2012-02-22
森薫十年の軌跡『森薫拾遺集』の話
- 作者: 森薫
- 出版社/メーカー: エンターブレイン
- 発売日: 2012/02/15
- メディア: コミック
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『エマ』でのデビューから10年を迎えた森薫先生による、今まで単行本に収録されることのなかった短編漫画やイラスト、書店のペーパーをこれでもかとぶち込んだ作品集。
圧巻なのは、全編に立ち込めるむせ返るほどに濃密なフェティシズム。メイド、バニー、初めて眼鏡を買う中学生女子、ぶかぶかの制服を着る中学生女子、昔買ったきわどい水着を畳の上で着る人妻、「何か好きなもので5p」と言われて描いた暖炉について、「何か好きなもので6p」と言われて描いたコルセットについて。誰得なんて言葉は森先生に届くはずもなく、己の描きたいものを描きたいままに描いてやったぜへっへっへ、と言わんばかりのものばかりになっています。森先生の、ものや仕草の描きこみに賭けるひとかたならぬ情熱は『エマ』や『乙嫁語り』でもお馴染みですが、短編やイラストでもまるで手抜きがありません。
たとえば、初めて眼鏡を買った女子中学生を描く『見えるようになったこと』。少女が母親の前で眼鏡をかけるシーンに、眼鏡を手に持つ→伏し目がちになって途中までかける→かけきって照れながらもにっこり微笑む、と3コマも費やしたり、眼鏡をかけて世界がこんなに明瞭なものだったのかと驚く少女を上気した顔で描いたりと、「眼鏡」という物体と絡み合う少女のかわいらしさが溢れんばかりの愛で描かれています。
たとえば、昔買った水着を箪笥の中から見つけた人妻を描く『昔買った水着』。水着を手にする妻を見る夫の視点から描き、夫の姿も声も登場しない。昔買った水着を恥じらいながら着る妻を舐めるように見ながらも、不思議とそこにはいやらしさがない。あるのは、齢を重ねて妖艶さを増した妻に対する昔以上の愛情。いや、見ている夫に情欲はあるのだろうけれど、それが読み手に伝わる時には性的なものが抜けてしまい、美麗さがだけ残る。それは森先生の絵ゆえだろうか。障子を通して柔らかくなった夏の日差し、首を振る扇風機、無造作に置かれる座布団と転寝用の枕、そして畳。雑然とした和室の中で水着になる妙齢の美女。背徳的すぎて、もうエロくない。
とまあこんな具合の濃密さ。初心者にゃきついがファンには嬉しい。あとがきマンガ的な軽いノリの作品もあるので、自分的にはそれが嬉しかった。森先生はそういう作品をもっと描いてもいいと思うの。
お気に入りは上記の『見えるようになったこと』。女子中学生の眼鏡はもちろんの事、私服がとってもかわいい。
ファンなら買っとけ、みたいな。
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2012-02-20
都会の新しい生活は昼に見つけた流れ星のようにときめく『ひるなかの流星』の話
田舎で暮らす女子高生・与謝野すずめは、授業をさぼっては屋上で空を眺めるようなのんびりした生活を送っていた。が、父親がバングラデシュに転勤、母親もそれについていくことを決めたため、彼女だけは日本に残って東京の叔父の家で暮らすことになった。駅から降り立つなり、人情紙風船の如き東京砂漠に打ちひしがれたすずめだが、偶々出会った、叔父の経営するダイニングバーの常連である獅子尾、隣の席の男子・馬村、クラスメートの猫田ゆゆかなど、新しい人間関係の中で、わくわくして、ドキドキするような新しい生活が始まる……
- 作者: やまもり三香
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2011/10/25
- メディア: コミック
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ということで、やまもり三香先生『ひるなかの流星』のレビューです。話はオーソドックスと言えばオーソドックス。身の回りで起きた身近な大事件(親元を離れ田舎から都会へお引越し)を通して少女が、変化した環境の中で何を感じどう行動するかを描く、それだけを書けばそこかしこにありそうな物語なのですが、話の構成、そして1巻の構成が絶妙で、「この続きをどう展開していくのか」と見事に引き込まれます。
平凡な満足となんとなしの不満を抱えていた田舎のすずめ。降って湧いた東京生活。田舎とのギャップ。東京で初めて言葉を交わした怪しげな兄ちゃん。久しぶりに会った叔父。通うことになった学校。怪しげな兄ちゃんとの予期せぬ再会。一話で主要キャラクターの顔見世をこなし、期待と不安に胸を震わせるすずめの今後を読み手に予感させます。
怪しげな兄ちゃんにしてすずめの○○○○である獅子尾。無愛想なイケメンかと思ったら女子に免疫のない純情少年・馬村。かわいく腹黒なゆゆか。設定は風変わりなわけではないのに続きが気になるのは、その見せ方の上手さゆえでしょう。
タイトルの「ひるなかの流星」。それは小学生のすずめが見つけた、昼間に流れた流れ星。彼女にとってそれは、わくわくとドキドキの象徴。慣れない都会暮らしの生活に不安を覚えながらも、昼間の流れ星を見つけようとするフレッシュにまっすぐなすずめが、どうにもかわいらしい。新しい生活に慣れ、少しずつ交友関係も増えてきて、垢抜けた都会の高校生に教えてもらったメイクでとびきり垢抜けた自分に驚いて、芽生えた恋心に気づきときめいて。さあ2巻でどう展開していくのかと期待するのですよ。
ちなみに2巻は今月24日発売。もうすぐだね!
1話の試し読みはこちら。
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2012-02-17
完璧な預言は世界に何をもたらす 『預言者ピッピ』の話
ピッピは地震を予知するために作られたヒューマノイド型スーパーコンピューター。人間の子供・タミオと一緒に「成長」することで予知精度を上げ、ついには世界中の情報を収集・分析することで、数か月以内の大地震を予知するまでになった。けれどある日、ピッピの目の前でタミオは交通事故に遭い死んでしまう。その瞬間からピッピは自ら活動を停止、今まで収集・分析した情報の再計算を行い始めた。そして再びピッピが目を覚ました時、彼の中にはあるものが兆していた……
- 作者: 地下沢中也
- 出版社/メーカー: イースト・プレス
- 発売日: 2007/05/05
- メディア: コミック
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ということで、地下沢中也先生『預言者ピッピ』のレビューです。情報を収集・分析し地震を予知するというオーバーテクノロジーのコンピューター。その分析力は人類なぞ及びもつかないところにまで到達している。その的中率はあたかも、彼が地震を予知しているのではなく、彼がそう言ったから地震が起きたのかのよう。もしそんな存在が生まれたら、そして、コンピューターであるにもかかわらず人間の手を離れた自我を持ち始めたら。そんな思考実験のような作品です。
地震の予知。いつかは叶うのかもしれませんが、現代の技術力ではまだ夢のような話。来月で一年となる東日本大震災を例に出すまでもなく、それがあれば救えた命も数えきれないほどあります。
ピッピが生まれたこの作品世界では、彼がマグニチュード7以上の大地震を三か月も前から予知し、該当地域に連絡することで、地震による死傷者の数をゼロにしています。それに喜ぶ被災地の人々。ピッピの成果を誇る研究員たち。一見全てがいい方に転がっている世界。けれど、その裏側には人間の醜さ・愚かさが隠れています。外れることのないピッピの予言。初めは半信半疑だった人々も、実績が積みあがるにつれピッピに絶大な信頼を置くようになります。するともう人々は、自身に対する備えをしなくなる。なにしろ大きい地震があるなら三か月も前にピッピが教えてくれる。びくびくと怯える必要は何もない。もう自分たちは地震を克服したのだと考える。もしピッピが壊れたら、予知を外したらと不安に思うこともせずに。実際、前述したようにピッピの活動が停止している最中に大地震が起こり、多くの死傷者が出ました。本来ならば神のみぞ知るものだった地震の発生も、一度ピッピという蜜の味を覚えてしまった人間は、今回多くの人間が死傷したのはピッピのせいだという。ピッピが予知しなかったから人は死んだのだと。
しかしあなた方は始めてしまったんだ! 本来なら不運で命を落としていたであろう何十万人の人の命を あなた方は救い始めた!
もうやめるわけにはいかないんですよ! あなた方は確実に当て続けなくちゃならない
いつ襲うかわからない地震の恐怖から例外なく人の命を救い続けなけりゃあならないんだ 今回は予測しませんでしたじゃ済まされないんだ
今となってはピッピが予測をしないということは 救えるはずなのに救わないということは
今この瞬間にもどこかの人々を 見殺しにしているのと同じじゃないか!!
(1巻 p63)
愚かでありながら、紛うことなき本音です。星新一のショートショートにもあるように、初めはおっかなびっくり使われていたものも、当座に危険性がないとわかれば、人は無遠慮にそれを使うようになる。あとにくるかもしれないしっぺ返しを忘れて、あるいは考えないふりをして。一旦享受した技術をなくすことは難しい。いくらそれが危険だ、不確実だということが後でわかっても、それを前提とした社会構造になってしまえば、社会全体を破棄するくらいなら戦々恐々とそれの上で暮らす。人はそういう生き物です。
この漫画の人々も、自身の有無をピッピに頼りました。研究所の人間も、その存続はもはやピッピの成果如何にかかっていますから、ピッピに頼っている状態です。
その結果、どうしたか。
研究所はピッピに地震以外の予知を許可しました。今までは頑なに拒んでいたそれを、研究所の存在意義をより高めるために、今まで以上の情報を与え、より広範な分析をさせた。そしてピッピは、世界のあらゆる出来事を予知できるようになったのです。
カオス理論。バタフライ効果。ラプラスの魔。初期値とあらゆる変数を完璧に処理することで、ピッピは自然現象はおろか、人間の行動さえも予知できるようになってしまった。もはやその言葉は予言ではなく預言。起こる未来を言葉にするのではなく、そう言葉にしたから未来が確定したかのように見える。
人々はピッピの言葉を信じるようになってしまった。絶対正しいのだから、抗いようがないのだからそれに従えばいい。そうして人々は考えることをやめた。
こうして世界は、ひそやかにディストピアの様相を帯びていくのです。では、そんな預言をしていくピッピの目的はなんなのか……
非常な難問に真っ向から立ち向かう本作。思考実験だからこそ、隙を見せると途端に作品が白けてしまう。ひりつく緊張感を維持しながら世界と人々が少しずつ狂っていく姿がたまらなくスリリング。一冊当たりが少々お高い本ですが、是非これは2巻まで読んでほしい。お勧め!
そして3巻の発売がいつになるかさっぱりわからないのがなにより辛い……!
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2012-02-04
乾いた空気と乾いた読後感 『地上はポケットの中の庭』の話
自分の仲間を助けてくれた高校生の元に恩返しをすべく現れた、人間大のコガネムシ(『5月の庭』)。盲目の王に仕える、草のにおいのする園丁(『ファトマの第四庭園』)。自分の誕生日に親族が集まってパーティーをしてくれているのに、始終不機嫌な老人(『地上はポケットの庭の中』)。久方ぶりの帰省に、子供の頃の辛い記憶を突き付けられる青年(『ここはぼくの庭』)。何かしらで庭にまつわる四作と、中学の同級生がプロ棋士として活躍しているのを見て、何をしたいのかもわからない自分に苛立ちを覚える女子高生の話(『まばたきはそれから』)、都合五作の短編集。
- 作者: 田中相
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/07/07
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ということで、田中相先生の処女単行本『地上はポケットの中の庭』のレビューです。
なんでしょうね、読み終わった後の第一印象は、とてもからりとしているな、というものでした。作中の空気がじめっとしておらず、陰の感情も陽の感情も両方あるけれど、そこには濃く溜まったものがない。夏の地中海のように、強い日ざしはあっても日陰に入れば乾いた空気で涼しさを覚えるような、そんな空気です。いや、まあ地中海どころかパスポートすらとったことないんですけど。
その空気の理由を二つの面から考えてみましょう。
まず心理描写の面から言えば、表題作の『地上はポケットの庭の中』に顕著だと思うのですが、感情を喜怒哀楽というシンプルな形では表出させていない、ということがあると思います。この話は、昔から人が集まることが嫌いな老人が自分の誕生日に親族が大勢集まるパーティーを企画され、始終しかめっ面でいる、というものです。自分以外の皆が楽しんでいるパーティーを眺め、自分の過去や妻との出会い、子供や孫の成長に思いを馳せる。老人は幸せです。今こうして妻や子、孫たちに囲まれ、彼や彼女が幸せな表情を浮かべている。そのことには強く幸福を感じる。でもそれは同時に、不幸のとば口でもある。なぜならいつかは皆死んでしまうから。今の幸せは、後の死別という不幸せのスパイスになるから。必ずなるから。それを思うと老人は、幸せを感じれば感じるほどしかめっ面にならざるを得ないのです。
この幸/不幸の二面性はまだあって、子供の頃の彼の家庭では、悲しい事があると母はお菓子を作っていた。甘いものは好き。でもそれは、母に悲しい事があった証拠。嬉しいのに、悲しい。
幸せな時に不幸せを想う。嬉しい事は悲しい事の証拠。そんな割り切れない感情であれば鬱屈としそうなものですが、老いた男を通して描かれているために、案外に風通しの良い感情となっています。
その他の話でも、コガネムシ相手の対話にシュールなおかしみを覚えたり、王との別れに悲しみと諦観と納得を滲ませたり、辛い記憶の相手に複雑な感情を抱いたり、活躍する旧友との会話に新たな感情が生まれたりと、一筋縄では言えない感情が登場人物に生起しているのですが、登場人物たちはそこに余計な言葉を付け加えない。言葉少なに自分の感情の複雑さを漏らす。かわりに表情や身振り、情景描写で僅かな言葉以上の何かがあることを伝える。そこにあるのは空虚ではなく空白で、読み手はそこから想像する余地を見出すのです。明確な言葉は意味をはっきりさせますが、代わりに物事を確定させます。複雑な感情を言葉で説明しようと思えば種々の言葉は堆積し、読み手の推量を通さない壁となるのです。
複雑な感情を言葉で説明しすぎないから生まれる、こもったもののない物語の余地。そこに風通しの良い、乾いた空気感の一端があるように思います。
もう一つは作画面。この作品では、日差しと影のコントラストがそこかしこに見られます。
(p54)
(p82)
空間の一部を黒く染める影と対照させられることで日差しはその白さを増し、強い太陽光線は作中の湿り気をかき消します。夏の日に木陰から日なたを見た時のような爽やかさが、このコントラストから生まれていると言えるでしょう。
とまあ内容の説明というか作風、作品の雰囲気の説明に終始してしまいましたが、あと私が感じたのは、豊田徹也先生の作品に通ずるものがあるな、ということです。豊田先生の『珈琲時間』も乾いた感じ(本作のような地中海の夏の乾きではなく、日本の冬のような寒々しさのある乾きですが)があります。簡素さ、不親切さ(悪い意味でなく)も相通じる気がします。
意味の濃いストーリーではなく、乾いた中に何かが残る、そんな読後感。今後も気になる作家さんなのです。
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2012-02-01
お遍路さんで出会った草食系男子と肉食系女子 『めぐる88』の話
子供の頃から頼まれごとには嫌とは言えず、友人の連帯保証人になったのが運の尽き。友近太一(24歳フリーター)は借金返済の代わりに、肺がんにかかった胴元の親分の快癒を祈って四国八十八箇所霊場巡礼、いわゆるお遍路さんを回ることになった。歩き始めて早々に出会ったのは、やたらとエロスな妙齢の女性・生名ハルカ。何の因果か彼女と同行することになった彼、出発早々からこんな調子では、この先何に出会うことやら……
- 作者: 岡本一広
- 出版社/メーカー: アスキー・メディアワークス
- 発売日: 2011/12/15
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ということで、岡本一広先生『巡る88』のレビューです。
男女二人がお遍路さんを巡って人生を見つめなおす。内容をこれだけで済ませると、あまりの地味さにビビりますね。老人向けの漫画雑誌があったら載ってそうな内容ですが、掲載されているのがメディアファクトリーのwebコミックなんですから、時代の流れとニッチ産業とはげに恐ろしいものよ。
でも、外見の地味さと中身の滋味深さは関係ない訳で。
自分の流され人生に嫌気が差している太一と、自己中心的な自分の性格にうんざりしているハルカが、自分にないものを相手が持っていることを知り、少しずつ心を通わせていく過程がほんのりしてていい感じ。
お遍路さんの道中も二人きりというわけではなく、同じお遍路さんを巡っている人や、地元の人とも交流があって。お遍路さんに地元の人間が食べ物や飲み物、その他道中に役立つようなものをあげることを接待といい、それを受けたお遍路さんはお返しに、納札(おさめふだ)という寺に参拝した証となる紙をあげるそうで、そういう文化があるのだから必然、お遍路さんの最中に見ず知らずの人との交流も生まれるのです。流されやすい性格にしろ、自己中心的な性格にしろ、どちらも対人関係の悩みなのですから、このような交流で自分の至らないところが見えてくるのですな。また、お遍路さんという非日常を共有している人間同士ですから、たまたま出会った他のお遍路さんとも会話も弾みやすくなります。たとえば作中では、引きこもりから抜け出そうと決心した若者と、夫を亡くした悲しみをふっきろうとする初老の女性が登場しますが、偶然出くわしたその二人が意外な理由で結びつくのです。漫画のエピソードとはいえ、それでも実は意外と起こりそうと思わせる、それがお遍路さん。
おお、そう考えるとお遍路さんは、意外なほど物語を作りやすい題材なんですな。宗教的な行為でもあるわけですから、それを思い立った理由になにかしらドラマチックなものもつけやすいし。
派手さはないし、絵も決してうまい訳ではないのですが、素朴な魅力がゴロっと転がっている感じの作品なのですよ。
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