ハリス・バーディックの謎 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)
- 作者: クリス・ヴァン・オールズバーグ,Chris Van Allsburg,村上春樹
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 1990/12/01
- メディア: 大型本
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くれぐれも警告しておきますが、『ハリス・バーディックの謎』を先に読まずに『ハリス・バーディック年代記』に手を出してはいけません。どんな一流作家の妄想よりも、自分にとって一番おもしろいのは自分自身の妄想のはずなのですから、他人の妄想を先に読んで先入観に引きずられるのはもったいないです。
では、この中から特におもしろかった作品をいくつか紹介していきましょう。
序文(レモニー・スニケット)
この本の執筆陣にレモニー・スニケット*1の名前があるのを見て狂喜し、彼の担当が序文だけだということを知ったときは落胆してしまいました。しかしそれは早計でした。レモニー・スニケットはこの本の序文にこそふさわしい人物でした。
ここでいうレモニー・スニケットとは、「世にも不幸なできごと」シリーズの作者であるところのレモニー・スニケットではなく、シリーズの作中人物であるところのレモニー・スニケットです。真理の探究者であり、すっとぼけたレポーターであるレモニー・スニケットは、『ハリス・バーディックの謎』という虚構もみごとに再虚構化してしまいました。『ハリス・バーディック年代記』という新しい本を成立させた最大の功労者は、レモニー・スニケットにほかなりません。
七月の奇妙な日(シャーマン・アレクシー)
美しい水面に向かって幼い少年少女が石投げをしているイラスト。この一見さわやかな場面から、シャーマン・アレクシー*2は邪悪な想像をふくらませます。このふたりを悪童日記ばりの手に負えない闇を抱えた嘘つき兄妹に設定しました。ふたりは自分たちには三つ子の妹がいるという嘘で周囲を混乱させますが、思わぬ復讐を受けることになります。
ヴェニスに消えた(グレゴリー・マグワイア)
「消える」という現象を、子どもが毒親の元から逃げ出すことと解釈したグレゴリー・マグワイア*3。「ショウガ、糖蜜、クローヴ、塩」ショウガ入りクッキーと想像力の冒険が、喪失と希望の物語をあざやかに演出しています。
別の場所で、別の時に(コリイ・ドクロウ)
子どもたちがトロッコに乗って水に囲まれた線路を進んでいくイラストを担当したのは、コリイ・ドクロウ*4。
ギルバートは時を憎んでいた。あんな横暴なものはない! 父さんが海に出ているときの時間はのろのろと進むくせに、ギルバートがリンバーガー家の子どもたちと庭で愉快に遊んでいるときの時間はあっという間に過ぎてしまう。
という書き出しから、時間についての考察を繰り広げ、物語は哲学SFの様相を呈します。「横は横さ」という単純な真理の、美しいこと美しいこと。
*1:「世にも不幸なできごと」シリーズは、ビブリオマニアになることを運命づけられたすべての子どもたちに贈られた、最高の呪いであり祝福。21世紀のファンタジー児童文学を代表する傑作。
*2:『はみだしインディアンのホントにホントの物語』で全米図書賞受賞。劣悪な生育環境から抜け出すことがいかに困難かということを苦いユーモアで描き出した問題作。西原理恵子作品が好きな人には特におすすめ。 はみだしインディアンのホントにホントの物語 (SUPER!YA)
*3:西の悪い魔女・エルファバの視点からオズの世界を描いた『オズの魔女記』は、思春期の劣等感の傷口に硫酸を流し込むような劇薬YA。これを読むと、優等生のグリンダに殺意がわいてくる。
*4:名声がそのまま富になるという貨幣システムが採用されている世界を舞台にした、シニカルでユーモラスなSF『マジックキングダムで落ちぶれて』でローカス賞受賞。ハヤカワ文庫版のカバーイラストは、見ての通り水玉先生。