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2015-06-14

『GIANT KILLING』わかりやすい試合展開の秘密の話 前編

一度読み返すとついつい連続して巻を追ってしまう作品に『GIANT KILLING』があります。どこか適当な巻から読み始めると、その試合が終わるまで読むのを止められないのです。試合の結末は知っているのにそうなってしまうのは、試合の盛り上げ方が上手いのはもちろんのこと、試合展開がわかりやすい、すなわち、今現在描かれているプレイが、ピッチのどこで、どういう流れの中で行われているものなのかを理解しやすい、ということも大きいでしょう。試合展開が手に取るようにわかるため、読んでて集中力が途切れないのです。

GIANT KILLING』の試合展開のわかりやすさはどのような点に起因するのか、それを前後編に分けて考えてみたいと思います。

前編ではまず、漫画表現におけるサッカーという球技のネックについて。

GIANT KILLING(35) (モーニング KC)

GIANT KILLING(35) (モーニング KC)

そもそも、漫画というメディアサッカーを描くにあたって、他の球技と比べて問題になる点は何でしょう。

大まかに言ってそれは二つ。

一つはコートが非常に広く、プレイヤーも多いこと。

もう一つは、ボールや選手の動く方向が、微視的に見た際に、360度いずれの方向にも限定されないこと。

いずれか一方ならともかく、この二点が複合することで、サッカー描写には大きな困難が生まれます。

まず一つ目について。

コートの広さと選手の多さは、フィールド全体の情報量と、それに対する一コマ内の情報量の割合に影響します。

サッカーのフィールドは、タッチラインは90〜120m、ゴールラインは45〜90m(国際大会では、前者は100〜110m、後者は64〜75m)と規定があり(2015年現在)、同時にプレイできる人数は、レッドカードによる退場等がない限り、もちろん1チームにつき11人。国際大会準拠で単純計算をすると、22人で7350平方メートル(105m×70m)を走り回るため、一人当たり約334平方メートルが割り当てられることになります。これはすっかすか。もちろん現実には選手やボールが常に動いているため、選手が334平方メートルの中で一人ぽつねんとしていることはありませんが、広大なスペースと大勢の選手を漏らさず描き切るには非常な無理があります。ある選手を細かく描こうと思えば、他の選手やそこ以外のフィールドの状況は見えなくなりますし、全体の流れを描こうと思えば個々の選手の詳細な情報が犠牲になります。

一コマ内で描ける情報量はスポーツの種類でそう変わらないでしょうが、その情報量が、それと同時間軸上にある試合総体の情報量に対してどれくらいの割合になるのかと考えると、フィールドが広くなればなるほど、選手が多くなればなるほど、その割合は減じていってしまいます。一対一(あるいは二対二)で行うテニスや卓球、人数に比してコートが狭いバレーボールなどは、その点で有利であり、広いコートで多くの人間が動き回るサッカーというスポーツは、それだけで、試合展開(今どこで誰が何をやっていて、試合全体はどう動いているか)の明確な描写という点でビハインドを負うのです。


しかし、それだけならまだいいのです。ここに二つ目の問題が絡んでくると、描写の困難が跳ね上がります。すなわち、ボールや選手がどこへでも移動する可能性があることで、その描写の意味する展開が不明瞭になりやすい、とうことです。

もちろんサッカーは相手ゴールへボールを叩きこむことを目的とするので、マクロに言えばボールの動きに方向性はありますが、その大目標を達成するために、ボールはフィールド上のどの方向へも向かいます。左右へのショートパスか、前線へのロングパスか、サイドチェンジか、落ち着くためのバックパスか。ボールはどこにでも、どんな軌跡でも移動する可能性があるのです。

選手自身もまた然り。FWは攻撃だけ、CBは守備だけということはなく、あらゆる選手が攻撃のため、あるいは守備のため、フィールド上を駆けまわります。さすがにサイドの人間の左右を交換することはまずないでしょうが、それでもフィールドの中央くらいには平気でやってきます。

また、サッカーは攻守がシームレスに変化することも特徴です。野球などのように攻守がはっきり切り替わる=点を取れる機会が区別されているスポーツならば、ある時点におけるボールがもつ意味ははっきりしていますが、サッカーはオンプレイ中に攻守が目まぐるしく切り替わるために、攻撃側によるボールの動きが即座に相手側の攻撃に移るなど、ボールの動きの意味も変化していくのです。

これはAチームがフィールド中央付近からいったん右サイドへ落ち着くためのショートパスを出したのか、それともBチームが速攻のために左サイド後方から前線へロングパスを蹴ったのか。相手の裏へ抜けるパスなのか、ワンツーなのか、ゴールを直接狙ったのか、ポストプレーを図ったのか。千変万化です。

たとえばアメフトラグビーなど、サッカーと同様、長方形の広大なフィールドと多くのプレイヤーで点数を競う球技がありますが、この二つのスポーツは、各プレイの中でのボールや選手の動きにわかりやすさがあります。

アメフトならばプレイ一つ一つが小さく区切られるために今どのようなプレイが行われているのかがわかりやすく、選手もその中でどんな役割を担っているのかが明確です。オフェンスでいえば、壁になるライン、司令塔になるクォーターバック、ボールをもって走るランニングバック、ボールをキャッチしに走るレシーバーなど、各人が何をするかはっきりしています。

ラグビーアメフトよりもオンプレイの時間が長くなり、選手の役割も曖昧になりますが、ボールの動きには、投げることによる前方へのパスの禁止という非常に重要なルールがあるため、手でのパスが行われればそれがボールがマイナス方向へ動いたことになるし、逆にキックであればプラス方向への動きとほぼ確定します。

野球も、広大なフィールドの上、人数も多いですが、プレイごとの状況や選手の役割にはアメフト同様の明確さがあります。

サッカーの、ボールや選手の動きの流動性の高さは、メジャーなスポーツの中では群を抜いていると言えるでしょう。バスケ流動性は非常に高いですが、サッカーと人数は大差ないにもかかわらず、コートがだいぶ狭いため(縦28m×横15m)、試合の情報が散逸しづらくなります(あくまで比較的ではありますが)。


以上、二点を併せ持つサッカーは、広大なフィールド上で一つのボールと大勢の選手が入り乱れ、ボールや選手の状況がシームレスに変化し、360度あらゆる方向にそれらが移動する可能性があるという、恣意的に視点を切り取れる漫画というメディアだからこそ非常に厄介になる特徴があるのです。

一般的に漫画は、ある状況を描き手が恣意的に切り取り、任意の絵として一つのコマに落としこみ、それらのコマをページ内に配置し、連続的なストーリーを生み出すものです。肝はこの恣意性の按配で、状況を好きなように切り取っていいために、ともすれば独りよがりな、自分にしか意図が解らないコマ(絵)が生まれてしまいます。すなわち、この選手はフィールド上のどこにいるのか、このボールはどこに向かって蹴りだされたのか、この選手やボールの動きはいったい何を目的としているのか等、それらがわかりづらいコマです。

散漫に試合の描写をしていると、今、フィールド上のどこでどんな意味を持つプレイが行われ、それが次にどのような展開へつながっていくのかが、簡単に見えなくなってしまうのです。

では『GIANT KILLING』ではどのようにそれが防がれ、明瞭な試合描写を生み出しているのでしょう。後編ではそちらについて書いていこうと思います。



追記:ということで後編です。

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