ウェブログを書くということ

左近さんという方のウェブログに(id:summercontrail:20041010#ato)、この前書いた「本を薦める」(id:yagian:20041003#p2)を引用していただいた。左近さんのログに、私は「押しつけにならないようにさりげなく情報を伝えるためには、ウェブログって使えるなぁと思うときがあります。」というコメントを書いた。これに対して左近さんは「私自身はしばらく前、Webでの文章で何かを匂わせていると思われたりすることを逆に煩わしくも感じていたのですが」と書かれている。
たしかに、ある程度ウェブログを続けて、それなりに読者が想定できるようになれば、ウェブログをコミュニケーションの道具として使うこともできるようになるし、そうすることもある。しかし、ウェブログは、メールと違って、使わなければ不便というものではない。ウェブログのなかには有益な情報を提供するという目的でつくられているものもあるけれど、少なくとも、私のウェブログはそのようなものではない。それにもかかわらず、けっこうな時間を割いてウェブログを書いているのは、道具として利便性を求めるといった功利的な理由ではなく、無益なものへの情熱ゆえだと思う。
左近さんの書かれたことを十分に理解している自信はないのだけれども、「Webでの文章で何かを匂わせている」ということが、もともと功利的な理由で書いているわけではないウェブの文章を、なにか功利的なものと思われることが「煩わし」いということであれば、共感できる。
それでは、私の場合、ウェブログを書く無益なものへの情熱とはなんなのだろうか。

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