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安心問答(浄土真宗の信心について) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-03-29

信心獲得したといっている人が気をつけること。自戒の意味で,信仰の中二病問題について

この何回かのエントリーで、しかばねさんのコメントについていろいろとコメント欄で議論があり。私も、何回かエントリーで書きました。


しかばねさんのコメントの流れを見ていると、過去の自分と重なるところがあり、他人事とも思えずいろいろと書いてきました。しかばねさんの信心が、真実信心かそうでないのかについては、ご本人がそれ以上語らな以上はなんともいえません。しかし、ただ一つ言えることは「しかばねさん」ご自身は、「信心獲得した」という前提でものを語っておられるということです。


自分自身の体験と、その時の教学を元に「破邪顕正」の刀を振り回す姿は、昔の自分を見ているようでした。ある意味「痛々しい」といいますか、ネット用語で言えば「黒歴史」を見せられている感覚に陥りました。


ただ、そのように「痛々しい」などと感じることができるのは、私にいろいろと忠告したり、叱ってくれた方があったからと今では思います。私がこの安心問答というブログを始めたのは2008年でした。その頃は、まだ親鸞会に在籍していました。当然そのころの内容は、親鸞会という組織防衛をしようという意図もありつつ、なんとか教えを判ってもらおうという気持ちの板挟みで、いろいろと苦労をしながらブログを書いていました。



ブログを始める前ごろには、「信心決定した」という自覚はありました。その自覚から「ネット上でおかしなことを言うものをなんとかしよう」という当時の正義感から始めたのがこの安心問答でした。ちなみに、親鸞会在籍時のエントリーはそのまま今でも残しているのは、個人的な自戒のためです。過去の自分はこんな考えや、教学でものを書いていたのかということをネット上に人生の足跡として残すために、敢えて削除せずに残しています。


その当時、私が非常に反省をしたことを紹介します。その当時、親鸞会に在籍していながら「信心決定した」と思っていた私は、ある意味非常に調子に乗っていました。口に出して言わないまでも、かなり自惚れていました。それは「あなた達が、何年、何十年求めても獲られない信心を私はどういうわけか獲得しましたよ」というようなものです。「痛い」ですね。もう、布団を被って両足をバタバタしたいくらいの「青さ」です。世に言う「中二病」みたいなものです。「中二病」とは、過大な自己意識の肥大と、自身の未熟さがまったく噛み合わないアンバランスさからいわれる病気のような症状です。


そこで2008年当時の私は、親鸞会全体で推進されていた「信心の沙汰」を身近にいる「弘宣局のスタッフ」に対して行っていました。弘宣局での建て前上の就業時間が終わった18時以降に、同じ部屋で作業をしていた親友部のS君(後輩)に対して、いろいろと信心の沙汰をしていました。それを横で聞いていた、親友部で先輩であるHさん(私より先輩)が私を叱ってきました。


その内容は以下のようなものです。

Hさん「君の言うことは正しいのかもしれない。しかし、なぜそんなに上から物を言うのか全く理解出来ない。前も、上から物をいうところはあったけど、今はそれとは比較にならないくらい『こーーーーーーーんなに』上から物を言っている。とても聞いておれない、というか、そんな人の話は聞けない」

その話を聞いて、私は絶句しました。その後に、Hさんに謝罪をしました。



会を辞めてからも、いろいろなご縁で私を叱って下さる方があり、今日まで至っています。私を叩いて下さったみなさんには、本当に感謝してもしすぎることはありません。この場を借りて御礼申し上げます。

先に書いたHさんから学んだことは「獲信しても偉くなったのではない」「上から物をいう人からは、誰も聞いてくれない」という事です。


しかばねさんのコメントは、まさに私の過去の言動そのものと思います。叱ってくれる方がなければ、たとえ信心獲得されたとしても、いわゆる「中二病」になってしまうと危惧します。いうなれば「信仰の中二病」でしょう。


法の世界は果てしなく広いです。それを教えられた先生もたくさんいます。それらに対して、「俺は全部を知っている」とか「もう学ぶ必要はない」などと思ったら、富山県に本拠地をおく某会の会長と全く変わりません。



死ぬまで一聞法者という立場を忘れては成らないと思います。自戒を込めて書きました。

2012-04-20

信心と念仏は別物と教える高森会長(宗教法人・浄土真宗親鸞会)から聞いていた「信心正因称名報恩」を振り返ってみる

私が、かつて所属していた親鸞会の高森会長は信心と念仏を別物として会員に教えていました。そのため、私が親鸞会に在籍していたころの「信心正因 称名報恩」の理解は、極端に言えば「信心」が往生の因であるから、称名はお礼の意味しか無いというものでした。当時は、いわゆる行信論という単語も知らない状態なので、信心と念仏を分離したものとしか考えていませんでした。

しかし、その考えは間違いです。

コメントで、紹介されているとおり、

弥陀の本願と申すは、名号をとなへんものをば極楽へ迎へんと誓はせたまひたるを、ふかく信じてとなふるがめでたきことにて候ふなり。(親鸞聖人御消息26(末灯鈔12)浄土真宗聖典(註釈版)P785)

http://goo.gl/Bk41J

親鸞聖人は教えられています。

阿弥陀仏の本願は、念仏するものを極楽へ迎えると誓われていることを、深く信じて称えることがめでたいことだと言われています。

そのため、第十八願の名前として、教行信証信巻には、「念仏往生の願」と言われています。それも、信巻には18願の願名として、五つあげられているなかの最初に「念仏往生の願」と言われています。

この心すなはちこれ念仏往生の願(第十八願)より出でたり。この大願を選択本願と名づく、また本願三心の願と名づく、また至心信楽の願と名づく、また往相信心の願と名づくべきなり。(教行信証信巻・浄土真宗聖典(註釈版P211)

http://goo.gl/gERTT

南無阿弥陀仏を疑い無く聞いるのが、信心ですから、南無阿弥陀仏を抜いた信心というものはありえません。

念仏も信心も、ともに名号のお働きが私にあらわれて実際に働いておられることです。ですから、念仏も信心も、そのものがらは名号・南無阿弥陀仏のお働き以外にはありません。

その南無阿弥陀仏の働きが私にはたらいて下さっていることについては、私の考えや動作が立ち入る余地は全くありません。多少はあると思うのが、計らいです。ただ南無阿弥陀仏が、そのまま私の上というか、私にはたらいて下さっている姿が、念仏であり、信心です。

そのため「称名報恩」という言葉も、私の側からいえお礼の心で称える以外にはないからいわれるのであって、称名という私の動作が「報恩の結果を引き起こす行であり、信心とは別物」という意味ではありません。

2012-03-27

親鸞会の未来を、無碍界裡の覚醒から考える

最近「清沢満之の研究」という本を読みました。高森会長が引退(もしくは死亡)した、未来の親鸞会の姿を予想する内容だったので、その内容と私が思ったことをエントリーとして書きたいと思います。

清沢満之氏の死後、暁烏敏・多田鼎の両氏がその後を継ぐことになります。その暁烏敏・多田鼎両氏の信仰についての記述が以下の文章です。

清沢満之亡き後の浩々洞を背負って立った暁烏敏・多田鼎の信仰・思想を一言にして云えば、それは恩寵主義と名づけられ得るものであった。それは暁烏が「先生の御在世の間から特にその後になって、段々と感激的に弥陀を崇拝し、現在の境遇より弥陀の慈悲の存在を説明しようとした」(更生の前後)と述べているように、罪悪凡夫との自覚に於いて、そのような自分がそのまま如来大悲の広大なる恩寵の中に包まれてある、との陶酔的な信仰・歓喜となっていったものであった。多田鼎もまた、「私の論証は追々に実際的の色彩を加えてきました。明治40年前後から、私の精神界を動かしてきたのは、恩寵の思想でありました」と述懐している。

清沢満之の研究 (1957年)P354より)

この高らかな宣言を支えているものは、洞人達の清沢満之への絶対的な信憑、彼によって真に獲信しえたという確信であった。

従って彼らが、「先生の名を、先生の徳を、先生の教えを世に伝える事」(暁烏・更生の前後)を任務として自らに課したのは当然であった。(清沢満之の研究 (1957年)P359)

親鸞会の人に当てはめると「会長先生の仰るとおりの信心を体得した」というものです。また「高森先生の名を、高森先生の徳を、高森先生の教えを世に伝える事が任務である」といっているようなものです。おそらく親鸞会の未来はこのような活動方針になるでしょう。(存在していたらの話ですが)

しかし、先に挙げた暁烏敏・多田鼎両氏の信心は、その後崩壊したと清沢満之の研究にあります。

【暁烏敏氏の信仰の挫折】

大正2年7月号の「精神界」巻頭言として、「権威なき生活内容」との見出しの下に、「私の近来の気分は、人に対し、世に向いて道を伝えるとか、法を述べるとかいう風には慣れないのである。そうしてそんな伝道的な気分が起こると、側面から見ておるところの自己が、汝はどうか、汝は充実しておるのかとあざ笑っていおるようである。自分の学問も、知識も、道徳も、信仰も、いかにも空虚なように思わるるのである」とその心境を綴っている。

【多田鼎氏】

大正三年の田舎生活の後に上京、浩々洞を訪れた彼は、藤原鉄条、清水俊栄等の若い洞人達との論戦において、その恩寵主義的信仰を完全に論破されてしまった。その時、彼から実在的な如来や、その大悲心なるものは消え去ってしまったのである。

暁烏敏・多田鼎の挫折によって浩々洞の恩寵主義は破綻したのである。(清沢満之の研究 (1957年)P366)

このようなエントリーを書くのも、最近飛雲さんより法論を申し込まれたはずの親鸞会渡部弘宣局長が書いたと思われる夢幻界裡の覚醒があまりにひどかったからです。


何しろ飛雲さんの主張を否定する根拠が「高森顕徹先生の御著書」だったからです。これは先に挙げた暁烏氏の「「先生の名を、先生の徳を、先生の教えを世に伝える事」(暁烏・更生の前後)を任務として自らに課した」と同じです。どれだけ「高森会長先生」を持ち上げたら気が済むのでしょうか?

先に謝っておきますが、「無碍界裡」さんがプロフィールにあるとおりに本願寺派の方でしたらすみません。もし違っていたら、コメントでお願いします。

しかし、私の個人的感想としては、2011年10月以来更新がなかったブログが、渡部弘宣局長宛に飛雲さんから法論を申し込まれた時から、突然飛雲さんターゲットの記事を連日投稿しているのは偶然の一致とは思えません。

最後に渡部弘宣局長へ、お願いですから、匿名ブログでちまちまやるのはやめて、法論にまともに返事を書くことをお勧めします。(ちがってたらすみません。トラックバックを送りますので、無碍界裡さんがもし違うというのであればコメントをお願いします)

2011-10-31

「求道していって後生が苦になって食事がのどに通らない、夜も眠れない。そういう心境になってきたら信心決定は近いから、赤飯でも炊いておきなさい。」の出典と講師部合宿について思い出したこと

このエントリーは、4日前に一度書きました。かつて所属していた自分自身の恥をさらすような内容なので、一度書いて公開をするかどうか考えていましたが、過去を清算する意味でやはり公開することにしました。

コメントから情報を頂き、「伊藤先生の言葉ー求道語録ー」から、該当箇所を紹介します。

f:id:yamamoya:20111031164709p:image:w360:left

ある時、わしの寺へ、京都から同行が、仏法を求めてやってきた。「後生が苦になりまして、長らく、総会所で、毎日お聞かせいただいていますがーー」という。「どうして、こんな田舎のわしの所へ来たのか」というと、「頭が聞いても、この胸が聞いてくれません。出てゆく後生が、苦になりましてーー」という。わしの『仏敵』を読んで、たずねてきたのだそうだ。

夕方まで話し込んで、晩ごはんを出すと、メシを四ハイも五ハイも食いよる。「うまかったか」と聞くと、「はい、おいしゅうございました」と、ケロリとしている。後生のゴの字もありませんわ。口先では、聞き覚えの後生だの、苦になりましただの言っているが、実際は、なんの苦もなっていないのですからな。

その晩に泊まって、翌朝、「よく眠ったか」と聞くと、「はい、静かですので、たいへんよく休ませていただきました」と言う。こんな求め方をしている同行は、世間にも、ようけおりますぜ。永年の間に、「後生のマト」が、外れてしまっているのですな。それでいて、自分は、求めているつもりでおる。

「後生に驚きを立てよ」というおことばの中には、深い体験がこもってありますな。(伊藤先生の言葉ー求道語録ー吾勝常晃著P38-39)

元の文章を読まれると分かられると思いますが、「ご飯が喉を通らない」「夜も眠れない」は、「信心決定の前兆」ではなく「仏法を求める心がけ」という内容で語られてます。

この文章を読んで思い出したことは、親鸞会講師部在籍時の「講師部合宿」のことでした。

「講師部合宿」とは、親鸞会学生部(学友部)に在籍していた人で参加したことがある「幹部合宿」のアップグレード版のようなものと思って頂ければ間違いはありません。要するに指摘会合です。

親鸞会講師部どうしで、「問題」(法話遅れや、法話テープの返却遅れ、目標未達成等々)をおこした講師を1人ずつ前に座らせて、200人近い講師部員で指摘し、反省を強要するというものです。かつての連合赤軍が行った「総括」から直接的暴力を除いたようなものです。

その「講師部合宿」では、上記の「伊藤先生の言葉」にそのままの内容が、「後生の問題」ではなく、「問題を起こした講師部が、その問題を如何に反省したかどうか」に使われていました。

一例をあげますと、A講師が問題を起こし、「講師部合宿」で午前中に200名近い講師から一斉指摘をうけるという場面があります。このような場合、午前で話が終わらず(A講師は反省できていないとみなされ)続きは午後に持ち越される場合がよくありました。

昼の休憩時間に、A講師は合宿中に出される昼食を普通に食べました。

午後からの指摘会合で、A講師に向かって、ある講師が叫びます。

「A講師は、昼食を笑いながら食べていました!!本当に反省していたら、食事なんか喉を通らないはずだ!!君は、全く反省していないのか!!」

それに呼応するように他の講師が「そんなの考えられないぞ!!本当に起こした問題を反省したなら食事が喉を通らない筈だ!!」といいます。

そういうこともあってか、私が参加した「講師部合宿」では、「特に大きな問題」を起こし糾弾された講師部員は昼食も夕食も取らないのが、一種の様式になっていました。

同様に、「問題」を起こして糾弾された講師は、「講師部合宿」で同じ親鸞会館に宿泊しても、1人お仏壇の前で徹夜で正座して反省している姿勢を他の講師に示すのが慣例でした。

ちなみに「大きな問題を起こした講師」が、その日に普通に寝ていると翌日。「よくも眠れたものだ。本当に反省していたら夜も眠れないはずだ」と、他の講師部員から一斉に糾弾されます。

これを読まれた方は、「親鸞会講師部はなんとアホなことをしているのだろう」と思われるとおもいます。しかし、これは紛れもない「宗教法人浄土真宗親鸞会講師部」の実態です。まさに、伊藤氏の書かれたように「『後生のマト』が、外れてしまっているのですな。」という状況です。

私が除名になってから2年10ヶ月で劇的に改善したとはとても思えません。

伊藤氏の言葉を、そのまま引用することなく、むしろ悪用しているのが高森会長です。加えて、それをさらに「獲信の前兆」ではなく「親鸞会講師部の資質」に適応しているのが「親鸞会の講師部員」です。

私も「親鸞会講師部」にいたときは、「本当に問題を起こして反省しているなら、夜も眠れない、ご飯も喉を通らない筈だ」と先輩講師からよく聞かされました。

どちらにしろ、「夜も眠れない云々」は親鸞会では、「後生が苦になる・信心決定の前兆」どころか、「親鸞会に対する信順の度合い」として語られていました。

そこから分かる事は、「後生に驚きが立つ」ことよりも「高森会長にいかに絶対的に信順するか」「親鸞会のために如何に身を捧げているか」を常に考えているのが「親鸞会講師部員」だということです。

このエントリーを読まれている方で、当時私が担当していた会員であった人もあると思います。

当時は、このような状況で偉そうなことを言っておりましたことを、この場で深くお詫びいたします。南無阿弥陀仏も、後生も何も分かっておりませんでした。そんなものが「三界の大導師だ」と「使命感」をもって活動していたのですから、本当に恥ずかしい限りです。12年前に講師部になった私にもし会うことが出来たら、何日かかっても「アホなことをするな」と説得したいくらいです。

そんな者でも阿弥陀仏は決して見捨てられません。このエントリーをもし読んでいる親鸞会講師、または会員の人があれば、直ちに会を離れて南無阿弥陀仏を聞いて救われて下さい。貴方が「親鸞会」に縛られることを、阿弥陀如来は望まれていません。

ただ今救うの仰せを疑い無く聞いて、ただ今救われて下さい。

2011-02-28 「行者正受金剛心」の「行者」は善を実行する人と高森会長が主張する

「行者正受金剛心」の「行者」は善を実行する人と高森会長が主張するたった一つの根拠

行者正受金剛心の「行者」は何を行じる人?(メンデルさんのコメント) - 安心問答(浄土真宗の信心について)の追記です。

「行者正受金剛心」の解説について、ブログのエントリーを書いていて、親鸞会在籍時のことで思い出したことをここに書きます。

タイトルの「たった一つの根拠」は、結論から言えば、「会長の自説」であって「親鸞聖人の仰ったこと」ではありません。

私が在籍していた2年前は、親鸞会講師部が毎月一回富山県親鸞会館に集まる支部長会議という行事が有りました。(現在も継続しているかどうかは分かりません。)

その頃は、会長の前で正信偈の解説を講師部員がし、その解説の内容を会長が批評するということをやっておりました。

エントリーに書いた「行者正受金剛心」は、私と他2人の講師部員が担当する行となり、いろいろと自分なりに調べてみました。

調べてみた結果、「行者正受金剛心」の行者は「信心の行者」であり、「廃悪修善を実行する人」という解釈はどこにも有りませんでした。

担当にあたった3人で、会長が以前法話で話をした「廃悪修善を実行するもの」とするべきか「信心の行者」として話をするべきかを、検討しました。


結論は、「間違ったことを会長の前でいうのはよくない」ということで、「行者正受金剛心」の「行者」は「信心の行者」として発表することになりました。

当日は、私以外のある講師部員が会長の前で打ち合わせ通り「行者は信心の行者」という内容で発表をしました。

それを聞いた、会長のコメントは以下のようなものでした。

「行者正受金剛心」の「行者」は、今発表した人が言ったように、本来は「信心の行者」というのが正しい。

だけど、私は「廃悪修善を実行するもの」「この横の線を進む者」と言いたい。

会長がそう言った以上は、全体の空気としてはそれに反論も出来ず、「行者正受金剛心」の「行者」は、「廃悪修善を実行する者」であり「横の線を進む者」ということに親鸞会の内部ではなりました。

今考えると、要するに親鸞聖人は言われていないけれど、私はこう思う」という、ただの自説だったのです。親鸞聖人の教えに根拠は有りません。

「行者正受金剛心」の「行者」を、「廃悪修善を実行する者」という根拠は、ありません。それを主張するたった一つの理由は、「会長の自説」であって、「親鸞聖人の教え」ではありません。

2010-11-25 高森会長の説明責任について考える

高森会長の説明責任について考える

先日、ある本を読み思うところがあったので、エントリーを書きます。

読んだ本は、「加害者は変われるか?―DVと虐待をみつめながら」という本。

加害者は変われるか?―DVと虐待をみつめながら

加害者は変われるか?―DVと虐待をみつめながら

以下は、本の中にあった文章です。

文章はいわゆる無差別殺人や理由の不明な殺人事件で家族を失った被害者の家族が、加害者に知りたいことと、加害者が説明しなければならないことについて筆者の意見が書かれた部分です。

加害者は、被害者と残された家族に対して「なぜ、ほかでもないあなたに」について説明しなければならない。「申し訳ありません」と謝罪しても、その部分は埋まらない。

「加害行為の理由は○○です」「○○だからあなたの子どもを対象に選んだのです」と加害者が述べることが、問いかけに対する答えなのだ。

(中略)それが「説明責任」なのではないかと私は考える。

加害者は変われるか?―DVと虐待をみつめながら」 P192より)

いろいろなブログなどでも指摘されているように、親鸞会で教えていることは、「浄土真宗」とは異なります。仮に、指摘をして、高森会長が「私は間違っていました」と謝罪をしたとしても、それでも心は晴れないだろうと思うところがありました。

なぜだろうと考えていましたが、それについての、1つの答えが上記の文章にあると思い至りました。

私個人として、高森会長から聞きたい言葉は「私は間違っていた」という謝罪ではなく、「なぜ違うことを言うようになったのか」という理由だったのです。

無差別殺人事件のの被害者やその家族が、「なぜ、ほかでもないあなた」を傷つけたのかが知りたいように、私は「なぜ他でもない浄土真宗の教え」を曲げたのかが知りたいのです。

本気で今、親鸞会の会員に話をしていることが正しいと思っているのならば、なぜそれを正しいと思うようになったのだろうか?

間違いと自覚しながら話をしているのならば、その動機は何なのか?何のため今のような話をするようになったのか?

高森会長が、私が聞きたいことに答えることは、おそらく永久に聞けないと思います。親鸞会に元いた人間として、あえて書きますが、「なぜ今のようなことを言うようになったのか」という「説明責任」を果たさない限り、親鸞会への批判はなくなりません。

私個人としては、どうして親鸞会を離れた後も、親鸞会のことを考えてしまうのだろうかという理由が分かったという点で、気づきがあったのは有り難いことと思います。

2010-10-05 救われたら何でも分かるようになると思ってました。

救われたら何でも分かるようになると思ってました。

おさびしやまさんのコメントについて、昨日エントリーを書き、その後思ったことを書きます。

私は、親鸞会に15年間在籍し、そのうち10年間は講師部員でした。

親鸞会では、「信心決定することは一切経を読み破る体験だ」と聞かされて来ました。

阿弥陀仏に救われれば、お聖教に書かれていることが全て分かるようになるのだろうと思っていました。そういうこともあって、お聖教の意味を真剣に読もうという気持ちにならなかったのではないかと、今は思います。

ただ、阿弥陀仏に救われたといっても、実際にお聖教を読んでも何もかも分かるかのように読めることがないことに、最初は驚きました。信心決定といったところで、凡夫は凡夫で有ることには変わり有りません。勉強したこともない仏語が、自動的に分かることはありません。

もしそうなら、阿弥陀仏は「凡夫を学者にしてみせる」という願を建てられたことになります。

現在も勉強中ですが、勉強していない言葉や自分で充分に理解できないところはいくらでもあります。

南無阿弥陀仏と称えさせ、救って下さるという阿弥陀仏の本願は本当に有り難いと思います。これは、賢くなってそう思うのではなく、阿弥陀仏の本願が素晴らしいということなんだと知らされます。

2010-09-15 未信=未完成な信心 ではありません。

未信=未完成な信心 ではありません。

以前のエントリー「人生の目的」=信心決定 ですか?(頂いた質問) - 安心問答(浄土真宗の信心について)を書いた後に思ったことを書きます。

生き甲斐には完成がない(死ぬまで求道)けれども、人生の目的は完成がある、卒業がある、決勝点があると、親鸞会で聞いてきました。

「人生の目的」には、完成があるとしても、信心には完成したということはありませんし、卒業もありません。

ここでいう信心とは「真実信心」のことです。

真実信心は完成したということがないというのは、すでに阿弥陀仏の本願によって成就(完成)しているからです。

未信と言う言葉が、今振り返って思えば、未完成な信心であり、信心決定はその反対に完成した信心ということになっていたと思います。

未完成な信心を、自らの時間や体力やお金(人生の限りある資源)を費やして、完成した信心にするというのは、阿弥陀仏の本願ではありません。

その正覚すでに成じたまひしすがたこそ、いまの南無阿弥陀仏なりとこころうべし。これすなはちわれらが往生の定まりたる証拠なり。されば他力の信心獲得すといふも、ただこの六字のこころなりと落居すべきものなり。(御文章4帖目8通八箇条・註釈版聖典P1179

本願を建てられ、すでにその願が成就したそのお姿が南無阿弥陀仏です。

元々他力の信心は、阿弥陀仏が成就された南無阿弥陀仏が私に働いておられるお姿ですから、私たちの人生における時間や体力をそこに追加しなければ完成しないというものではありません。

南無阿弥陀仏はすでに成就しています。どこかのダムやF館といわれる宿泊施設の建設費用とは違います。

南無阿弥陀仏に疑いを差し挟み、何かを追加しなければならないと思う計らいが不要なのです。すでに完成している南無阿弥陀仏を、疑いなく聞いたのが信心です。

2010-08-14 わたしを、わがひとり子とみられるのが阿弥陀仏(でんさんのコメント

わたしを、わがひとり子とみられるのが阿弥陀仏(でんさんのコメントより)

でんさんよりコメントを頂きました。有り難うございました。

平生業成と聞くと「今生(一生の間)をかけて」と思いがちですが、即ち、現在の一念なのですね。

何としても私達を救いたいから、一念で救う願を成就されたのですね。

この私はいつでも救いの対象であるわけですね。(でんさんのコメント)

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20100812/1281613227#c1281650541

仰るとおりで、平生の救いというのは、一生かけてどうにかできれば万々歳というものではありません。現在ただ今の私を救う本願です。

仏様の目から見れば、現在ただ今の私が救うべき状態の者だと言うことです。

私は阿弥陀仏からみれば、救うべき相手ですが、一般にいう医者と患者のようの関係とは違います。多くの人にとっての一人の救い主ではなく、一人にとっての一人の救い主です。

阿弥陀仏の大慈悲を、一子地と親鸞聖人はいわれています。

平等心をうるときを 一子地となづけたり

 一子地は仏性なり 安養にいたりてさとるべし(浄土和讃92・註釈版聖典P573

一子地については、左訓として

三界の衆生をわがひとり子とおもふことを得るを一子地といふなり」(異本)

と仰っています。

ひとり子といえば、一般では「自分の血肉をわけた我が子」とか「わが命」という人ももあります。

阿弥陀仏にしてみれば、私は、阿弥陀仏の命であり、自分の血肉を分けたもののように見ておられると言うことです。

だからこそ、なにかの手段を講じることができる人や、ある一定基準を満たした人でないと救わないというような本願ではありません。

阿弥陀仏にとって、私こそが本当のお慈悲のお目当てなのです。育てて立派にしたり、成長してから救うような能力は私にはありません。だから、ただ今そのまま救って下さるのです。

2010-08-09 簡単に救われるのはおかしい?について

簡単に救われるのはおかしい?について

前回のエントリーを書いて思ったことです。

親鸞会は阿弥陀仏に救われたことを語る人たちを「体験至上主義」といって非難をしてきます。

阿弥陀仏に救われたと言われる方の体験の真偽はさておき、体験を語ることそのものを問題視する考えの基にあるのは、阿弥陀仏の救いを自業自得(自因自果)の道理で考えているからではないか、と私は思います。

自業自得の道理で救いを考えると、結果として「30年聞いても助からなかった、50年求めても獲られなかったものが此処にきて求まった」と放言する者がいる」ということを、親鸞会内部の講師試験に出題するようになります。

これを自業自得の道理の考え方にそって読み替えますと

「30年、50年と時間や体力を費やしてもえられなかったものが、べつのところではそれほどの時間や体力を費やさなくてもえられた」と放言するものがいる。

となります。

大前提として、時間や体力やお金を投資しないことには、絶対に何も得られないという考えがあります。

「買わねば当たらぬ宝くじ」という考えです。どんなに当たる確率が低くても、買わないことには宝くじは当たりません。

もし「宝くじ買わないのに当たった!」という人が有れば、それはおかしいだろうと誰もが思います。宝くじは買わないと当たらないものだからです。

また、宝くじを買った人ではずれる人がほとんどなのですが、宝くじ売り場にはずれた苦情が殺到したということは聞いたことがありません。これは当選くじの数が非常に限られていることを、織り込み済みで宝くじを購入しているからです。

  • 何年はずれ続けても、買わないことには宝くじは当たらない。
  • はずれを何十年引いても、そもそも当たったことがある人がほとんどいない(知人に1等当たった人は聞いたことが無い)ので、当たらなくても不満はない。

しかし、阿弥陀仏の救いは上記のような宝くじが当たるようなものとはちがいます。阿弥陀仏の大慈悲の必然として救われることです。

川で溺れた人が、近くを通りかかった人に助けられたという話があります。救助された本人が、溺れた人に救助を求めていないのに救助されたと聞いても「おかしい」という人はありません。

「宝くじを買わないのに当たるのはおかしい」という理屈から言えば、「自分で救助信号を出さないのに救助されるのはおかしい」となります。しかし、このように言う人がいないのは、宝くじと溺れた人の救助では話が違うからです。

如来の作願をたづぬれば 苦悩の有情をすてずして

 回向を首としたまひて 大悲心をば成就せり(正像末和讃39・註釈版聖典P606

阿弥陀如来が本願を建てられた御心は、苦しみ悩む者を捨てられない大慈悲によって、回向を第一とされたものです。

回向とは、救助することが第一ということです。

助けて欲しければ、まず何かをしなさいでは、「回向を首」とはなりません。

「簡単に助かったというのはおかしい」という発想は、阿弥陀仏の大慈悲は、回向を首として建てられたことがわからないところから来ているのだと思います。

2010-08-05 善のすすめはあるのか、ないのかという問題に親鸞会講師がものすごく

善のすすめはあるのか、ないのかという問題に親鸞会講師がものすごくこだわる思考を考えてみた

ではKさん、Mさんよ。(以下略)

http://blog.goo.ne.jp/oonokatu21/e/83d09cbc9a3be4f13dec058fdd0c924e

上記のブログは、最近親鸞ブログナビに追加された指定されたページがみつかりませんでした - goo ブログの中の一文です。読んでいるとなんとなくMさんって私のことかな?と思いました。

これについての意見は、

に、飛雲さんが分かり易く書かれていますのでこちらをご覧下さい。

また、観無量寿経については、あほうどりさんが作られたno titleを、ご覧下さい。

善の勧めがあるのか、ないのかということについては、すでに、多くのブログで検証されていることです。

今回のエントリーは、なぜそのようなことをことさら問題にするのかという親鸞会講師の思想的背景についての私が思ったことを書きます。

【本願文の「唯除」を「排除」と読んだから】

自分もかつて親鸞会にいたときのことを振り返り、現在親鸞会の講師をしている人の考えを振り返ると、本願文の「唯除五逆誹謗正法」の「唯除」を「排除」という意味で理解しているからだと分かりました。

「本願にも除かれた者」「ただ除くと、本願にもれたものが私たち逆謗の屍」という言葉をよく聞きました。最初聞いた頃は、この「唯除」の意味がわからず「排除」されたのだと思っていました。そう思う背景には、「親鸞会にいる人は、選ばれた中の選ばれた人」という話も同時によく聞いたからだと思います。

自分は排除された人間だと思うと、なんとか排除されないようにと勤めます。やりたい放題でいいのかと悪を恐れ、善をしなければ救いから遠ざかるような考えは、排除されたくないという考えが根本にあります。

また、元親鸞会にいた人間に対して徹底して批判的または無関心な態度ができるのも、「排除された者」の考えが根本にあります。

元々排除された人間だから、どう扱ってもよいのだという考えになります。悪人は排除されるべき、自分は排除されない方の人間だという考えが、元親鸞会にいた講師、会員に対する徹底した批判、または無関心となってあらわれます。

阿弥陀仏の本願で「唯除」と誓われているのは、決して排除されたのではありません。

「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。(尊号真像銘文・註釈版聖典P644)

五逆、誹謗正法の罪の重さを知らせて、一切の衆生をもれずに往生させるという阿弥陀仏の大慈悲心から仰っていることであって、阿弥陀仏が五逆や謗法の者は排除すると言われたお言葉ではありません。

本願から除くと言われる重い罪を作るような凡夫だから、絶対に見捨てないぞ、必ず救うぞと誓われているのが「唯除」というお言葉です。

罪を作らなくできるならば、作らないような者になりたいです。しかし、それができないからこそ、阿弥陀如来は五逆や謗法の者をそのまま救うと誓われているのです。

見捨てられると思ったり、排除されると思って、悪を恐れ、善に励もうとするのは阿弥陀仏の大慈悲が分からないのです。自分を是として、そうでない人を排除してきた人間には、そのままでよいから救うと誓われた本願分からないと思います。

細い道をひたすら登っていく道は、登れる人も少なくまた、たどり着く人は稀でしょう。その道を降りていったところに、弘誓の仏地は広がっているのです

2010-07-23 三願転入は成功体験談か失敗体験談か?

三願転入は成功体験談か失敗体験談か?

親鸞会では、体験告白は自慢話であり聞く必要は無いという一方、親鸞聖人の三願転入の御文は「親鸞聖人の体験告白」といってよく話をしています。

また、信仰を自分の言葉で語る人には近づくなといっています。

体験告白といっても大きく分けると2つあります。

  1. 私は、こうして成功しました、だからあなたも同じ事をしましょう。
  2. 私は、こうして失敗しました、だからあなたは同じ事をしないでください。

前者の例は、通信販売の健康食品、ダイエット食品の広告文句はこれ一色といってもいいです。

後者は、免許更新の際に見ることがある、交通刑務所に入った人の体験告白です。

「あの日は、急いでいて信号の確認を怠りました。あの時ちゃんと見ていれば」

「あの時は、電話の着信に気を取られ前方をよく見ておりませんでした。あのときちゃんと前を見ていれば」

親鸞聖人の三願転入の御文は、どちらかといえば後者になります。

ここをもつて愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る。善本徳本の真門に回入して、ひとへに難思往生の心を発しき。しかるに、いまことに方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり。すみやかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓(第二十願)、まことに由あるかな。ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。(化身土文類)

「久しく万行諸善の仮門を出でて」といわれるのも「方便の真門を出でて」といわれるのも、それは捨てるべきものであったという意味です。自分はそれまで間違っていたという体験告白です。

そんな間違い者を、見捨てず導いて下さった阿弥陀仏の御恩を感謝し喜ばれている体験告白です。「ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。」と言われている通りです。

阿弥陀仏の心を知らずに、泣かせつづけたてきた者を、阿弥陀仏は見捨てず諦めずに導いて下さっていた、呼びかけて下さっていたという体験告白です。

親不孝をし続けていた人が、「親不孝をして初めて親の心がわかった自分は馬鹿でした」と自分の過去を振り返って告白したとすれば、それは当然「親不孝をするな」ということです。

「善をしようとして助かろうと思ったのは間違いだった」という体験告白は、当然同じ過ちをするなということです。

身近なことで言えば、親鸞会退会者でブログを書いている人で「私は○年親鸞会にいてやっと間違いに気がつきました、だからあなたも○年は在籍して下さい」と勧める人がいないのと同じです。

親鸞聖人のお言葉は、自分はこうだったけれども、ご縁があってこの仏法を聞かれる方は同じ過ちをしてはならないですよというお勧めです。

してはならないといわれたことを勧める人は、親鸞聖人のお言葉を読み間違っているということです。

2010-07-14 親鸞会の講師が教義批判や体質批判に正面から反論しないたった1つの

親鸞会の講師が教義批判や体質批判に正面から反論しないたった1つの理由

このエントリーに書くことはタイトルの通りです。

ネット上では、親鸞会に対する教義批判や体質批判がよくされています。特に教義批判に関して、正面切って答える講師部員がいないということがよく書かれています。

いろいろ言われながら、なぜ彼らは教義批判に正面から答えないのでしょうか?

前から考えていましたが、サッカー・ワールドカップのニュースを見ていて思いつきました。


批判に正面から答えないたった一つの理由とは、彼らは(高森顕徹・浄土真宗親鸞会会長)サポーターであって(チーム親鸞会)プレイヤーではないからです。

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ニュースを見ていると、遠く南アフリカのサッカースタジアムまで自国のチームを応援に行く熱心なサポーターの姿が映されていました。

熱狂的なサポーターは、自国の勝利を信じ、また自国プレイヤーへの批判に対しては、猛然と抗議をします。しかし、いくら熱心なサポーターでも自国のチームが負けそうなとき、自らがピッチに降りてゲームに参加する人はいません。

サッカーというゲームのルール上、選ばれた選手以外がゲームに参加することはできないからです。


親鸞会の講師は、丁度このサポーターと同じで、命がけで応援はしますが、ゲームには参加はしてこないのです。それは、自分がサポーターであるというように自分自身に言い聞かせているからです。

試合に勝てば喜び、負ければ涙をながしますが、試合に勝つか負けるかは、最後はサポーターの力ではなくグラウンドに立つ選手のプレーで決まります。


サッカーならばそれでいいのですが、自らが講師または布教使を名乗りながら、教義批判をされると、サポーター(会長の応援団)となり、自らがプレーヤーとなって批判に立ち向かうという事はありません。最後は、会長が出てきて批判に対抗してくれるということだと思います。浄土真宗親鸞会は、高森顕徹会長の一人チームで、他の講師は何人いても自分自身はサポーターだと言い聞かせています。

だからどれだけ、応援するチーム(浄土真宗親鸞会・高森顕徹会長)が劣勢になっても、彼らはグラウンドに降りてゲームに参加することはありません。


一度外にでた人間から見ると、親鸞会の講師は高森顕徹会長のサポーターではないのです。ちゃんとしたチーム親鸞会というチームのプレイヤーなのです。在籍当時の私は、この違いがよく分かっていなかったと思います。


命がけ」という言葉を、親鸞会の講師はよく使いますが、それは「命がけの応援(サポーターとしての活動)」であって、「命がけの布教(プレーヤーとしての活動)」ではないのです。

サポーターとして、大声を出したり、そろいの服を着たり、スタジアムに観客を呼ぶ努力をするよりも、プレーヤーとしてやることがあるのではないかと思います。

2010-07-10 「できるかできないかは、やってみないとわからない」は「やらないと

「できるかできないかは、やってみないとわからない」は「やらないと悪い結果になる」という暗示

前回のエントリーを書いている途中に思い出したことを、追記として書きます。

質問された方と同じ事を考える人の多くは、

「(19願ですすめられる善が)できるかできないかやってみなければわからない。だからやりなさい」という話を聞いてこられた結果そのように思われる方が多いようです。

ワールドカップで、今回日本チームが決勝トーナメントに進出をし、連日ワールドカップの報道をしていました。

「できるか、できないかはやってみないとわからない」という表現を、日本代表の岡田監督や、選手の口から出ていたの耳にしました。

たしかに、決勝トーナメントのパラグアイとの試合に勝って、ベスト8進出「できるか、できないかはやってみないとわからない」ことです。

「やってみないとわからない」というのは、まだ決まっていないこと、可能性のあること関して使う言葉です。また「やること」が、いづれにしろ結果に対しては絶対必要な条件となる言葉です。サッカーの試合に関しては、確かに試合をしないと勝つも負けるもありませんので「とにかく全力で戦うしかない」となります。

「やってみないとわからない」というのは、「やらないと確実に悪い結果になる」というときに使う言葉です。これも一つの暗示の言葉です。

日本代表とパラグアイとの試合が終わった後に「やってみないとわからない」と、監督も選手も言いません。

親鸞聖人が繰り替えし、教えて下さることは「善ができるかできないかは、末代の凡夫にはやる前から分かっているのだから、本願力に早く救われなさい」といわれているのです。

本当に助ける働きのある南無阿弥陀仏を勧めておられます。

言い方を変えれば、「できるかできないかという考えを早く離れて、南無阿弥陀仏に向きなさい」と勧めておられます。

助かる道が、私の行の中にないのですから、どれだけ積み重ねても往生は必ず不可です。南無阿弥陀仏にのみ、私を助ける働きがあるのです。

現在阿弥陀仏の本願に救われようと話を聞きに来ている人に、「あなたは、本願を聞きに来ているが、本当は自惚れているのだから、まずその自惚れ心を正すために善を実行してきなさい」と、親鸞聖人は仰いません。

阿弥陀仏の立場に立てば、そのような心になり、ただ今本願に救われようと思った人を門前払いするような真似をなさるはずはありません。

十劫の昔から、追いかけて呼びかけて下さっているのですから、さらに私に何か試練を課すような真似はされません。されないからこそ、ただ今の救いなのです。

2010-04-02 真宗凋落の原因は歎異抄の誤読という親鸞会の歴史観について思うこと

真宗凋落の原因は歎異抄の誤読という親鸞会の歴史観について思うこと

【インフォシーク】Infoseek : 楽天が運営するポータルサイトという記事を以前読みました。

親鸞会にいたころに、今日の浄土真宗が葬式仏教法事仏教になってしまった理由として、以下のような事を聞いてきました。

  1. 明治時代に歎異抄が広まった。
  2. 歎異抄の悪人正機を読み誤った
  3. それにより明治以降、善を勧めなくなった。
  4. そのため布教する方も、聞く方も意欲もなくなり、真宗は衰退した。

これがいわゆる親鸞会の中の真宗史観です。

先日、代々寺の総代をされている方から戦前の寺の様子をお聞きし、直接的な原因は、悪人正機の読み誤りとはいえないのではないかと思いましたので、そのことを書きます。

以下、その方から聞いた話。

戦争が終わるまでは、多くの寺の経営は、門徒の方からの田地の寄進を受けその農地を小作人を使って耕すことによって成り立っていました。寺の多くは、昔で言う地主でした。私の家の古い記録にも、田んぼ何反寄進したという記録が残っています。

ところが、戦争がおわりGHQの農地解放政策によって、小作人を使った農業の経営が出来なくなり、それまでの収入源がなくなった寺は、幼稚園を経営したり、公務員や、教師と言った兼業をするようになったんです。

歴史のこういう一面は教科書には載らないんです。

時代のある時点で、急に寺での布教内容が変化して、話を聞きに来る人がいなくなったという見方は非常に偏っているように思います。

上記の話を伺って、現在の浄土真宗の現状を別の側面から見てみると、以下のようになります。

  1. 戦前の寺の経営は、小作経営によりなりたっていた。
  2. そのため、法話、説教だけで成り立つ寺は少なかった。
  3. 戦後、小作経営による寺の経営はできなくなった。
  4. 収入源として、幼稚園経営する寺や、教師、公務員になる住職が増えた。
  5. 結果として、門徒の方を教化する時間が戦前に比べて激減する寺が増え、現在に至る。
  6. 葬式や法事が主な収入源となる。

これは経営的な面でみた場合の見方ですから、これだけが原因というわけではありません。

ただ、浄土真宗の教えが今日の人にとってみれば、少し遠い存在になってしまっているのは残念なことです。

なんとか現在の人が聞いて、分かるように伝えなければならないと思っております。

2009-09-18 安心問答を始めた理由と、真宗の「高速道路」について考える

安心問答を始めた理由と、真宗の「高速道路」について考える

KSANNよりコメントを頂きました。有り難うございました。

『安心問答』は、親鸞会の講師部でブログ作成を推進された時の試作として始められたものだ、と二人の現役講師から聞きました。

講師歴30年以上の超ベテラン講師方のセリフですから、講師部の上層部ではそういうことにしているのでしょう。

先生御自身、安心問答を読んで(勉強して?)いるとの話もあるので、説法の内容もここ最近は相当気をつけている様です。(KSANNのコメント)

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20090914/1252927542#c1253228854

質問ではないのですが、現在親鸞会ではそのようにいわれているのだということを初めて知りました。

私がこのブログを始めたのは、親鸞会の講師部でブログ作成を推進された時期ですが、試作として作ったものではありません。元々匿名で始めたのは、清森問答にコメントをされた「元自称福徳会員」さんの発言内容に対してブログ上で反論を展開するためだったからです。


その清森問答でコメントをされた内容が、そのとき親鸞会会員の方が、支部長に質問したものと同じ内容だったようで、私もどこかで耳にしたことがある内容でした。誰がコメントをしたのかはわかりませんが、その元自称福徳会員さんの質問に対してついたコメントが、「本願寺なぜ答えぬ」をそのまま貼り付けたようなもので、十分な回答になっていませんでした。

その元自称福徳会員さんになんとか、親鸞聖人の教えを分かっていただこうと思いました。しかし、質問内容に正確に回答しようと思うと、いわゆる「親鸞会教学」の枠をどこかで外れないと回答することはできないと判断し、親鸞会内部では誰にもいわずに始めました。


親鸞会の講師部という立場上は、「なぜ答えぬ」などで定義された「善のすすめ」とあわないことを書くと「教義違反」とみなされます。当時は、親鸞会から離れた人(または除名された人)の話を、親鸞会の内部にいる人はなかなか耳を傾けることはないという現実をよく知っておりましたので、なんとか親鸞会内部にいるという立場で、有縁の方に教えを伝え、なんとか真実信心を獲得して頂きたいと考えておりました。

その後、親鸞会を離れることとなりましたが、このブログ親鸞会内部の人で読まれている方があれば、それはそれでよいことだと思います。

以前読んだウェブ進化論という本に、将棋の羽生善治名人がインターネットの登場を、このように言っていたのを思い出しました。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気にしかれたということです。でも高速道路を走りぬけた先では大渋滞が起きています。」

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)より)

将棋の世界では、ITとネットの進化によって、若い人は過去の棋譜をどんどん学び、プロの一歩手前のレベルまでもの凄く早いスピードで到達できるようになったそうです。これを羽生名人「高速道路」と表現しました。そういう中で、名人として勝ち続けるのはまた難しいそうです。

浄土真宗の布教、または教えを聞く際も、この高速道路の波がやってきたのだと感じています。親鸞会に限らず、勉強をする気のある人なら、昔のちょっとした布教使レベルの学問はすぐに身につく時代です。

ネット上で教義的な批判があちこちでなされているのも、以前ではそれなりに専門の勉強をしなければわからないことが、高速道路が敷かれたことにより、多くの人がわかるようになったことが原因です。

そういう時代にあって、布教する立場の人間は、昔の布教使以上に勉強をする必要があると感じています。仏法を聞かれる方は、高速道路によっていろいろ勉強しておられます。文字だけであらわせない、真実信心を獲得していなければ、布教使も、知っているだけではなおさら務まらない時代になりました。

本来そうなのですが、なおさら自信教人信でなければならないと思います。