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安心問答(浄土真宗の信心について) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2017-04-13

阿弥陀仏に救われるために最低これだけは知っていなければならないということはあるのでしょうか?(頂いた質問)

阿弥陀仏に救われるために最低これだけは知っていなければならないということはあるのでしょうか?(頂いた質問)

念仏(南無阿弥陀仏)が、私を救って下さるということは知っていなければならないです。しかし、それ以上に何か難しいことを知っていなければならないということはありません。

浄土真宗を開かれた親鸞聖人の書かれた本は沢山有り、ご本典といわれる「教行信証(顕浄土真実教行証文類)」は現代文を読んでも大変長く難しく感じます。

では、それらを全て読んで理解出来なければ救われないのかと言えばそうではありません。実際に親鸞聖人は、平易な言葉で書かれた本やご和讃も沢山あります。

蓮如上人で言えば、御文章の一通にかかれた位の分量で、肝心なことは収まります。また、当時の真宗のお同行はその御文章を通して南無阿弥陀仏のいわれを聞いて救われていった人も多くおられた筈です。

御文章の5帖目1通にはこうあります。

末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにして阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、さらに余のかたへこころをふらず、一心一向に仏たすけたまへと申さん衆生をば、たとひ罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくひましますべし。

これすなはち第十八の念仏往生の誓願のこころなり。(浄土真宗聖典 (註釈版) 第ニ版P1189)

https://goo.gl/OFplU0

ここでは、「これすなはち第十八の念仏往生の誓願のこころなり」と言われて、阿弥陀仏の第十八願のこころしか書かれていないといってもいい御文章です。特別な仏教の学問をしたこともない、一般の人に向けて「阿弥陀仏の第十八願のこころ」を書かれて、その通りに「かならず弥陀如来は救いましますなり」と聞いて疑い無いことを救われたといいます。

こう聞くとそんなことで救われるのかと思う人もあります。しかし、南無阿弥陀仏以外に往生の道はないというのが親鸞聖人の教えられた阿弥陀仏の救いです。