『サイモンvs人類平等化計画』(ベッキー・アルバータリ)

サイモンvs人類平等化計画 (STAMP BOOKS)

サイモンvs人類平等化計画 (STAMP BOOKS)

サイモンはネットで知り合ったの正体不明の友人ブルーに恋をしています。自分が同性愛者であることは、ブルー以外には打ち明けていません。しかし同級生のマーティンに同性愛者であることを知られてしまい、バラされたくなければ自分の恋の手助けをしろと脅迫されます。なんやかんや苦労したサイモンは、マイノリティだけが自分の性指向をカミングアウトしなければならないのはおかしいから、ストレートの人間もカミングアウトすべきだという思想に到達します。
サイモンの周辺にはリベラルで知的な人が多く、少なくとも同性愛者を差別してはいけないという建前は広く共有されているようです。性指向をアウティングされたあと、フェミニスト系の本屋に連れていってゲイのペンギンの絵本を買ってくれるような友人にも恵まれています。
とはいえ、マイノリティの苦労が完全になくなるわけではありません。サイモンが家族にカミングアウトすると、家族はサイモンの予想通りの言動をします。精神分析医の母親はさっそくカウンセリングモードに入り、父親はつまらないジョークで場を和ませようとし、姉は「最高じゃない、これからお互い男のことについてしゃべれるし」と盛り上げます。家族から拒絶されるよりはいいに決まっていますが、これはこれでキツそうです。

予想通りっていうのは、それなりにほっとできるものだし、うちの家族はあきれるほど予想通りなんだ。
だけど、今、この瞬間はどっと疲れたし、最低の気分だった。言ったら、気分が軽くなると思ってた。だけど、今週、いろいろあったときの気分とほぼ同じ、妙な気分だし、萎えるし、現実感ゼロだった。

サイモンの同級生たちも、それぞれに打撃を受けます。サイモンの昔からの親友だったリアは、サイモンが自分ではなく別の子に一番にカミングアウトしたことに動揺してしまいます*1。サイモンからしてみればずっとつきあっている友人にこそ言いにくかったという事情があるのですが、それでもリアは傷ついてしまいます。それから、マイノリティであってもサイモンはリア充じゃないかと、単純にサイモンに嫉妬している同級生もいます。
同級生たちの心の揺れは、マイノリティの苦しさに比べれば取るに足らないものなのかもしれません。しかし、マイノリティの周辺にいる人間の政治的に正しくないといえるような感情も丁寧にすくいとっていることが、この作品の美点であるように思います。

*1:この子はオタク女子で、高屋奈月の少女漫画『フルーツバスケット』の主人公の本田透が好きなようです。本田透のような善良さに憧れる子であれば、ここで疎外されたかたちになってしまったのにはことさらショックを受けるでしょう。しかし、このニュアンスがどれだけのアメリカの読者に伝わったのだろうかという余計な心配が。

フルーツバスケット (1) (花とゆめCOMICS)

フルーツバスケット (1) (花とゆめCOMICS)