競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)の強化に関する要望書案

週末の研究会で京都に滞在中に、競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)に関する事業仕分け第3部会の議論をウェブサイト(http://d.hatena.ne.jp/riocampos/20091125/p3)からダウンロードして、聞いた。この議論を聞くまでは、この件に関して要望書を出すべきかどうか迷っていた。何しろ、全専攻の5%程度しか恩恵を受けていない事業である。「たくさんもらっているんだから、1/3縮減でも良いんじゃない」と考える人も少なくないだろう。このような「選択と集中」が好ましいとは私も考えていない。しかし、議論の内容を知って、限られた時間を割いても要望書案を用意したほうが良いと考えるに至った。問われている問題は、博士課程大学院をどうとらえ、どう整備していくか、ということなのだ。
私は、競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)を将来的に再編成して、科研費拠点形成事業(A), (B), (C)として継続させてはどうかと考えている。このような、教育・研究を一体としてカバーした競争的資金がないと、大学院教育をチームとして改善しようというインセンティブがはたらかないと思う。また、大学院生の研究テーマの自由度が、研究室が受けている競争的研究費の額やテーマによって大きく制約されてしまう。今のような「選択と集中」は行き過ぎなので、グローバルCOEを(A),大学院GPを(B)に再編し、新たにより小規模のチームによる特色ある大学院教育に対する (C)を新設すれば、この制度が大学院組織に対する競争的資金として、大学院関係者全体に支持され、共有されるだろう。
事業仕分けの評価結果に憤慨するだけでなく、現状の問題点についてもっと冷静に分析し、より良い制度を提案していくべきだと思う。そういう観点で、要望書案を書いてみた。
いろいろな方のご意見を伺ったうえで、文部科学省に送りたいと考えている。忌憚のないご意見をいただければ幸いである。

内閣総理大臣  鳩山 由紀夫 殿
文部科学大臣  川端 達夫 殿

事業仕分けにおいて、競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)に対して、1/3程度の予算縮減が求められました。私たちは、この判断は不適切であり、この判断が日本の科学技術の発展を大きく損なうことを憂慮し、以下の要望を行うものです。
(1) 科学技術振興に関する政府のビジョンを明確にし、その中で博士課程大学院を教育と同時に先端研究をになう機関として位置づけ、博士課程大学院に関する体系的な育成・支援策を示すこと。
(2) 競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)に関しては、スタートアップ経費ではなく、研究・教育を一体のものとして進める大学院博士課程に対する基盤的な科研費として再整備・強化を行うこと。
(3) 競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)に対する1/3程度の予算縮減を行わないこと。
 事業仕分けでは、競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)のさまざまな問題点が指摘されました。私たちは、これらの制度が完璧ではなく、さらなる改良・再整備が必要である点に関しては異存ありません。しかし、議論の中では、これらの経費が「生活支援的な制度になっている」など、現状への不正確な理解にもとづく指摘がありました。また、文部科学省側からも、「研究に使われる経費は基本的に入っていない。教育を主眼にした経費である」「新しい大学院教育を始めるスタートアップ経費である」という説明があり、競争的大学院支援事業が研究を対象としていないという印象を委員に与えました。その結果、博士課程大学院整備のためのスタートアップ経費なら、モデル事業として規模を縮小して実施すれば良い、という意見が出され、1/3程度の予算縮減という判定に至りました。
 博士課程大学院(法科大学院など高度職業人養成に特化したものを除く)は、教育と同時に先端研究をになう機関です。この性格は、世界の大学院組織に共通するものです。大学院教育は、創造力のある人材育成を行うものですが、創造力を養うには、未知の課題を発見し、研究し、解決するという過程を学生に経験させる以外に方法がありません。研究という発見的・探求的作業に取り組ませずに、講義だけで創造力を養うことは不可能です。このため、諸外国においても、博士課程大学院の教育では、講義のカリキュラムよりも研究そのものへの取組みが重視されています。
 わが国の博士課程大学院は、平成7年の科学技術基本法制定以来、科学技術基本計画(8-12年度の第一期、13-17年度の第二期)実施を通じて整備拡充が図られ、平成15年度には24,476名の博士課程大学院生を生み出すに至りました。この過程で、博士課程大学院教育の体系的強化をはかる必要性が広く認識され、競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)が開始されました。この事業開始以前にも、博士課程の大学院教育の改善は大学教員の自主的な努力によってたゆみなく続けられてきました。現在、先端的研究と博士課程の大学院教育に責任を負っている教員は、自らが博士課程大学院生であった当時から国際的な競争環境の下で育っています。このため、欧米の先端的な大学院教育の優れた点を取り入れ、日本の博士課程大学院教育を少しでもレベルアップするために、努力を続けてきました。その結果、博士課程大学院教育の水準は大きく高まり、博士課程大学院生の研究からNature, Scienceなどに掲載される国際的に最高水準の研究成果が数多くうみだされる状況に至っています。「今の日本の大学は学部でも大学院でも体をなしていない」という仕分け委員の発言は、このような現状を正確に評価していません。
 ただし、博士課程大学院教育の改革が教員個人の努力によって担われ、組織的な取組みが弱かったことは事実です。この背景には、大学院教育整備への競争的資金がなく、教員は研究費獲得においてのみ競争的環境下に置かれているという現実がありました。このため、大学院教育整備に向けて教員どうしが協力し、組織的に取り組むという作業へのインセンティブが必要とされていました。このニーズに応えたのが、競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)でした。これらの事業の開始によって、大学をあげての組織的大学院教育改革が大きく前進しました。私たちは、運営交付金による全大学院組織における改革に加え、競争的資金による大学院支援事業を進めることが、博士課程大学院教育を発展させ、日本の科学技術の国際競争力を高めるうえで、必須の施策であると考えます。今後、科学技術振興に関する政府の方針を具体化される中で、この施策をさらに拡充・強化されるよう、要望します。
 科研費など、研究のみに対する競争的資金に加え、競争的大学院支援事業を実施することは、萌芽的・独創的な研究(およびそれをになう研究者)を育てるうえで、とりわけ重要です。科研費など、研究のみに対する競争的資金は、特定の研究課題に特化しています。このため、研究のみに対する競争的資金では、大学院生独自の萌芽的・独創的なアイデアに対して支援を行うことは基本的にできません。このような大学院生の研究に対する支援は、競争的大学院支援事業以外では、運営交付金によってのみ可能です。博士課程大学院の教育・研究の現場では、新しく入学した博士課程大学院生のアイデアや発見によって、新たな萌芽的・独創的な研究が展開することがしばしばあります。競争的大学院支援事業(とくにグローバルCOE)は、このような大学院生の研究に対してすみやかで効果的な支援を可能にするものです。この点で、「研究に使われる経費は基本的に入っていない。教育を主眼にした経費である」という文部科学省の説明に関して、私たちは適切ではないと考えます。博士課程大学院生の教育は、創造的な研究過程そのものでもあるのです。
 競争的大学院支援事業(とりわけ21世紀COEおよびグローバルCOE事業)は、新しい学問分野の創造をめぐって、大学院組織間での激烈な競争を生み出しました。21世紀COE事業からグローバルCOE事業への移行過程で採択拠点が半減された結果、この競争はさらに熾烈なものとなりました。たとえば本年度に採択された10課題は、145件の申請から選ばれました。145件の申請は、各大学での学内選考を経て、学長のリーダーシップによって選ばれたものです。したがって、おそらく100倍レベルの厳しい競争の結果、10課題が残されました。この数字は、競争的大学院支援事業に対していかに大きなニーズがあるかを示すものです。一方で、このように激しい競争は、選考過程において関係者に過大な負担を強い、またこの制度への強い反発を生み出しています。グローバルCOE採択件数(140件)に対して多すぎるという指摘がありますが、私たちは少なすぎると考えます。
 競争的大学院支援事業(とりわけ21世紀COEおよびグローバルCOE事業)を「スタートアップ経費」とする文部科学省の説明に対して、仕分け委員から厳しい批判が続出しました。私たちは、「継続性を持つべきだ」という仕分け委員の指摘や、「人を育成することが一度途絶えてしまうと、何も残らない」という蓮議員の発言に賛同します。競争的大学院支援事業を「スタートアップ経費」と位置づけた場合、一度「スタートアップ経費」を受けた専攻は、二回目の採択にはなじまないことになります。現実には、科学技術の進歩は早く、また科学技術への社会的要請もめまぐるしく変化しています。その結果、博士課程の大学院生教育が一巡する5年の間に、新しいビジョン・人材像が必要とされ、新しい先端教育が不可欠になっているのが現状です。創造的大学院博士課程の教育は、絶えざる自己改革を求められているのです。このような変化するニーズに対して、毎回毎回、大学院の組織改革を行なうやり方では対応しきれません。したがって、一定期間の支援の後に、一度採択を受けた拠点が、再審査のうえで継続して支援を受けられる制度設計が必要です。このためには、スタートアップ経費ではなく、大学院博士課程での研究・教育を一体として組織的に推進することを目的とした基盤的な科研費として、競争的大学院支援事業の再整備・強化を行うことを要望します。
 競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)をめぐっては、廃止3名、予算計上見送り1名、予算要求の縮減10名、予算要求どおり2名と、仕分け委員の評価が大きく分かれました。この評価のばらつきは、同じ部会で仕分け対象とされた国際化拠点事業など他の3件に対するもの(廃止4名、予算計上見送り2名、予算要求の縮減9名、予算要求どおり2名)とほぼ同等でした。しかし、WGの評価においては、競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)のみが「1/3程度縮減」と縮減率を明記したものとなりました。仕分け委員の一人から、なぜ競争的大学院支援事業にだけ縮減率を明記するのかという質問が出ましたが、この質問に対する明確な説明がないままに、数字が決められました。この判定は、公正さを欠くものです。
 競争的大学院支援事業は人件費の比率が高いため、「1/3程度」という大幅な縮減率は、雇用の継続を困難にするものです。私たちは縮減率が次年度の予算に反映されれば、わが国におけるトップレベルの教育研究拠点に集まった大学院生や若手研究者を失望させ、若く優秀な人材の流出を招き、ひいてはわが国の科学技術の発展を大きく損なうことにつながると憂慮します。なお、競争的大学院支援事業では、大学院生やポスドクだけでなく、特任助教・特任准教授・プログラムマネージャーなど(外国人を含む)も雇用されています。これらの人材の多くは、国内外からの公募によってGCOE採択拠点以外から採用されています。科学技術政策の本質は「人」の育成である、という民主党の科学技術政策の基本方針に沿って、これらの優秀な人材の雇用を確保するために、競争的大学院支援事業(グローバルCOE・大学院GP)に対する1/3程度の予算縮減を行わないように強く要望します。