『林檎』(長谷川時雨)

林檎 (パール文庫)

林檎 (パール文庫)

パール文庫の出なかったこの1年が、どれだけ長く感じられたことか……。みんな大好きパール文庫が、1年ぶりの新刊を出しました。
長谷川時雨の『林檎』は、非現実の世界と現実的な生活の世界のあわいを生きる女性を描いた短編集です。
はじめの短編「小鳩」は、語り手が自分をお姉さまと慕う倭文子(しずこ)の手紙を読み彼女との思い出を回想する形式で物語が進められる、百合色の強い作品です。家が没落した倭文子はハワイに嫁ぎに行かなくてはならなくなりますが、汽船の中で事務長との恋愛事件を起こしたりと、なかなか奔放な振る舞いをみせます。
レトロポエミーな文体で語られるふたりの少女の美しい思い出、汽船での恋愛騒ぎといった非日常の世界のかげに隠されている厳しい現実が、読者の胸を打ちます。

さらば! あたしの若い生命! お姉さま、あなたの小鳩はもう翼の自由がききません。ほんとにもろい罌粟の花でした。花蕊の散るがままに、どこに侘しく暮すのでしょう。

表題作『林檎』も、まもなく嫁ぐ少女が幼なじみの男と打ち解けたひとときを過ごす話です。男が語る異国の思い出、母親への反発心から幼いころ自分のことを林檎畑で生まれた「林檎の子」だと言い張っていた少女の、もはや幻想的な世界といえる幼年時代。やはりこういった非現実的な世界が、現実の厳しさを想起させ、さらにそれが幻想的な世界の美しさをいっそう際だたせる仕掛けになっています。
不勉強で、長谷川時雨の作品を読むのはこれが初めてでした。なかなか自分では手に取る機会を持てない作品を紹介してくれるパール文庫は、とても貴重な存在です。これからも末永く続きますように。(本のどこにも今後の刊行予定や「以下続刊」的な表現がないのが多少気になりますが、みんなが買い支えてくれるから大丈夫なはず!)