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2011-05-06

うつ病患者は…

 2010年の秋に書いたメモ。


  • うつ病患者一人暮らしさせるのは危険。なぜ入院などさせないのか。
  • 病院にこれる、飯が食える、といっても、それで精一杯で、その内容は酷いものではないか。それでは病気がより酷くなるだけではないか。
  • うつ病患者だと、現状維持をしたがるのではないだろうか。(そのほうが楽なので。)
  • 現状維持をするために、無茶な借金・会社の近くに引っ越す(常識的にはありえないほど(職場から)近いところに、ありえない家賃のところに)←現状維持のために。
  • すこし考えれば、それが無茶なことで、ちょっとやり方を変えることで、かかる金も、労力も格段に違ってくるはずなのに、現状維持するために、おかしな労力・金・時間のかけかたをする。
  • うつ病患者生産性が低い。何かをやるのに、その何かがすごくおおごとに思えるから。実際にやってみるとなんてことはないことなのに。
  • すごくおおげさに考えて放置していたことを、実際にやってみて、それをやるのに少しでも時間がかかったりすると、得られた結果が十分なものでも、時間がかかったことを指差して、ほらダメだ、とかいう。
  • うつ病の人に「がんばれ」というのがダメだ、というのは、現状維持しようとするから。よく言われるような「もともとがんばってるんだから、もっとがんばれとかいうな」というのは違うと思う。「うつは甘え」とかいって、もっとがんばろうとして、それはつまり、もっと現状維持にこだわることになって、そのために色々無理をする。その無理とは、無茶な借金や引越し、高額な健康食品…などで、そういう無理はいつまでも続かないから、破綻する。そして現状維持ができなくなる。
  • 自分の認識を変えて、柔軟にやり方を変えることで、費やす労力や時間が大幅に減少するのに、そういう方法があることに気が付かない。気が付いていても、そのやり方に変えることが、とても大変なことに思える。それなので、現状維持を選んできたんだけど、現状が維持できなくなって、破綻したら、もうおしまいとか言って、死ぬことを選択する。
  • 現状維持しようとがんばるので、無理な借金とか引越しとか長時間残業とか自主的なサービス残業とか備品を自腹購入とかしはじめる。(あと、上司や同僚に折衝するのが恐ろしく面倒くさいことだと感じるようにもなる。)
  • うつ病の初期だと、自分がうつ病だとは思いもしない。なので、「あれ?なんかおかしいぞ?」と感じていても病院には行かないし、そもそも何科にいけばいいかわからない。そこで現状維持のために、色々試し始める。健康食品サプリメントマクロビ、メガビタミン療法、ホメオパシー…。こういうのは高額なので、借金が膨らむ。そうこうしているうちに悪化していって、寝たきりになる。
  • 初期のうつ病の人に「心療内科に行け」とか言っても「どうせ何もかわらないよ」と言って、行こうとしない。本当は、病院に行ったら「よくなる」か「わるくなる」のどちらかで、現状維持というのはありえない。病院に行ったら「よくなる」のがふつうだし、病気なんだから放置していると悪化することもある。放置してたらよくなった、ということもありえる。うつ病だと、かかる医者によってはハズレがあって、「悪くなる」こともある。現状のまま変化なし、というのは、どのような状況でもありえない。なのに「どうせ何もかわらないよ」という。仕事の内容が変わらないからだ、というのかもしれないけど、それは違う。うつ病なので「変わらない」と思い込むのだ。仕事が、状況が、うつ病にさせたのかもしれないけど、仕事や状況は自分の力である程度変えていけるもので、変わらないわけがない。それを変えられないのは、自分の認識に問題があるからではないか。そうこうしているうちにどんどん悪化していって、寝たきりになる。
  • うつ病になったからといって、じっと寝ている必要はない。というか、薬飲んで寝ててもうつ病は治らないと思う。もちろん、症状が進行して寝たきりになることはあるし、薬の副作用で起き上がれないこともある。ただ、起きることができるのに寝ててもよくならないと思うのである。
  • とてもじゃないけど起き上がれない、それどころじゃない、と感じることはあると思う。でもそれは嘘だ。うつ病が感じさせる錯覚だと思う。
  • めまいがすることがあると思う。でも、めまいがしても歩けるし、車の運転も安全にできる。めまいが治るまで寝ていようと思って寝ていても、いつまでもよくならないまま。いや、寝ているからめまいが治らないのではない。めまいめまいで、寝ていようとも起きて活動していてもめまいは続くし、そのまま活動し続けても悪くなることはない。ただ、健康なときより神経を集中させないといけないし、そのぶん、やはり疲れる。終電まで働く、というのは無理だろう。休職することになるだろう。休職しても、寝たままでいる必要はないのだと思う。休職中なら、疲れればそのへんに座って休めばいいし、動けるときには動いていいのだと思う。

私の場合

 私は、はじめは寝たきりで、医者と産業医面談以外ではほとんど外出できなかった日が続いた。食欲はあるようなないような、よくわからない状態で、そしてお金もなくて、とりあえず薬を飲むために、どうしようもない食事ばかりしていた。

 自宅から歩いて3分のところにあるディスカウントストアで一番安いパスタを買い、それを茹でて、ケチャップマヨネーズをかけて食べる。その味に飽きたら塩コショウをかけて食べていた。最初のころは、たんぱく質を摂らないと、と考え、魚肉ソーセージも食べていたけど、のどにつかえるようになって、パスタだけになった。たまにそばも食べたと思う。袋ラーメンは高くて買えなかった。

 そんな生活が3ヶ月ほど続いて、体重が減ってきて、でも脂肪は減らなかった。筋肉だけが減った。

 前述したとおり「現状維持」のために湯水のようにお金を使っていたので、貯金はそもそもなかった。傷病手当金が入るまでの間、前払い分給与とかボーナスとか交通費とかで食いつないだ。もちろんこれらは後々会社に返さなければならない。今は、返せる分は返したり、分割払いしたり、滞納したりしている。この話は役員までいっていて、復職したらどんな待遇されるかわかんない。ただ、会社に借金している以上、私を無碍に扱うと会社が損をする。とはいっても、60万円くらいなので、企業としては微々たるもんだと思う。というわけで、復職できたとしても、どういう待遇されるかわかったもんじゃない。

 もうだめかなー、遺品の整理くらいは自分でしておきたいなあ、とお金もないのに、部屋の整理をどこに頼もうか考えていたときに、実家から電話があって、母が料理を作りに来てくれることになった。北九州から埼玉へ。交通費が大変だろうと断ろうとしたけど、JALだと当日シルバー割引で9000円(当時)になるということで、それならなんとかなるだろう、と考え直して、お願いすることにした。

 71歳の母を同じ年の父が送ってきてくれた。どちらも癌のサバイバーである。すっかり白髪になった両親が、私を助けにきてくれた。有り難く、申し訳なく…。

結局、母は3週間、埼玉の私の部屋で料理をつくってくれた。車がないので、歩いての買い物は大変だったとのこと。そして、私の部屋は仕事部屋みたいだ、と言っていた。これでは気は休まらないだろう、と。台所は、自炊をするには不十分な道具しかなく、近所の100円ショップ自炊に最低限必要なものを揃えてくれた。おかげで、自炊が格段にやりやすくなった。

 台所というのは、炊事をやりやすいように、つくっていく必要があるそうだ。自分もはじめはわからず、親戚のおばさんが来て教えてくれた、と母は言っていた。幼いころから炊事を手伝い、家庭科の教師でもあった母ですら、そうなのだ。炊事というのはだから、料理ができれば十分というわけではない。台所を整えることもできなければならないのだ。

このあたりの暗黙知は、実際に台所仕事を手伝ったりしていても十分に伝わるものではなさそうだ。はじめての一人暮らしをする人のところには、台所を整えたことがある人がついていって、一緒に台所の「環境」をつくることをしてあげたほうがいいと思う。


料理は手順が大切。

 母が来て料理を作ってくれて、自炊のやり方もある程度教わった。そしてお金も少しもらった。それで一息ついた。正月はちょっと長めに3週間、実家に帰った。そして再び埼玉の自宅に戻ってきて4日くらいしてから、これはどうもいかん、という感じになった。

自炊しようとしても、できるときとできないときがあって、できないときが酷い。かなり高い料金で出前(ココイチ)を頼むなどしていた。そういうのを食っても動けないときは動けない。このままではどうも先々餓死してしまう。そう感じた。せっかく両親が繋いでくれたこの命。無駄にしてはなるまいぞ。そう考えた。

実家での静養

 それで、再び両親に相談して、実家での静養に切り替える了解を得た。

 主治医には「どうもこのままでは餓死してしまいそうです。入院させてください。さもなくば実家で静養させてください。」とお願いした。主治医は「入院は、自由がないし、寮生活みたいなもので、きついと思います。実家での静養のほうがいいと思いますよ。」といってくれた。ただ「環境を変えると、元の環境に戻って復職するまでに時間がかかるんですよねー」とも言っていた。時間がかかっても、病気を治すほうが先決ではありませんか、先生?

 産業医と人事は、実家で静養する場合は、産業医面談のかわりに電話で月一回、産業医と話をするように、という段取りをつけてくれた。書類については郵送でやりとりを行うことになった。

 それで、実家で半年以上静養した。その間、腰痛体操とか市営プールとか市営ジムとかに通った。実家に戻ってすぐのころは、めまいが酷かったけど、寝ていてもめまいがよくならないことは、最初の半年でわかっていた。

 医者が変わったので、薬も変わった。そうすると、副作用だった便秘とかが解消した。

そのうちめまいはなくなった。腰痛も和らいでいった。(実は最初の3ヶ月は、腰椎椎間板ヘルニアでの休職だった。整形外科医が、あんたはおかしい、3ヶ月たっても腰痛がよくもわるくもならないのは変だ、というので、心療内科医のいう不安障害での休職に切り替えた。実家のあるところの医者は、うつ病、という診断をした。現代医学(笑))

しかし、軽減はしても、うつ病の症状はなくならなかった。

薬を飲んでもだめ。寝ててもだめ。食事の内容を見直してもだめ。運動してもだめ。

もうどうしていいかよくわからないときに、(例のエントリー)に出会った。

認知療法

 認知療法というのが存在していることは知っていたけど、やってみようと思ったことは、いままでなかった。何をやってもだめなら、あとは認知療法だろう、ということで、その手の本を読むことにした。

 こういう本を読む場合、一番いいのは、一番最初に出された本を読むことである。後に続く本は、その本の内容を簡単にしたり、改良したり、しているだけである。だけであるったって、そこが大切なんだろうが、基本はやはり、一番最初に出された本だろう、ということで、この本を選んだ。

 この本と、もう一冊、薄い本を買った。どちらから読もうか迷ってるとき、薄いほうの本に、小さなゴキブリが這っていた。ゴキブリにはごめんなさいしてもらったが、とにかく、これが虫の知らせじゃ、ということで、一番最初に出た本を読むことにした。


あるお寺で聞いた説教

 脳溢血で半身不随になった方が、動くほうの腕をつかって、よくなりますように、と願をこめてお寺の堂内を念仏を唱えながらぐるぐると回っていた。(お百度だと思う。)やがて、歩けるくらいまで回復してきたころ、そのお寺の信者さんが、さすがお不動さんがついているだけある、と言ったそうな。しかし、そのお寺の住職はとても怒っておられた。お不動さんがついているから回復したのではない、と。その方が、地獄のような苦しみを抱えながら、お寺の堂内を這って回って、だから回復したのだ、と。リハビリの苦しみは地獄だけれど、それを乗り越えることはできる。本人が努力しなければ、回復はなかった。神仏にお願いするだけでは、回復するはずもない。

 信仰は、自分から動かなければ、価値をもたない。リハビリも、自分から動かなければ、回復することはない。誰か代わりの人がやってくれるものではない。かわりの誰かがやってくれたとしても、それは、そのやってくれた人のものになるのであって、自分のものにはならない。自分で動いて、それが結果につながる。因果応報


病気は苦しいもの

  • 病気は、自分が治すもの。医者や薬は、その手助けをしてくれるにすぎない。自分から、治ろう、治そうとしないと、治るものも治らない。
  • 医者は患者を診て、適切と思われる薬を処方して、それだけ。そのあと、その薬を、指示どおりにちゃんと飲み続けるかどうかは、患者しだい。患者患者の意思で病気を治すのであって、医者や薬はその手助けをしているだけにすぎない。
  • うつ病の苦しみも地獄の苦しみ。理不尽でない病などない。

じっとしていても治らないなら、苦しみながらでも、動いていくほうが、結果が残せる。

  • うつ病患者は、ずっと苦しみの底にいようとする。凝り固まってて、動けないでいる。それがうつ病の症状のひとつ。医者や薬や家族などの支援者は、そこから患者を動かそうと手伝ってくれるけど、本人が動こう、動き出そうとしない限り、体はずっと苦しみの底に沈んだまま。そこから這い出すのには地獄の苦しみを味わうし、とてもつらいことだけど、ずっと底にいても、苦しいことには変わりがない。底から這い出そうともがいて、地獄の苦しみを味わって、この苦しみはずっと変わらないものだと感じるかもしれないけれど、実はその苦しみのない世界というものは存在していて、その世界にうつ病患者も行くことができる。とても信じられないかもしれないけれど、うつ病の苦しみのない世界は確実に存在する。

これまでの経過

2003/6〜2005/3 : 1年8ヶ月 … がむしゃらに働く

2005/4〜2006/4 : 1年 … 無理して働く → うつ病発症して、生産性が低下して、その分を、無茶な借金や引越しで補おうとした時期

2006/5〜 もはや抜け殻

やばい。社会人生活のうち、抜け殻期間のほうが長くなってる…。

http://d.hatena.ne.jp/yachimon/20090105/1231158354 から。

がむしゃらに働く、の内容。

8:50 出社

9:00 電話対応 … だいたい3〜4の依頼(Q&A)を平行して処理していく。即答を除くと、平均処理時間30分〜1時間ほど。日に20〜50件(即答込み)ほど。

12:00 昼飯

12:30 仕事再開

17:00 駆け込み Q&A 対応受付。

17:30 だいたい電話対応が終わる。Web受付の対応開始。日に1〜2件ほど。

19:00 駆け込み Q&A 対応終了。

20:00〜23:00 Web受付の対応終了。

というわけで、いちおう、終電前に帰れてた。

 ただし、「その日のうちに」終わらせよ、という件が2件以上重なったり、他部署の対応が終わるまで待機せよ、というような件がある場合は、日付が変わってからタクシーで帰ることになります。

 セミナーのテキストとか書く場合は、自宅作業(サービス残業)とか、休日出勤とか、あったりしたように思います。参考資料は自腹で購入してたりします。これは、使う資料が本当に業務の役に立つかわからなかったのと、少額資産の購入手続きが煩雑だったり(現実にはただの事務手続きで、ルーチンワークなのだから、大して考えずにやってしまえばいいのです。このような仕事を「煩雑だ」と感じていること自体が、うつ病の症状だといえるのではないか。)、というのが理由です。

※ この働き方は、まねしてはいけません。



うつ病認知機能障害

  • 認知機能の障害→生産性が低下(いままでのように仕事ができなくなる)→その状態を自覚し、悩む→症状が悪化する
  • 有職者のうつ病患者にとっては、仕事ができなくなる、というのが、最大の問題。

うつ病だからまわりが気をつかえ、ではなく、うつ病なので、ある程度よくなるまで休めるよう環境を整えること。

  • がんばる→生産性が低いのに、無理して働く→残業などが増え、人件費の上昇につながる
  • うつ病寛解したところで復職することで、生産性がある程度回復しているので、休職前のようにまわりが気をつかう必要はない。遠慮なく、仕事を与えたほうがいいように思う。
  • ただし、うつ病の原因が職場の人間関係ある場合や、仕事がその人だけに集中するような業務フロー、その人の仕事の内容を誰も理解しておらず孤立しがち…など、その人に過大なストレスがかかるような状況なら、それは改善すべき。誰か特定の人がずーっと無理をし続けたり、病人を出すような職場であってはならない。

うつ病においては,一般的な症状でありながら意外に気づきにくいのは「頭の働きの低下」であり,以前より仕事の能率が悪く,判断に時間がかかり,今までにないミスが多くなった結果,責任感の強い人ほど病気からくるものとは思いもよらず,勘違いして自分を責めてしまいます。そして,ぎりぎりまで元気なふりをして,突然,自殺を考えてしまうわけです。従って,仕事量が変わらないのに残業が増えてきたら,まず,うつ状態を考えなくてはいけませんし,残業が多いから仕事量が増えて,うつ病になったのではなく,うつ病になったから作業効率が低下して残業が多くなったという発想が労働者を扱う管理者や企業側には必要なのです。


うつ病認知機能低下に関する主な特徴>

  1. 集中困難
  2. 否定的な考え
  3. 記憶力低下
  4. 認知力低下(Widlocher,1982)
  5. 自殺念慮
  6. 妄想的思考
  7. 過剰な反すう
  8. 問題解決能低下(Harley et al,2006
  9. 歪んだ自己概念
  10. 精神運動遅延
  11. 視空間学習能力・記憶力,実行(遂行)機能,注意力の低下(Porter et al,2003)
  12. 反射欠如
  13. 理解力低下
  14. 悲観的認識
  15. 間違った意思決定

橋本謙二,Ian Hindmaach,笠井清登:うつ病・不安障害治療シグマ受容体;臨床精神薬理Vol.11,1407-1417,No.7 Jul.2008,星和書店より掲載・追加

http://jyasuragi.exblog.jp/10891909/

うつ病にも色々あってですね…

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