2009-12-28 存在と文字――白川静における「ロゴス」
■[work][ユリイカ][白川静][青土社][2009]存在と文字――白川静における「ロゴス」

*拙稿の誤植について、末尾に追記しました(2009年12月29日)
久しぶりに『ユリイカ』誌に寄稿しました。今回の特集は、「白川静――一〇〇歳から始める漢字」です。
当初の編集部からのご依頼は、漢字以外の古代文字について、白川流の方法や見方を施すとしたら、そこからどんなことが見えてくるかを考えるといった内容でした(大意)。もちろん、私にそんなことができようはずもないのですが、たまさか楔形文字や古代エジプトの文字やマヤ文字について、あれこれ調べたり考えたりしていた矢先のこと、連日twitterでそれらしきことをつぶやいていたのが目に止まってそうした話になった次第です。
さて、無理を承知の上で、しかしながら面白い問題設定だと思った私は、各種古代文字の研究において、どのような取り組みがなされているのかを綜覧し、その問題意識や研究方法を、白川静の漢字研究のそれと比較することであれば、浅学非才の門外漢にもなんとかできるだろうと愚考しました(これでも十二分に無謀ですが)。奇しくも、別の関心から楔形文字の研究史を辿り、かつて楔形文字の解釈に漢字研究における「六書の法」と呼ばれる分類手法を持ち込んで、功を奏した事例に遭遇していささか興奮していたところでもあったのです。
ところが、そのつもりで白川静の全著作(といっても、一般に入手可能な範囲ですが)を検討し直した結果、当初の問題設定に沿って議論をするわけにはいかないことが分かりました。というのも、各種古代文字の方法論はともかくとして、当の白川静の文章に躓いてしまったからです。それは、これまでにも何度か読んでおりながら、見過ごしていたことでした。いわば、問題に取り憑かれてしまったわけです。
一言で言えば、白川が使う「ロゴス」という言葉の意味を解し兼ね、これが自分なりに分からない限り、先に進めないと思いました。しかも、どうやら白川は、漢字論の根幹に関わる議論をする場面になると、この「ロゴス」という概念を使うのです。加えて、この語については、さほど多くを語らずにいます。
ロゴスといえば、西欧思想史ではお馴染みの言葉ですが、多くの場合、それは言語やことばにまつわる意味で使われています。しかし、白川がこの語を用いる場合には、ことば、文字、存在、ロゴスという四つがセットになっているのです。つまり、ロゴスという概念は、ことばや文字とは別の何かを示そうとして呼び出されているのです。では、それは何か。
これが、今回寄稿した論考「存在と文字――白川静における「ロゴス」」で考えてみたことです。少し込み入った議論をしていますが、白川の文章においてこの語が担わされた役割については、大方理解できる形でときほぐせたと思います。解釈の鍵となっているのは、これまたたまさか別の必要から再検討を施していたヘラクレイトスのロゴス論でした。
さて、そこでも書いたのですが、残る問題は、一般的に用いられる語や固有名を除くと、滅多にカタカナ語を濫用しない白川が、どうしてこのロゴスだけは、漢語に翻訳せずに使い続けたのかということです。
原稿では、ロゴスという概念の多義性のためではないかと推測を述べました。しかし、その後さらにつらつらと考えながら思ったのは、漢字の根幹についての説明を、漢字だけで済ませることができないと白川が感じていたのではないかということです。そこで漢字とは異なる言語体系から、ロゴスという概念が召喚されたのではないか、こんなふうにいまでは思っています。
まだ、雑誌全体の半分ほどしか読んでいませんが、同特集では、田中栞さんの「『字通』の校正」が誠に興味ある内容でした。あの『字通』の校正を担当した体験談です。
以下に特集内容の目次を青土社のウェブサイトから引用しておきます。同号の詳しい目次は、青土社のサイトをご覧ください。
【当世漢字気質】
・石牟礼道子「わが国の回復を」
・多和田葉子「漢字の裏切り」
・小山鉄郎「独立峰の仕事」
【写真構成】
・「三千歳の青年」の相貌
【子曰く】
・白川静「蓬山遠し」
・津崎史「思い出断片」
・出口宗和「白川静先生についての感慨」
・小駒勝美「「日本語漢字」 辞典のつくり方」
・田中栞「『字通』 の校正」
【逍遥する文字学】
・松岡正剛「レキシコ・メソドロギア 世界を巫祝するまなざし」[聞き手=編集部]
・倉阪鬼一郎「『字統』 頌」
・高島俊男「両雄倶には立たず 白川静と藤堂明保の 「論争」」
・山城むつみ「来るべき万葉のプログラム 白川静の字書三部作」
・大熊肇「非手書き文字と手書き文字の字体」
・加賀野井秀一「「文字学」 の差異化 differe/anciation について」
・師茂樹「文字(キャラクター)を生み出す儀式 白川静の漢字論によせて」
【資料】
・白川静略年譜
なお、同号は、2009年12月28日発売です。
*
ちなみに、これまでに『ユリイカ』誌に寄せた原稿は以下の通りです。
・「存在と文字――白川静の「ロゴス」」(2010年01月号「特集=白川静」)
・「計算論的、足穂的――タルホ・エンジン仕様書」(2006年09月臨時増刊号「総特集=稲垣足穂」)
・「作る・遊ぶ・語る――叢書『All about Video Games』」(2006年09月号「特集=理想の教科書」)
・「ゲームへの寄与――任天堂のスピリット・オブ・ワンダー」(2006年06月号「特集=任天堂」)
・「含羞の野蛮ポップ――野坂作品の二つの骨法」(2005年12月号「特集=野坂昭如」)
・「アンケート」(2005年11月号「特集=文化系女子カタログ」)
・「投壜通信年代記――思想誌クロニクル1968-2005」(2005年08月号「特集=雑誌の黄金時代」)
・「人文系ブログ案内」(2005年04月号「特集=ブログ作法」、吉川浩満との共同執筆)
⇒青土社
http://www.seidosha.co.jp/index.php
【追記】
拙稿「存在と文字」の――
・210ページ上段のヘラクレイトスの引用文「周期の尺度である」の末尾に「。」が抜けておりました。
・214ページ上段に「岸陽十」とあるのは、「岸陽子」の誤植です。
以上、訂正してお詫びいたします。
2008-04-05 私は世界の果てからネクタイを取替えに来た
■[book][稲垣足穂][足穂拾遺物語][青土社][2008]私は世界の果てからネクタイを取替えに来た

全集や大全ということばが好きだ。
なにやらそこには、作家なら作家の全業がひとつのミクロコスモスとして封じ込められているかのような響きがある、ように思う。
しかし、かつていくつかの全集を読み始めたころにようやく気づいたのは、それが厳密な意味での全集ではないということだった。というよりも、そのような完全なる全集を編むということ自体が、ほとんど不可能事に近いということを、そのときようやく思い知ったのだった。
一人の作家が生涯にわたって書いたものを、どこまで「作品」と考えるのか。断簡零墨にいたるまでといっても、作家が構想や思いつきを書きつけた小さな走り書きや、私的な書簡まで入れるかどうかといえば、判断がわかれるところだろう。
また、そうでなくても作家が折々の注文に応じてあちこちに書いたものや、書いたのはよかったけれど注文主の都合でお蔵となったもの、作家が書きながら筐底に秘したものなど、その後書籍のかたちでまとまって刊行されず、年月が過ぎ、やがて忘れられていくものもあって、それらを探すと思っただけでも気が遠くなる。
古い雑誌や本を見ていると、「こんな人がこんなところに?」と思うような原稿に出会うことがある。なかには書いたほうも忘れてしまうものだってあるにちがいない。
そう思うと、全集にすべての作物を蒐集するということは、実質上不可能に近いと考えざるを得ない。いや、執念で資料を集め続けることはできるのだが、「これでもう完全。これ以上は出てくるはずはない」と判断することができない、常に理念としてしかありえない完全資料体へと漸近してゆくのみ、と言ったほうがよいだろうか。
だから、古書店や図書館などで、見たことのない本や雑誌(もちろん、圧倒的に見たことがないもののほうが膨大なのだが)に出会うつど、脳裏にあるいくつかの名前がそこに見出せるのではないかしらと、ついついページを繰ってしまう。
しかし、それにしても、稲垣足穂(1900‐1977)ほど追跡の難しい作家もいないのではないか。
なにしろ、作家自らが言ってはばからないように、彼は作品に手を入れ続ける人だった。おかげで、或る作品を読もうと思ったら、無数に分岐してゆく平行宇宙のようなヴァリアント群を、どうしたって見ないわけにはいかないという気持ちをおおいにそそられるのである。この「差異と反復」の作家をどうしたら追跡できるというのだろうか。
だから、20世紀と21世紀にまたがって『稲垣足穂全集』(筑摩書房)が刊行されたとき、よろこんで読んだ。うれしさ半分、複雑な気持ち半分を抱きながら。なぜなら、この労作の、有限の紙幅のうちに集積された作品群は、同時にその集積に含まれていない、しかしどこかに存在するかもしれない作品をも、読者の脳裏に思い描かせるものだから。
このたび刊行された『足穂拾遺物語』(高橋信行編、青土社、2008、ISBN:4791763416)は、文字通り先の全集に対する拾遺となっている。同全集刊行後、そして『ユリイカ増刊 総特集稲垣足穂』(青土社、2006、ISBN:4791701526、拾遺)に掲載された「新発見作品10篇」以外で発見された未収録作品(2007年12月現在)101篇+オマケ2篇を集め、180ページに及ぶ改題と校異をつけた書物である。
数字で101と書けば、その凄まじさが伝わらないかもしれないが、これら1篇々々が発見された初出媒体(雑誌・新聞など)を見ると、なぜこのような書物が編めたのか、まったくわけがわからなくなること請け合いだ。『漫談』、『牧歌調』、『スタイル』、『三越』、『婦人グラフ』、『政界往来』、『こくみん二年生』、『日本歌人』、『文芸展望』、『食道楽』、『科学知識』……と適当に拾ってみるだけでも、リソースの多様さが垣間見えるだろう。これらは現在、読みたいと思ったとしても、必ずしも簡単にアクセスできるものばかりではない。
もちろん、できあがった書物を読むとき、そこに注がれた労力の多寡そのものは、どちらでもよいことであるかもしれない。けれども、やはり書物雑誌の大海から、水滴のような小品を、ひとつひとつ見つけ出し、手にとり、このようなかたちに具現化した過程を想像すると、編者やここに携わった人びとの熱量に思いを馳せずにはいられない。
しかも、この書物全体がスペードのエース(A!)として提示されている。本書は101枚の古くて新たなカードであり、本書を手にする者は、『稲垣足穂全集』を、脳裏に棲まう足穂像をre-shuffleし、ひいては知らず識らずのうちに凝固してしまいがちな日本・文学・史観をも否応なく「脳内シャッフル革命」(町田康)する/されるというわけだ。
このように、「詩人対地球」の果てのないアルゴリズミックな言語の格闘に触れる好機が、ハレー彗星のように再来中である。書店へ急がれよ*1。
序文=萩原幸子/校訂+編集協力=高橋孝次/改題執筆=高橋信行、高橋孝次、小野高裕、大崎啓造、金光寛峯/資料提供=高橋信行、加藤仁、金光寛峯、萩原幸子、高橋孝次、小野高裕、大坂透、和田博文、佐藤周、扉野良人、郡淳一郎/編集=郡淳一郎/入力=荻原玲子/校正=木村カナ/組版校正=前田年昭/書容設計=羽良多平吉
⇒青土社 > 『足穂拾遺物語』
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%C2%AD%CA%E6%BD%A6%B0%E4%CA%AA%B8%EC
⇒イナガキ・タルホ・スタディーズ
http://www.nexyzbb.ne.jp/~koji/
高橋孝次氏が運営する足穂研究サイト。
⇒daydreambeliever > 『足穂拾遺物語』ライヴ・ツアー in KIOTO
http://d.hatena.ne.jp/cachamai/20080317
校正を担当した木村カナさんのブログ。
*1:Amazon.co.jpではすでに品切れの模様。
2007-07-09 芸術と科学の対話/折衝
■[book][Balthus][Semir Zeki][芸術と脳科学の対話][青土社][2007]芸術と科学の対話/折衝

★バルテュス+セミール・ゼキ『芸術と脳科学の対話——バルテュスとゼキによる本質的なものの探求』(桑田光平訳、青土社、2007/05、ISBN:4791763394)
Balthus + Semir Zeki, Quête de l'essentiel (Les Belles Lettres/Archimbaud, 1995)
なんともかみ合わない対話があったものだ。というよりも、二人の人物が向かい合いながらてんで勝手にしゃべっているのではないかと思うくらい、この二人の会話はすれ違い、誤解しあい、ぶつかりあっている。「この二人」とは、画家のバルテュス(Balthus [バルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ], 1908-2001)と脳科学者のセミール・ゼキ(Semir Zeki)のこと。
邦訳の書名にあるように、本書は画家と脳科学者による「芸術と脳科学の対話」の試みである。ゼキは、近年「神経美学」とも呼ばれる領域について脳科学のほうから研究を重ねる科学者で、美術についての造詣も深いようだ。その仕事については、すでに『脳は美をいかに感じるか——ピカソやモネが見た世界』(日本経済新聞社、2002、ISBN:4532149606)や『脳のヴィジョン』(医学書院、1995、ISBN:4260117920)が邦訳されている。
これらの論考では、美術作品を脳科学の観点から考察していくわけだが、そのさい人間の脳に備わった一般的な機能、例えば生成流転する環境から同一性を見出す能力が美術作品にどのようにあらわれているか/いないかといったことが研究の対象となる。この美術作品への科学的なアプローチ自体、まだ端緒についたところといってよい初歩的な状態だが、今後の脳科学による脳の解明が進むにつれて、この分野も新たな知見をもたらしてくれるにちがいない。そういう意味で楽しみな領域である。
さてこのような関心からゼキは、バルテュスに問いを投げかける。つまり、画家は絶え間なく変化する世界のなかに、ある不変のものを見出し、これを抽出し、かたちを与えているのではないか。それは脳に備わったしくみによるものであり、だからそれをうまく表現しえた芸術作品には普遍性が宿る。絵とはそういうものではないか、と。
だがバルテュスは同意しない。問い返し、話題を替え、否定する。
S.Z.——生理学者であるわたしには画家が言うことを理解するのはなかなか難しいですね。
B.K.——画家が言うことは概していかなる意味ももっていません。彼らはしばしば大変もったいぶっているのですが、その結果には失望させられます。
S.Z.——あたなと意思の疎通を図るのはとても難しいのですが、それでも、あなたの絵は脳を支配する諸法則にしたがっているのであり、あなたの脳はわたしの脳と同じものなのです。
B.K.——わたしは自分の絵については決して語りません。絵画とは、他の言葉で表現することができない言語活動なのです。
S.Z.——言語活動は、脳のある特定の部分によって決定されているのです。
B.K.——ほら、またしてもあなたは脳に戻るわけですね。わたしたちはロンドンで猿が描いた絵を見ました。あの作品もまた、ギャラリーに展示されている多くの絵と同様に価値のあるものです。
S.Z.——脳がもっている機能に関心はありますか?
B.K.——いいえ、そうしたことに関心をもつと混乱してしまうでしょう。
(同書pp.24-25)
「対話」は始終この調子で進んでいく。この書物だけを読むと、インタヴュー嫌いで知られるバルテュスがことさら頑固に見えるかもしれない。だが、たとえばコスタンツォ・コスタンティーニによるインタヴュー『バルテュスとの対話(Conversations avec Balthus)』(北代美和子訳、白水社、2003〔原書は2001〕、ISBN:4560038929)を読むと、わたしたちはそこにくつろいで饒舌なバルテュスの姿を見るはずだ。
この「対話」のちぐはぐさは、言ってしまえば対象の一般的な把握を目指す科学と、そのつどただひとつの作品をつくりだす芸術とが、同じ絵画というものをめぐって異なる方向から見ていることに起因しているのだろう。だが「科学と芸術とでは絵の見方もちがいますね」と言ってしまえば一行で(ただしなんの実りもなく)済んでしまいそうな事柄をめぐって、両者は齟齬に齟齬を重ねていくのだから面白い。
ときに漫才のような可笑しさを呈しながら芸術とはなにかとうい問いをめぐるこの対話は、「実際のところ、あらゆる芸術的な努力とは、脳の巧みな能力の実験なのです。芸術家たちがそのことを理解してくれればと思います!」(p.129)、「たいへんなお願いがあります。あなたが制作されたものはすべて脳の法則に基いたものだということをお認めになってください」(p.134)といったゼキの懇願からも垣間見えるように、どこまでも不協和音を発しつづける。
そらみたことか、だから異分野の対話なんていうものは無駄ことなのです、と思う読者もあるかもしれない。だが、予定調和的に益体もない落としどころに落ち着いて済んでしまう対話などよりも、よほどスリリングで啓発的な議論がここにはある。第一なによりもこの対話の醍醐味は、絶えず飛び散る齟齬の火花によって、双方の位置と姿勢が否応なく照らし出されるところにあるのだから。
双風舎のウェブサイトで、精神科医の斎藤環さんと脳科学者の茂木健一郎さんの脳科学をめぐる往復書簡が始まっている。本書にことよせて言えば、さしずめ茂木さんがバルテュスで斎藤さんがゼキという配役だろうか。こちらもどうなるのか大変楽しみな企画である。
⇒青土社 > バルテュス+セミール・ゼキ『芸術と脳科学の対話』
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%B7%DD%BD%D1%A4%C8%C7%BE%B2%CA%B3%D8%A4%CE%C2%D0%CF%C3
⇒Fondation Balthus(仏英日)
http://www.fondation-balthus.com/
⇒Wikipedia > Balthus(英語)
http://en.wikipedia.org/wiki/Balthus
⇒Institute of Neuroesthetics(英語)
http://www.neuroesthetics.org/
神経美学研究所ウェブサイト
⇒Wikipedia > Semir Zeki(英語)
http://en.wikipedia.org/wiki/Semir_Zeki
⇒双風舎 > 連載「脳は心を記述できるのか」
http://sofusha.moe-nifty.com/series_02/
斎藤環さんと茂木健一郎さんの往復書簡企画
2007-01-22 男と男のいる文学
■[book][Jaime Manrique][優男たち][青土社][2006]男と男のいる文学

ベンチに腰掛けて読書をしていたら、だれかが私の肩をたたく。なんだろうと思って見ると、先ほどから隣に座っていた見知らぬ男性。「ちょっといいですか?」
それは、くっきりとした目鼻立ちをした青年で、灰色と碧色がまざりあったようなちょっと印象的な眼をしていた。「こんにちは」 いま起きようとしている事態に少し戸惑いながら挨拶をした。
「あの、それはギリシア語ではありませんか?」と青年が尋ねる。私はちょうど、ひざの上にのせたトランクを机がわりに、書物と辞書とノートを広げていた。書物は、青年が言うように(古典)ギリシア語で書かれたものだった。「そうです」と言って、本を青年のほうへ差し出す。
「やっぱり!」 その顔がぱっと明るくなって、青年は身を乗り出してくる。彼とともに空気が動いて、やわらかな、香をたきしめたようなほのかな香りがする。「ぼくはギリシア人なんですよ」と言いながら、よく動く大きな眼で書物のページに眼を落とす。「Δια τι αι μεγαλαι υπερβολαι……」とてもなめらかに、彼はギリシア語を音読した。うれしそうに、指で行を追いながらすらすらと音読していく。変な話だけれど、私はギリシアの人が古典ギリシア語を音読する姿をはじめて目の当たりにした(しかも東京で)。
まるで歌うようにギリシア語を読んでいる青年の横顔を見ながら、私はなぜか先日読み終えたハイメ・マンリケの『優男たち——アレナス、ロルカ、プイグ、そして私』(太田晋訳、青土社、2006/12、ISBN:4791763165)〔Jaime Manrique, Maricones Eminentes: Arenas, Lorca, Puig, Y Yo(Eminent Maricones: Arenas, Lorca, Puig, and Me), 1999, ISBN:8477387974〕のことを思い出していた。
それは、コロンビア生まれの作家ハイメ・マンリケ(Jaime Manrique, 1949- )が、マヌエル・プイグ(1932‐1990)、レイナルド・アレナス(1943‐1990)、フェデリコ・ガルシア・ロルカ(1896-1936)、そしてハイメ・マンリケ自身について綴った評伝的な文章からなる書物だ。
ほかに適当な言葉を思いつかないまま「評伝」と書いてはみたけれど、マンリケは、プイグ、アレナス、ロルカの生についての包括的な記録を再構成してみせようというのではない。彼らがホモセクシュアルであることによって、世界とのあいだで、どのような摩擦を引き受け、折衝し、折り合いをつけたのか、その作品にはなにがうつしだされているのか。そうしたことを、敬愛の念がこもったやさしい、けれども必要以上にべたつかず、ときに対象をつきはなした率直な筆で描いた肖像画(ポルトレ)集である。
ファシスト政権下で銃殺の憂き目にあうロルカ、自ら死を選んだアレナス、客死したプイグ。いずれの生にしても、もし人がその気になれば、苦難に満ちたつらい敗者の生涯として描くこともできるだろう。けれども、マンリケの文章は、どこかあっけらかんとしていて、むしろ明るい。
それはたぶん、「われらの世紀における二つの巨悪、すなわち非妥協的なマルクス・レーニン主義と全体主義的ファシズム」という社会背景のなかで、彼らが「第一級の芸術家であり至上の変革者であることに加えて、作品において周縁への抑圧について語った」こと、ずぶとい「肝っ玉(conjones)」(以上括弧内の言葉はすべて邦訳書256ページより)をもっていたこと、彼らの生と作品からマンリケ自身が大きな力、自らのセクシュアリティと向き合い、生を肯定する強い力を得たことと無関係ではないと思う。そしてそのことを示すためにも、この書物の冒頭と末尾に「脚——幼年期と思春期の回想」、「もうひとりのハイメ・マンリケ——死せる魂」という、マンリケ自らについての文章が置かれているのだろう。
たとえこれらの「優男たち」についてなにひとつ知らなかったとしても、「ある文学的な、熱帯の、ボーイズ・ラヴの物語」(帯より)としてたのしむことだってできるこの書物(と示唆に満ちた訳者あとがき)に触れて、ハイメ・マンリケという人には——太田晋氏による訳文の文体もあいまって——私が「萌える要素」(241ページ)が満載だということを教えられ、さっそく書店に彼の作品を注文したのであった。この邦訳版は、三嶋典東氏のイラストを白井敬尚形成事務所がシックでゴージャスにしたてた装幀もすてきだ。編集は郡淳一郎氏。
美しいギリシア人の青年は、しばらく熱心に、ほとんどむさぼるように文字を追っていたページから、不意に顔をあげて私のほうを見た。
「どうしてギリシア語を学ぼうと思ったのですか?」
「古代ギリシアの書物を、書かれた言葉で読みたいと思っていたからです」
「私もホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』をはじめ、学校でいろいろ読みました。ギリシア語はいかがですか?」
「とても、とても、とても難しい言葉です。私にとってはラテン語やヘブライ語だって十二分に難しい言葉ですが、古典ギリシア語ときたらその比ではありません!」
「そうでしょう」としたり顔で微笑んでから、青年は「王」を意味するギリシア語の言葉、βασιλευςの曲用形をすらすらと諳んじてみせた(ギリシア語の名詞では、同一の単語が数と格の違いによって10通り以上に曲用されるのだ)。
そして彼は、いたずらの相談をするように片目をつぶり、「だからギリシア人は語学が得意です。だってほら、あなたもおっしゃったようにギリシア語に比べたらどんな言葉だって簡単に見えるから。そうそう、僕はまだ日本に来てから三ヶ月なんですよ」と、それは流暢な日本語で告げてから、「いつかギリシアにも遊びに来てください!」とさわやかに言い残して去っていった。
青年が残した甘やかな香りと、手元の書物とともに、私がしばらくその場でぽかんとしていたことは申し上げるまでもない。そして、思った。もし私がアテネのベンチで、『源氏物語』に向かっているギリシアの青年を見かけたら、きっと似たようなことをするにちがいない、と。
⇒青土社
http://www.seidosha.co.jp/index.php
⇒glbtq > Jaime Manrique(英語)
http://www.glbtq.com/literature/manrique_j.html
⇒Tokyo Illustrators Society > 三嶋典東
2006-10-02 「どれからなりとおためし下さい」
■[work][book][ユリイカ][稲垣足穂][青土社][2006]

★『ユリイカ』第38巻第11号 2006年9月臨時増刊号 総特集 稲垣足穂(青土社、2006/09、ISBN:4791701526)
同号に「計算論的、足穂的——タルホ・エンジン仕様書」を寄稿しました。
足穂の作品を読んでいるとプログラムやその挙動に触れているような気がするのだけれど、それはなぜだろうという与太噺であります(いわゆる似てるよね分析)*1。
拙文はさておき。同誌としては1987年の「特集*稲垣足穂 & Twinkling Stars」につづく二度目の足穂特集となる本号は、すでにいくつかのウェブログなどでも言及されているように、「書容設計」が洒落ています。まだ同誌既刊分525号を全部見たわけではないので(目下は300号くらい)あまり意味のない評言になりますが、『ユリイカ』史上屈指の出来映えではなかろうかと。なにしろモノ(objet)としてステキです。設計担当は、羽良多平吉氏。
足穂が気になる読者なら、全集未収録テキスト「新発見作品10篇」と、キネマクラブ*2による年譜「彼自身による稲垣足穂」、「稲垣足穂著書目録」を読むだけでも本号を手にとる価値は十分にあると思います。そのほか、対談、鼎談、インタヴュー、エッセイ、論考、写真、まんが、カリグラムと、いろんなオモチャを一式セットでしまいこんだ楽しいトランクのような、それ自体が足穂の作品を思わせるような編集は、郡淳一郎氏によるもの。
垂野創一郎氏による解題「タルホ座新星群——稲垣足穂新発見作品解題」によると、渡辺一考、金光寛峯、佐藤周、加藤仁、高橋信行の諸氏によって捜索(再)発見された『稲垣足穂全集』(筑摩書房)未収録作品は、69篇にのぼるというのですが、これらの作品、別のかたちで書物にならないでしょうか。
タルホってなに? という方は、『僕の”ユリーカ”』(ちくま文庫、ISNB:4480420312)あたりから、おひとついかがでしょうか。いけますよ。
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%B0%F0%B3%C0%C2%AD%CA%E6
⇒松岡正剛の千夜千冊 > 第879夜 稲垣足穂『一千一秒物語』
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0879.html
⇒一千一秒物語
turky
これですか? > *1
http://hugo-sb.way-nifty.com/hugo_sb/2004/09/taruho_kissing_.html
yakumoizuru
そうです、そうです! この瞬間と、その前後の写真がどこかに載っていたのですよ(キャプションつきで)。
aquirax
「別冊新評」で見たような気がしたんですけど、違いましたっけ。
yakumoizuru
それですよ、所長殿。あと、同書に掲載されていた写真の前だか後だかに続く写真を、別のところで見かけて笑ったことがあります。ソレガナンデアタノカオモイダセナイ。
2006-09-04 理想の教科書
■[news][work][book][ユリイカ][青土社][2006]

★『ユリイカ』第38巻第10号 2006年9月号 特集*理想の教科書(青土社、2006/08、ISBN:4791701518)
同誌9月号に「作る・遊ぶ・語る——叢書「All about Video Games」について」を寄稿しました。
もしもヴィデオ・ゲームに教科書があるとしたら、それはどのようなものかという問題設定から出発して、一度はヴィデオ・ゲームの全域を測量してみなければなるまい、というので大風呂敷を広げています(それをどう使うのかはともかくとして)。
目次は以下のとおりです。国語教育あるいは教科書にかかわる論考が中心になっています。また、『舞台芸術』の第1期第10号(最終号)(京都造形芸術大学・舞台芸術研究センター=発行 月曜社=発売、2006/06、ISBN:4901477609)では、「教科書問題」を特集しています。
■連載
・中村稔「私の昭和史 戦後篇9」
■詩
・山崎佳代子「このはなの ひとよのうちに」
・未映子「少女はおしっこの不安を爆破、心はあせるわ」
■特集*理想の教科書
・石原千秋+斎藤美奈子「「道徳」よりも「リテラシー」を!——国語教科書は何を教えているのか」
・川村湊「教室に放たれた「虎」」
・佐藤泉「「である」ことと「主婦する」こと」
・中島一夫「「転向の現在と批評 「自分探しの旅」を降りるための必読批評10」
・米光一成「対決する学生のための国語教科書試案」
・谷川俊太郎「教科書なんてないほうがいい!——国語教育に欠けていること」(聞き手=和合亮一)
・紅野謙介「「ゆとり」がほんとうに必要なのは教員である」
・幸田国広「国語教育の現実と理想」
・長谷川一「なにかについて知りたかったら本を書けばいい」
・上野千鶴子「ジェンダーを教える」
・山本貴光「作る・遊ぶ・学ぶ——叢書「All about Video Games」について」
・ばるぼら「サイバースペース必携教科書ガイド」
・黒沢清+高橋洋「教科書のない教室から——映画美学校と東京芸術大学大学院映像研究科の試み」
「大アンケート わたしの理想の教科書」
稲葉振一郎/宇城輝人/梅本洋一/加藤幹郎/粉川哲夫/小谷野敦/柴田元幸/絓秀実/鈴木佐知/中条省平/長原豊/新田啓子/野崎歓/野田努/福永信/富士川義之/増田聡/三田格/四方田犬彦
■今月の作品
・ZZ・倶舎那「ヤーン」
・阿久津若菜「桃」
・朝妻麗「旅するいのち」
・選=松浦寿輝
■われ発見せり
・大谷能生「伊勢佐木周辺」
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%CD%FD%C1%DB%A4%CE%B6%B5%B2%CA%BD%F1
⇒月曜社 > 『舞台芸術』第10号
http://getsuyosha.jp/butai/index.html
また、稲垣足穂を特集した『ユリイカ』臨時増刊号も近く刊行されるようです。
⇒(゜(○○)゜) プヒプヒ日記 > 2006/08/27
2006-08-11 再開と近況
2006-05-14 幾つかの予告篇
■[news][work][ユリイカ][青土社][game]

『ユリイカ』2006年6月号(青土社)は、「特集*任天堂」を予定しています。同特集号に「ゲームへの寄与――任天堂のスピリット・オブ・ワンダー」という文章を寄稿しました。
同誌は「詩と批評」の雑誌として三十余年の歴史をもつ雑誌ですが、ヴィデオ・ゲームを特集するのははじめてのこと。この特集をきっかけに、今後もいろいろな角度からゲーム関連の特集が組まれるとよいなァと思います。こちらも発売は、5月2528日頃の予定です。
私事ついでに。この4月から、専門学校でヴィデオ・ゲーム企画の講師をはじめました。ヴィデオ・ゲーム企画志望者の若い皆さんを相手に、毎週、ああでもないこうでもないとゲームの作り方と論じ方について議論をしています。ゲームを作るときとはまた別の思考が必要となって、愉快な時間です。ここで考えさせられたこと——思考とは状況に強制されて発動すると言ったのはドゥルーズ先生だったでしょうか、けだし至言であります——を含めて、上記論考とは別に準備中のヴィデオ・ゲーム書に活かしたいと思います。
⇒青土社
http://www.seidosha.co.jp/index.php?FrontPage
⇒任天堂
ncyuuki
久々に来てみたら、更新されてますね。じっくり拝見させていただきました。結構忙しそうですね。これからも、頑張ってください☆
clinamen
結構忙しいんだね!
yakumoizuru
ncyuukiさん、コメントをありがとうございます :-) ここのところメモランダムをつけたいことはあれど、ご覧のとおりのテイタラクです(笑)。
yakumoizuru
お主が言わないように!>clinamen
そういえば、leleleさんのブログやchikiさんのトランスカレッジで、双風舎の新企画の告知が出てたネ。
ykurihara
先日ようやく三省堂に行き、フェアが5Fとは気づかず、4F人文書のとこで本を取りカウンターで「これ(『MIND』)のおまけのフリーペーパーをくれ」といったところ、店の人が誰一人知らず、「こいつ何いってんの?」という顔をされました。心外でした(笑)。
ykurihara
ちゃんと啓蒙しておいてください(笑)
poillon
恐縮ながらあたくしめにもフリィペーパーいただけますれば有難く存じます。
yakumoizuru
栗原さん、とんだお手数をおかけしました!(笑)。また、ご購入、ありがとうございます。
品切れていたのか、配布をやめたのか、「誰だ、こんなところに無断で変な紙をおいたのは」と撤去されちゃったのかわかりませんが、前に見たときは『MiND』の隣に置いてあったのですよう。
今度から、そういうことがないよう店員氏一人ずつに催眠をかけておきます(←啓蒙じゃない)。
yakumoizuru
では僭越ながら、お送りします。>poillonさん
自分で両面に印刷しておりたたむたのしみがありかつ好きなだけ作成配布できる電子メール送信と、作者がpoillonさんのために一折り一折りずつ心をこめてこしらえる(内容に異同はありません)郵政メール送信と、どちらをご希望ですか?
ykurihara
いや、5Fに行ったらちゃんと置いてあったんですよ。もしや理工のフロアか?と思い、いったん抱えた本を置き、上がってみたらさくっと『MiND』の横に見つかりました。
でも、他に買う本もあったし、訊ねた店員さんがなんか店内に電話かけまくってぷちな騒ぎをしていたこともあり、フリーペーパーだけゲットして4Fに戻って、ふたたび本を集めてカウンターにいき、さきほどの店員さんに「5Fにありましたよほらほら」と見せびらかしたところ……
一瞥のみでスルーされました。
いずれにしても心外です(笑)。啓蒙してください(笑)
poillon
あ あ あ…… 心をこめて…郵政メール……を希望しても…よろしいでしょうか…… あわわ…わたくしごときが…心を望んでも…よろしいのでしょうか……
yakumoizuru
いやはや、ほンと、すみません、栗原さん! かけていただいたお手間と得られる成果(『珍報』)のギャップの激しさに、どうしたらよいのか途方に暮れなずむ街の光と影のなか。
さきほど4階にも補充をしておきました(念力で)。
yakumoizuru
poillonさん、こめる心にもいろいろなコース(呪とか滅とか寿とか etc.)がありますので、後ほど電子メールでお知らせしますネ☆
ykurihara
いえいえ、堪能いたしました>『珍報』
マンガ『デカルトくんとサールくん』がとくによかったです(笑)。連載&単行本化を期待しています!(笑)
ところで、おふたりを紹介してほしいという編集者がいるので(もう連絡行きました?)、近々一席、ペンディングになっているナニとあわせてもうけたいと思っております。が、おれが時間、取れないという。ともあれ、詳しいことはあらためてメール差し上げます。ではでは。
clinamen
栗原さん、ありがとうございます。しかも心外が二度も... 申し訳ない思いでいっぱいです。この借りは次号のマンガでお返ししたいと思います。
yakumoizuru
編集者殿、どのようなご用でしょうか(ドキドキ)。とまれ、メールをお待ち申し上げております :-)
H2
誤訳が多いです。日本語としても、ぎこちないところが何点あって、引っかかりました。友人にアメリカで教授をなさっている者がいるのですが、そういった人たちにも実際に意見を聞いてみるのもひとつの手ですよ。横から縦だけの作業では、汲み取れない部分がありますから。
あおい
「アメリカで教授をなさっている者」という表現が日本語の敬語表現として間違っていると思います。
H2
それでも意味が通じるのはなぜ?
クリプキからのメッセージ。
「・・・表現が…表現として」が日本語の表現として間違っていると思います。
気をつけて、あおいさん・・・じゃなかった。yakumoizuruさん。
yakumoizuru
H2さん、あおいさん、コメントをありがとうございます。こちらのウェブログ、すっかりご無沙汰しております。
誤訳についてはご迷惑をおかけしております。皆様からご指摘いただいた点やその後気づいた点については、サポートページ(http://www.logico-philosophicus.net/works/002_Mind.htm#errate)にまとめております。ご参照いただけたら幸いです(まだご指摘をいただいておりながら反映できていない分もあります)。
お気づきの点について、具体的にご指摘いただけたら幸いです。>H2さん
ちなみに、あおいさんは小生ではありませんので、お間違えなきようよろしくお願いいたします。
2005-11-11 いまこそNOSAKAだ
■[book][ユリイカ][野坂昭如][青土社]

★『ユリイカ』2005年12月号(青土社、amazon.co.jp)
特集は、「野坂昭如——いまこそNOSAKAだ!」。
アニメ化された「火垂るの墓」を観てはらはらと紅涙を絞る乙女に、「でもね、野坂といったら『エロ事師たち』が代表作で」「着ぐるみを着てキンチョールのCMに」「ハトヤのCMソングが」「『四畳半襖の下張』裁判で」などと伝えれば、「ヤメテヨ!」と横っ面を張られること請け合い。「『火垂るの墓』とX」(Xには同作以外の任意の野坂作品を挿入せよ)と二つの作品を並べることで、これほどまでの衝撃をもたらす作家がほかにどれほどありましょうか。
野坂作品の愉悦に触れる一助になればと、同特集に「含羞の野蛮ポップ——野坂作品の二つの骨法」を寄稿しました。また、同原稿を作成する過程で整理した書誌などを、拙ウェブサイト「哲学の劇場」に掲載しています。
全作品に目を通し(直し)てから書くのが礼儀かと思い、未読作品を中心に相当数の作品を読みましたが、さすがに200冊に届こうかという全作品を一ヶ月で(再)読することは適いませんでした。そういう意味では、野坂作品の骨法を語る資格など到底ないのですが、蛮勇を奮って書いた次第です。
先ほど触れた、拙ウェブサイト掲載の作品リストは、まだ文庫化された作品に関する情報を網羅していませんが、主要著作はあらかた列挙してありますので、ご参照ください。また、『ユリイカ』同特集には、水越真紀氏による詳細な年譜も掲載されています。読物としてもおもしろい年譜です。
野坂作品をまとめて読みたい向きにはうってつけのコレクションが国書刊行会から刊行されています。私も今回の原稿を作成するにあたって、現在では入手しにくい作品を同コレクションのおかげで再読することができました。いずれも作家本人による自選集です。
■『野坂昭如コレクション』(全3巻、国書刊行会)
★『1 ベトナム姐ちゃん』(2000/09)
★『2 骨餓身峠死人葛』(2000/11)
★『3 エストリールの夏』(2001/01)
■『野坂昭如リターンズ』(全4巻、国書刊行会)
★『1 真夜中のマリア てろてろ』(2002/10)
★『2 エロトピア』(2002/12)
★『3 騒動師たち 水虫魂』(2003/02)
★『4 一九四五・夏・神戸 東京十二契』(2003/11)
⇒NosakaAkiyuki.com
作家・野坂昭如の公式サイト
http://www.seidosha.co.jp/eureka/200512/
⇒国書刊行会
⇒哲学の劇場 > 作家の肖像 > 野坂昭如
http://www.logico-philosophicus.net/profile/NosakaAkiyuki.htm
■[book][現代思想][1990年代論][青土社]

★『現代思想』第33巻第13号、2005年12月号(青土社、amazon.co.jp)
特集は、「1990年代論——規律から管理へ」。特集の目次だけ拾えば以下のとおり。
・酒井隆史「鋳造と転調」
・渡辺治「「構造改革」政治時代の幕開け 政治改革から軍事大国化・新自由主義へ」
・倉数茂「一九九五年〈から/へ〉の呼び声」
・道場親信「「戦後」と「戦中」の間 自己史的九〇年代論」
・平井玄「九〇年代を切断する パラマーケット論からダンボール・ペインティングへ」
・毛利嘉孝「対抗的九〇年代」
・三宅芳夫「鼓動する「オルター・グローバリゼーション」 「社会」的ヨーロッパとラテン・アメリカの変貌」
・土佐弘之「アナーキカル・ガバナンス 倫理の跛行的グローバリゼーション」
・賀照田「時代の要請と中国人文思想の再出発」(鈴木将久訳)
・山の手緑「社会には窓があってもゴミ箱がない」
・五所純子「九〇年代という臨死体験」
⇒青土社 > 『現代思想』 > 2005年12月号
2005-11-03 「一、スジ、二、ヌケ、三、ドウサ」
■[book][荒井晴彦][争議あり][青土社][2005][映画]

★荒井晴彦『争議あり——脚本家荒井晴彦全映画論集』(青土社、2005/10、amazon.co.jp)
複数の人間の協働によってつくられる作品では、最終的に出来上がった作品から、個々の参加者の貢献度合いを推し量るのはむつかしい。
私はかつてゲームの開発に携わっていたのだが、ゲームもまた多くの場合、複数の人間の協働からつくられる。ときに出来上がった作品について、プロデューサーやディレクターがその代表者として語ることがあり、また、雑誌などもそうしたゲームをともするとプロデューサーやディレクターの個性に還元しがちなのだが、もちろん30人で創ったゲームを1人か2人に帰すのは無理がある(とはいえ、統括する役割を軽視してよいわけではない)。そうしたメディアに影響されてか、ゲームを論評するさいに「この細部へのこだわり、さすがXディレクターだよな!」などという声をきくことがあるけれど、そうした細部を発想しかたちを与えたのはXディレクターではない、ということはままあることだ。そして、ゲームを構成する諸要素を、いったい誰がそのようにつくりあげたのか、ということを誰かに帰すことはたいへん難しく、当事者たちでさえ、おぼつかない部分もあるくらいだ。ゲームの場合、プレイヤーからは不可視のプログラムなどはその最たるもので、コンピュータ上で複数の部分が相互に協働しながら稼動するプログラムを誰かに帰すためには、開発時に行っているようにプログラムの挙動を監視する特別なモニター環境が必要だ。
というゲームの事情からどこまで類推してよいかわからないけれど、映画もまた(多くの場合)複数のスタッフの協働でつくりあげられる作品で、作品を構成する要素を、どこまでどのスタッフに帰すのかということは、まじめに考え始めると相当めんどうな問題だ。
監督とは別の脚本家が存在する作品について、うかつに「この台詞まわし、X監督らしいね」などと言うのは論外としても、ある台詞が映えて見えるのが果たして一人言葉の力に拠ると言ったものか、発話する俳優の力量に拠ると言うべきか、ロケハンやカメラや音響のおかげと言うべきか、そもそも前後の映像の編集に預かってのことと言うのか、敢えて事柄を単純化するのでないかぎり、フィルムに定着された映像と音がいったい誰の創意によってそうなったのかを論じるのは思ったほど簡単なことでも単純なことでもない。ふたたび言えば、こう言ったからといって、映画を構想し、細部のよしあしを判断し、最終的なかたちを与える監督の役割を軽視するわけではない。創意と現実化と判断があいまって映画がつくられているとして、その最終的なかたちに責任をもつのが監督であることにはかわりはない。さりとて、すべてを監督の創意と才能でつくりあげているわけでもない(誰か映画の撮影現場で起こっていることをエスノメソドロジカルに記述している人はないだろうか? あるいは映画研究の専門家のあいだではこの問題はどのように扱われているのだろうか?)。
映画を構成する要素はどれを取り出しても興味深いものばかりだが、脚本には特有のおもしろさがあるように思う。なぜかといえば、脚本とは、最終的には映像に置き換えられる運命にある言葉であり、映画が出来上がるに従って変形され、(言葉は悪いが)無化してゆく作品だからだ。また、脚本を書くということは、言葉だけがなしうる創造を禁じ手にしたうえでなおかつ言葉で創造する営みでもある。
プロの現場ではどうかわからないが、シナリオ入門の講座を受講すると最初に教えられることの一つは、映像にならないものを脚本に書いてはならないということだ。たとえば形容詞はそのさいたるもので、「美しい花」などと書いてはいけない、と教えられる。「美しさ」自体は画面に映らないというのがその理由。そうした縛りのもとで、脚本を書くということを繰り返していくと、へんな言い方になるけれど、文章が唯物的になってゆくのを感じる。姿かたちのあるもの、そうした事物によって生じる出来事、そして音や文字として表現されうるかぎりの言葉だけが映像に変換できるとすれば、脚本は物と人と言動と出来事だけで構成されてゆくだろう。逆に、言語にしかできない表現とはたとえばこんな文章のこと。
ある夕方 お月様がポケットの中へ自分を入れて歩いていた 坂道で靴のひもがとけた 結ぼうとしてうつ向くと ポケットからお月様がころがり出て 俄雨にぬれたアスファルトの上をころころとどこまでもころがって行った お月様は追っかけたが お月様は加速度でころんでゆくので お月様とお月様との間隔が次第に遠くなった こうしてお月様はズーと下方の青い靄の中へ自分を見失ってしまった
(稲垣足穂『一千一秒物語』より)
もちろん解釈次第で映像にもできようが、自分をポケットに入れてあるくお月様だなんて事態は言葉であってこそのものだろう。シナリオ講座でこんな習作を書いたら、「あなたはシナリオより文学向きですね」と諭されるかもしれない。
前置きが長くなった。本書は脚本家荒井晴彦(あらい・はるひこ, 1947- )氏による映画論集で、古くは1970年代から現在まで荒井氏がさまざまな雑誌・媒体に発表した文章や対談を集成した一冊。巻末のフィルモグラフィまで含めて650ページに迫ろうかという大冊だが、収録された個々の文章は短く読みやすい。
本書のなによりの特徴は、その怨念の力とでも言おうか。ご本人も「あとがき」で「『愚痴と感傷』というタイトルを思いついたが却下された」だなンて書いているけれど、本書は、脚本という作物に対する不当な評価・評言への食い下がりの記録を集めた本といってよいかもしれない。この食い下がり、一見すると「愚痴」に見えるのだけれど、映画をどう観るか、どう論じるかということにじわじわと迫るものがある。どこからサンプルを引いてもよいのだが、映画評論家の山根貞男氏(と、プロデューサー伊藤亮爾氏)との議論の様子を見てみよう。
山根 今の話なんかを聞いていると、映画ってのはなるほど共同作業でできあがるもんだなあと思いますね。シナリオライターがいて、監督がいて、それにプロデューサーがいて、むろんカメラマンがいて……。
荒井 うん。今日、山根さんとはそこら辺も話したいなって思ってたんです。どうして、映画を監督だけで論じるんだろうと。
山根 映画は最終的に監督のものだと思っているからでしょうね。だからと言って、シナリオがどうでもいいわけじゃないけど。
荒井 「キネマ旬報」などで、ひとつの台詞をとり上げて”いかにもXX監督らしい台詞だ”とか読むと、ガクッとくる感じがありますね。それで何を論じているかというと、ストーリーだったりする。
山根 ただ、台詞がいいと言った時に、映画の場合は薬師丸ひろ子がどういう画面で喋ってるかということが入っちゃってる。その上で言ってると思うんです。だから僕は、評論の中で台詞を引用する時は、画面を引用しているんだと。
荒井 山根さんが、いつか「映画芸術」で神代さんの『快楽学園 禁じられた遊び』について、書いた文章がありまして、”シナリオを読んだけど、いい脚本なのか悪い脚本なのか判断できない”と書き出して、神代論をやるわけです。その段階では映画はまだ確かできていなくて、次回作風な論じ方だったと思うんですが、材料は僕のホンしかないのに、神代論なんですね。ま、神代さんがOK出したから印刷されたわけですから……いいです。愚痴です。
山根 あの映画は大変面白かった。だから、それがホンの良さであると、荒井さんは言いたいんでしょうが……僕の場合は、映画を見て言ってるんだから、神代さんがいいというしかないんじゃないですか。僕がシナリオについて何か言う時は、シナリオだけを読んでると思うんです。映画評はその次元と違う、画面の次元になっちゃう。
荒井 その手順をちゃんと踏んで欲しいと思いますね。
(「薬師丸ひろ子の存在感と作家の生理について」より)
その手順をちゃんと踏むことが存外難しい。
たとえばクラシック音楽を分析するさいに、演奏家の演奏はもちろんのことながら、その演奏を可能にしている譜面もまた同様に分析される。この譜面をこの演奏家はこのように解釈した、という風に。理想を言えば、映画の(ある種の)分析もまた、映画を成立させた条件である脚本とそこから創られた映像との相互比較を踏まえて論じていただきたい、ということになる。また、この分析を厳密に行うためには、初期状態の脚本と、撮影を通じて手を加えられた脚本との比較も重要なわけだが、必ずしもそのような脚本を参照できるわけではない、という条件もあって簡単なことではない。
いずれにしても、映画が作品として形をとったときに、その作品を成り立たせている要素の制作事情が作品だけからは見通せない、にもかかわらず作品を要素から論じるためにこのような困難が発生する。一見透明性が高そうに見える、つまり創り手が一人であるような小説や書物の場合でも、実際には編集者の助力が大きな力添えになっていることは少なくない。そしてできあがった書物から、作品に結実した諸力を腑分けすることはほとんど不可能だ(作り手が事細かに解説でもしない限りは)*1。
荒井氏が時と場所と相手をかえながら執拗に繰り出す「愚痴」が本書の半面だとすれば、もう半面はそのように斬られる痛みを知る実作者から見た他人の映画についての議論で、気取りもなく歯に衣着せない言葉は、ときにすがすがしくさえある(批判されている当事者はそうもいくまいが)。実作者が作品を観る眼には、それだけで独得の着眼があっておもしろいものが多い。上記したように映画における脚本の役割と苦難を知る荒井氏が、自分がかかわらない映画についてどのように観るのか、これは読みどころでもあるだろう。
整った映画批評や理論だけを読んでいると、ついこうした「争議」だらけの現場のことを失念しそうになる。しかし、桂千穂、笠原和夫、足立正生といった脚本家や、ラング、ゴダール、フォンダ、カーペンター、(中略)、若松孝二、黒沢清といった監督たちの争議の隣に本書を置くことで、映画書の書棚にあらたな争議が生じること請け合い。隣に置かれた監督の本や理論書と取っ組み合いのケンカが始まったらこれ幸いと、つぶさに眺めたい。違和が発するエネルギーも向けようで次なる創造につながるのであってみれば。
⇒日本映画データベース > 荒井晴彦
http://www.jmdb.ne.jp/person/p0108070.htm
⇒青土社
⇒映画芸術
*1:そういえば、村井淳志『脚本家・橋本忍の世界』(集英社新書、集英社、2005/08、4087203050)は脚本家へのインタヴューを中心に書かれた本だったが、同書では村井氏がさまざまな映画における橋本氏の功績を腑分けしようと尽力していたことが思い出される。
吉野葛
荒井氏と監督の紛糾をたまたま耳にしてきたものとして、じつに興味深く拝見しました。深夜の新宿で著者をご紹介したいところです。
yakumoizuru
コメントをありがとうございます。荒井さんが編集されている『映画芸術』やその他の機会に発表される文章をそのつど拝読するのと、今回の書物のようにまとめて読むのとでは受ける印象がだいぶ異なるように感じました。なんと申したらよいのでしょう、ひょっとしたら各種の紛糾の一因かもしれない業界の構造的な問題も垣間見えてくると申しましょうか。たいへん面白く拝読したと荒井さんにお伝えいただけたら幸いです。


































「作家は、その生涯を終えるまで自分の書いた物を紙切れ1枚とて捨ててはならぬ(手紙などはコピーをとっておくこと)」という決まりを作って、亡くなった際にまとめて出版の方に渡せば、完璧な全集ですね!
八雲先生も、来る全集刊行の日のため、貸し倉庫をおひとつ借りられてみては。