2008-09-28 We are just creators on the earth
山本弘自重しろwwwww
山本弘を批判せよとの指令が友人から下った。
今週の言葉
本職のアニメーターにならなくても、
アマチュアでもがんばればこんなもの作れることが常識になった今、
アニメーターになろうという人間なんているんだろうか?
アイドルマスター 菊池真 パンツじゃないから恥ずかしくない誕生日PV
ジョジョの奇妙な冒険でしょでしょ
日本のアニメ界の危機だぞ、これ。
一読、うわこりゃひでえ。よし批判する。
さて、彼が絶賛している2つのMADをここにも貼ってみよう。
アイドルマスター 菊池真 パンツじゃないから恥ずかしくない誕生日PV
ジョジョの奇妙な冒険でしょでしょ
これらはそれぞれ、『ストライクウィッチーズ』EDアニメ・『涼宮ハルヒの憂鬱』OPアニメの動画をトレスしてキャラの顔や衣装を描き換え、彩色して元ネタと同じように編集したものだ。ぼくはトレスMADと呼んでいる。
以下、元ネタを貼る。
ストライクウィッチーズED 芳佳&リーネ版
これらの動画をどう褒めるか?
山本氏はどうやらアニメ制作の技術について褒めているようだ。しかしながら動画をトレスしている以上、動きや映像の見せ方は当然、元のOPやEDのスタッフの功績である。
- レイアウト・動画のモーションとタイミング・キャラクターデザインのベース→原画マン・動画マン・作画監督
- カット割り・カットの尺数・エフェクト→コンテマン・演出家
といった具合に。それに対してオリジナル要素は以下のとおり。
- 元ネタに合わせたキャラクターデザインの再解釈(ストライクウィッチーズふうのアイマスキャラ、ハルヒ絵ふうのジョジョキャラ)
- キャラの描き換えと、それに伴う部分的な新規作画(誕生日PV・Aメロ最後の真と亜美真美、ジャイロの馬など)
- 背景やエフェクトの描き換え
- 作画の簡略化による省エネ化(誕生日PVについては、制作者M@co.j氏のブログ『笑いながらがんばった。 - M@coと中毒』に省力化について記述されている。ジョジョのほうは約1,100枚を要した旨、解説動画にて制作者の犬助氏が述べている)
もちろんこれらの作業を行なうには、人並み以上の画力が要求される。しかしいずれも元動画に負う部分が大きく、少なくとも一から元のOPやEDの映像を作り出すプロのアニメーターや演出家に比べれば、必要とされる技術はそれほど高度なものではないのは明らかである。実際、ふたつのトレスMADと元動画を比較したとき、トレスしてなお動きにぎこちなさが残るし、デッサンの拙さも散見される。
そういうものを見た感想がなぜ、「本職のアニメーターにならなくても、アマチュアでもがんばればこんなもの作れることが常識になった今、アニメーターになろうという人間なんているんだろうか?」となるのだろうか。
これが、アニメを見始めて日の浅い年少者や、とりあえず見た目がよければプロの作品だろうとアマチュアの作品だろうと構わないというライトユーザならまだいい。アニメの主な視聴者は常にそのような人々なのだから。
問題は、プロとアマチュアの歴然たる技術力の差など当然見分けられるはずの、プロに作れてアマチュアに作れないものなど知り尽くしているはずの、第一世代オタクである山本氏がこんなことを言っているということだ。少なくとも、12年前の別冊宝島『このアニメがすごい!』に寄稿する程度には、アニメに精通しているはずなのに(ついでに、ぼくより20歳程度年上である)。
彼の言う「こんなもの」とはすなわち2つのトレスMADを指すのだろうが、これらが元ネタなしには作り得なかったことは一目瞭然ではないか。なるほど彼らは素晴らしいMADを作り上げた。だが、元ネタの表現をある程度再現できることと、元ネタの表現をゼロから創り出せることは峻別されなければならない。いったい後者にどれほどの才能と努力を必要とすることか、知らぬ山本氏でもあるまいに、言うに事欠いて「アニメーターになろうという人間なんているんだろうか?」とは何たることか。
ちなみに「プロとアマチュアの歴然たる技術力の差」が端的に記されているのが、ジョジョMADのキャプションである。「原作絵で動かすのは私の力量では無理でございます」と犬助氏は述べているが、プロの――少なくともOPやEDに参加できるレベルのアニメーターならば当然、原作絵を基にしたキャラデザで動かすことができるのだ。それが彼らの仕事なのだから*1。
アニメに精通したオタクがトレスMADを褒めるならば、大量の動画をトレスして編集し、元ネタを再現した労力こそがその対象となるはずなのだ。結果のみならず過程も評価されるのがアマチュアの良さではないか。ぼくも彼らの労については大いに絶賛する。つーかすげえ。しかしながら、これはアニメーター志望者が途絶えることへの危惧や「日本のアニメ界の危機」とやらにはまったく関係のない話である。
それを、最近ニコニコ動画にすっかりハマっているからといって、「三次元終わったなwww」などのコメントと同レベルの与太をあんなところに書き散らしてしまうとは……ヌルくなったな山本弘、と嘆息せざるを得ない。
山本氏はおそらく、プロの技術などなくとも、アマチュアが(山本氏の好きなアニメをネタに)頑張って作ったMADで十分満足できる、と言いたいのだろう。
もし、若いニコニコ動画ユーザに彼と同じような考えの持ち主が一定数以上いて、彼らがトレスMADを数十万再生に導いて「プロの犯行」「野生のプロ」などのタグをつけているのだとしたら、そしてそういう人々は今後も増え続ける一方なのだとしたら……たしかにそれは「日本のアニメ界の危機」と言えるのかもしれない。プロの作ったアニメは別に見なくてもいい、ということなのだから。
そうであるならば再三、トレスMADはプロの作った映像ありきであることを強調しておきたい。技術的な評価にとどまる限り、山本氏の物言いは的外れである。
余談1
ただし、まったく別の観点から「アニメーターになろうという人間なんているんだろうか?」という「日本のアニメ界の危機」を論ずることはできる。金銭と承認欲求――すなわち、やりがいの問題だ。
プロのアニメーターの低賃金は周知のごとくである。拘束時間が長く、払いは概して良くなく、ほとんどの場合まともな社会保障も存在しないという、異常なまでに厳しい労働環境だ。労働基準法の埒外と言っても過言ではない。そして彼らはもちろん、集団作業の一部の担当者である。上流工程の拙さやある種の受け手の無理解によって、係わった作品が酷評を受けるようなことがあれば、表現欲求が満たされるのとは別の部分で、安い金で働かされたのに視聴者からは評価されないという憂き目に遭うことになる。
いっぽう、トレスMADのアマチュア制作者はどうか。もちろんひとによりけりだろうが、往々にして、彼らは本業でアニメーター以上の安定した収入を確保していると目される。そのうえで、金銭による対価こそ得られないものの、作品の出来がよければ動画のコメントでダイレクトに好い反応が返ってくるのだ。再生数やマイリスト登録数も、分かりやすい指標である。承認欲求は、より簡単に満たされうる。
そのような現状に鑑みて、(ニコニコ動画のアマチュアよりもやりがいがないかもしれない)アニメーターになろうという人間なんているんだろうか? という問いを立てること自体は有効だろう。ここから導き出される要求とは、すなわち、労働環境の改善である。
……もっともぼく自身が、金や評価の問題じゃない、とにかく書かせて/描かせてくれればそれでいいというタイプの人間なので、説得力に欠けるきらいはあるが。また、そういう理由でアニメーター志望者の減少を危惧するのは、いくらなんでも若いクリエイター志望者の情熱を舐めている。
(追記:とはいえ、ニコニコ動画ではプロ級の技術など持たなくてもプロ以上に承認欲求を満たすことができるし、表現欲求そのものも手軽に満たせるのではないか……という話をするなら、まさしくアニメ制作技術も論点に含むことになる。山本氏はそのことを言いたいのかもしれないが、あの表現ではいささか分かりづらいのもたしかである)
(追記2:山本氏のブログ記事「山本弘のSF秘密基地BLOG:9月14日(日)日本のアニメの危機を語る」にて、まさにこの余談1が問題とされていた。
だったらわざわざ低賃金で働かなくても、別に本職を持って、余暇にこつこつと個人でアニメ作った方がいいんじゃないの? 自分の好きなキャラクターを思う存分動かせるんだし。
この認識に立ったうえで、思いっきりはしょったのが冒頭の言葉だったわけだ。なるほど……。あまりに端的な表現に見える場合は、それが別の場所で述べられている本論のサマリーである可能性を疑え、ということか。であるならば、この批判はいささか的外れであった。ただやはり、それで表現欲求が満たされるひとは、表現者としてのプロのアニメーターには、そもそもなり得ないのではないかと思われる)
余談2
ぼくのペンネーム「有村悠」は、1996年頭の段階では「有村湧」だった。そのさらに前は「安月湧」。
これ自体は単独で考え出したものだが、直後に購入した『コンプRPG』1995年8月号に掲載されていた山本氏の小説「私は十代の蜘蛛女だった?」を読んで、主人公の少女が「穂月湧」という名前であることに仰天した。現在でもこれだけ自意識過剰なぼくが、やべえ三文字中二文字かぶってるパクったと思われると恐れおののき、慌てて改名したことは、読者の皆様にも容易に想像がつくだろう。しかも当時、ぼくは彼の所属していたグループSNEへの就職を将来の進路に見定めていた。
そういう、一方的に縁のある相手を批判せざるを得ないのも、クリエイター厨としては複雑な心境である。
個人的におすすめする、90年代山本弘セレクション。経験点稼ぎの対象と見なされがちなモンスターもまた知的生命体であることを訴えた『モンスターたちの交響曲』は、すべてのTRPGゲーマー・ファンタジー系ライトノベル読者必読である。
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*1:そもそも、基本的に複数のスタッフが作り上げるOP・EDと、多くの場合単独で制作するトレスMADでは比較の対象にならないはずなのだが、山本氏はさまざまな要素を捨象した「作品」という概念に還元して同じ俎上に載せ、わざわざプロにならなくても……と説いている。機動隊の組織的な暴力と一個人の暴力を「どっちもどっち」と言い放つがごとき、卑怯な論法である。
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