2015年の児童文学

シンドローム (ボクラノSFシリーズ)

シンドローム (ボクラノSFシリーズ)

2015年の児童文学のベストは、福音館書店のSFレーベル〈ボクラノSF〉から刊行された佐藤哲也の『シンドローム』です。街に火球が落ちてきたことからさまざまな異変が起きるパニックSFですが、語り手男子はそんなことよりも片思いの相手久保田との距離の問題にとらわれています。
1行の文字数をそろえるなど、文章の見せ方の工夫に常軌を逸した手間がかけられています。そうした工夫の効果も相まって、理屈っぽい思春期男子の自意識のめんどくささが、強烈な詩情を伴って押し寄せてきます。このめんどくささこそが青春です。
向かい風に髪なびかせて

向かい風に髪なびかせて

女子の容姿という難しいテーマに挑んだ問題作。重苦しい作品が目立っていた2015年の児童文学の中でも、この作品の重苦しさは突出していました。河合二湖は2009年のデビューからまだ長編を3作しか出していない寡作な作家ですが、こういったデリケートなテーマに取り組める力を持っている作家は希少なので、ぜひ書き続けてもらいたいです。
かぐや姫のおとうと

かぐや姫のおとうと

ふたりの姉を持つ少年が、自分は転生を繰り返してきたかぐや姫のおとうとだと名乗る少年に姉を奪われそうになる話。家族間の情愛がやや過剰に描かれているところが特徴的で、児童文学としては珍しいシスコン文学の佳作になっています。2004年にはじまり、フォア文庫の黄金時代の象徴となった「妖界ナビ・ルナ」シリーズがとうとう完結しました。すべてを奪われても献身を貫いた竜堂ルナという強烈なキャラクターは、児童文学史にその名を刻みつけることになるでしょう。藤野恵美の「お嬢様探偵ありすと少年執事ゆきとの事件簿」が全7巻で完結。本格ミステリとしてのレベルの高さを見せつけつつ、親子の関係やアイデンティティの問題といった児童文学的なテーマを深く料理した得難いシリーズが、きれいなフィナーレを迎えました。しかし、食による支配が描かれた「走れ、脂身」や「ピギー・キャンプ」、親の呪縛を解かれた子どもが結局べつの迷妄にとらわれてしまう『わたしの恋人』『ぼくの嘘』「ピギー・キャンプ」などの他の作品を参照すると、この結末を素直にハッピーエンドと受け取っていいのかという疑問も拭えません。藤野恵美という作家の深さはまだまだはかりしれません。
さくらいろの季節 (teens' best selections)

さくらいろの季節 (teens' best selections)

2015年の児童文学界では、若手作家のあいだで奥田継夫の『ボクちゃんの戦場』のリバイバルブームという、珍しい現象が起きました。戦時でなくとも教室空間は容易に子どもにとっての戦場に変容してしまうという問題意識が共有されているのでしょう。「日本児童文学」2015年1・2月号に掲載された有沢佳映の短編「友達の絵」は、作中に『ボクちゃんの戦場』を登場させています。『さくらいろの季節』で第4回ポプラズッコケ文学新人賞を受賞しデビューした蒼沼洋人も、『ボクちゃんの戦場』の影響を公言しています。
『さくらいろの季節』では、仲良し女子三人組の関係性が高学年になって変化していくさまが、感傷的で美しい筆致で描かれています。人間関係の転変は予想がつかず対処のしようもなく、教室空間はいつでも簡単に「戦場」になってしまうという残酷な現実が突きつけられています。
へなちょこ探偵24じ (単行本図書)

へなちょこ探偵24じ (単行本図書)

『へなちょこ探偵24じ』は、ハードボイルドっぽい語りをする変わり者の小学生と有能そうにはみえない探偵をからませたユーモアミステリにみせかけて、モンスタークレーマーや万引き犯といった身近な悪と子どもを対峙させた重い作品になってます。特に、思いがけない事情から教室が主人公にとっての「戦場」に変容してしまう最終話の理不尽な重苦しさといったら。語りや状況設定に戦略の感じられる野心的な作品です。
岬のマヨイガ (文学の扉)

岬のマヨイガ (文学の扉)

子どもにとって戦場になりうる場所は、教室だけではありません。家庭も場合によっては戦場に変容します。柏葉幸子の『岬のマヨイガ』は東日本大震災の被災者が遠野物語の世界に迷い込む話ですが、震災や民話の世界の化け物よりも家族を恐ろしいものとして描いているところに背筋を凍らせるリアリティがあります。
おひさまへんにブルー

おひさまへんにブルー

花形みつる『おひさまへんにブルー』は、内縁の夫のDV被害にあって困窮している家族を学校や地域社会が見捨ててしまうというありふれた悲劇が、辛辣なブラックユーモアで描かれています。
しかし、日常を戦場に読み替えるようなことばかりしていると、気分が陰鬱になるばかりです。むしろ、戦場を娯楽に読み替えられることこそが、人間の文化のすばらしさといえるのではないでしょうか。すなわち戦車道……じゃなくて、『戦国ベースボール』!
戦国ベースボール 信長の野球 (集英社みらい文庫)

戦国ベースボール 信長の野球 (集英社みらい文庫)

戦国武将が地獄でお笑い野球対決をするというストーリーです。歴史うんちくを絡めたギャグがどれも笑えます。物語の本をあまり好まない層の子どもも楽しく読める貴重なシリーズが登場したことは、2015年の大きな収穫といえましょう。