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無明寺無明寺 2017/08/19 00:25 真善美の探究【真善美育維】

【真理と自然観】

《真理》
結論から言って, 真偽は人様々ではない。これは誰一人抗うことの出来ない真理によって保たれる。
“ある時, 何の脈絡もなく私は次のように友人に尋ねた。歪みなき真理は何処にあるのかと。すると友人は, 何の躊躇もなく私の背後を指差したのである。”
私の背後には『空』があった。空とは雲が浮かぶ空ではないし, 単純にからっぽという意味でもない。私という意識, 世界という感覚そのものの原因のことである。この時, 我々は『空・から』という言葉によって人様々な真偽を超えた歪みなき真実を把握したのである。


我々の世界は質感。
また質感の変化からその裏側に真の形があることを理解した。そして我々はこの世界の何処にも居ない。この世界・感覚・魂(志向性の作用した然としてある意識)の納められた躰, この意識の裏側の機構こそが我々の真の姿であると気付いたのである。


《志向性》
目的は何らかの経験により得た感覚を何らかの手段をもって再び具現すること。感覚的目的地と経路, それを具現する手段を合わせた感覚の再具現という方向。志向性とは或感覚を具現する場合の方向付けとなる原因・因子が具現する能力と可能性を与える機構, 手段によって, 再具現可能性という方向性を得たものである。
『意識中の対象の変化によって複数の志向性が観測されるということは, 表象下に複数の因子が存在するということである。』
『因子は経験により蓄積され, 記憶の記録機構の確立された時点を起源として意識に影響を及ぼして来た。(志向性の作用)』
我々の志向は再具現の機構としての躰に対応し, 再具現可能性を持つことが可能な場合にのみこれを因子と呼ぶ。躰に対応しなくなった志向は機構の変化とともに廃れた因子である。志向が躰に対応している場合でもその具現の条件となる感覚的対象がない場合これを生じない。但し意識を介さず機構(思考の「考, 判断」に関する部分)に直接作用する物が存在する可能性がある。


《思考》
『思考は表象である思と判断機構の象である考(理性)の部分により象造られている。』
思考〔分解〕→思(表象), 考(判断機能)
『考えていても表面にそれが現れるとは限らない。→思考の領域は考の領域に含まれている。思考<考』
『言葉は思考の領域に対応しなければ意味がない。→言葉で表すことが出来るのは思考可能な領域のみである。』
考, 判断(理性)の機能によって複数の中から具現可能な志向が選択される。


《生命観》
『感覚器官があり連続して意識があるだけでは生命であるとは言えない。』
『再具現性を与える機構としての己と具現を方向付ける志向としての自。この双方の発展こそ生命の本質である。』

生命は過去の意識の有り様を何らかの形(物)として保存する記録機構を持ち, これにより生じた創造因を具現する手段としての肉体・機構を同時に持つ。
生命は志向性・再具現可能性を持つ存在である。意識の有り様が記録され具現する繰り返しの中で新しいものに志向が代わり, その志向が作用して具現機構としての肉体に変化を生じる。この為, 廃れる志向が生じる。

*己と自の発展
己は具現機構としての躰。自は記録としてある因子・志向。
己と自の発展とは, 躰(機構)と志向の相互発展である。志向性が作用した然としてある意識から新しい志向が生み出され, その志向が具現機構である肉体に作用して意識に影響を及ぼす。生命は然の理に屈する存在ではなくその志向により肉体を変化させ, 然としてある意識, 世界を変革する存在である。
『志向(作用)→肉体・機構』


然の理・然性
自己, 志向性を除く諸法則。志向性を加えて自然法則になる。
然の理・然性(第1法則)
然性→志向性(第2法則)


【世界創造の真実】
世界が存在するという認識があるとき, 認識している主体として自分の存在を認識する。だから自我は客体認識の反射作用としてある。これは逆ではない。しかし人々はしばしばこれを逆に錯覚する。すなわち自分がまずあってそれが世界を認識しているのだと。なおかつ自身が存在しているという認識についてそれを懐疑することはなく無条件に肯定する。これは神と人に共通する倒錯でもある。それゆえ彼らは永遠に惑う存在, 決して全知足りえぬ存在と呼ばれる。
しかし実際には自分は世界の切り離し難い一部分としてある。だから本来これを別々のものとみなすことはありえない。いや, そもそも認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界が区分されていないのに, 何者がいかなる世界を認識しうるだろう?
言葉は名前をつけることで世界を便宜的に区分し, 分節することができる。あれは空, それは山, これは自分。しかして空というものはない。空と名付けられた特徴の類似した集合がある。山というものはない。山と名付けられた類似した特徴の集合がある。自分というものはない。自分と名付けられ, 名付けられたそれに自身が存在するという錯覚が生じるだけのことである。
これらはすべて同じものが言葉によって切り離され分節されることで互いを別別のものとみなしうる認識の状態に置かれているだけのことである。
例えて言えば, それは鏡に自らの姿を写した者が鏡に写った鏡像を世界という存在だと信じこむに等しい。それゆえ言葉は, 自我と世界の境界を仮初に立て分ける鏡に例えられる。そして鏡を通じて世界を認識している我々が, その世界が私たちの生命そのものの象であるという理解に至ることは難い。鏡を見つめる自身と鏡の中の象が別々のものではなく, 同じものなのだという認識に至ることはほとんど起きない。なぜなら私たちは鏡の存在に自覚なくただ目の前にある象を見つめる者だからである。
そのように私たちは, 言葉の存在に無自覚なのである。言葉によって名付けられた何かに自身とは別の存在性を錯覚し続け, その錯覚に基づいて自我を盲信し続ける。だから言葉によって名前を付けられるものは全て存在しているはずだと考える。
愛, 善, 白, 憎しみ, 悪, 黒。そんなものはどこにも存在していない。神, 霊, 悪魔, 人。そのような名称に対応する実在はない。それらはただ言葉としてだけあるもの, 言葉によって仮初に存在を錯覚しうるだけのもの。私たちの認識表象作用の上でのみ存在を語りうるものでしかない。
私たちの認識は, 本来唯一不二の存在である世界に対しこうした言葉の上で無限の区別分割を行い, 逆に存在しないものに名称を与えることで存在しているとされるものとの境界を打ち壊し, よって完全に倒錯した世界観を創り上げる。これこそが神の世界創造の真実である。
しかし真実は, 根源的無知に伴う妄想ゆえに生じている, 完全に誤てる認識であるに過ぎない。だから万物の創造者に対してはこう言ってやるだけで十分である。
「お前が世界を創造したのなら, 何者がお前を創造した?」
同様に同じ根源的無知を抱える人間, すなわち自分自身に向かってこのように問わねばならない。
「お前が世界を認識出来るというなら, 何者がお前を認識しているのか?」
神が誰によっても創られていないのなら, 世界もまた神に拠って創られたものではなく, 互いに創られたものでないなら, これは別のものではなく同じものであり, 各々の存在性は虚妄であるに違いない。
あなたを認識している何者かの実在を証明できないなら, あなたが世界を認識しているという証明も出来ず, 互いに認識が正しいということを証明できないなら, 互いの区分は不毛であり虚妄であり, つまり別のものではなく同じものなのであり, であるならいかなる認識にも根源的真実はなく, ただ世界の一切が分かちがたく不二なのであろうという推論のみをなしうる。


【真善美】
真は空(真の形・物)と質(不可分の質, 側面・性質), 然性(第1法則)と志向性(第2法則)の理解により齎される。真理と自然を理解することにより言葉を通じて様々なものの存在可能性を理解し, その様々な原因との関わりの中で積極的に新たな志向性を獲得してゆく生命の在り方。真の在り方であり, 自己の発展とその理解。

善は社会性である。直生命(個別性), 対生命(人間性), 従生命(組織性)により構成される。三命其々には欠点がある。直にはぶつかり合う対立。対には干渉のし難さから来る閉塞。従には自分の世を存続しようとする為の硬直化。これら三命が同時に認識上に有ることにより互いが欠点を補う。
△→対・人間性→(尊重)→直・個別性→(牽引)→従・組織性→(進展)→△(前に戻る)
千差万別。命あるゆえの傷みを理解し各々の在り方を尊重して独悪を克服し, 尊重から来る自己の閉塞を理解して組織(なすべき方向)に従いこれを克服する。個は組織の頂点に驕り執着することはなく状況によっては退き, 適した人間に委せて硬直化を克服する。生命理想を貫徹する生命の在り方。

美は活活とした生命の在り方。
『認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界が区分されていないのに, 何者がいかなる世界を認識しうるだろう? 』
予知の悪魔(完全な認識をもった生命)を否定して認識の曖昧さを認め, それを物事が決定する一要素と捉えることで志向の自由の幅を広げる。予知の悪魔に囚われて自分の願望を諦めることはなく認識と相互作用してこれを成し遂げようとする生命の在り方。


《抑止力, 育維》
【育】とは或技能に於て仲間を自分たちと同じ程度にまで育成する, またはその技能的な程度の差を縮める為の決まり等を作り集団に於て一体感を持たせること。育はたんなる技能的な生育ではなく万人が優秀劣等という概念, 価値を乗り越え, また技能の差を克服し, 個人の社会参加による多面的共感を通じて人間的対等を認め合うこと。すなわち愛育である。

【維】とは生存維持。優れた個の犠牲が組織の発展に必要だからといっても, その人が生を繋いで行かなければ社会の体制自体が維持できない。移籍や移民ではその集団のもつ固有の理念が守られないからである。組織に於て使用価値のある個を酷使し生を磨り減らすのではなく人の生存という価値を尊重しまたその機会を与えなければならない。

真善美は生命哲学を基盤とした個人の進化と生産性の向上を目的としたが, 育と維はその最大の矛盾たる弱者を救済することを最高の目的とする。

2015-09-02 円城塔『シャッフル航法』出版記念トーク

[]円城塔『シャッフル航法』出版記念トーク&サイン会 円城塔『シャッフル航法』出版記念トーク&サイン会を含むブックマーク


円城塔さん、待望の新著『シャッフル航法』河出書房新社、2015/08、ISBN:4309023983)の刊行を記念したトーク&サイン会が予定されています。


日時:2015年09月02日(水)19:00

場所:MARUZEN & ジュンク堂書店渋谷店 7階喫茶コーナー

定員:40名(要予約)


純文学/SFのジャンルの壁をかるがると乗り越えて、世界文学の最先端を切り拓く作品を発表し続ける作家・円城塔――『道化師の蝶』による芥川賞受賞、そして故・伊藤計劃の未完の絶筆を書き継いだ話題作『屍者の帝国』の刊行から3年がたち、待望の作品集『シャッフル航法』の刊行となりました。ゲストに『文体の科学』でも話題の山本貴光さんをお招きし、円城作品の過去・現在・未来、そして「文学のリファクタリング」について、大いに語っていただきます。

河出書房新社のイヴェント紹介ページより)


円城さんには、以前、雑誌『考える人』の数学特集号に掲載したインタヴューでお話を伺ったことがありました。その際は、数学の話題が中心でしたが、今回は、小説について、文学について、あるいは翻訳について、いろいろ伺ってみたいと思います。『シャッフル航法』に収録された短篇もまた、企みと可笑しさに満ちていて、同じゲームを何周も遊ぶように、つい二周、三周と繰り返し読んでいます。対談でも、この、クセになる仕組みと面白さに迫りたいと念じております。


河出書房新社 > トピックス

 http://www.kawade.co.jp/news/2015/08/92.html


⇒新潮社 > 考える人 > 2013年夏号「数学は美しいか。」

 http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mokuji/45.html

2015-08-26 アンドルー・ペティグリー『印刷という革命』

[]アンドルー・ペティグリー『印刷という革命』 アンドルー・ペティグリー『印刷という革命』を含むブックマーク


★アンドルー・ペティグリー『印刷という革命――ルネサンスの本と日常生活』(桑木野幸司訳、白水社、2015/08、ISBN:4560084432

 Andrew Pettegree, The Book in the Renaissance (2010, ISNB:0300178212)


■目次


第一部 はじまり

 第1章 印刷時代以前の書物

 第2章 印刷術の発明

 第3章 ルネサンスとの危険な出会い――印刷術の危機


第二部 根づいてゆく印刷文化

 第4章 書籍市場の形成

 第5章 本の町ヴィッテンベルク

 第6章 ルターの遺産

 第7章 ニュース速報のはじまり

 第8章 上品な娯楽

 第9章 学校にて


第三部 論争

 第10章 論争文学

 第11章 秩序を求めて

 第12章 市場原理


第四部 新世界

 第13章 自然科学と探検

 第14章 治療

 第15章 図書館をつくる

 第16章 言葉と街角


資料についての覚え書き――印刷の地理学

付録 一四五〇―一六〇〇年にヨーロッパ全域で生産された印刷物の概要

謝辞


初期近代印刷文化の興亡と万有書誌の夢――訳者あとがきに代えた文献案内

図版一覧

参考文献

原注

原注のための略号一覧

索引


■書誌


著者:アンドルー・ペティグリー

書名:印刷という革命――ルネサンスの本と日常生活

原題:The Book in the Renaissance

訳者:桑木野幸司

装幀:柳川貴代

頁数:575+70ページ

版元:白水社

発行:2015年08月30日

価格:4800円+税



■関連リンク



⇒白水社 > 同書紹介ページ

 http://hakusuisha.ops.net/detail/index.php?pro_id=08443


⇒Yale University Press > 原書紹介ページ

 http://www.yalebooks.com/yupbooks/book.asp?isbn=9780300178210


⇒University of St Andrews > School of History > Andrew Pettegree

 http://www.st-andrews.ac.uk/history/staff/andrewpettegree.html

2015-08-25 知のゲームを編集する夜学

[]知のゲームを編集する夜学 知のゲームを編集する夜学を含むブックマーク


8月25日(火)に、松岡正剛さん率いるイシス編集学校のイヴェント第3回ISISフェスタ「知のゲームを編集する夜学」という講座&ワークショップを担当いたします。


ゲームをつくることは、世界の模型(モデル)をつくることでもあります。


また、ゲームは、つくるだけでなく、遊びながら、いろいろ試してみることができます。

失敗さえも楽しむことができる、そんな仕掛けなのです。


そうやって何度も遊びながら試行錯誤をするうちに、私たちはそのゲームの世界の構造や動きの理解を深めてゆくことができます。

そう、実はゲームとは、知に親しむにはもってこいの遊びなのです。


というわけで、今回、みなさんにも、ぜひこの楽しい知識、知識を楽しむ編集技法を身につけていただけたらと思っています。

ゲームという構造物を編む方法が分かると、いろいろなものの見方も変わることでしょう。


当日は、まず、そのために必要な考え方をレクチャーします。その上でご一緒にゲームをつくって試遊してみましょう。

おおいに考え、編み、遊び、練る、そんな一夜にしたいと念じております。


お目にかかれることを心から楽しみにしています。


D


他にも盛りだくさんのイヴェントです。


8月26日(水) 森山智子さん「着物のまにまに〜時空センスの編集術」

8月29日(土) 三中信宏さん「鎖と樹と網を編集する夜学」

8月30日(日) 池澤祐子さん「ISIS本腰祭 2015秋」

9月03日(木) 春風亭一之輔さん「本楼落語 夏の一」

9月06日(日) 川野貴志さん「子どもとおとなの「こくご編集学校」」

9月07日(月) EditBiz「ビジネスを変える「編集」三位一体」

9月08日(火) エバレット・ブラウンさん「自分の見方と世界の見方を編集する夜学」

9月09日(水) 九天玄氣組「九州の音なひ 本楼編」


詳しくは下記URLでどうぞ。


⇒ISIS FESTA

 https://es.isis.ne.jp/festa.html

2015-08-24

[]アラビア語イスラームの手稿 アラビア語/イスラームの手稿を含むブックマーク


国立国会図書館のカレントアウェアネス・ポータルで教えていただいたニュースをメモ。


⇒British Library > Forty more Arabic scientific manuscripts go live in Qatar Digital Library

 http://britishlibrary.typepad.co.uk/asian-and-african/2015/08/forty-more-arabic-scientific-manuscripts-go-live-in-qatar-digital-library.html


⇒Princeton Digital Library > Islamic Manuscript

 http://pudl.princeton.edu/results.php?f1=kw&v1=Islamic%20manuscripts


⇒カレントアウェアネス

 http://current.ndl.go.jp/

2015-08-23 World Philology

[]World Philology World Philologyを含むブックマーク


★Edited by Sheldon Pollock, Benjamin A. Elman, and Ku-ming Kevin Chang, World Philology (Harvard University Press, 2015, ISBN:0674052862)


■目次


・Fan-Sen Wang, Foreword

・Acknowledgments


・Sheldon Pollock, Introduction

・1. Franco Montanari, From Book to Edition: Philology in Ancient Greece

・2. James E. G. Zetzel, The Bride of Mercury: Confessions of a 'Pataphilologist

・3. Yaakov Elman, Striving for Meaning: A Short History of Rabbinic Omnisignificance

・4. Beatrice Gruendler, Early Arabic Philologists: Poetry's Friends or Foes?

・5. Sheldon Pollock, What Was Philology in Sanskrit?

・6. Michael Laekner, Reconciling the Classics: Two Case Studies in Song-Yuan Exegetical Approaches

・7. Anthony Grafton, Humanist Philologies: Texts, Antiquities, and Their Scholarly Transformations in the Early Modern West

・8. Muzaffar Alam, Mughal Philology and Rumi's Mathnavi

・9. Khaled El-Rouyheb, The Rise of "Deep Reading" in Early Modern Ottoman Scholarly Culture

・10. Benjamin A. Elman, Early Modern or Late Imperial? The Crisis of Classical Philology in Eighteenth-Century China

・11. Susan L. Burns, The Politics of Philology in Japan: Ancient Texts, Language, and Japanese Identity

・12. Constanze Güthenke, "Enthusiasm Dwells Only in Specialization": Classical Philology and Disciplinarity in Nineteenth-Century Germany

・13. Christoph König, The Intelligence of Philological Practice: On the Interpretation of Rilke's Sonnet "O komm und geh"

・14. Ku-ming Kevin Chang, Philology of Linguistics? Transcontinental Responses

・Notes

・Biography

・List of Contributors

・Index


本書に集められた試論の多くは、最初、2008年に台湾で開催された「文献学の世界史(The Global History of Philology)」で発表されたものとのこと。


⇒Harvard University Press > World Philology

 http://www.hup.harvard.edu/catalog.php?isbn=9780674052864

2015-08-22 高山宏先生との対談への補遺

[]高山宏先生との対談への補遺 高山宏先生との対談への補遺を含むブックマーク


先日、東京堂書店で行われた学魔・高山宏先生との対談にお越しいただき、ありがとうございました。


学魔は、その文章もさることながら、存在そのものが強力な磁場を形成しているかのようでした。

「魔の眼に魅されて」とはこういうことか、と感得。


さて、うっかりしていたのですが、お土産にと配布した資料について、それぞれがなんであるかという説明をしておりませんでした。ここで簡単にお伝えします。


配布資料はA3で6ページです。内容としては、以下の5種類のものから構成されています。


1: 「学魔を読むときに何が起きているのか」

これについては対談中でも触れました。

『かたち三昧』(羽鳥書店)の或るページを読むあいだ、私の心身になにが起きたのか、ということを記録してみたものです。


同書判読中、山本が注文するに至ったポープの全詩集はこちら。

http://page7.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/g153873855#enlargeimg


2: エリザベス・シューエル『オルフェウスの声』のコピー

a) 「詩人が送り込まれてきたのはまさしく時代の不安を彼が癒すため」という見出しから始まるページ(ノンブルは13から15)

b ) 「詩は科学と通じ合うが、論理とは通じない」という見出しから始まるページ(ノンブルは17から19)

c) 「だし、エルネスト・ルナンが……」と始まるページ(ノンブルは28から29)


以上は、対談中でご紹介したエリザベス・シューエル『オルフェウスの声――詩とナチュラル・ヒストリー』(高山宏訳、白水社、2014/10)のコピーです。


上記のうちaとbは、本文冒頭でシューエルが、同書全体の前提となる問題を提起しているくだり。


cは、その少し後のページで、ここは対談中、機会があれば触れようと思っていた「発見術」を論じた箇所です。つまり、詩(あるいは文学、さらには人文学)と科学には、最初にある思い付き、着想が必要である。その着想そのものは、論理や理詰めというよりは、ひらめくしかないものだ。この着想については、何が重要な役割を果たしているだろうか。それは実は、本を読むときに私たちの脳裏で生じる連想と同様に、なにかしらの条件が揃ったとき、記憶のなかにあるものが結合されて、意識に浮かびあがってくるのではないか。現に物理学者のファインマンなどは、詩人と科学者がやっていることは、どちらも想像力を駆使するという点で、そんなに違っていないと思う(ただし方法が違う)と述べている。数学者のポアンカレもまた、あるいは数学をたしなんだ詩人ヴァレリーの場合は……といった検討をする材料として恰好のページかと思った次第です。


3: 『「百学連環」を読む』の抜粋


これは、2015年秋の刊行を目指して準備中の『「百学連環」を読む』(三省堂)の原稿から、その一部をコピーしたものです。「学術分類の行方」という見出しから始まり、1/3、2/3、3/3というページ番号の順につながっています。

これもごく簡単に意図を述べてみます。先ほどのシューエルの議論(詩と科学の関係)の延長上で、日本の学術体制における理系/文系という分類について考えるための材料として、このページを用意しました。特に3/3というページで、傍線を引いた箇所に注目していただければと思います。西先生は、日本学士院の元になった東京学士会院の組織改革案に関連して、学問分類を述べています。「文学と数学は、諸学を貫通組織する学術」という認識が示されていることについて、高山先生と議論したいと思ったのでした。


4: 夏目漱石『文学論』の抜粋

『文学論』に提示されている「意識の波」説を示した図をコピーしました。本を読むということはどういうことかを考える材料として用意したものです。つまり、普段なにもしていない時、私たちの意識はつぎつぎとさまざまな感覚や記憶が去来して、混沌としています。本を読むとき、そうした混沌とした意識状態が、文字の列に触れ、これを追うことで、譬えていえば、整流されると見なせるように思います。という見立てをする際、漱石が『文学論』で示している意識の波説(この節自体は、モーガンやジェイムズに示唆を得たものです)が手がかりになると思い、ご紹介するためのページでした。


5: 夏目漱石「余が一家の読書法」

これについては対談の最後に触れました。やはり、本を読むときに何が起きているのかということを考える補助線になる議論としてご用意したものです。


これは余談でありますが、高山宏先生の仕事の全域について、インデックスとマップをこしらえようとしている、ということを話そうと思いつつ、機会を得られず仕舞いでした。これについては、またそのうち。


⇒作品メモランダム > 2015-08-21 「読書(人間×書物)という不思議の国(ワンダーランド)のめぐり方

 http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20150821

2015-08-21 「読書(人間×書物)という不思議の国(ワンダーランド)のめぐり方

[]高山宏×山本貴光「読書(人間×書物)という不思議の国(ワンダーランド)のめぐり方」 高山宏×山本貴光「読書(人間×書物)という不思議の国(ワンダーランド)のめぐり方」を含むブックマーク


8月21日(金)に東京堂書店神田本店で、学魔・高山宏先生と対談いたします。


題して「読書(人間×書物)という不思議の国(ワンダーランド)のめぐり方」


ピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか』(細谷由依子訳、フィルムアート社)刊行記念トークショーであります。


同書の著者でも訳者でもなく恐縮です。帯の推薦文を書いた高山先生と、解説を担当した小生とで、同書の面白さを中心に、本や読書やその他について(おそらく脱線につぐ脱線を重ねながら!)お話しする予定です。


(準備が間に合えば、ちょっとした配布物もこしらえて参ります)


日時:2015年08月21日(金)19:30-

場所:東京堂書店神田神保町店6階


東京堂書店 > お知らせ

 http://www.tokyodoshoten.co.jp/blog/?p=8784


⇒フィルムアート社 > 『本を読むときに何が起きているのか』

 http://filmart.co.jp/books/composite_art/honwoyomutoki/

2015-08-10 羅永生『誰も知らない香港現代思想史』(共和国)

[]羅永生『誰も知らない香港現代思想史』(共和国) 羅永生『誰も知らない香港現代思想史』(共和国)を含むブックマーク


★羅永生『誰も知らない香港現代思想史』丸川哲史鈴木将久+羽根次郎編訳、共和国、2015/08、ISBN:4907986092


共和国の第8弾は、『誰も知らない香港現代思想史』。羅永生(Law Wing-ang, 1958- )の論集。


香港と日本との付き合いは、戦前から戦後にいたるまで、一貫して非常に緊密でした。ところが、以下に明らかな原因のせいで、戦後の交流は主として流行文化と経済・貿易に限られました。政治と社会内部の状況については、相互の理解はとても不足しているのです。


(中略)


私は本書で、香港人がさまざまな段階でそれぞれの時代の歴史的テーマにいかに向き合ったかについて、整理し、反省し、さらには批判を加えました。各論考のなかで、植民・冷戦・返還などの大きな歴史的背景、およびその中での社会運動、市民意識や主体性の成長といった問題を論じています。こうした問題は、アジア・太平洋の歴史のダイナミズムの中にいる香港の問題ではありますが、実のところ、他の国や地域でもかつて直面した、あるいは現在直面している問題なのです。香港からの観察と反省が、他の地域の友人たちになにがしかのヒントを与え、ともに議論を進める基盤を築けたらと願っています。

(「はじめに」より)


■目次


目次は以下の通り。


・はじめに


I

・香港現代思想史――「本土意識」の歩み


II

・冷戦下の脱植民地化――香港「中文公用語化運動」の詳細

・六〇、七〇年代香港の返還言説


III

・七・一をふりかえる――市民共和のポストコロニアルな主体性の議論とともに

・香港は「国民教育運動に従わない」

・勇士の凱旋に際して保釣をふりかえる

・コンセンサスが崩れた新選挙文化


IV

・バーチャル・リベラリズムの終結

植民地主義――一つの見失われた視野

・主体性をもった本土性に向けて


・香港現代史略年表


・解説 方法といての香港――あとがきにかえて(丸川哲史


なお、本書は羅永生『殖民家国外』(Oxford University Press (China), 2014)所収の論考を中心に編んだ日本語オリジナル版とのこと。


■書誌


著者:羅永生

書名:誰も知らない香港現代思想

編訳者:丸川哲史鈴木将久+羽根次郎

ブックデザイン:宗利淳一

頁数:358pages

版元:共和国 editorial republica

発行:2015年08月30日

価格:2700円+悪税


■その他の著作


・『殖民無間道』(2007)

・Collaborative Colonial Power: The Making of the Hong Kong Chinese, (2009

・『殖民家国外』(2014)

・『勾結共謀的殖民権力』(2015)


■関連リンク


⇒嶺南大學 > Department for Cultural Studies > Staff > 羅永生

 http://www.ln.edu.hk/cultural/staff/law-wing-sang/

 プロフィールと業績一覧など。


⇒MATアジア現代思想計画 > resources > 羅永生

  http://matnt.org/resources/name/%E7%BE%85%E6%B0%B8%E7%94%9F%E3%80%80law-wing-sang/


⇒共和国

 http://www.ed-republica.com/

2015-08-07

[]大澤聡×加藤賢策×山本貴光「思想とデザイン——『アイデア』No.370刊行記念トークショー」 大澤聡×加藤賢策×山本貴光「思想とデザイン——『アイデア』No.370刊行記念トークショー」を含むブックマーク


8月7日(金)にゲンロンカフェで「思想とデザイン——『アイデア』No.370刊行記念トークショー」が開催される予定です。大澤聡さん、加藤賢策さんと共に登壇します。


『アイデア』第370号「特集=思想とデザイン」誠文堂新光社)に、「紙と思想の接触面:日本思想誌クロニクル」という小文を寄稿しました。明治以降の日本における思想誌について、その変遷を眺めてみるという趣旨でした。


トークショーでは、もう少し時代をさかのぼった過去から、各種情報技術が発展してゆく未来までを見渡すような形で検討・議論してみたいと思います。私自身も、大澤さん、加藤さんのお話を伺えるのを楽しみにしています。


日時:2015年08月07日(金)19:00-

場所:ゲンロンカフェ


読んだ雑誌を思い起こすとき、文面・文体や内容だけが思い浮かぶものもあれば、

表紙や扉、フォント、紙質、余白のかもし出す空気感まで蘇ってくることもある。

思想そのものに形はないが、私たちは各時代のそれを、雑誌という姿で今も手に取ることができる。

ページを開けば、そこには情報だけでなく、

当時の時代性、空気感、熱気のようなものが濃厚に閉じ込められている。

それは編集者や作家、思想家、デザイナーによる絶え間ない試行錯誤の結果であり、

各者がページの上でせめぎ合った闘いの結果でもある。


『IDEA No.370 : 思想とデザイン』は、1960年代以降の思想誌の歴史を

デザインを軸に、ビジュアルと編集で見せた、画期的特集である。

『思潮』『思想』『現代思想』『試行』『思想の科学』『批評空間』…

大胆なデザインを取り入れた『パイデイア』『遊』『エピステーメー』『GS』『週刊本

名前を聴くだけで知的好奇心に胸がざわめくような雑誌の数々。

また、それ自体も雑誌である本誌のビジュアルそのものが、

60年代以降のデザインの成果を、ある意味で総括して見せているとも言える。


印刷製版にコンピューターが導入された1960年代以降、

雑誌の「見た目」は大きな変化を遂げた。

80年代以降、DTP技術はAdobeMacintoshの登場によってさらに革新され、

今や世界中のほとんどの雑誌がAdobeで作られていると言っていい。

エディトリアルデザインに次なる革新は来るのか。

そもそもこの先、紙束の雑誌という形態にまだ未来はあるのか。

古代から現代に至る出版史の大きな流れも視野に入れつつ、

編集者、デザイナー、批評家、研究者というそれぞれの立場から、

過去と未来の「雑誌」を考える、ビジュアル満載、創造的トークショー。

(Peatixでの紹介文より)


⇒Peatix > 同トークショー案内

 http://peatix.com/event/100461


⇒idea

 http://www.idea-mag.com/jp/



2015年08月10日追記


ご来場、ご視聴、ありがとうございました。関連リンクを追記します。


ニコニコ生放送 > 同トークショーのページ

 http://live.nicovideo.jp/watch/lv228297180


⇒togetter > 大澤聡 × 加藤賢策 × 山本貴光 思想とデザイン──『アイデア』No.370刊行記念トークショー #ゲンロン150807

 http://togetter.com/li/857994

 ゲンロンカフェ@Vimeo動画毎週追加(@genroncafe)さんによるまとめ。


⇒togetter > 山本貴光さん自身による 大澤聡+加藤賢策山本貴光with 室賀清徳「思想とデザイン」@ゲンロンカフェ補遺

 http://togetter.com/li/857996

 トークショー後のツイートです。河村書店(@consaba)さんがまとめてくださいました。