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安心問答(浄土真宗の信心について) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011-05-02

念仏はどんな気持ちで称えたらいいでしょうか?(頂いた質問)

念仏を称えていると、自分は人より称えているぞと思うことがあります。どんな気持ちで称えたらよろしいでしょうか?(頂いた質問)

阿弥陀仏が選び取られた行が念仏ですから、称えるのは私の口から出てくるものであっても、私の行ではありません。自分の行ではないから、人と比べて優劣を決められるものでもありません。

往生の足しにしようと思わず、そのまま称えればよいといわれた、法然上人のお言葉を紹介します。

又いはく、本願の念仏には、ひとりだちをせさせて助をささぬ也。助さす程の人は極楽の辺地にむまる。すけと申すは、智慧をも助にさし、持戒をもすけにさし、道心をも助にさし、慈悲をもすけにさす也。それに善人は善人ながら念仏し、悪人悪人ながら念仏して、ただむまれつきてのままにて念仏する人を、念仏にすけささぬとは申すなり。(諸人伝説の詞)

本願の念仏は、智慧や、持戒や、道心や、慈悲を加えるような手助けがいらないものです。手助けが必要な念仏ならば、選択本願の念仏にはなりません。

善人は善人ながら念仏し、悪人悪人ながら念仏して、念仏に手を加えずそのまま称えなさいと勧められています。

これだけ真剣に称えているからとか、これだけ回数多く称えているからとか、それで念仏そのもののお働きが何か変わるものではありません。

念仏を使おうとか、何かの足しにしようとせず、ただ南無阿弥陀仏と呼びかけて下さる阿弥陀仏のお働きだと念仏されたらよいと思います。