야단법석って侮蔑表現なのか?

たしかに「야단법석」の訳語として「大騒ぎ」というんはちょっと弱い。でも、かと言って「教養の無い愚か者が状況を把握できず右往左往してギャーギャーわめき立てる」というニュアンスかというと、それもまた違う。「야단법석」という言葉から個人的に感じるニュアンスとしては、「大騒ぎ」の更にやかましいバージョン、とでも言えばいいのだろうか。教養のあるなしは、この際あまり関係ないと思う。

とだけ言うのも何なので、辞書を当ってみることにする。「大騒ぎ」とは何か。「ひどくさわぐこと」とある。では、「さわぐ」とは何か。「うるさい声や音を立てる」、「多くの人が一斉に不平・不満を言い立てて不穏になる。」、……。なるほどね。「馬鹿騒ぎ」とは「調子に乗って度を過ごして騒ぐこと。大騒ぎ。」ここまでは日本語の話。

では、「야단법석」とはどういう意味だろう。エキサイトで翻訳してみると、「ばか騒ぎ」という風に出ます。ハイ終了、という感じですが、高校の時英語の先生の、英和辞典では正しいニュアンスが伝わって来ない、英単語を引くなら英英辞典にしなさい、という教えに従って、もう少し潜ってみることにする。

ヤフーコリアの国語辞典では、「야단스럽게 떠들거나 부산하게 구는 일.」とある。エキサイト風に言えば、「大層らしく騷ぐとか忙しくふるまう事」。야단は惹端と書く。惹起鬧端の略語で、これ自体は、「論争のキッカケを作る」程度の意味のようだ。転じて、大きく騒ぎ立てるという意味になる(大声で叱りつける、という意味もあるが)。で、「야단스럽다」で形容詞になれば、ニュアンス的に、ちょっと落ち着きを欠いて騒いでいる感じ。で、법석というのは法席と書く。何故に法席? ヤフーコリアに拠れば、「惹起鬧端な法席」が省略されてできた言葉、という説があるようだ。

語源探しは楽しいが、本意ではないので、引き続き「야단법석」の語意を探る。ネイバーの国語辞典に拠れば、「많은 사람이 한곳에 모여 서로 다투며 떠드는 시끄러운 판.」。エキサイト風に言えば、「多くの人が1ヶ所に集まってお互いに争いながら騷ぐうるさい版.」である。「版」は誤訳で、この場合の「판」は、「ことの起きた場所や場面」のこと。漢語ではないので漢字は無い。

韓国ブリタニカの延世大学韓国語辞典では、「어떠한 일을 하느라 아주 소란을 피우거나 여러 사람이 분주하게 시끄럽게 떠드는 것.」という風に書いてある。エキ(略)「どんな事をするためにとても騒ぎ立てるとか多くの人が慌ただしくうるさく騷ぐこと」。冒頭は「ある事をするために」が正しい。で、「아주 소란을 피우거나」と書いてある。「소란을 피운다」というのは、トラックバック先の記事に書いてある通り、「大騒ぎする」ということ。소란は騒乱と書く。「아주」ってのは「とても」「ひどく」ということなので、「아주 소란을 피운다」というのは「とても大騒ぎする」というような意味になるだろうか。「大騒ぎ」の更にやかましいバージョン、というのは割りと合っていたようだ。

もう一つ、国立国語研究院の標準国語大辞典では「많은 사람이 모여들어 떠들썩하고 부산스럽게 굶.」。「多くの人が集まって来て賑やかで騷騷しくグム.」굶は(多分)굴다の名詞形で、「〜するさま」とでも訳せばいいのだろうか。ネイバーの検索結果とそう変わらないみたい。

というわけで、大体メジャー所と思われる韓国語辞書を四つほど当ってみたわけなのだけれど、だいたい総合すると、「야단법석」というのは「ある事のために、多くの人が一箇所に集まって、言い争いながらひどく大騒ぎすること」という感じなのではないだろうか。少なくとも、「馬鹿騒ぎ」の語意にある「調子に乗って」「度を過ごして」というニュアンスというのは原語には無いし、まして「教養のない」「愚か者」なんていうニュアンスには尚更距離がある、ということはわかっていただけると思う。「言い争いながらひどく大騒ぎすること」を「右往左往してギャーギャーわめき立てる」と言い変えることはできるだろうけれども、かと言ってそこに侮辱的な意味があるかどうかというのは、これはもはや訳し方というか言い方の問題なんじゃないの。どっちかというと、「ひどくさわぐ」≒「(はなはだしく)多くの人が一斉に不平・不満を言い立てて不穏になる」というわけで、訳語としては「大騒ぎ」を取ったほうが正しいという見方もできる。まあ、冒頭に書いたとおり、個人的には「大騒ぎ」じゃちょっと弱いと思うんだけど。

居酒屋で「馬鹿騷ぎ(야단법석)を止めてください」と言ったら問題になるかどうかは、ちょっとわからない。「야단법석은 그만 두세요」という言い方になると思うけど、そもそも、あまりこういう風には言わないんじゃないか。大人しい言い方で、「떠들지 말아요(騒がないで)」「좀 진정들 하세요(ちょっと落ち着いて)」程度。ちょっと語気を荒らげて、「입 좀 다물어요(ちょっと黙って)」。でも、本当に侮辱してやろうと思ったら、韓国語には「지랄한다」という立派な侮辱語があるので、本当にケンカ売ろうと思ったら「병신이 술취해서 지랄하네(アホが酔っぱらって馬鹿やってる)」くらいは言わないと、「一斉に囲まれ、土下座して謝罪するまで解放してもらえない」という事態にはならないと思う。この辺、どこまでもフィーリングの問題で申し訳ないが、そもそも居酒屋で騒ぐってあんまり야단법석っていう感じではないですよ。お父さんが家出して一家親族大騒ぎ、みたいな状況に近い。ほんと、フィーリングの話だけど。

まあ、フィーリングはどこまでもフィーリングなので、自分のフィーリングの方が間違っていて、야단법석というのは(辞書的な意味はともかく)実生活でかなり問題のある言葉、ということは勿論あるかもしれない。もしそうであれば、もっと実例を出して頂ければ、この論は引っ込めます。ついでに、そもそもの原文を読めば、야단법석という表現が出てくる文章ってのは「一部野党と一部マスコミが危機を煽り立て、政府はなぜもっと야단법석をしないかとゴチャゴチャ言っている」「わざわざ日本のように朝っぱらから야단법석する理由はない」「야단법석で公然と国民を不安がらせることがあってはならない」という感じで、日本がどうというのもあるが、まず与野党(とマスコミ)の意見がどうという文脈があると思うので、まずそっちで騒ぎになるのではないかと思うのですね。で、実際そっちで騒ぎになっているかどうかというのは、ろくに調べてないのであまりわからないんだけど、どうなんだろ。