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山本幸三(国会議員)のブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-08-17 比例名簿順位決定を受けて(決意表明)

1. 本日、自民党九州ブロック比例代表公認候補者名簿の第2順位に登載されることが決まりました。

2. 厳しい選挙情勢の中でこのような高順位を頂くことが出来ましたのは、山本幸三に対する自民党本部の大きな期待の表れであり、また、古賀誠宏池会会長を初めとする諸先生方の力強い後押しと御理解の賜物でもあると、深く感謝申し上げるとともに、責任の重大さをひしひしと感じているところです。

3. かくなる上は、来たる8月30日の投票日に向けて比例九州ブロックにおける「自民党」票の一層の拡大を図るとともに各小選挙区自民党候補者の必勝を期して、微力ながら全力を尽くす覚悟です。

4. 今後とも「政治は弱い者の為に!」をモットーに故郷福岡11区の再生・活性化と国家・国民の安寧・発展の為に、単なるパフォーマンスではなく、真に実行・実現出来る政治家を目指して頑張りますことをお誓い申し上げ、決意表明と致します。

山 本 幸 三

2009-08-12 [幸ちゃん、教えて!]第80回 〜幸ちゃん教えて (ダイジェスト版)

[]第80回 〜幸ちゃん教えて (ダイジェスト版) その5〜 10:01


さて、今回は資格についてや代議士の政治家として辛かったことなどをお聞きしました!







☆。・*☆。・*☆資格について☆*・。☆*・。☆







Q 現在、国内において需要が高い資格でありながら国家資格として認められていない資格が多くあるように思われます。このような状態をどのようにお考えですか。






A 国会議員になって間もない頃に国家資格を減らし、民間に移すという動きがあった。この動きはなんでもかんでも国家資格を増やすべきではないということから起こったんだな。国家資格というものは大学課程を経て、相当な技能訓練を要する職業に与えられないといけないよね。このような動きをみてきているから国家資格を増やすという流れはどうかなという感じはもっている。











Q では例えばうつ病等の心の病が問題となっている現在のストレス社会において、それを専門とする臨床心理士が国家資格として認められていないことについてはどう思いますか?



A 現在心の病を専門としているのは主に精神科医だよね。そこで臨床心理士が精神科医にどこまで匹敵するかも問題になってくるし、医学界との兼ね合いもあるから・・・難しいなぁ。








☆。・*☆。・*☆政治家として辛かったこと☆*・。☆*・。☆*・。☆







Q. 政治家として活動をなされていて一番歯がゆかったこと、また困難な壁にぶちあたったなと思った体験はどのようなものですか。


A. デフレ(デフレーション:物の値段がどんどん下がり続けること)脱却という目標を掲げ、日銀に対して様々なことを言ってきたのだけれどもなかなか理解や同意がえられないことだな。また自己の主張が日銀の独立性に対する文句として扱われることだな。そしてその結果、国民がデフレにより経済的に苦しんだりしていることがより一層歯がゆいですね。






いつもご覧頂き、本当にありがとうございます。












代議士へのご質問やご意見などございましたら、お気軽にコメント欄にお書き下さい。

2009-08-11 [幸ちゃん、教えて!]第79回 〜幸ちゃん教えて (ダイジェスト版)

[]第79回 〜幸ちゃん教えて (ダイジェスト版) その4〜 12:20





おはようございます。

今日は最初に国会議事堂2階の議員食堂の代議士オススメのカツカレーをダイジェストしたいと思います。

f:id:yamamotokozo:20080306105339j:image



この食堂は代議士はもちろん職員や見学者などの一般の方も利用できます。

f:id:yamamotokozo:20080306105334j:image



そこの食堂の代議士オススメ、カツカレー

スープとサラダが付いて945円。

学生である僕らには少し高めですが、

僕自身かなり気に入っています。

国会に来た際には一度お試し下さい。






話は戻りまして、これまで代議士には、「学生時代のこと」、「上京した当時のこと」などたくさんお聞きしてきましたが、今回は代議士に「国会議員になった後のこと」をお聞きしました。



国政を動かす国会議員のお仕事は、多大な責任やプレッシャーも伴う大変なお仕事だと思います。

こういった国会議員のお仕事を選んだ代議士の気持ちはどのようなものだったのでしょうか。





☆。・*☆。・*☆国会議員として☆。・*☆。・*☆。・*☆。・*





Q.国会議員になって辛かったことは?

A.辛かったことは選挙に落ちたことだな。選挙は厳しいということだな。(選挙に勝つためには)選挙運動をしっかりやればいいということなのだけど、選挙運動をやるためにはスタッフがいるし郵便物を出したりしないといけないとか、お金が掛かる訳ですよね。ところが中々資金作りも大変だし、そういう所が苦しいわな。





Q.大学の講義で国会議員が一年間活動するためには一億円以上必要という話を聞いたのですが、やっぱり大変なのですね?

A.大変ですよ。簡単に金なんか皆出してくれないでしょ。よっぽどのお金持ちじゃない限りね。





Q.先生の座右の銘は?

A.去私利他!!




Q.それは誰の言葉ですか?

A.これは僕の造語だけど、お袋から「世のため、人のために」と言われていて、それを表した言葉だと思って作ったのだ。けど元々は仏教の経典に「自利利他」と言う言葉があるんですが、これは自分を高めることによって人のためになるという意味合いなんだ。けど「自利」というのはどうも自分を利するという風に今の人は誤解し易い。もう一つは夏目漱石の座右の銘に「則天去私」というのがあるのですよ。「則天去私」の「去私」のところを使って、「自利利他」の「利他」を使って足して2で割った訳だ。そして誰が読んでも「私を去って、他人を利する」という意味で誤解がないように一生懸命考えて作ったんだ。





Q.以前、国家公務員や国会議員になることを決めた理由がそのお母様からの言葉だったと聞きましたが、やはり国会議員は「去私利他」という言葉が重要なのでしょうね?

A.それはやっぱり政治家として持っているべき全てじゃないですかね。人のためにどれだけお役に立てるか。人のため、世のため、国家のために自分を捨てなければならない。




世のため、人のため・・・。

そういった代議士の強い眼差しから、「去私利他」に対する想いの強さを感じました。



毎日多忙な生活を送っている山本代議士。

これからも頑張ってください!!









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私達学生部が、皆様の貴重なご意見をしっかり代議士に届けます!!!

2009-08-10 [幸ちゃん、教えて!]第78回 〜幸ちゃん教えて (ダイジェスト版)

[]第78回 〜幸ちゃん教えて (ダイジェスト版) その3〜 23:23




最近、雨が強いですね。台風も近づいているみたいです。

しかし、こんな天気にも負けずに今日も頑張っていきます。



今日は、第8回をダイジェストします。今回は先生の学生時代についてのエピソードです。


是非、ごらんください。







●○●山本代議士が大学生だった頃●○●○●○●○●○●○●○●○




Q 先生は上京した時、ホームシックとか5月病になられましたか?



A 5月病にはならなかったな。ホームシックもならなかったな。




学生:じゃあ割とすんなり適応できたと



先生:うん、そうですね。アメリカに行きたいと思っていたからESSに入って、活動を一生懸命やってからね。ただこう言う事があったんですよね。本(幸ちゃん物語)にも書いてあるんだけど、1年ぐらい叔父さんの家にお世話になった時に人の家の飯を食うってのは中々大変で、2杯目を出しにくいという。遠慮する必要はないんだけど、なんとなくそういった気持ちを味わったということで。

1年ぐらいしてから、ESSの活動も忙しくなったし、学校の近くに行った方が良いということで移ったんですよね。移る時に叔父さんから預金通帳を1つ貰った。僕は知らなかったけど、お袋が叔父さんに送金してたんだな。それを叔父さんは僕が出る時の為にちゃんと通帳に貯めておいてくれた。その時はさすがにお袋の愛情に涙が出たね。感動しましたね。




学生:それを聞いて僕もそうされたいなと思いました。笑



先生:だってあの貧乏な中からそんな沢山のお金を渡すと思わなかったからね。




学生:期待されてたんではないですかね。



先生:うーん、ねー。




Q 大学生活や社会に対して失望したことはありましたか?



A あの当時は東大紛争があったから、やっぱりなんか社会体制ががちがちで身動きが取れない様な雰囲気があったね。漠然とした感覚だな。社会体制のしめつけが少しきついような気がしたね。





●○●山本代議士からメッセージ●○●○●○●○●○●○●○●○




Q 今ブログで地元の方から「ぜひ地元から上京した若者に激励の言葉を頂きたい」とのコメントがありましたので、お願い出来ますか?



A 九州の田舎から出てくるとね、田舎もんの意識で一瞬東京の連中についつい萎縮しがちになるのだけれど。振り返ってみれば、東京の連中は勉強してるようでしてない良い格好しいが多いし、軽口も多いから良い車乗ったり遊んでてカルチャーショックを受けるけれども、でも正直で素直で真面目だという九州の地元の良さっていうのは本当に大きな価値があると思うんで、是非萎縮しないで自信を持ってもらいたい。同時に東京に来るからには夢を持ってきてるはずだから、出来るだけ大きな夢を持って一生懸命追求し続ける。そういう根性があるんだというところが九州人の良さだと思うので、是非遠慮しないで、田舎もんと見られてもいいからさらけ出して主張した方がいいんじゃないかな。





学生:僕は九州の者じゃないんですけど、今の言葉は凄く僕自身にも響きましたね。



先生:同時に若者っていうのは、挑戦するというところに特権がある訳だから失敗したっていいんだよ。僕の好きな先生の言葉がある。「これが自分のやるべき道だと心の底から叫べるようになるまでは挑戦し続けないとだめ。少々失敗したってよろしい。それが若者の特権だ」


学生:素晴らしき言葉、ありがとう御座います。







新しく上京して来られた方に向けてのメッセージをお聞きしたはずが、上京して数年たった私達にも響く言葉がたくさんありました。




代議士が大学生だった頃より幾分、私達は自分を主張しやすい環境にいるのかもしれません。




そういう中で、強い夢を持って、前に進んでいきたいと思いました。




今回もありがとうございました。





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2009-08-08 [幸ちゃん、教えて!]第77回 〜幸ちゃん教えて (ダイジェスト版

[]第77回 〜幸ちゃん教えて (ダイジェスト版) その2〜 22:23




今日は前回に引き続き第2回をダイジェストします。

この回は先生の大蔵省時代の話や山本幸三とはと言った話が見れます。是非・・・



前回は、東京大学に在学していた頃の山本先生と、今話題になっているサブプライムローンについて先生の鋭い視点から貴重なお話を頂きました。






今回は先生の大蔵省時代のエピソードと山本幸三とはです。




大学を卒業した後の大蔵省入省。

これから大学を卒業し、社会に出る私達にとってはとても興味深いお話でした。






★☆★☆大蔵省時代☆★☆★


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Q、先生が自分の中で思う大蔵省での功績は?

A、1979年の第一回東京サミットですね。そのとき私が書いた大臣関係用の文書がなかなか名文で、通産省など他の省でも使用してくれたのが、裏方としてだが、とても嬉しかった。

また、サミットの準備会議に出席した時、日米間で結ばれた約束をドイツのシュミット首相とフランスのデスタン大統領が覆したのを見たとき、世界をリードする政治家の迫力とか力に驚きました。さらに、合意文書を作る際の首相の大平さん、官房長官の田中六助さんを裏から見ていて政治家の力量や政治家の決断の凄さを目の当たりにしました。こういったことから政治家になってやらなくてはいかんな、と思いましたね。








Q、他にも、大蔵省時代のエピソードはありますか?



A、ある会議の報告を局長と課長が総理にしなくてはならないとき、前日の晩に宴会があり、課長が飲みすぎてその会議に持って行かなくてはならない資料をもっていけないことを想定して当日係長に資料を持っていかせたら、案の定課長が寝坊をしたためそれが功を奏したことがあった。その時は、課長にとても感謝されたね。

そういった経験から役人時代に学んだことは、常に最悪の事態を考え、2つ3つの手を打っておくということだね。僕の事務所に来て勉強するということはそういったことを学んでほしいと思っている。








★☆★☆山本幸三とは☆★☆★



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Q、もし政治家になられていなかったら何になっていたと思いますか?

A、政治家になっていなかったら投資ファンドかなんかで大金持ちになっていたかな(笑)








Q、学者とかは?

A、学者も好きですね。4年間教えたことがありますけど面白かったですね。でも学者は儲からないからな(笑)








Q、根本は経済や金融なのですね?

A、経済学を勉強してきたため、株の動きを予測すると大体は当たっている。だから僕のいうことを聞いていた人は損をしていないはずだよ。今回の夏の暴落も言っていたが実行した人は1人か2人だったかな。人間は欲というものがあるからなかなか言うことを聞かないんだよね。








Q、地元の福岡県11区の中で思い出の場所はございますか?

A、小さいころの思い出っていうのは、家を出てすぐに田んぼでしたね。春になるといっせいに蓮華が咲いてそこに寝転んで遊ぶとか、菜の花畑や麦畑もありました。ひばりを追いかけたりもしました。今はひばりの声はしないもんな。これが田舎の原点かな。

毎週日曜には山を登っていたため足腰が強くなった。








確かにフットサルでも強い足腰は健在ですよね(笑)

複雑な株の動きを見事に当てられる先生・・・・さすがです。