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yamasanの日記

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2016-06-01

小太郎さん

10:17 |

 最近八王子花柳界が新聞やTVで紹介されているらしい。

 八王子花柳界のはじまりは、江戸時代甲州街道宿場町として栄え、明治以降に織物の町として発展したことによる。

 で、元職場の仲間と御目見えに行ってみた。

 八王子でいちばん新しい置屋「菊よし」の女将をしている小太郎さんは、新人のくるみ(わずかに18歳)さんと登場。

 小太郎さんの三味線で踊るくるみさん。

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 こんなことは初めてだが、きっとこれで終わりだろうな。

 因みにお一人二時間で二万円だから、十人で行けば一人二千円也。

オコックオコック 2016/06/01 11:59  ほーっ、豪華だね。一人、2000円だなんて、金額の問題ではない。風情を味わう「心」の持ち方だ。
 子供の頃、志賀薬局の裏に料亭「入船」があった。漁師が利用してた。今は、もうないが中川イセさんもそこにいたのだろう。ワシの人生には何のかかわりもない。

 ところで、今は毒蛾の幼虫と格闘中だ。バラ科の植物を好む。我が家の庭には、バラをはじめとして、ラズベリーが繁茂しいる。プランターにはイチゴだ。これらに例の黄色と黒の縞模様の幼虫が丸々と太ってノサばってる。割り箸でつまみ、空き缶に入れ、灯油を垂らして荼毘にふす。しかし、きりがない。こうなったら、毒蛾が全滅するか、ワシが倒れるか…、二者択一だ。

うめうめ 2016/06/01 23:03 ご無沙汰しています。昨日はありがとうございました。
ヤマジイの郷土史研究家としての別の顔に触れることができ、ジイへの尊敬の念をさら強めた次第です。特にうめの郷土の偉人板垣退助氏がビトンを買って悦に入るといったへたれな側面をもっていたという話は新発見です。

なお、うめは「くるみちん」のファンになりまた。宝くじあたったら通います。
訂正一つ。ルサンマルチン→ルサンチマン 死ぬほど恥ずかしいです。意味不明なからみ大変失礼しました。

虫の増える季節。先週は巨大ヒルを塩で今週は巨大むかでを殺虫剤で殲滅しました。無用な殺生を。。。と眉をひそめる人もしたが、うめにはたえることができなかったです。

しまった

yamasan19yamasan19 2016/06/02 05:04 二人にコメントしてもらえるなんて滅多にないのだが、どちらも虫が嫌いらしい。虫を退治するには天敵を使うしかないので、天敵を使うとその天敵を更に天敵で退治しなければならなくなる手間を省いたらしい。
ルサンチマンね❗また一つ勉強したので、ワシの天敵は権力と観念して、怒り続けるとしよう。

2016-04-09

農地が…。

11:53 |

 我が家のすぐそばにある農家の庭に咲く桜がきれいだ。枝垂桜が咲く家の庭だ。

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 この農家の植木畑が宅地に転用されている。老齢化の中で、相続が発生すると相続税納付のために農地を売るため、我が家の周辺でも農地がどんどん消えている。

 都市に農地が有ることの意味は少なくない。

 固定資産税の抜本的軽減と納税猶予が欠かせない。

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オコックオコック 2016/04/10 14:20  「蝦夷山桜」しか知らないワシにとって、枝垂桜は羨ましいほど豪華だ。桜を初めて意識して見たのは、高一の時だ。生物の時間に、桜を一輪、手に取ってノートに写生する時間があった。眼鏡を買ってもらったのは、中学生になってからだから、その頃は、桂ヶ丘公園は生活圏外だ。
 学寮を出て、西武新宿線の都立家政に住んでたことがある。大きな漬物工場があり、桜の枝が塀の外にはみ出していた。目の前に迫っている桜の花を見て「きれいだなぁ。」と感嘆したのをおぼえている。これも、やはり桜の花を一つ二つ、目の前で見ている。
 てな訳で、ワシは桜を近視眼的な見方しかしてないようだ。日本人にとって心の故郷である桜を「特攻隊」と結び付け、人殺しを煽(あお)るような世の中にはなってほしくない。

2016-03-03

それにしても

09:39 |

 週間朝日によれば「支持率わずか3% 各地の農協組合長」と言う。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160302-00000000-sasahi-pol

 にも関わらず、次の参議院戦に自公認を得て出馬する現役の組合長がいる。

 これってどういうことなんだ?

 佐高信氏の発言から言っても、精神分裂を起こしているとしか思えない。

http://www.jacom.or.jp/noukyo/news/2016/02/160216-29150.php

 安倍政権は本気で「農協潰し」に取り掛かっているのに、何を考えているのやら。

 それにしても、こういうことだからいつまで経っても与党に馬鹿にされて良いようにされている。

 自分で自分の首を絞めるようなことをするのはもう止めなきゃ。

 協同組合は政治的に中立であることは、その成立以来の原則なのに。

オコックオコック 2016/03/03 10:18  理解に苦しむ現象は、日本独自のものらしい。「これがこうだから、こうなる。」だから、「こう、しよう。」とはならないのが、日本人の行動パターン。これだもの、戦争はなくならないし、韓国や中国から横目で見られる。現実にアブの珍ゾーは憲法を変えて戦闘行為に突き進もうとしている。
 天下の農協組合長が、こんなザマだもの…、一般国民をや。…ムスッ。

2016-02-24

10年間ありがとう

14:14 |

 あれから10年が経った。

 あの夜、どうにも排尿ができなくなり多摩丘陵病院へ駆け込んだ。採尿をするというので何とか出したものは真っ赤だった。

 翌日、泌尿器科福島先生に訳を話すと即座に「それ、癌ですね。直ぐに手術しましょう!」

 とは言え、まだ現役の身なので1週間の猶予を貰い手術室へ。

 あれから満10年。福島先生の適切な手術と治療のお蔭で、今日まで再発することなく生きてきた。

 「あんなに大きな腫瘍は見たことがない。あなたはラッキーですよ!」と何度も言われた。

 もう再発しないとは言えないが10年で一区切り。

 「本日をもって卒業ということにしましょう。」という福島先生の言葉をいただき病院を後にした。

 福島先生、10年間ありがとうございました。

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オコックオコック 2016/02/25 10:40  そう言えば、そんな事もあったっけ。すっかり、忘れてた。ご隠居さんは「癌持ち」だったんだ。茶化している内に、だんだん忘れてしまった。
 もう70歳に手が届くようになったんだから、もう少し真面目になろう。とは言うものの、根が「おっちょこちょい」だから、どれくらい改まるか分からん。
 あと10年、騒ぎたてたいものだ。とりあえず8月の選挙だ。その前の補欠選挙では、共産が「大人」になってくれたので、反自民の勢力を一本化することが出来た。問題は8月だ。

2016-02-08

笠井先生のこと

21:21 |

 大学時代の恩師である笠井文保先生について。

 我が大学は1年生からゼミがあり、私は偶々笠井ゼミの所属となったのだが、以来4年間薫陶を受けることとなった。

 在学中は言うまでもなく、卒業してからも私の人生に大きな転機と影響を与えてくださったのが笠井先生だった。

 

 就職、結婚、その後も折々にお宅に伺い、奥様の手料理でもてなしていただいた。

 ここ数年、賀状が来ないのが気になっていたが、このほど奥様の名で「昨年十二月に逝去」という挨拶状が届いた。

 

 去年の六月にゆうたろう君と会った時に「笠井先生はどうしてるんだろう」という話をしたが、その時に連絡しておけば良かったと思った。

 長女のゆうこちゃんが、今奥様の介護をされているそうだ。

 また一人、大切な人を失ってしまった。合掌。

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オコックオコック 2016/02/10 11:26  「諸行無常」の世でござる。惜しい人をなくされたようで…、これぞまさしく「残念」と言うべき。願わくば、ワシも惜しまれる人になりたいものよ。
 ワシは4人兄弟だが、次兄が、永く住み着いていた米国を引き払い帰国した。茅ケ崎に家はあるのだが、孫の世話をするため、調布のマンションに住むことにした。「雪まつり」を見てみたいと云うことで、先日、札幌に来た。一緒にオルガンコンサートに出かけ、洋介(鷹觜)とあった。彼の話によると、兄が夏休みに帰省したとき、勉強を習ったそうだ。兄貴は、そんなことはすっかり忘れていた。
 人は、何処でどんなつながりがあるか…、こんなことが小説になるんだろうな。

オコックオコック 2016/02/12 09:53  洋介が勉強していた頃、ワシは勉強の「べ」の字もしてなかった。兄貴の勉強する姿を見ていたが、寝そべって「子供の科学」や「初歩のラジオ」「無線と実験」などを読んでいた。
 雪が解けたら、また散歩に出るとしよう。今は深い雪の中の「クマ」だ。

Shizuoka.mShizuoka.m 2016/02/16 23:17 私も訃報のお葉書をただきショックを受けてます。
今の私があるのは笠井先生のおかげだと思っています。卒業してからも本当にお世話になりました。
年賀の挨拶を今年で最後に数年前に賀状をいただいたので、出すことも控えてしまった事を後悔しています。
同じ学年のゼミの生徒達との連絡のやり取りもないので、この悲しみを共有できる人もいなく、ただただ悲しんでいました。
本当に私の人生の中でも大きな存在でした。葬儀はもうすでに済んでしまっているとの事だったので、せめてお墓参りにだけでも行きたいのですが、墓所とかわかりますか?

yamasan19yamasan19 2016/02/17 03:52 まだ納骨されていないそうです。
せめてお線香と思っていますが、行きそびれています。山西