Standing Stone 別館

科学社会学、STSでよく引用される研究者 (分布図)


2006-11-25

[][]ステレオスピーカーとステレオタイプ

英語だと、ステレオタイプstereotype(ステロタイプ)という一面的なものを指す言葉と、ステレオ音楽stereo soundという(モノラルと比べて)多面的なものを指す言葉が、なぜか同じ綴りを使っている。これはなぜか。

stereoの語源についてOEDで調べてみた。OEDというのはオックスフォード英語辞典であり、世界最大の辞書であり、たぶん世界最高の権威。ちなみに、この辞書を作るには70年以上かかったらしい。

と、全面的に権威によりかかって調べてみたところ、まず、ギリシャ語にはstereosみたいなスペルの単語がある。それの意味・語源はsolidと同じで(solidはラテン語経由)、英語のstereoは、近代になってからこのstereosを取り入れたもの。

ちなみに、solidの意味は「固い」と「立体の」なのだが、そのココロは「水と対比したときの氷」っぽい。氷は液体じゃなくて固体(→立体)で、それなりに固い。だから、solidifyは「凝固させる」って意味になる。ついでに、かつてのsolidは「固い」よりも「立体」のほうが第一義だったっぽいです。

stereoが英語に入ってきたのは、だいたい2つのルート。一つは、印刷技術のステロ版。もう一つは、ステレオスコープ(立体鏡)付近。ステレオがまったく意味の違う二側面を持っているのは、流入ルートが二つあるかららしい。

ステロ版および金太郎飴な世界把握はステロ版由来であり、他の意味・用法(立体系)は立体鏡あたりが起源っぽい。で、ステレオを「固い」という意味で使う用法は、現代英語には存在しないはず。

それでは、歴史を追っていこう。

ステロ版の実用化が、近代英語におけるstereoの初登場だった。1798年の雑誌に以下の記述が見られる。

「かの有名なフランスの印刷屋ディドー(Didot)は、ヘルマンというドイツ人とともに、革新的な印刷技術を開発したと発表。彼らはその技術をステロ版(stereotype)と名付けた。」

ここでいうステロ版というのは金属を使った版で、活字組版や木版などの原版から紙型を作り、そこに活字合金(鉛+アンチモン+スズ)を流し込んで作る。

何でステロ版と名付けたのかはわかんないけど、まあ固いからだろうね。木版と比べたら。

・・・と思ってたら、1823年の本から以下のような用例を発見。

"[They] are printed with what are called stereotypes,the types in each page being soldered together into a solid mass."

「それらはステロ版と呼ばれる印刷法で作られている。ステロ版では、各ページの活字ははんだづけされ、一つの塊になる。」

どうやら活字どうしが固まってるから、ステレオタイプらしいです。これだと、その後の「固定観念」への意味拡張にぴったり合うね。

***

ここまでの議論をいったん要約しておこう。「一面的なステレオタイプと立体的なステレオ音楽はなぜ同じSTEREOって言葉を使ってるの?」という疑問から出発して、どうやらこの言葉は二つの語源から英語に入ってきていて、その二つの違いがそのまま残っているから、という答えにたどりついた。

で、ステロ版の歴史について色々と見て、「ステロタイプ」が「版に押したように同じ見方をする」みたいな意味に使われるのは、それが分解可能な活字ではなく、一つの鉛の塊だからのようだ、と説明したわけです。

ステロ版を開発(正確には実用化)したのは、フランスの印刷屋ディドー一族のなかのフィルミン君で、開発時は30歳。ステロ版を使って「ポンペイの悲劇」とかを刷った後、晩年には印刷業を辞めて政治や文学に関わるようになり、72歳で死亡しました。

で、ディドー社のステロ版技術は急速に広まり、「版に押したように同じことを言う」というニュアンスを媒介にして、1850年頃にはstereotypeが「使い古された表現」の意味で使われ始め、1920年頃になると「固定観念」一般をも意味するようになりました。

ステレオタイプは親から子へと世代を越えて伝達されるものであるが、この伝達はきわめて持続的かつ権威的に行なわれることが多いため、それは一見するとほとんど生物学的な事実であるかのように見える」

この文章を書いたのはLippmanという社会学者で、「マスコミは恐ろしい、なんせ世界を勝手に作っちゃうんだから」という事実を初めて指摘した人。引用文もこの文脈だね。

一方、ステレオという語の系譜はもう一つあるわけです。物理学者Wheatstone(1802-1875)が考案した立体鏡(stereoscope)がそれ。まあ、彼自身は理屈を示しただけなんだけど。

「このメカの中には立体(solid figures)が表現されるのだから、私はこれを立体鏡(stereoscope)と名付けようと思う」

立体鏡というのは望遠鏡みたいな形をしたメカで、右目と左目で微妙に違う絵・写真を見せることによって、立体を見ることを可能にするものらしい。昔よく子供用の雑誌に付いていた赤青メガネの親玉みたいなものか。Wheatstoneの頃は写真がなかったが、写真技術が発達すると立体写真も普及し、「ステレオ・スコープ」という名称で立体写真を見るための道具が市場に出回るようになった(20世紀初頭)。写真そのものが魔術的な魅力を持っていた時代の産物。今日ではアンティークとして重宝されてるようです。

で、こっちからstereoという語は「立体」ということになり、ステレオ音楽(1920s〜)やステレオ化学へとつながっていくわけです。ステレオ化学っていうのは分子の3次元的構成を研究する化学なんだって。

とまあ、そういうわけで、ステレオという語は、もともとはsolidを意味する一つのギリシャ語だったが、英語には「stereotype」と「stereo-」という二つの系譜で入ってきたので、両者の間にはいまだ絶望的な断絶がある、ということのようだ。

ちなみに、ステレオというのは固体なのだから三次元のはずなのに、ステレオ音楽って二つのスピーカーで構成されるのだから、明らかに2次元だよなあ。もともと人間の耳は二つしかないし。

なんでこれがステレオと呼ばれてるのかはナゾのままだ。

takemitatakemita 2006/11/28 00:18 いやいや、「右目と左目で微妙に違う絵・写真を見せることによって、立体を見ることを可能にする」のと同じでしょ。「左右のスピーカーで微妙に違う音を出して、立体的な音を可能にする」みたいな。「立体」なのは仕組みじゃなくて効果だよ。

y_ttisy_ttis 2006/11/28 01:51 なるほど。たしかに。それはともかく、なんかtakemitaさんのコメントに既視感があるのですが、前にも指摘されましたっけ? 別の人かな。
 こういう指摘をされて、なるほどと思って、耳(聴覚)が3次元を感知する仕組みを調べた記憶があるのです。耳は左右に付いているから、それは定位できるとして、上下や前後はどうなのか。
 ちなみに結論は、たしかに左右ほど明確には聞き分けできないが、外耳の形が上下・前後ともに非対称のため、それによる反響で識別している、でした(上下の定位が特に苦手だったはず)。

印刷史好き印刷史好き 2007/06/26 16:22 はじめまして。「ディドット一族のなかのフィルミン君」ですが、通例Firmin Didotはフィルマン・ディドー(乃至ディド)とよむのではありませんか。また「1798年の雑誌」ほか引用文につき出典も記していただけるとさらに役立つ記事になるかと存じます

y_ttisy_ttis 2007/06/26 16:47 はじめまして、コメントありがとうございます。たしかにディドーって読むのが正しいっぽいですね。漫然と英語読みしてしまいました。さっそく直しておきます。
引用文はだいたいOxford English Dictionaryのstereo-関連の項目から持ってきています。今度時間があるときにでも、出典を入れておこうと思います。

通りすがり通りすがり 2012/11/06 08:15 冒頭の問題提起に似たような動機から検索して、拝読しました。
面白かったです。

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