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2013-03-20

『よつばと!』から考える一コマ内の会話のルールの話

 現在日本の漫画のほとんどは、フキダシ内に文字を書くことでキャラクターの発言とし、会話を表しています。そこにはいくつかのルールがありますが、その中の一つに、「一コマ内の会話は一往復以内」というものがあります。A・B二人のキャラクターがいるとして、あるコマの中でAが発言をし、それを受けてBが発言をした時、同一コマ内でさらにAが言葉を返すことは原則的にしない、ということです。まあ言葉で説明してもわかりづらいので具体例を挙げると、

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よつばと! 7巻 p36)

 この右のコマでは、とうちゃんの発言を受けてよつばが返事をし、左のコマではよつばの笑いを受けてとうちゃんが発言をしています。一連のやり取りは会話二往復分ですが、これを一つのコマで描ききらずに一往復ごとに二つのコマで分けている、というのがこのルールの意味するところです。

 なぜそうするのかといえば、一コマ内での時間の重層性を破綻させないためです。

 まず、コマ内の時間が重層的であるとはどういうことか。以前書いたこととも重なりますが、ある言葉(音)を発するということは、その言葉(音)が発されている分の時間が流れているということを意味します。画像の例で言えば、とうちゃんが「よし じゃあいってらっしゃい 気をつけてな」と発言した時、その言葉の分だけの時間は流れているし、よつばが「わかっぱー!!」と言えばやはりその分の時間が流れている。つまりこの一コマ内で、最低限二人の発言の分の時間が流れているってことです。

 そしてこのとき、各キャラクターの描写は原則的に自分の発言をした時に停まり、発言以降の状況の変化の影響を受けません。

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よつばと! 10巻 p208)

このコマでは右から左へ、恵那→よつば→みうらの順に発話が行われていますが、一番初めに言葉を発した恵那の表情はまさにその時で停まり、それ以降に発話されているよつば、みうらのセリフの影響を受けていません。恵那が「だからよつばちゃんはちょっと部屋の外で待っててください」を言いきってからからみうらの「よつばには無理だ… 小学生レベルでないと」の間に数秒の時間が流れているはずですが、その間の状況の変化を恵那は受けないのです。逆にみうらは、恵那とよつばの発言を受けての表情をしています。

 このことから、一コマでのある状況の切り取り方というのは、時間軸上のある一点のみの全景を描いているのではなく、幅のある二点間の内、状況内の各対象(キャラクター)における任意の時間を切り取って、それを、ある意味で無理矢理ひとつのコマの中で描いているのだといえます。上の例で言えば、恵那は恵那の、よつばはよつばの、そしてみうらはみうらの固有の時間が描かれていて、それらはイコールではないのです。

 一つのコマの中にキャラクター固有の時間が複数ある。それが「時間が重層的である」の意味です。漫画のコマは、ただの絵としては瞬間的なものであるはずが、会話も含む漫画の中の一コマと位置付けられると、そこには複雑な時間の位相がうまれるのです。

 さて、何の説明も無く一つのコマの中で同一キャラクターを複数個描いては「こいつ忍者かさもなきゃ一人ダブルスか。これはテニプリか」てなことになってしまいますから、一コマ内で一往復以上の発言がなされる、すなわちあるキャラクターが二回発言を行ったとしても、その発言の回数分だけキャラクターを描くことはできません。ですから、一度目の発話をした時点で描写を停められたはすのキャラクターが、その停止した状態のまま、会話が進んだ、つまり状況=時間が経過した先で二度目の発話をしなければならなくなるのです。状況が変化しているのに描写は変わっていない。一つの描写の中に二つの発話(時間)が重なってしまう。これが時間の重層性の破綻です。

 時間の重層性が破綻すると、セリフと表情が食い違うという不自然な事態になってしまうので、それを避けるために、「一コマ内の会話は一往復以内」というルールがあるのです。

でも、何事にも例外はあるわけで。

諸々の都合からなんとかその例外を描きたいという要請のために、一コマ内で会話が一往復以上続いても不自然さを感じさせないという裏ルールもまた存在するのです。

 とはいっても、さほど難しいものではありません。「一コマ内の会話は一往復以内」というルールがあるのは「セリフと表情が食い違うという不自然な事態」が起こってしまうからで、ならば初めから「不自然な事態」に陥らないような描写をすればいいのです。

 その一。一度目の発言と二度目の発言で表情が変わってしまうような状況にしない。

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よつばと! 9巻 p99)

 このコマではとうちゃんが三回も発言していますが、不自然さはありません。それは、最初にとうちゃんが発話した時に停まった表情が、二度目三度目の発話の表情としても通用するからです。いくらか険のある疑問の表情は、「こいつはあほなのか?」でも「いくらすんの?」でも「あほか」でも違和感がありません。

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よつばと! 10巻 p138)

 この例でも、右のコマではあさぎが、左のコマがよつばが二度発話をしていますが、どちらも二度目のセリフと表情に食い違いはありません。左のコマなどは、疑問を浮かべているよつばの真顔が変わらないからこそおかしみが生まれているといえます。

 このように、会話を上手く考え、表情が変わらないようなセリフ(あるいは、表情が同じだからこそなんらかのニュアンスが生まれるセリフ)展開にすることで、不自然な事態を回避することは出来ます。

 でも、そうじゃない会話をしたい、表情が変わるような会話のキャッチボールを一コマ内でしたいという我が儘な諸兄にはこちら。その二。初めから表情を描かない。

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よつばと! 9巻 p64)

 一度目のセリフは普通の説明口調のとうちゃんですが、よつばの素っ頓狂な発言に思わずテンションが上がりツッコミとなる二度目のセリフ。本当なら、穏やかな表情のはずの一度目のセリフと、まなじりを釣り上げるであろう二度目のセリフ。表情が食い違ってしかるべきのこの両者を、初めから表情を描かないという荒業で見事融合させているのです。これは以前書いた背中の話の、顔を描かないことによるツッコミにも通じる話ですね。

 さて、ルールなんて大仰な書き方をしましたが、実のところ、ここで書いた対策を特にせずに一往復以上の会話が描かれていることはしばしばあります。そう考えればルールというよりも、描く時の目安、ってくらいの感じなのですかね、「一コマ内の会話は一往復以内」は。まあでも、そういうところの規則性と理由を考えてみるのも面白かったりなんだり。

試みに英訳したものがこちら A rule of conversation in one panel, thinking from "YOTSUBATO!"

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