2歳になる頃には、女性の夫への愛情はなんと半数以下の3割にまで低下するという(男性も低下するが、女性の下げ幅の方が圧倒的)。「え、そんなに俺たち愛されてなかったの?」「やっぱりそうだったのか」人によって反応はそれぞれだろうが、男性にとってはなんともショッキングなデータである。一方の女性の反応は、「夫を愛している妻が3割もいるの!?」と傷口に塩を塗る反応。。。

厚生労働省のデータを基に推計すると、産後2年以内で夫婦仲が冷めて離婚するケースは年間で3万9000件もあるようだ。産後2年以内の離婚は、子どもがいる家庭が離婚する時期としては最も多く、全体の約3割を占める。長年連れ添ったにも関わらず、出産後わずか1年半で離婚に至ってしまうという夫婦が最近増えているという。別の調査では、離婚までには至らなくとも、この時期のわだかまりが、その後の夫婦関係に長く影響するというデータもある。本書では、休日には家族そろって出かけるなど傍から見れば絵に描いたような「幸せな家族」を築いていたとしても、産後の夫婦間のヒビが尾を引き、「夫にもはや愛情のかけらもありません」という妻のコメントが紹介されている(夫に期待するのは愛情ではなく経済力とのこと)。

この産後2年以内に起こる夫婦間の危機とは何なのか、なぜ起こるのか、どうしたら防げるのか、そんな難問に迫るのが本書である。著者は現役のNHK報道局記者と制作局ディレクター。2012年、この二人が出産後に夫婦の愛情が急速に冷え込む現象を「産後クライシス」と名付け、NHK朝の情報番組「あさイチ」にて取り上げたところ、視聴者の反応はその年1位2位を争う大反響だったという。世の多くの男性陣は主婦をターゲットとした「あさイチ」を観れてないだろうから、ぜひ今回本書を手にとって「産後クライシス」を理解することをオススメする。

産後クライシス」が起こる原因。お茶の水女子大学ベネッセの研究によると、出産後デリケートな時期に放つ夫の無神経な一言や家事育児への非協力が、この「産後クライシス」に強く関係しているという。出産は女性にとって人生最大の危機と言われ、身体的にも精神的にもそして社会的にも最高レベルの変化を経験する時期。その時期に無神経な夫が家事・育児を手伝わないと、夫は「最愛の人」から「育児・家事の邪魔をするやっかいな同居人」にまで格下げされてしまうという。

例えば、翌日朝一で仕事があるため、子ども夜泣きしていても布団にもぐりこみ気付かなかったふりをする。深酔いして帰宅後、子ども夜泣きに対して嫌そうな顔をする。「今日は早く帰ってきて」と妻に言われた際に「そんなの無理」と返答する。こんな経験はないだろうか。慣れない育児で心身ともに限界に近づいている妻にとって、これらは痛恨の一撃になりかねない。しかも、男性は「自分が妻の愛情を失っていること」そして「その原因を自分の行動が作っていること」に一切気づいていないことが問題をさらに深刻にさせている。NHKの番組が行った調査でも、妻は産後クライシスがあったと認識しているにも関わらず、夫は産後クライシスはなかったと勘違いしているケースがほとんどだったという。

多くの男性が本書を読み、「産後クライシス」を避けてもらいたい、これが産後クライシスを経験している著者二人の思いである。本書は産後クライシスを回避する方法を具体的に紹介している。この一冊で何十年続く夫婦間に禍根を残さずすむと思うと819円はとても安い買い物だ。本書を買って読んでるフリをするだけでも、夫婦仲のことを真剣に考えていると思われ、妻のポイントはあがるかもしれない。もちろん男性向けだけに書かれた本ではなく、産後クライシスを回避するために「妻ができること」も紹介されており、女性もためになる内容だ。

本書の帯には「手伝おうか?」はNGワードだと書いてある。「え、何でNGなの?」と思ったあなた、その悪気のない反応が妻を怒らせている原因である。なぜこれがNGワードなのか分からなかった方には特に本書を読むことをオススメしたい(ちなみに我が家では、私はNGな理由が全然分からなかったが、妻はすぐに答えが分かった)。

『宇宙へ行きたくて液体燃料ロケットをDIYしてみた』

ゴオオオオオオオー!

「おおー!」「うわっっ」

インジャクターの少し先で、轟音をあげて炎が上がった。火炎放射器のようにオレンジ色の炎が4mほど前方に伸びる。時間にして数秒。

「燃えた‥‥‥」

インジェクターから噴出されたエタノールと液体酸素はみごとに混合し、乗用車のプラグが放つ火花を大きな火炎にした。

歓声があがった。

野田が笑い出す。止まらない。自然にみんなで拍手をしていた。

「成功!」「ほんとうに火がついた」「こわ‥‥‥」

本書の主人公「なつのロケット団」が一から手作りで作ったエンジンが、試行錯誤を重ねた末、初めて燃焼に成功した際の描写である。「なつのロケット団」とは、ロケットをつくって本気で宇宙へ行こうと考えている漫画家SF作家、CGイラストレーターエンジニア、元IT企業社長たちからなる集団。平均年齢はおそらく40代後半のおじさん集団(失礼!)である。ただ、そんじゃそこらの思考停止しているおじさんたちとは一線を画していることは、上の描写を読めばすぐ理解できるだろう。ノリはまるで学園祭前の大学生だ。

そんなノリノリのおじさん集団が目指しているは、世界一低コストでのロケット開発。国に頼らず民間主導で開発を進め、ホームセンターネットショップで入手できる材料を使うことをテーマとしている。最近、JAXAIHIイプシロンロケットという従来の約1/3の費用で打ち上げられるハイテク小型ロケットを開発しているが、「なつのロケット団」が目指すのはより安いローコスト・ローテクロケットである。もし実現できれば、誰でも格安で衛星を宇宙を飛ばすことができるようになり、更には格安で宇宙旅行できるようになるかもしれないという、新たなインフラの登場に繋がる可能性を秘めたプロジェクトである。

本書は、そんな夢溢れるロケット開発に挑む素人集団のこれまでの軌跡を、メンバーの一人であり漫画家あさりよしとお氏がイラストを交え綴っている。彼らの成功と失敗の過程が面白おかしく描かれており、純粋に読み物として面白い。ロケット開発につきものの爆発はいつ彼らに訪れるのか、ちょと心配しながら本書を読むとスリル感が倍増し、よりドキドキしながら読める。

本書によると「なつのロケット団」の運営方法は、出せる奴が、出せる時に、出せるだけの資金と時間を投じるというスタイルだそうだ。日頃はメンバーそれぞれ別の仕事をし、月に一回集まれる人たちが集まってロケットの開発を行う(HONZ運営方法と似ている)。大学サークルのノリなのに、創立5年で初のロケット発射成功、創立7年目となる2014年には宇宙空間と言われる高度100kmまでロケットを飛ばす予定だという。夢を語るだけでなく、実際に結果を残す集団であることがヒシヒシと伝わってくる。大きな夢に挑戦する集団の運営手段はどうあるべきか、とても示唆に富んでいる。

ちなみに、メンバーの一人で元IT企業社長とは、ホリエモンこと堀江貴文氏である。彼が個性豊かなメンバーにとけ込み、一緒にアルミ板をやすりがけしたり、燃焼試験で大喜びしたり、メンバーの飯を作ったりする光景も描かれており、メディアに映る姿とは少し違った一面を垣間みれる一冊でもある。

本書の最後にコメントを寄せる「なつのロケット団」をサポートする植松電機の植松務専務の言葉には「はっ」とさせられた。

子どもの頃、人は宇宙に憧れます。でも気がついたら、宇宙の仕事は、よほど頭が良くないと‥‥‥ものすごくお金がかかる‥‥‥と思い込んでしまいます。でもそれは、やったことがない人が教えてくれた、やらない言い訳です。そんな言い訳を覚えちゃったら、どんな夢だってあきらめられます。なつのロケット団は、やっています。だからこそ、本当の夢の追いかけ方を教えてくれます。

やらない言い訳を考えるのではなく、「できる」と思い込む人こそが、世の中を変えることが出来る。本書が教えてくれる教訓の一つである。ロケットファンだけが読むにはもったいなく、中高生、進路に悩む大学生、忙しいビジネスマンなど、あらゆる人に読んでもらいたい一冊である。

2013-11-02

『そして日本経済が世界の希望になる』

相変わらずのクルーグマン節炸裂の一冊だ。

クルーグマンと言えば、歯に衣着せぬ発言で知られるノーベル経済学者。時の権力者や著名経済学者をバッサリ切り捨てる容赦ない批判姿勢は、いつも賛否両論を呼んでおり、ファンもアンチも多い経済学者である。本書でも切れ味は抜群であり、米ハーバード大学カーメン・ラインハート、ケネス・ロゴフ両教授をばっさり切り捨てている。

インタビューアーは国際ジャーナリストの大野和基氏。ポール・クルーグマン相手に話を上手く引き出せるのは日本では彼の右に出るものはいないという人物だ。本書は彼にとって2009年6月出版の『危機突破の経済学』に続く第二弾インタビュー本である。

このインタビューアー大野和基氏の経歴がまた面白い。東京外国語大学卒業後、米コーネル大学化学、そしてニューヨーク医科大学基礎医学を学んだ後、医学の道に進むのではなく、ジャーナリズムに転じた変わり者である。著名人への単独インタビューが得意で、同氏の公式HPには、サミュエル・ハンチントン教授やジョセフ・スティグリッツ教授など国際政治経済関連の著名人とのツーショットが並ぶ。マイケル・ジャクソンの父や共和党副大統領候補サラ・ペイリンの両親などとのショットも並んでおり、政治・経済だけでなく芸能ゴシップもカバーできる逸材であることが良く分かる。

本書は、そんな反骨精神溢れる気鋭の経済学者を、日本随一のちょっぴり変わった国際ジャーナリストがインタビューするというもの。この二人がどんな会話を繰り広げていたのかを想像しながら本書読むだけで、楽しみは倍増する。

本書の内容は、クルーグマンによるアベノミクス評価。基本的には大絶賛だ。それもそのはず、アベノミクスが実践するインフレーションターゲットを最初期に提唱した人物こそ、このクルーグマンである。自身が1998年の論文「It’s Baaack! 」で示した方法を15年越しで実践する日本の経済政策に対し、「この政策実験がうまくいけば、まさに日本は世界各国のロールモデルになることができる」と期待を寄せている。

結局、経済政策は実行時に政治的判断が入ってしまうので、なかなか理論の善し悪しを判断しにくく、クルーグマンの理論が現実社会で上手くいくかは最後まで分からない可能性ある。ただ本書はアベノミクスの基本理論を理解するために読む入門書としては今のところ最良であることは間違いない。

本書の最後には、監修者・山形浩生氏の解説がついており、忙しくて全部読めない人にはこの解説を読むだけで大筋が理解できるようになっている。

『命がけで南極に住んでみた』

地球最後のフロンティアを綴る最高のサイエンス・ルポだ。

本書を書店で見かけたとき、「南極はそんなに興味ないし」と平積みされている本の前を一旦通り過ぎたが、著者名が目に入った瞬間に引き返した。ゲイブリエル・ウォーカーといえば、サイモン・シンが絶賛し日本では毎日出版文化賞受賞した『スノーボールアース』の著者である。帯には「人を拒み続ける醜寒の大陸に長期滞在」という文字が目につき、さらにプロローグを立ち読みしてみると著者は過去5回も訪問した南極フリークだという!

人気サイエンスライターが自ら心酔する対象を綴ったというので、これは期待大と思い読んでみると、やはり期待を裏切らない。出張中の飛行機通路側席で読んでいたのだが、ページをめくる手を止めるのに苦労し、隣のおじさんがトイレに行くのを何度か遮ってしまったほどだ。南極大陸の自然史を彼女以上に興味深く書けるのは、この地球上にいないだろう。

本書で描かれているのは、ペンギンアザラシといった動物たちの活動、ニュートリノ実験など最先端の科学実験、地球気候史を示す重要事実の発見、そしてそこで暮らす奇人変人たちの奮闘ぶりである。南極は氷の無味乾燥な大陸という先入観を持っていたが、本書で見事に打ち砕かれることとなる。

本書は三部だてであり、第一部では、南極東部の沿岸を紹介する。ここは辺り一面氷だらけという劣悪な環境下にもかかわらず、多くの動植物が活動しており、「南極エイリアン」というべき奇妙な生物にお目にかかることができる。例えば南極の有孔虫。一般的に、有孔虫のような単細胞生物食物連鎖の最底辺で捕食の対象と考えられているが、南極の有孔虫は自分より大きな甲殻類の肉をむさぼり食う性質を有している。有孔虫が蟹の内部に侵入して肉を食べると想像しただけで気持ち悪いが、南極では極限の飢餓と逆境に耐えるために世の中の常識を覆す成長をした生物が数多く生息しているのだ。

第二部では、南極東部の奥地、高原地帯へと進んでいく。そこは南極点よりも標高が高く、頂上は海抜3,000mほどの氷床が最も厚い地域である。そこで研究者たちは3,000mもの分厚い氷をドリルで掘り、地下を探査している。一見、南極で禁止されている資源探査のように見えるかもしれないが、研究者たちが追い求めるのは石油やガスなどの資源ではなく、地下奥深くに閉じ込められた氷だ。

地下3,000mの氷は、約80万年前にできた氷であり、その氷を調べることで当時の気候状況が分かるという、まるで地球気候史を示す古文書のような存在である。最近では、80万年分の氷を調査した結果、今日の地球二酸化炭素量は過去80万年のうちで異常に高い数値であることが分かってきているという。ここ南極での実験により、近年の温室効果ガスの増加は地球の周期的なものではなく人為的な介入の結果ということが証明されつつあるのだ。

そして第三部では、南極西部の南極半島を取りあげる。南極西部氷床は滑りやすい岩の上にのっているため、氷が海に崩落する可能性が高く、温暖化の影響を一番受けやすい地域である。南極半島の3つの棚氷のうち2つはここ10年余りで崩壊してしまっている。今後も崩壊が進み、南極西部氷床が全て溶けた場合、地球上の海抜は今よりも3.5m上昇すると言われており、東京は洪水の脅威にさらされることになるだろう。ここは科学者たちが固唾をのんで見守っている地域である。

以上のように、本書は地域別にそこで行われる科学者たちの研究を紹介しているが、本書の醍醐味はこれら研究テーマに取り組む科学者たちの奮闘や南極での生活である。本書で紹介されている科学者やサポート部隊の人たちはみな生き生きとしており(もちろん環境は劣悪なのでみな命がけだ)、南極という地での生活を心底楽しんでいることがヒシヒシと伝わってくる。毎日3時間ペンギンストーカーのように追い続ける科学者はいるわ、南極に落ちた隕石を血眼になって探す隕石ハンターもいるわ、味にうるさいフランス人研究者を黙らせるために黙々と美味しいパンを作りつづけるシェフもいる。一つ一つ紹介していくことはできないので、ぜひ本書を手にとって読んでみてほしい。

個性溢れる科学者たちの生活に関する逸話も面白い。例えば、南極では、気温がマイナス数十度に達する冬期に行われるおバカな行事があるそうだ。気温が−67℃(—90°F)に達すると基地の人々はそわそわしだすという。そして気温−73℃(—100°F)に到達すると突然アナウンスが鳴り、それを聞いた人々は93℃(200°F)まで暖められた基地内のサウナに直行する。そこで体を暖めたあと、なんと、すぐさますっ裸で外にでて、気温差300°Fを体験して喜ぶという。まるで子どもの遊びである(もちろん南極は科学研究の地なので、一部例外を除いて、子どもはいない)。

正直、本書を手にとるまで南極がこれほどバラエティに富んだ場所とは知らなかった。さすがに訪れたいとは思わないが(個人的に寒いとこが嫌いなので)、地球の果てで何が行われているのかという知的好奇心を満たしてくれる良書である。

2013-09-25

『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ』

南米ベネズエラといえば、反米主義のウゴ・チャベス大統領、石油、野球などが思いつく程度で、あまり日本人には馴染みのない国だろう。もしかするとミスユニバースを何人も輩出する美女大国として知っている人の方が多いかもしれない。

そんなベネズエラでは、ここ数年『エル・システマ』という音楽育成プログラム発祥地として世界中の注目を浴びている。注目を浴びるきっかけとなったのは、「100年に1人の天才」「クラシック界のスーパースター」などと形容されるベネズエラ出身の指揮者グスターボ・ドゥダメルの活躍である。20代前半にして、世界屈指のオーケストラから客演指揮者として招待され、26歳からスウェーデン国立管弦楽団エーテボリ響の主席指揮者、28歳からはロサンゼルス・フィルの音楽監督に就任し、現在まだたったの32歳である。エル・システマが生んだ天才として知られている人物だ。

エル・システマは、1975年に始まった教育プログラムで、子供たちに無料で楽器を貸し、本格的なオーケストラでの演奏活動を通じて他人との協調性や社会の規律を学ばせる手法だ。対象となる子供たちの70〜90%は貧困層の出身であり、エル・システマを取り入れた地域では、麻薬や犯罪に手を染める子供が激減。その効果は大きな話題を呼び、現在では日本を含め30以上の国と地域で導入されている。本書は、このベネズエラの奇跡と言われるエル・システマを紹介している。

1960年代ベネズエラでは、石油ブームの効果によって経済は潤い、文化や芸術が盛んになり、各地でオーケストラなどが創設されつつあった。ただ文化芸術はエリートや富裕層を対象としたもので、ベネズエラ人に対して音楽家への門戸は閉ざされたままだった。そんな自国の状況を憂いた音楽家経済学者でもあるホセ・アントニオ・アブレウ博士は、若者を集め、ベネズエラ人で構成されるユース・オーケストラを創設する。練習場所として選んだのは、使われていないガレージ、これがエル・システマ誕生秘話である。偶然にも、スティーブ・ジョブスが家のガレージでAppleを作るのとほぼ同時期だ。

1976年、アブレウは、この新しく創設されたユース・オーケストラを結成から1年も経たない中で国際音楽祭へと参加させ、誰も想像しなかった快挙を成し遂げた。欧米・日本などの実力が確立されているオーケストラをさしおき、コンサートマスター含めほとんどのポジションでベネズエラ人が最優秀奏者として選出されたのだ。この快挙は世界中の注目と尊敬を集め、当時ベネズエラ大統領はアブレウの活動に予算を分配することを決定する。アブレフはその国家予算を使い、1980年代前半までに50を超える音楽教室を全国各地に誕生させ、音楽家への道が閉ざされていたベネズエラの若者に無料でオーケストラを体験させる活動をしていくのである。まさしくその恩恵を受けたのが、前述の1981年生まれの天才指揮者グスターボ・ドゥダメルである。

エル・システマの成功例であるドゥダメルはを現在ロサンゼルスで子供たちを指導している。他にもニューヨークやリオなど各地でエル・システマの教育法が広まりつつあり、日本では震災の被害を受けた相馬市オーケストラ設立を目指している。アブレウのようなカリスマ抜きで同じ手法が根付くのか、世界中が見守っている状況だ。ちなみにエル・システマでは日本発の音楽教育法スズキ・メソードが取り入れられているという。もしかすると日本こそが次なる歴史の主役になれる土壌ある国なのかもしれない。

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ドゥダメルが指揮するシモン・ボリバル響の映像。卓越した演奏技術に加え、ラテンのリズムに乗って楽団員たちが踊るアンコールは、クラシック界の常識を覆したと言われている。しかも楽団員たちは皆30歳以下だ。

『医師は最善を尽くしているか』何が改善に繋がるのか

アフガニスタンイラク戦争。治安は未だ改善せず相変わらず散々たる状況であるが、医療の面では歴史的とも言える偉業が成し遂げられている。戦闘で負傷した兵士の死亡率が、これまでの実例と比べて大幅に改善しているのだ。第二次世界大戦が30%、朝鮮戦争は25%、ベトナム戦争は24%、湾岸戦争は24%の兵士が死亡しているなか、今回はたったの10%である。

朝鮮戦争以降、半世紀もの間ほとんど進歩がなかったこの分野において、今回米軍医療部隊はどのようにしてこの快挙を成し遂げたのか。前回の湾岸戦争と比べ、医療機器や医療技術の革新はほぼないし、今回の戦争では医療スタッフの確保に苦労していたくらいなので、新しいテクノロジー軍医の才能が大幅な改善を生み出したとは言えない。では一体、何が偉業達成の鍵だったのか。

この快挙の秘密に迫るのは、現役の外科医、ハーバード医科大学教授、クリントン米国大統領の上級アドバイザー、「ニューヨーカー」紙のライターと数々の肩書きを持つアトゥール・ガワンデ氏。2010年にTIME誌が選ぶ「世界でもっとも影響力のある100人」の一人でもある。オバマ大統領を唸らせるような記事を今でも「ニューヨーカー」で書き続けている彼の洞察力は凄いが、それと同時に脱帽するのは、訳者があとがきで指摘する通り、読者を惹きつける文章のリズム感や臨場感である。一度読み始めると先が気になってページをめくる手が止まらなくなってしまう。

話が少しずれたので、米国医療チームの偉業に戻そう。医療チームが戦場で負傷した兵士の90%を救命するという驚くべき数字を残せた理由は、負傷兵士に対するシステマティックな対応だったそうである。今回の戦争では、兵士は負傷するとレベルに応じて四段階の効率的な治療を受けている。まずは衛生兵が応急手当。次に野戦病院での手当。その後、第三段階としてインフラの整った戦闘サポート病院へ搬送され、本格的な手術が行われる。3日以上入院が必要な重傷患者は、第四段階として、空軍の輸送機でドイツのラントシュトゥールにある病院へ輸送され治療されるのである。受傷からラントシュトゥールへの搬送にかかる時間はわずか36時間である。

本システムの特徴は、最前線の病院で患者を引き受け過ぎないで、余裕のある後方病院へできるだけ早く効率的に輸送することである。陳腐で当たり前のシステムに聞こえるが、これまでの戦争では、各レベルでの外科医が自分の手で自分の患者を再建させようとしがちであり、患者を手放したがらなかった。事実、アフガニスタン戦争の当初はラントシュトゥールへの搬送に平均192時間もかかっており、この時間を1/5以下に短縮させた効率的なシステムこそが、目を見張る成果に繋がったのである。

著者はこれを「パフォーマンスの科学」という。医療の進歩は新薬や新技術、医療機器の開発や普及に依っていると私たちは考えがちであるが、実は、今ある臨床のパフォーマンスを改善させた方がより多くの命を救うことにつながる。アフガニスタンイラク戦争では、医療チームは新技術の発見を待つことはせず、戦傷者治療の方法論を改善させていったのである。本書では、科学技術の進歩を待つだけでなく、与えられた現場で最善を尽くすことで医療を変革しているエピソードを上述の例の他に10紹介している。

エピソードを読むにつれ、本書で紹介されているのは、医療医学の分野だけでなく、あらゆる業界に通用する汎用性のある話ばかりであることに読者は気付くだろう。本書の第三部では、素晴らしい知識と技術を備えた医師であっても二流の結果しか出せていない事例を紹介しているが、あなたの周りでも見覚えのある事例なはずだ。医師に限らず、私たちも日々、組織・金銭コスト・システム・同僚・家族など、さまざまな要素が混在する中で最善の結果を残したいと考えている。本書にはそのためのヒントがいっぱい詰まっているのである。