山田建築設計室の晴耕雨読 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-12-05 ふわふわ言葉とチクチク言葉

------------------  ふわふわ言葉とチクチク言葉

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晩御飯の時のこと、小学校1年生の長男が立ったり座ったり落ち着きの無い様子でチョロチョロとしているうちに、お皿に手をついて食事をこぼしてしまった。「バカ、チョロチョロしているからこぼすんだ。ちゃんと座って食べなさい。」と叱ったら…長男と2年生の長女から猛反撃!「お父さん、バカって言った。チクチク言葉は言っちゃいけないんだよ。チクチク言葉を言われると悲しいでしょ。ふわふわ言葉を使わなきゃいけないんだよ。」長男は涙を流して抵抗しながらも、自分に非があるのは理解している様子だ。しかし、こんなくだらない事を学校で教えているのだろうか?(ふわふわ言葉子供を叱れるか!)

しばし、あっけに取られたが、父も負けてはいられない。「皆で食事をしている横でチョロチョロするのは他の人が不愉快だから叱ったのだ。バカなことをしているから、バカって言うんだ。「チクチク言葉」を言われたら、まずは自分が悪くなかったかを考えなさい。」子供を叱るのにも、大変な時代になってしまった。(父も、接頭語として「バカ」が口癖になってしまうのは反省してはいるが、まさか、他人の子供にはバカとは言いません。「バカ」と言ってもらえるだけ有り難いと思え、という愛情表現は現代には通用しないのでしょうか?)

いじめ問題以来、学校で「ふわふわ言葉(言われて嬉しい言葉)とチクチク言葉(言われてイヤな言葉)」を教えているらしい。インターネットで検索してみたら、全国の小学校道徳時間に「ふわふわ言葉で教室が満たされれば素敵だね!」という授業をして、いじめ問題に対応しようとしている様子が伺える。皆が「ふわふわ言葉」だけ話して、ホンワカと暮らせれば素敵だが、我々は、好きな人も嫌いな人も色々な人と触れ合い、喜怒哀楽の様々な感情の中で生活している。喜ぶ・楽しいをプラスに扱い、怒る・哀しいをマイナスに見立てて、「プラスを増やして、マイナスを減らせば、皆、幸せになれる。」そんなゲームの得失点表みたいな道徳の授業はやめて欲しい。子供達に、プラスマイナス、白黒二項対立のゲーム感覚人生を説いて欲しくない。

私が言うまでもなく、喜ぶ・楽しいをプラスとし、怒る・哀しいをマイナスとすることがそもそもの間違いで、怒るときには怒っていいのだし、哀しい時は泣けば良い。「喜怒哀楽」全ての感情を言葉や態度で相手にぶつけることで始めてコミュニケーションが生まれ、相手を理解したり、思いやったり、自分を省みることができる。「チクチク言葉」もコミュニケーションのひとつの手段で、もっと恐ろしいのは、無視したり、相手に関心を持たなくなることではないだろうか。「ふわふわ言葉」が正しく、「チクチク言葉」が間違っているのではない。

勿論、「チクチク言葉」よりも「ふわふわ言葉」の方が温かい気持ちになれるのは当然だ。「チクチク言葉」の非を教えるのだとしたら、相手に「チクチク言葉」を言われるのが悲しいから人に言うのをやめましょう、というネガティブな態度では無いと思う。不条理な「チクチク言葉」を相手に発して悲しくなるのは実はそれを言った本人である事、「チクチク言葉」でさえも時として謙虚に受け止めることが大切な事、「チクチク言葉」を応酬せざるを得ない状況があるならその状況が悲しい事、そこまで踏み込んで教えて欲しい。そして、言葉も大切だが言葉は表現手段のひとつで、表現すべき「感情」こそが大切なことを教えて欲しい。そして、「喜怒哀楽」を認めた上で、その感情をコントロールする必要もあることを教えて欲しい。(低学年には無理かもしれない。)

小学校低学年生を持つ親として、低学年では、自分の感情を押し殺さず「喜怒哀楽」全ての感情を素直に表現することを尊重して欲しいと思う。「ふわふわ」でいきましょう、というのは一見正しいように見えるが、実は、低学年の素直な感情にブレーキをかけることになりはしないだろうか。表面的なところで、「皆仲良くしています」と取り繕うのは、日本学校教育(大人社会も)の得意とするところだが、「感情に蓋をすること」が現在いじめ問題の根底にあるように思えてならない。うれしい時は喜び、楽しかったら笑い、嫌なことをされたら顔を真っ赤にして怒り、哀しい時は大声で泣けば良い。その中で、人に嫌なことをすれば後で自分が哀しくなり、優しく接すれば自分自身も相手も変われること、を体験して覚えていけば結構だ。

カミさんとの会話の中で、彼女がヒトコト・・・「ふわふわ言葉のホンワカ気分を学校で教えるようでは、社会に適応できないニート大量生産だね。」

学校は、社会生活・集団生活の中で生きていく術を学ぶ場だと思うが、社会生活は不条理なことが多く、決して「ふわふわ言葉」に守られたホンワカした場所ではない。その中で、如何にコミュニケーションを図り、自分を表現する術を教えるのが、学校の大切な役割だと思う。「教室」という閉ざされた温室の中に、ホンワカした温もりをつくる事が教育ではないと思う。

みつよみつよ 2006/12/05 18:37 >「ふわふわ言葉で教室が満たされれば素敵だね!」
このフレーズは、気持ちが悪いです。
得体の知れない感じがする。
ちかごろの学校ッってのは(未踏の地だわ)不可解ですね〜。

ヤマダヤマダ 2006/12/06 09:36 いじめの無い、明るく楽しい教室にすることは、とても大切だと思う。子供の時の幸せな体験は、その後の人生にとってとても大切な事だろう。しかし、社会に出れば、不条理な事は一杯あります。教室という温室の中とは違い、様々なコミュニケーションをとりながら、たくましく生活していかなければなりません。
そう考えると「ふわふわ言葉で満たされれば・・・」で終わってしまってはいけないのではないのかと思います。

obinobin 2006/12/06 10:20 男はタフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がないって、昔ありましたね。

ジョー山田ジョー山田 2006/12/06 11:17 今そんな厳しい事を言ったら、ヒヨワな男の子は
「お母さん、僕のあの麦わら帽子どこにいったんでしょう・・・」って、壊れちゃいますよ。

masamasa 2007/12/18 19:14  「ふわふわ言葉」で検索し、たまたまここに辿り着きました。
貴方の子どもへの対応と考え方を読ませていただきましたが、非常に悲しく、不快感を覚えたので投稿することにしました。

 まず、貴方は
「言葉尻に捕らわれずに、自由な言葉で喜怒哀楽を表現することが良い」
と言う主張をなさっているようですが、貴方自身が「ふわふわ言葉」「チクチク言葉」という言葉に捕らわれているのではないでしょうか。良い言葉を使わせ、悪い言葉を抑制することと言う矮小化した捉え方でそれらを見つめ、子どもの真の訴えに気付けないご様子、子どもはおそらく、心に大きな傷を負い、大人になっても思い出すぐらいのショックかと思われます。

 貴方の子どもが言いたいのは、貴方の叱った内容ではなく「バカ」の部分にあるのですよ。貴方自身「バカ」をつけることを自戒されているようですが、自分の子どもには言っても良いと言うような偏った考えが見られます。貴方の子であろうが他人の子であろうが同じ人間です。貴方が自分の裁量で子どもを傷付ける言い方をして良いわけがないでしょう。

 コミュニケーションというのは、感情にフィルターをかけてこそ成り立つものではないでしょうか。怒りをそのままぶつけたら良いことなどありません。チクチク言葉を言わないようにすると言うのは、負の感情を抑えることではなく、負の感情を負の形で伝えないようにする事なのです。怒りを、相手にわかってもらうように伝えるための術なのです。例えば、道を歩いていて、肩がぶつかり、怒りを感じたとしましょう。そこで
「バカヤロウ、痛えじゃねえか」
と言って良いものでしょうか。じゃあ何も言わず我慢するしかないのでしょうか。そうではなく、相手に自分の気持ちをわかってもらうように伝えるのが一番なのです。貴方が進める感情放出の方法では、円滑なコミュニケーションはできませんよ。

 子ども達は、貴方の考える常識を全て身に付けているわけではありません。貴方はそれを教える立場にあります。しかし、教える前に子どもを「バカ」と決めつけて罵倒したことにより、子どもは大きく傷ついたのでしょう。別な言い方があるはずです。貴方の価値観で傷付けられ。育った子どもは、折角学校で教わった優しさを無価値として、貴方のように不器用な言い方しかできない人間になってしまうかも知れませんね。

喜びや悲しみはプラスで、怒りや悲しみ自体はプラスやマイナスで片づけられないでしょう。しかし、貴方が子どもに向かって放った「バカ」という言葉はプラスになるのですか。そこを考えて、理屈で武装する前に、目の前の子どもの気持ちを掴んであげて下さい。
あなたが言うべき言葉は
「ごめんね」
だと思います。

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