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2008-12-01 イエズス会と中国知識人/ザビエルの音景

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★岡本さえイエズス会と中国知識人』(世界史リブレット109、山川出版社、2008/10、ISBN:4634349477


文化と文化が遭遇するところで、人と書物と理解と誤解が入り混じる。


「思想」の世界史をたどってゆくと、さまざまな時代、さまざまな場所で、そうした遭遇の痕跡に行きあう。たとえば、インドから仏教を移入した中国、古典ギリシアの叡智を換骨奪胎したイスラーム、政治体制の転換期に西欧文明に遭遇した幕末日本などはよく知られたケース。


本書は書名にも見えるように、そうした興味深い遭遇のひとつ、イエズス会と中国の遭遇の過程を描いたものだ。


16世紀前半に、イグナチウス・デ・ロヨラ(c1491-1556)たちによって創設されたイエズス会は、世界各地へ布教の旅に出た。日本史でもおなじみのフランシスコ・ザビエル(1506-1552)も、そうした宣教師の一人である。


さて、イエズス会士たちが、中国での本格的な布教活動を開始するにあたって、アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(1539-1606)は、他の地域での布教とはちがって、中国文化を尊重する方針を立てたという。会士たちは、あらかじめ中国語を学び、ヨーロッパの学問を使って、中国の文化人・知識人層にわたりをつけようというわけだ。


相手の信仰を変化させるために、まずは己が中国文化を受容して変化すること。この営みは、どこかマフィアの一員となる覆面捜査(アンダーカヴァー・コップ)を連想させる。なかには中国文化にのめりこみすぎて、キリスト教を棄教した者もあったのではないだろうか、などとつい想像が膨らむ。


明朝中国に渡ったイエズス会士たちは、中国名を持ち、儒服を身にまとい、キリスト教の教えを漢訳して「天主教」とした。なかでもマテオ・リッチ(利瑪竇、1552-1610)は、イエズス会の初代中国布教長であり、『幾何原本』を初めとする数理書を漢訳したことで知られている。


郷に入るために自らを変える方法をとったリッチは、どのように中国での布教を目指したのか。


リッチは(中略)中国人の儒学を哲学とみなし、儒教の典礼(儀礼)は社会習慣であるとして、宗教とは区別する立場をとった。キリスト教は儒教と対立しない、と決めたのである。しかし同時にリッチは、中国古代の儒学はキリスト教と一致すると認め、古典に出てくる上帝はキリスト教の天主と同一である、と教理問答『天主実義』に書いた。

(同書、pp.20-21)


この苦心の戦略は、ヨーロッパのカトリック諸勢力と中国の両方から批判されることになる。線によって分断された二つの領域に足をかけようとする者が、いずれかの領域に所属する者から「お前はどちらの味方なのだ」とか、「俺たちの文化を勝手にお前たちの文化と等号で結ぶな」と怒られるという構図、なんだかあちこちで見かけるような気がするのは気のせいか。


ともあれ、リッチたちは学術の粋をもって中国人たちの尊敬を勝ち得ようと、ヨーロッパの知を漢文に翻訳していった。本書の巻末には、イエズス会士たちがかかわった著訳書の一覧があって、それを見ると宗教にかかわる書物の他にも、エピクテトスやアリストテレスの翻訳や、技術書、天文学、地理など、40ほどの作品が掲載されていることがわかる。


こうした文献において、ラテン語やヨーロッパ諸語と中国語の対応がどのようにつけられたのかは、非常に興味あるところだ。というのも、その翻訳の過程で作られた書物や辞典が、日本でも参照され、明治期あるいはそれ以前の日本におけるヨーロッパ語の翻訳に活用されていており、日本語における言葉や概念の来歴に関心を抱く向きにとっては見過ごせない文献群であろう(その一部は、下記リンク先、早稲田大学の古典籍総合データベースで読める)。


本書は、研究書のさわりといった論述のため、歴史小説を読むようなダイゴミこそないけれど、中国におけるイエズス会の活動について概要を知るにはうってつけの一冊だ。


■目次


東西の対話

イエズス会士の中国入国

中国におけるイエズス会士の活躍

中国知識人はヨーロッパの文化をどう見たか

ヨーロッパに流入した中国文化


山川出版社

 http://www.yamakawa.co.jp/


■関連文献


★岡本さえ『近世中国の比較思想――異文化との邂逅』(東京大学出版会、2000/10、ISBN:413010084X

★岡本さえ『清代禁書の研究』(東京大学出版会、1997/02、ISBN:4130210610

高橋裕イエズス会の世界戦略』講談社選書メチエ、2006/10、ISBN:4062583720

★フランシス・トムソン『イグナチオとイエズス会(中野記偉訳、講談社学術文庫、講談社、ISBN:4061589393

★フィリップ・レクリヴァンイエズス会――世界宣教の旅』(垂水洋子訳、「知の再発見」双書、創元社、1996/01、ISNB:4422211137)

★ウィリアム・V.バンガートイエズス会の歴史』上智大学中世思想研究所、原書房、2004/12、ISBN:4562038489

イエズス会士中国書簡集』(矢沢利彦編訳、東洋文庫全6巻、平凡社、1970-1974、ISBN:4582801757

『中国の医学と技術――イエズス会士書簡集』(矢沢利彦編訳、東洋文庫平凡社、1977/07、ISBN:4582803016

『中国の布教と迫害――イエズス会士書簡集』(矢沢利彦編訳、東洋文庫平凡社、1980/01、ISBN:4582803709

『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』(河野純徳訳、東洋文庫、全4巻、1994、ISBN:4582805795

平川祐弘『マッテオ・リッチ伝』東洋文庫、全3巻、1969-1997、ISBN:4582801412

★John W. O'Malley, Gauvin Alexander Bailey, Steven J. Harris, and T. Frank Kennedy, S. J. ed, The Jesuits: cultures, sciences, and the arts, 1540-1773 (2vols, University of Toronto Press, 1999-2006)


■関連ウェブサイト


イエズス会日本管区

 http://www.jesuits.or.jp/

 歴史の解説や関連文献の一覧などもある。


★Society of Jesus(英語)

 http://www.sjweb.info/jesuits/index.cfm

 イエズス会ローマ本部のサイト。


早稲田大学古典籍総合データベース > 『幾何原本』

 http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/search.php?cndbn=%8A%F4%89%BD%8C%B4%96%7B

 同サイトで、「利瑪竇」を検索すると9作品を見ることができる。


★国立台湾大学東亜経典與文化研究計画(日本語)

 http://www.eastasia.ntu.edu.tw/japanese/index.htm

 台湾大学人文社会高等研究院による研究計画。プロジェクト2に本エントリに関わる計画あり。

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Francis Xavier: La Ruta de Oriente(AliaVox、2008、ISBN:B000XIJ3OI


音楽史の書物を読んでいてどうにも歯がゆいのは、録音技術以前の世界の音楽はどうあがいてもそのものを聴くわけにはいかないということだ。


と言ってはみたけれど、大きなCDショップに行けば古代ギリシアから19世紀までの音楽もCDで聴くことができる。なんとなれば、楽譜やそれに類するものがあれば、そこから「再現」するからだ。この再現がどこまで再現足りえているのかと考え始めるときりのない話になるので、いまは措いておこう。


このCDは、16世紀の人フランシスコ・ザビエルの生涯とその時代を音楽でたどろうというユニークな試みで、ザビエル誕生からその死までを音楽で構成している。企画・監修・演奏するのはジョルディ・サバイ(サヴァール)で、彼が率いるエスペリオンXXIとゲスト・ミュージシャンたちが演奏している。


といっても、オペラなどのように伝記を物語仕立てで音楽化するものではない。青年期の修行を経て、布教の旅に出たザビエルが、行く先々で耳にしたであろう音楽を、その足跡を追うように160分の音として並べた一種のサウンドスケープ(音景)作品である。


解説書を繰ると、たとえばこんなふうに楽曲と事項が併記されている。


★CD1 人文主義のヨーロッパより


第1章 フランシスコ・ザビエルの誕生と幼年時代


1. 作者不詳「曙」、「ロトゥンデルス」


 1506年 ハビエル城(ナバラ)にてフランシスコ誕生。


2. ペドロ・デ・エスコバル ビリャンシコ「永福なる聖母」(CMP 416)


 1509年 エラスムス、トマス・モアに捧げて『痴愚神礼賛』を書く。


3. 作者不詳「コンソート」11番


 1512年 フェルナンドII世、フランスからナバラを勝ち取る。


4. ヨアネス・ポンス ビリャンシコ「フランスよ、お前が得た物を言ってみよ」(CMP 443)


以下は章立てだけを掲げておこう。


第2章 フランシスコ・ザビエルの青年時代

第3章 パリ大学での勉強(1525-1536)

第4章 イタリアとイエズス会の創設

第5章 リスボンからアフリカとインドへ

第6章 文化の新しい世界 日本へ到着(以下CD2に収録)

第7章 中国の閉ざされた扉へ


これに対応して、全49の楽曲が2枚のCDに収録されているのである(SA-CDとのハイブリッド対応)。


例えば、グレゴリオ聖歌イベリア半島の世俗音楽の他に、アフリカのパーカッション(第5章)、「篠の音取」「本能寺」、中国楽器でアレンジされた「アベ・マリア」(第6章)など、土地々々の音楽が収められている。なかでも面白いのは、「オ・グロリオサ・ドミナ(O GLORIOSA DOMINA/栄えある聖母よ)」を、原曲とともに尺八や琵琶で変奏したヴァージョンを並べたところだ。これは、ザビエルが日本に到着して、布教を進める過程に対応したくだりで、文化的な現象に類比して言えば、キリスト教の教義が日本語に移し替えられてゆく過程を表してる。つまり、楽曲が思想内容であり、楽器が言語と見立てられるわけだ。


解説書は、300ページ近いフルカラー印刷の書物で、サバイのメモのほか、解説やザビエルの年表、関連する文献アンソロジーが、英語、ポルトガル語、イタリア語、日本語、中国語の5カ国語で収録されている。マヌエル・フォルカノによる文献アンソロジーは力が入っており、日本語ヴァージョンのページだけでも30ページ強を占めている。その内容は、エラスムスの『痴愚神礼讃』、マキアヴェッリの『君主論』、モアの『ユートピア』、ルターの『95カ条の論題』、イエズス会会則、教皇パウルス3世の教書、ザビエルの書簡などである。


もちろんここに並べられた音楽を、本当にザビエルが耳にしたかどうかはわからない。大いに推測を含む構成であることにはちがいない。しかし、この史料を読みながら音楽を聴くとき、単に楽曲に耳を傾けるのとは明らかに異なる世界が脳裏に立ち現れるという意味で、すばらしい企画だと思う。なにより音楽にはそれが作られ、演奏され、聴かれた「場所」があるということを思い出させてくれるから。


あらゆる文物が従来の価値のヒエラルキーから自由になって、古典も同時代の作品も、娯楽もハイカルチャーもデータとして等しくフラットに並ぶ昨今、かえってものごとが見通しづらくなった側面もある。そうしたなかで、この企画のように文脈を含めて作品を提示するということが、もっと試みられてもよいと思う。


坂本龍一がはじめた音楽+資料アーカイヴ・シリーズ「commmons: schola」(全30巻を予定)も、別の角度から同じ試みに着手している。その第一弾J.S.バッハISBN:B001CCHIU0)に収められた浅田彰小沼純一との鼎談でも、コンテクストを提示するという意図が述べられていた*1


なお、サバイとエスペリオンXXIによる同趣旨の企画ディスク+資料には、ドン・キホーテコロンブスに関する次のパッケージもある。


Miguel de Cervantes, Don Quijote de la Mancha: Romances y Msicas(Alia Vox, 2005, ISBN:B000GCG8Z8

Christophorus Columbus: Parasos Perdidos(Alia Vox, 2007, ISBN:B000GCG8Z8


また、現物は未確認だが、エルサレムの歴史をたどる「JERUSALÉN: La ciudad de las dos paces」(AVSA9863, 2008/11)もリリースされたようだ。


■関連ウェブサイト


★ALIA VOX(スペイン語[英語、仏語、カタルーニャ語、伊語もあり])

 http://www.alia-vox.com/


★皆川達夫「オラショグレゴリオ聖歌とわたし」

 http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/orasho.html

*1:ディスクが1枚なのは措くとして、資料編はもそっとがんばっていただきたかった。

aquiraxaquirax 2008/12/02 19:26 あれですわ、吃驚偶然、昨晩酒の肴に例の『中国思想のフランス西漸』を繙いておったんですね。いやー。
そりゃいいが同書中に『「北京耶蘇会士紀要」の発刊に斡旋したベルタンが、ルイ十五世の末期国民反抗の声に恐れて、「フランス国民に支那思想を接種」すべきことを上奏し、ルイ十五世もまたこの進言を嘉納された』なんてあって噴きそうになったのですけれど……ほんまか。岡本本にこんなん言及ありますかしら。

chabbuchabbu 2008/12/02 22:56 フランスの絶対王制や身分制度の因襲を批判するために中国の儒教や科挙制度が啓蒙知識人たちによって高く評価され、為政者側にも一定程度の影響を与えたのは、世界史では常識ですよ>所長
岡本さえ本では、『アジアの比較文化 名著解題』、科学書院、2003年、がきっとお好きだと思います。>八雲さま

yakumoizuruyakumoizuru 2008/12/03 00:02 おお、所長殿、奇遇ですなァ。

そのベルタンの進言のくだり、なんだか笑ってしまいますよね(笑)。

で、「フランス政府も民間の新進学者も中国思想を利用せんとしたが、この思想にたいする見方と利用の目的とが全然齟齬していた。要するにフランス耶蘇会士は中国思想の殆んど全幅を紹介したが、フランスの君民は各々自己の立場に有利な要素のみを中国思想の中から摘出せんとしたのである」というわけですものね。

専制君主は崩壊予防のために、百科全書派は圧政・基督教権力打倒のために、それぞれ中国からきた思想を使ったというお話に触れて、はからずも「思想戦」という言葉が浮かびました。

ベルタンの企みについては上記岡本本では触れられてはいませんでした。フランスにおける思想的な影響の話では、ヴォルテール、ディドロ、ダランベールらのこと、それとケネー(所長殿が引用されたくだりの直前で、やはりケネーについて論じられていましたね)のことが出てきます。

yakumoizuruyakumoizuru 2008/12/03 00:07 chabbuさん、ご示唆をありがとうございました! さっそく注文してみました。

上のコメントで書きそびれましたが、それにしても「「フランス国民に支那思想を接種」すべき」という見てきたような(?)書きぶりがたまりません。ベルタンの言葉は原語でなんと伝わっておるのか、たいそう気になります(笑)。

aquiraxaquirax 2008/12/03 02:01 >chabbuさま
いや書きっぷりが悪くって大変失礼しました。本書全体がその事実の解説本みたくっておりまして、八雲師がおっしゃるようにそのなかでこの実に可笑しみ溢るる表現の内実が知りとうございましたものですから。

>八雲師
お手数おかけ致しました。ありがとうござりまする。お説、また酒のツマミに致します。
とか言うて今日は柳北君で飲んでたりしますが(笑

yakumoizuruyakumoizuru 2008/12/03 02:31 いえいえ、ツマミの足しになりましたら幸いです。

飲み友の多士済々、うらやましい限りです(笑)。

愚生は、井波陵一『知の座標――中国目録学』という本などを眺めております。

イエズス会を迎え入れた中国側の事情について、「中国側の最大の関心は、キリスト教布教を窓口として紹介された西洋の技術をいかに受け入れるかという点にありました。歌謡曲風に言えば、「学はいらない、術だけ欲しい」というわけです。」とあって、ここで吹きました(笑)。

chabbuchabbu 2008/12/03 11:41 「中体西用」論ですね。>「学はいらない、術だけ欲しい」 だって中国にはなんでもあるんだもん、ってことです(笑) そしてそもそも中国にあったものが流出して欧米に渡ったから、この技術は採用してもいいんだ、っていう「附会論」に行きつきます。ここらへんも大変面白いところです。