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安心問答(浄土真宗の信心について) このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-08-15

「自分が仰いだ法と親鸞上人が仰いだ法に違いないことはどうわかるのでしょう。」(sさんのコメントより)

s 2018/08/14 16:59

引き続き、ありがとうございます。

>仏願の生起本末を聞きて疑心あることなしとなれば、そういう疑問は起きません。

それ以外の疑問は起きることがあるということでしょうか。

>南無阿弥陀仏を聞いて疑い無いという、いわゆる法を仰ぐという意味では違いはありません。

では、その仰ぐ法に違いがないことはどうしてわかるのでしょう。

自分が仰いだ法と親鸞上人が仰いだ法に違いないことはどうわかるのでしょう。

南無阿弥陀仏を聞いて疑いないから、同じに違いない(凡夫ではわからない)ということでしょうか。

安心決定鈔を引用されましたが、根拠の引用というのは、常識的に言うと、何かしら根拠に対する理解がないと出来ないことだと思いますが、その理解は凡夫としての理解でしょうか。阿弥陀仏の智慧によるはたらきでしょうか。

もし前者なら、阿弥陀仏の本願や親鸞上人の信心について何かしら思考による理解があるでしょうし、後者なら、阿弥陀仏の智慧を通して生死を離れることについてもわかると思います。

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20180814/1534226393#c1534233596

それ以外の疑問というのは、どういうものを想定されているのかよくわかりません。

ただ、お聖教を読んでいて言葉の意味がわからない箇所などについての疑問は起きます。前の記事にも書きましたが、「自分が生死を離れたかどうか」についてはとくに疑いはありません。


次の仰ぐ法に違いはないについては、縮めていえば「南無阿弥陀仏」だからです。法然聖人親鸞聖人が勧められた南無阿弥陀仏と、私がその勧めにしたがって称えている南無阿弥陀仏には何も違いはありません。なぜ違いはないかといえば、この南無阿弥陀仏は、私が観念で思い描いたものではなく、阿弥陀仏の本願によって成就して本願力によって回向されているところの南無阿弥陀仏だからです。


次の根拠についてですが、凡夫でも分かるようにということで書かれているのがお聖教です。文字通り以外の意味が多くあるなら誰も読めません。

ss 2018/08/15 19:32 ご回答ありがとうございました。
意図がわかりにくい質問が多かったかもしれませんがご容赦ください。

YGMYGM 2018/08/16 10:38 S様

私なりの思っていることですので、ふ〜んと聞き流して下さい。

>では、その仰ぐ法に違いがないことはどうしてわかるのでしょう。

本願に安心して、法を仰ぐようになっただけで、その法に間違いがないことが分かったわけではありません。なぜ疑いなく安心しているのかわかりません。
「自力を起こしたくても起こせない状態」という表現をされてましたが、いい表現だと思いました。未信のときに力んでいた思い出がありますが、いまはどうにも力が入りません。妙なものです。
 架空の存在だと思っていたのが、いまやその本願に安心してしまっていて、無理に疑おうと思おうとしても、うまくいきません。ほんとに妙なものです。


>自分が仰いだ法と親鸞上人が仰いだ法に違いないことはどうわかるのでしょう。

親鸞聖人の著書に書かれてあることを読み聞きすると、有難く安心させられます。
別のことを聞いてなんらかの信仰を得たのであれば、親鸞聖人と同じか確かめようとするかもしれませんが、親鸞聖人の教えを聞いて安心を得ているので、親鸞聖人の教えと違いがないことを確かめようと思わないでしょう?


違いがないことが分かって → 安心できる
という順序で理解したいお気持ちはすごく分かりますし、普通の考え方だと思いますが、どうもそれでは安心できないようです。
変ですが、安心が先です。

>「阿弥陀仏の知恵を通して生死を離れることについてもわかると思います。」
と書いてみえますが、「わかる」というのが違うように思います。
生死について弥陀にまかせて安心してますが、生死を離れることがわかってはいません。

YGMYGM 2018/08/16 10:49 『往生は、と 父に問われて ほほみぬ 弥陀にまかせて わすれたりけり』

若くして亡くなった方で。その臨終のときに臨んで、ほほんで父にこたえたという話があります。
自分が死後浄土へ行けると分かっているのとは違うんです。
良い詩なのでご紹介させて頂きました。

チュウビチュウビ 2018/08/16 12:22 YGMさま。失礼します。そうそう、それです〜。安心が先です。まさに聞いている先手の本願です。私が分かってが先ではないです。
私も読んでいて気に入った句を紹介します。
『本願の 起こりはわが機と 聞くからに はかろふすべも いまはつきはつ』『へんじまで 南無の二文字に 封じこめ われをよびます 阿弥陀仏とは』 『往生は 弥陀の手元に 成就して まちかねたまふと 聞くぞうれしき』

ss 2018/08/16 22:51 YGMさん
良い詩ですね。ご紹介ありがとうございます。
他のご回答も率直なご意見をいただき、こういうのもなんですが、非常に
わかりやすかったです。

田子田子 2018/08/20 17:42 いつも音声法話ありがとうございます。
各お寺で聴聞をさせていただいているのですが、なかなか阿弥陀仏の本願に対して疑いがはれません。どうすればはないとお聞きしますが、聴き方に対する注意点などありますでしょうか。よろしくお願いします。

YGMYGM 2018/08/21 10:10 田子さんへ
なかなか疑いが晴れないとの尊いご質問ですが、
具体的にどういう思いが出てきてしまうのでしょうか?
聴き方もどのような聴き方になってしまって困ってみえるのか、
正直に告白されると、答えられる先生にとっても回答しやすくて良いと思います。

yamamoyayamamoya 2018/08/21 17:11 田子さん
コメント有り難うございました。
明日の朝には音声版でお答えしますので宜しくお願いいたします。

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