2011-04-04 DJ SET LIST@CAFE ANTENNA
■DJ SET LIST@CAFE ANTENNA
昨晩は渋谷のCAFE ANTENNAでDJ。
セットリストは以下。
1. dB’s / A Spy in the House of Love
2. Scritti Politti / Asylums In Jerusalem
3. The Cars / You Might Think
4. Pretenders / Stop Your Sobbing
5. XTC / This Is Pop?
6. Talking Heads / Psycho Killer
7. The Jam / Move On Up
8. Cheap Trick / Surrender
9. David Bowie / Growin' Up
10. Stevie Wonder / Isn't she lovely
11. Buddy Holly / Peggy Sue
12. Billy Joel / Piano Man
Pretendersの「Stop Your Sobbing」は
何時聴いても、胸がキューンとなる。
こちらもはThe Kinksのオリジナルバージョン。
当然ながら最高。
2011-02-01 死してなお、レーベルと共に。
2011-01-28 あしたのジョー
■結婚指環だった血染めのグローヴ
■
『あしたのジョー』。子供の頃からなにかにつけ読み返し、観返してきた。
特に好きなのはテレビアニメ版の「2」のほう。
ただ、なんでジョーは紀ちゃんを 振って西を結婚相手に薦めたのか、
なんでジョーは最後の血染めのグローヴを段平のおっちゃんではなく葉子に渡したのか、
腑に落ちてなかった。
そのもやもやは20代半ばを過ぎた頃、すっと理解できた。
紀ちゃんはいいお嫁さんにも、お母さんにもなれる。
でも、「真っ白は灰になるまで闘う」生き方は理解できないタイプの女の子。
そして憎たらしい葉子はそんな生き方を支える女性。
可憐な乙女心を押し殺して。
■
キング・オブ・キングス、ホセ・メンドーサが待つ世界戦直前の控え室。
室内は二人のみ。葉子は告げる。
「あなたは重度のパンチドランカー症状に冒されている」と。
「だからなんだってんだい」。
ドアを両手でふさぎ、ジョーをリングに行かせまいとする葉子。
あんなにも気丈だった葉子が叫ぶ。
「私のために行かないで!」。
反発し合ってきたジョーと葉子。
二人は一瞬だけ互いの愛を確認する。
葉子の肩に手をかけ、やさしくドアの横に彼女をどかせるジョー。
「どけよ、チャンピオンが待ってる」。
二人は互いの愛を交わしながら、
この闘いの後に幸せな二人の暮らしがないことも理解している。
15ラウンドの死闘が終わって、ジョーが葉子に渡した血染めのグローヴ。
それは二人の結婚指環だった。
■
段平のおっちゃんは、みてくれは悪いが野暮ではない。
辛苦の果てに掴んだ大舞台でも
「そのグローヴはワシとジョーのものだ」、
そんなことは言う男ではない。
子供の頃は、二人の愛がまったく理解できなかった。
段平のおっちゃんに血染めのグローヴをあげるべきだと怒っていた。
紀ちゃんはいい女の子で、葉子は嫌なヤツだと思っていた。
でも、そういうことではなかった。
ジョーは家庭の温かさに憧れても、それを叶えることは出来ない。
それは「白い灰」とは真逆のことだから。
ジョーは紀ちゃんの愛には応えられない。
葉子の愛にも応えられない。
そのことを理解してジョーと共に闘おうとしたのが葉子だったのだ。
梶原一騎の原作にあったという最後の1ページ。
白木邸の中庭。木漏れ日。洗濯物を干す葉子。笑顔。振り返る葉子。
その視線の先には、椅子に腰掛ける廃人となったジョー。
ちばてつやの反対でこのページは描かれなかった。
「果てしなき闇の彼方に」
2011-01-25 ロックバンドは東京の裕福な子供のものだった。
■あるフォークミュージシャンの話から
(1)
数年前のこと。1970年代初頭から中頃にかけて活躍した
フォークミュージシャンに長い時間をいただいて取材をした。
1970年代半ばに大手レコード会社に移籍。
その年のいち押しアーティストとして
(売れたのは永ちゃんのみ、、)
やがて1970年代末にその人がいたデュオは解散。
相棒は親交の深かったロックバンドに加入することになった。
1980年代に入って以降は、
表舞台のスポットライトが
あたることはほとんどなかったが、
その人は今でも歌い続けている。
その人が世に出た1970年代初頭に何が起こっていたのか。
吉田拓郎、井上陽水、忌野清志郎、泉谷しげるらが重鎮となっていく中、
何故、その人は流れからこぼれ落ちてしまったのか。
何故、今日まで歌っているのか。
自宅にお邪魔して、その波乱の顛末と
それでも「歌ってきた」ということの意味を
聞いているうちに、およそ10時間が経過していた。
(2)
たくさん聞かせてもらったエピソードからひとつ。
1970年代初頭。ロックバンドをやれる若者は
東京に自宅のある、裕福な家の子供が多かった、と。
どうしてかというと、まず演奏場所にドラムセットが
完備されているところが少なかったから。
必然、ドラムセットを持っていて、
それを運搬できる車を持っていることが、
ロックバンドを維持できる条件だった。
そんな状況で、無名の若者たちが
GSに代表されるような、
それまでの芸能音楽界的しきたりを無視して、
手前勝手に活動するには、
フォークギターがてっとり早かった。
多くの者はアコースティクギターを持っていたからといって
フォークソングをやろうと思っていたわけではない。
それしかなかったから、それを手にして歌ったのだ。
ついでに言うと、周りにいた若者たちも
手前勝手に演奏場所を作って、イベントを開くようになった。
その時のD.I.Y.は、フォークソングが大流行して
音楽ビジネスのひとつの形になった時に終わったけれども、
その時の熱気にあてられた人は、
今も何かを捨てられずに生活をしている。
そういう人たちとはずっと繋がっているよ、と。
(3)
自分はネットでの配信などに音楽の未来を見ているわけではない。
でも、嫌ったらしい業界の慣習は無視して、
何かをしでかしてやろうと思っている若いミュージシャンは、
ネットでも何でも使えるものを使って、
どんどん手前勝手にやればいいと思う。
そこから才覚のあるひと握りの人たちが現れて、
音楽の未来を作っていけばいい。
どっちにせよ、音に込めた思いはデータに還元されて
おわるわけではないのだから。
自分がレーベルを始めた頃に良かったことは、
簡単にCDが作れるようになったことだった。
だからCDを作って、売って歩いただけなのだ。
CDとか、ネットとか、ライヴとか、
やり方はどうでもいい。
音楽業界はビジネス的に崩壊寸前と言われているけど、
やりたいことをやりたいようにやれる自由は
以前よりずっとあるのだから、
やりたいことをやりたいようにやればいいのだ。
縮こまった人たちが思いもしなかったアイデアを
ちょっとだけクレバーに、勇気をもって。
どんな音楽の未来が待っているのか
健闘を祈りつつ、楽しみにしている。
The Doors『Break on Through』
この歌のイントロを聴くと、
いつでも、どこででも新しいことが始まる予感がする。
2010-10-24
■『息もできない』
ほうぼうで半年くらい前から口コミになっているけど、
やっぱり書いておこう。
先月、下高井戸シネマで観た『息もできない』。
噂通りの心にズシンとくる作品だった。
どんづまりの人生で連鎖する不幸と暴力。
この渦から抜け出そうともがく人々が渇望する愛情。
「人間は結局のところ血の宿命からは逃れられない」
という、大きな絶望の中にある、
「しかし、未来への種は芽吹くかもしれない」
という、わずかな希望をストロングに描いた傑作。
『息もできない』は主演も務めたヤン・イクチュンの初監督長編作。
屋内シーンを自宅で撮り終えてから自宅を売り払って製作資金を用立てるなど、
彼の心意気がこもった純インデペンデント映画。
低予算故にリハなし、撮り直しなしの
ワンテイクで臨んだ演技は異常な緊張感。
どうしようもなく絶望的に最低な物語を貫く
「人間という存在そのもの」への肯定、
「今よりもよくなりたい」というあがきへの信任、
泥の中でも生き抜こうとする生命力への信頼。
人生への諦観と生命力への信頼とをくたくたに煮込みながら
「人間のしぶとさ」を描く『息もできない』には、
フェデリコ・ガルシーア・ロルカの『血の婚礼』、
マクシム・ゴーリキーの『どん底』などに通じる
骨太で原始的な力がある。
その根幹にあるものは、どんなに残酷な状況下でも
「生命力だけはなかかなものも」というタフな楽観。
その楽観こそが、神話のような救いを与えてくれる。










