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安心問答(浄土真宗の信心について) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-02-21

「名を呼ぶことは当然帰命の意を含んでいる、というのは話で聞いたことないです。(略)だったら無量光だけもでいいということです?」(七誌の権兵衛)


七誌の権兵衛 2017/02/19 07:20

名を呼ぶことは当然帰命の意を含んでいる、というのは話で聞いたことないです。
その和讃に関して浄土真宗ではその四十号でも念仏の代わりになると教えてますか?
だったら無量光だけもでいいということです?
通常浄土真宗といえば南無阿弥陀仏一辺倒で教えられています。
だから南無阿弥陀仏だけに特別な何かがあると思っていたんですが。

その辺のところ今の浄土真宗に説明不足があるんでしょうか?
ご開山が十字名号で布教したというのはこういう誤解を生じさせるから敢えてそうなされたんですかねえ?

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20170217/1487332503#c1487456430

名を呼ぶことは帰命の意味を含んでいるに関して言えば、根拠は、浄土論浄土論註、六字釈になります。

さんだん 讃嘆

仏や菩薩などの徳をほめたたえること。天親はこれを『浄土論』で五念門の一つに挙げて阿弥陀仏の名を称することとし、これをうけた曇鸞は『論註』に「称彼如来名といふは、いはく無碍光如来の名を称するなり」(信巻引文・註214)と示している(以下略)

浄土真宗辞典より)

浄土真宗辞典

浄土真宗辞典

そこで、親鸞聖人は、この「無碍光如来の名を称する」ことが「大行」であるとされました。また、親鸞聖人の教えでは、この大行とは南無阿弥陀仏であるとされています。

その南無阿弥陀仏について解釈されているのが六字釈です。ここでは、親鸞聖人の六字釈を紹介します。

しかれば南無の言は帰命なり。帰の言は、[至なり、]また帰説(きえつ)なり、説の字は、[悦の音なり。]また帰説(きさい)なり、説の字は、[税の音なり。悦税二つの音は告なり、述なり、人の意を宣述するなり。]命の言は、[業なり、招引なり、使なり、教なり、道なり、信なり、計なり、召なり。]ここをもつて帰命は本願招喚の勅命なり。(教行信証行巻)

現代文

そこで南無という言葉は、翻訳すれば帰命といいます。「帰」という言葉には、至るという意味があります。また帰説と熟語した場合、説は「悦」と同じ意味になって、悦服のことで、「よろこんで心からしたがう」という意味になります。

 また帰説と熟語した場合、説は「税」と同じ意味になって、舎息のことで「やどる、安らかにいこう」という意味になります。

 説の字には、悦と税の二つの読み方がありますが、説と読めば「告げる、述べる」という意味で、人がその思いを言葉として述べることをいいます。「命」という言葉は、業(はたらき)、招引(まねきひく)、使(せしめる)、教(おしえる)、道(目的地に通ずる道。また「言う」の意)、信(まこと)、計(はからい)、召(めす)という意味を表しています。

 こういうわけですから「帰命」とは、衆生を招き喚び90続けておられる阿弥陀仏の本願の仰せです。

https://goo.gl/zM68VI

南無阿弥陀仏の南無には、帰命の意味がありますから、南無阿弥陀仏と申すことは帰命するとの意味はあります。

名を呼ぶと言いますか、真宗では念仏のことを称名とも申します。称名とは文字通り「名」を「称する」ことです。そこで、称名との意味ですが、もともとただ名前を言うという意味だけではありません。

称名に関して言えば、阿弥陀仏の名前をただ口にしているということではなく、先述しましたように讃嘆の意味があります。そこで、阿弥陀仏の名を称すれば讃嘆となりますから、阿弥陀仏といっても無碍光如来といっても同じことです。

ただ、親鸞聖人は阿弥陀仏の四字ではなく南無阿弥陀仏の六字をよく用いられています。

それは、前述の六字釈にもかかれていますが、阿弥陀仏がどういう仏であるかということをより明らかにされる意味でも南無阿弥陀仏と言われています。

きみょう 帰命

梵語ナマス(na‐mas)の意訳。南無と音訳する。心から信じ敬うという意。浄土真宗では、本願に帰せよとの阿弥陀仏の勅命の意とする。「行巻」には「帰命は本願招喚の勅命なり」(註170)(以下略)。

浄土真宗辞典より)

阿弥陀仏とは、私に南無せよと呼び続けられている仏であるということです。また、南無せよとの仰せを受け入れるものは必ず救う仏であるということです。

ですから、親鸞聖人が阿弥陀仏と書かれているところでも、その意味から言えば「南無阿弥陀仏」と同じ意味として言われています。

最後に、浄土真宗で念仏としたときに南無阿弥陀仏と多く使われる根拠の一つを紹介します。

しかれば名を称するに、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。称名はすなはちこれ最勝真妙の正業なり。正業はすなはちこれ念仏なり。念仏はすなはちこれ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏はすなはちこれ正念なりと、知るべしと。(教行信証行巻)

現代文

こういうわけであるから、阿弥陀仏の名を称えるならば、その名号の徳用としてよく人びとのすべての無明を破り、よく人びとのすべての願いを満たしてくださいます。称名はすなわち、もっとも勝れた、真実にして微妙な徳をもった正定の行業です。正定業は、すなわち称名念仏です。念仏は、すなわち南無阿弥陀仏です。南無阿弥陀仏が、すなわち正念です。このように知るべきです。

https://goo.gl/lnJyRy

七誌の権兵衛七誌の権兵衛 2017/02/22 21:01 その六字釈は昔読んだときからちんぷんかんぷんだったんですが
帰からいきなり説が出てきたり、命が業、招引、使、教、道、信、計、召になったり、これ理解できます?
帰命は本願招喚の勅命なりというのは
帰が衆生側で、命が阿弥陀如来側ということなんですかね?

林遊林遊 2017/02/23 03:09 疑問を持ったら学習すべきです。
言葉、特に漢字の場合は多義的な概念を含んでいるので一義的に理解しようとすると齟齬をおこします。
例せば、道という語は「みち」という意味ですが、形而上を意味するという意味もあり、仏教の用語を翻訳する時にいろんな意味を漢語をあてたので、道という言葉の意味は多種多様に分かれます。wikiarcで「道」について検索されたし。
ですから、言葉の本来の意味を探求する為に、同音や同意の漢字からことばの意味を探っていくのが「字訓釈」といわれるものでした。
仏教は、2500年の歴史を持っていますから、一筋縄ではいかないのですが、学問的に学びたいならしっかり勉強すべきです。
ただ、私は何も判らないが、阿弥陀様の仰ることは真実であると、阿弥陀様の仰せの通りに、なんまんだぶ、なんまんだぶと称えて浄土でさとりを開こうとしてきたのが浄土真宗というご法義でしたです。

なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶ
http://labo.wikidharma.org/index.php/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:%E5%B8%B0%E5%91%BD

yamamoyayamamoya 2017/02/23 20:41 字訓釈については、なぜその漢字がそのように意味が変わって行くのかについては、以下を参照下さい。

字訓釈_じくんしゃく
 文字の解釈法の一。元の文字の普通の意味の読み方と意味の他に、音や意味の同じ漢字をあてて特定の字について様々な語意を解釈する方法。日本天台宗、特に慧心流で盛んに用いられたという。転声釈ともいう。
例:(三心字訓釈)
信楽といふは、信とはすなはちこれ真なり、実なり、誠なり、満なり、極なり、成なり、用なり、重なり、審なり、験なり、宣なり、忠なり。
楽とはすなはちこれ欲なり、願なり、愛なり、悦なり、歓なり、喜なり、賀なり、慶なり。
https://goo.gl/i5txW9

これについての用例として、仏教大辞彙の中から「字訓釈」の例から一部引用します。
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字訓釈 (略)
恵忍の浄土真宗聖教字箋巻下には親鸞の字訓法を論じて
「宗祖字訓の法其別五あり。一には曰く正訓、謂く字書に載するところの毎字の訓なり。二には曰く転訓、謂く郭ボクの言う所の転互相訓なり。三には曰く仮借、謂く音によりて義を借りるなり。四つには曰く同訓、謂く同訓の字を取りて以て義を彰すなり。五には曰く義訓、謂く俗釈に依らず圓典の義を以て其の秘蘊を顕すなり。凡そ此の五種の法を以て三心の深義を発揮するものなり」と云えり。
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ここでは、教行信証の三心釈を例にとって書かれていますが、六字釈も同様に、いろいろな方法でその漢字一字について、意味を転じてみたり、音が共通していることろから意味を借りて見たりなどして、その意味を明らかにされてきたものです。

どうしてそうなるのか?について究極的には親鸞聖人しか分からないというのが一般的な解釈かと思います。とはいえ、林遊さんの紹介されたリンク先に詳しく書かれていますが、親鸞聖人が字訓釈をされるにあたって全く根拠無く書かれていることはありません。当時の漢字の意味や、漢字辞書などにもよってその漢字の意味や読みからなんとかその意味を顕されようとされたものです。wikiarcには、勉強になるテキストやリンクが多くあるので、そこを参考にされるのもいいと思います。

このような字訓釈をされるのも、日本に生まれた方が漢訳経典を読まれる時に、翻訳された方は、どういう意味でこの漢字を使われたのだろうかと考えるからです。そこで、漢訳された翻訳者の考えにまで遡ろうとしてこのような字訓釈をされたのだと思います。

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