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さいごの旅人 このページをアンテナに追加 RSSフィード

04月16日土曜日 [中国] 雲南をたゆたう その2 このエントリーを含むブックマーク

いい日旅立ち」を、1番だけで構わないので、きちんと歌えるだろうか?

 帰国してから周りの友達に試してみたけど、みんな揃って「♪いい日旅立ち〜」から歌おうとする。これはサビなので、まもなく行き詰まる。生まれてから何十回と聴き、幾度となく口ずさんできた曲なのに、素ではなかなか歌えないものだ。カラオケに頼り切って軟化した頭脳からは、歌詞がほんとうに出てこない。

 それを、わが国から遠く離れた雲南省の西方、洱海という静かな湖の畔で、女の子に歌ってほしいと頼まれるのだから、日本人旅行者も楽ではないのだ。

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 その子と出会ったのは、雲南省の北西、麗江という町でのことだ。

 ナシ族が800年ほど前に築いた古い町は、世界遺産に登録されている。小高い丘に登って見下ろすと、ぎゅっと密集した家屋の瓦屋根が波打つさまは、新鮮な魚のウロコを見るようで、美しい。ただ、それは遠くから眺めればの話である。

 中国人の悪い癖で、観光地となると風情も情緒も取っ払い、とことん開発してしまう。おかげで麗江の古い町並みも、歩いてみれば飲食店と土産物屋と宿が集まったうるさい場所に過ぎない。

 嫌気が差して、町の北に聳える玉龍雪山を目指すことにした。麗江の町は標高2400mだが、雪山の最高峰は5596m。登頂する装備も体力もないけど、ロープウェイで4506mまで行けるそうだ。富士山よりはるかに高い場所へ簡単に登れるのだから、中国恐るべしである。

 雪山へ向かうバス乗り場は「紅太陽酒店(ホテル)前」にあるとガイドブックに書かれているのに、肝心のホテル前の道路は工事のまっ最中だ。この国の常として、「どこそこに移転しました」という親切な看板や張り紙は当然ない。あたりを歩き回って、30mほど離れた路地に駐まったワゴン車に「雪山行」の表示があるのを見つけて乗り込んだ。

 雪山に近づいたところに設置された料金所でバスは止められた。ガイドブックにも入山料として一人80元(約1000円)徴収されるとあるのだけど、やってきた係員が何やら難しそうなことを説明している。僕のへっぽこ中国語ではまったく聞き取れないし、向こうは向こうで地方の下っ端役人に過ぎないのだから英語など通じない。互いに困っていたところで助け船を出してくれたのが、北京から来た燕儿(エンル)である。

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 結局、彼女の通訳によって、係員の言いたいことが分かった。「一番高いところへ行くロープウェイは風が強くて運休だが、途中まで行くことは出来る。それでもお前は高い金払って(注:80元といえば大金で、泊まったユースなど一泊50元だ)入山するか?」

 言葉は通じず、おまけに案内看板も少ない場所での行動に不安を覚えた僕は、一人旅をしている燕儿に、金魚の糞として付いていくことにした。話を聞くと彼女は同い年で誕生日は20日違い、内モンゴル自治区の出身、北京の大学で国際ジャーナリズムの修士号を取得したが、今は銀行に勤めているという。英語が流暢なのはブリュッセルへの赴任経験があるからで、まあ、文句なしのエリートである。

 燕儿とはその後3日ほど旅を供にしたのだけど、僕がいつも会う中国人とはずいぶん違った。賑やかな場所や派手な場所が苦手で、宿も麗江から離れた束河という静かな町に取っているほど。お酒もタバコもやらない。趣味はラテンダンスや水泳で、好きな音楽は小野リサ。ドラマは「フレンズ」や「プリズンブレイク」を観る。一人旅が好きで、トレッキングなどのアウトドアを楽しむことが多いという。

 燕儿のセンスはとても都会的で、欧米のライフスタイルを大切にしている。今は一握りの進んだ若者たちの感覚に過ぎなくても、経済発展と数十年単位の時間経過によって広がるのだろう。改革開放の荒波は、中国人の騒々しさすら流し去ろうとしているのだろうか。


 燕儿は日本も大好きで、東京や北海道を訪れたこともあるという。こんどは「納豆」に行きたいというので、よくあんな粘りけのあるところに行きたがるなと思ったけど、ちゃんと聞くと伊豆のことだった。

 中国人の好きな日本人として、高倉健のほかに山口百恵があげられる。燕儿もその例にもれず、「伊豆の踊子」を観て感動したらしい。「赤い」シリーズの再放送などが人気を博しているけど、歌は知られていないそうだ。

「日本では歌手としても人気だったんだ」

「試しに一曲聴かせてよ」

「でも歌詞の意味が分からないんじゃない?」

「じゃあ手帳に訳を書いて」

 歌詞を思い出すのも大変だったが、英訳はもっと困難である。「過ぎ去りし日々の夢を叫ぶとき/帰らぬ人たち熱い胸をよぎる」なんて、僕の乏しい英語力ではとても立ち向かえない。辞書もない。結局、帰国してからちゃんとした翻訳を贈る約束をさせられた。

 燕儿とはしばらく旅を供にした。夜中の大理駅で、昆明行きの夜行列車を待っているとき、彼女は呟いた。

「この国は変化が早すぎる。かつては役人、ちょっと前は金融業がもてはやされていたけど、十年二十年経って自分がおばさんになったときに、どんな仕事について、どんな生活をしていればいいのか、ぜんぜん分からないの」

 高度成長する中国を僕たちはうらやましそうに眺めるけど、彼らにとっては戦いのまっただ中で悠長なことを言ってられないのかもしれない。上るだけ上ってしまって、あとは下り坂という日本の若者と、何になればいいのかという悩みだけは同じなのだが。

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02月28日月曜日 [中国] 雲南をたゆたう その1 このエントリーを含むブックマーク

 脚の長さと強さだけは自信のある僕ですら音をあげるほど広大な「雲南民族村」は、雲南省の中心・昆明にあるテーマパークだ。敷地面積は120haというから、東京ディズニーランド(51ha)とシー(49ha)をあわせても及ばない。

 中華文明の心臓部から遠く離れ、険しい山によって隔てられた中国南部の雲南省が、中央政権の支配下に置かれたのは明代、600年ほど前のことである。何千年という時間感覚を持つ中国では、つい最近のことだ。結果として漢民族に溶け込まない少数民族が数多く残った。

 高度成長とともに空前の観光ブームに沸き立つ中国人にとって、雲南省は「国内でありながら異国情緒を味わえる観光地」として注目されている。とはいえ珍しい民族ほど不便な場所に住んでいるのは自然の摂理。できるだけ楽したい観光客のためにつくられた「少数民族のユートピア」が雲南民族村なのだ。

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 村内には政治の匂いが立ちこめている。イベントスペースはその名も「団結広場」、スタジアムで開催される民族ショーのキャッチコピーは「大型民族民間情景歌舞」である。実際には漢民族が圧倒的多数を占めながら、対外的にも国内的にも「多民族国家」であることをアピールしなければならない苦しさが、必死の「ほーら、みんな仲がいいんですよ」という態度に透けて見えるだろう。

 ただ中国でありがちな展開として、建前は立派なのだけど現実が追いついていない。民族ごとに場所が割り当てられて、独特の建築やイベントを披露しているのだけど、そのノリは高校の文化祭だ。訪れたお客さんにサービス精神全開の民族もあれば、やらされている感漂う民族もある。

 学者による専門的な解説でもあれば違うのだろうけど、言葉の分からない日本人にとって漫然と散策しても面白みが分からないだろう。ならば逆手にとって、テーマパークで民族問題についてマジメに考えてみようと企んだ。博物館のようなマジメなところに行けばマジメに考えられるものでもあるまい。以下は「地球の歩き方」の「少数民族紹介」をベースにしたものなので、話半分で聞いてください。

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  • 少数民族でもメジャーとマイナーがある。

 一口に少数民族といっても1000万人クラスのチワン族から、1万人を切る民族まで様々である。一般に人口が多い民族の展示は堂々としているけど、ヌー族(3万人)プミ族(3万人)トールン族(7千人)あたりはいずれも山の民といった印象で、違いがよく分からない。

  • 引っ越し組にはドラマがある。

 昔から雲南にいたのではなく、元の時代に移住したモンゴル族や、清の時代にやってきた満州族には、なぜ引っ越したのかという物語があるので面白い。モンゴル族のゲルにはチンギスハンの肖像が掲げられているし、満州族の住居には京劇の仮面がずらり並んでいる。

  • エリア外に本拠地があると、イメージしやすい。

 何もかもキンキラでインパクトありすぎなタイ族や、独特な様式の寺院を建ててしまったチベット族は、本拠地のイメージが強いので明解だ。回族の敷地内にあるモスクには「イスラム教徒以外は立ち入るなかれ」と張り紙がされていて、イスラム世界の頑なさが伝わるだろう。

  • 一つでも強みを持っている民族は得。

 母系社会の伝統をもつモソ族や、道教を大切にするヤオ族など、「この民族はこれ!」というインパクトを持っている民族は印象に残る。キリスト教の影響を受けて教会を建てたミャオ族や、音楽が大好きでアコースティックの演奏で迎えてくれるラフ族も同様。

  • メジャーな観光地を持っているとかえって辛い。

 世界遺産の麗江をホームにするナシ族や、同じく観光都市として有名な大理に住むぺー族の展示は、この民族村を先に訪れれば何の問題もないのだけど、逆に麗江や大理を観光した後で民族村に来るとスケールの小さいまがい物をみるだけなのでぜんぜん面白くない。

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 以上、ディズニーランドでアメリカ文化を語るような無謀な試みだった。実はもう一つ楽しみ方がある。村内には民族衣装を着た若い男女がたくさんいるので、コスプレ感覚でかわいい女の子やイケメン男子を探すのもありだと思う。そっちの方がよほど健全だよね。

10月03日日曜日

[] 思い出のサンフランシスコ、とは言うけれど

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 「まさに傷心旅行ですね」なんてからかわれながら、9月頭に一週間ほどサンフランシスコへの旅に出た。「正しい男はいつも傷を負ってるのさ。それが疼くか疼かないかだけでね」と自分でもよくわからない答えを返しながら、土産話を続けようとして考えこんでしまう。旅の思い出を語りにくい街なのだ。

 滞在の日々がつまらなかった訳ではない。むしろ楽しくて仕方ない街だ。かつて世界最長の吊り橋だったゴールデンゲート・ブリッジを渡れば壮大さに息をのむし、獄門島として知られるアルカトラズ島へのフェリー・ツアーは観光案内が行き届いている。サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地AT&Tパークで潮風にさらされながら大リーグを観戦すればボールがミットに入る音まで聞こえるほどの臨場感に野球の面白さを思い出す。散歩すれば丘と海の街なので高台から美しい風景を眼にするだろう。

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 地下鉄、路面電車、バスなど公共交通も整備されているから移動に困ることもない。夏の気温は日本より10度低いので、霧の出た朝など涼しいどころか寒いほどだ。アメリカ滞在で悩まされる食事にしたって、都心からほど近いチャイナタウンとリトル・イタリーに足を伸ばせばいいだけだ。

 訪ねた人はこの街を好きにならずにいられないだろう。もちろん、実際に住んでみればそれなりに文句を言いたくなる(家賃が高いとか)のだろうけど、たとえ数日しか滞在しない観光客であってもその片鱗を見せない街というのは珍しい。中国なんて10分いれば100くらいクレームをつけたくなる。

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 サンフランシスコのシンボルが、丘を登るケーブルカーだ。どれも1両編成で満車が続くから乗るのに待たされるし、1回乗るだけで5ドルも取られるため客は乗り放題の切符を持った観光客ばかり。それでもケーブルカーだから線路の下にはケーブルが張り巡らされており、道を渡るときなど足元で滑車の回るカラカラという音は、街が脈打っているようだ。ノブヒルのケーブルカー博物館を訪ねれば、強力なモーターと巨大な車輪で3路線分のケーブルを動かしている迫力に圧倒されるだろう。こちらは街の心臓と言えるだろうか。

 そんなサンフランシスコだが、全てを捨てて住み着くほどの愛情を抱けるかというと、そうではないのが不思議である。いい人だけど恋愛対象にならない奴みたいなものか。ニューヨークのような大都市の怖さや醜さは感じないし、それでいて都会の便利さを味わえる快適な場所なのだけど、その欠点のなさがどこか物足りない。

 『地球の歩き方』に「おもな見どころは1〜2日で回れる」とあるが、逆説的に言えば「旅人は長いこといても仕方ないですよ」ということだ。異国を探検するスリルには乏しい。

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 だから観るところを観たら、何をしようか迷ってしまう。湾岸のフィッシャマンズワーフ辺りをぶらぶらしていた僕は、倉庫に掲げられた看板に目をとめた。「MUSEE MECANIQUE」入ってみると、中には機械仕掛けの人形や野球盤、ピンボール、パラパラ写真といったアンティークなゲーム機が百台以上揃っている。プライベートなコレクションというのだからすごい。入場無料で、ほとんどの機械は25セントなのだから、その気になればいくらでも時間をつぶせるだろう。古き良きアメリカに思いをはせながら、だらだらと懐かしいゲームに興じる、これがサンフランシスコにおける上等な時間の使い方だと思う。

MUSEE MECANIQUE http://www.museemechanique.org/

ブックブックこんにちは「その64 サンフランシスコで会った二人(前編)」 もよろしければどうぞ。