2012年の文筆



2012年の文筆は、ユリイカ誌2012年2月号(青土社)の「特集=辞書の世界」に、「この辞書を見よ!20――言葉のアーカイヴ形成史」という筆者お奨めの辞書を紹介する書誌的エッセイを掲載していただくところから始まりました*1


それを除くと、あとはもっぱら――


・「「百学連環」を読む」(三省堂ワードワイズ・ウェブ)
・「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」(『考える人』新潮社)


という二つの連載を書き継ぐ年でした。


西周「百学連環」講義の「総論」を精読する「「百学連環」を読む」は、三省堂荻野真友子さんにお声かけいただいて、2011年4月に連載を開始したものです。以来、毎週金曜日に更新しています。


この「総論」は、西周全集 第4巻』(宗高書房、昭和56年)で、11ページから37ページまでのわずか27ページの分量です。目下は25ページまで15ページ分を読み進めてきましたので、残すところ12ページとなりました。2013年も引き続き読み進めて、完結を目指したいと思います。


これまで、どうしたらよりよく本を読み解けるだろうかと、いろいろな試行錯誤を繰り返してきました。今回のこの試みは、要するにほんのいくつかの文章を、1週間かけて読むという具合に、1文1文を非常に長い時間をかけて吟味するやり方です。


この方法の利点は、検討すべき文章を繰り返し読み、頭の片隅に放り込んだまま、それとは関係のないいろいろな活動をするうちに、身体が勝手にチェックしてくれることにあると感じています。例えば、「帰納法」という言葉を扱った箇所を検討している時であれば、特に意識していなくても、人との会話やネットや書店の閲覧をしている最中、映画や音楽に触れている折りなどに、身体が勝手に関連するものを拾い上げてくれるのです。


また、一方でこうした読み方をしていると、他方で他の本を読む折にも、必要に応じて「百学連環」と同じような読み方をしてみようと思うこともままあります。さっと読むだけでなく、じわりじわりと読む。すると、だんだん見えてくることもあるわけです。


もっとも、私がどんなふうに本を読んでいるのかという手の内をそのままお見せしているようなものでもあるので、いささか恥ずかしさを感じる書き物でもあります(それを言うなら、書き物とは多かれ少なかれ、こうした面があるわけですが)。


そんな具合に、私自身のものを読むという営み自体も、この連載に取り組むことで変化しつつあると感じているのでした。




「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」は、新潮社の疇津真砂子さんと話しあうなかから浮かび上がってきたテーマでした。できれば古今東西の文章家たちが、テーマや状況や使える表現媒体に応じて、どんなふうに文章を綴り、構成し、どういった姿形に象ってきたのかということを眺め味わうという趣旨です。


この連載は、年明け1月4日発売となる『考える人』最新号に、連載第9回目「辞書――ことばによる世界の模型」を掲載していただく予定です。その次の第10回で最終回を迎えます。


この連載もまた、文章を、その見た目も含めて、とことんよく味わうということを主題にしています。1回あたり、原稿用紙換算で約30枚(1万2千字程度)の紙幅を与えていただいています。これだけあれば、結構いろいろなことを遡上に載せられるだろうと思って、喜び勇んで材料を集めるのですが、やってみるととんでもありませんでした。たった1ページ分の文章をじっくり吟味しようと思ったら、到底この分量では書き尽くせません。そこで、題材とする文章をどのように選ぶかということも、書き始める直前まで考えに考えさせられています。


連載は、述べたようにもうすぐおしまいですが、この試みは、なんらかの形で続けてみたいと思っています。ある書物のページ(電子書籍やウェブやソフトウェアのインターフェイスも対象にします)を提示して、その表現形式と内容の双方について、じっくり味わってみるのは、実に楽しいということを、この連載では気づかせていただきました。




懸案のサレン+ジマーマンルールズ・オブ・プレイ――ゲームデザインの基礎(下)』ソフトバンク クリエイティブ、2013年春刊行予定)は、11月にようやく翻訳を終えて、少しほっとしております。ゲラにしていただいたら、磨きをかけて春頃にお届けできるようにしたいと念じております。これで積年の宿題を一つ片付けることができます。もう少しお待ちくださいますように。


翻訳の仕事では、目下次の本にとりかかっています。今度はがらっと変わって考古学の本です。時代も紀元前1万年から5千年と、時間軸を一挙に遡っております。これも2013年のはやいうちにお目にかけられればと思い、作業を進めているところであります。


自著としては、2013年は相棒の吉川浩満との共著第3弾も形にしたいと思います。これは、「知る」とはどういうことか、人はこれまで「知識」をどう扱ってきたか、現在あるいは近い将来の技術環境のなかで、どう付き合っていくことになるか、といったテーマの書物になる予定です。


それと、朝日出版社第二編集部ブログで場を与えていただきながら更新がすっかり滞っている「書物の海のアルゴノート」も再開したい所存です。ここでも、まずは「読む」とはどういうことなのかという謎に迫るような書物群について論じてみたいと考えています。


以上、2012年の文筆と来年の予定でした。


三省堂ワードワイズ・ウェブ
 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/wp/index.php


⇒新潮社 > 考える人
 http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/


朝日出版社第二編集部ブログ
 http://asahi2nd.blogspot.jp/

*1:Amazon.co.jpのレヴューで、拙エッセイを、特集全体に対する資料篇と思い込んでコメントされている方をお見かけしましたが、そういう性質のものではなく、筆者の私的なお奨め辞書を書いた文章なのでした。