Hatena::ブログ(Diary)

英語の読書でやりなおし

2010-08-06

多読と精読

英文を読むときに単語の知識と文法の知識が必要なのはいうまでもありませんが、どれだけ必要かという点では両者に大きな違いがあります。

ここで“文法”といっているのは品詞分解や書き換えをするための知識ではなく、英語は主語+動詞の順番になるとか助動詞の後は原型の動詞は原型がくるとかそういう基本的なルールのことです。


1.分からない箇所を飛ばしたときの理解度

単語は分からなければ、そこだけ飛ばして読んでもなんとかなる可能性が高いです。

文法は、全ての文章に共通して何度も出てくるので、分からない文法事項を読み飛ばすと文全体が理解できなくなります。


2.分からない箇所の調べ方

分からない単語は辞書で調べることができますが、分からない文法項目を調べるのは難しいです。

分からない文法事項が含まれているせいで英文を理解できない場合、そもそも文法のせいで英文が読めないということ自体に気付かなかったり、文法書のどこを調べれば解決するかも分からないことが多いからです。


3.必要な知識量の違い

単語や定型表現はどれだけ学習したとしても、さらに続々と知らない表現が出てきます。

これに対して文法は、一通り必要な知識量に限りがあります。


多読と精読

多読と精読はよく対比され、最終的にはどっちも平行してやりましょうというありきたりな結論になることが多いようです。

ただ、多読・精読というのはそれぞれ人によって定義が違うので、ここでは単純に分からないところを調べるのが精読、飛ばしてもいいのが多読ということにします。


さて、多読は英文中の分からないところをスキップして分かるところだけ読んでいく方法です。

したがって、自分が理解できる箇所が少なければ、多読をする以前にそもそも英文を読めません。

また、知らない単語はそこだけ飛ばせは良いのですが、分からない文法事項がでてきたらそうもいきません。

いったい文法書のどこを調べたらいいのか見当もつかないことが多いからです。

つまるところ、「この文は個々の単語の訳を繋いだだけでは意味が通じないから何らかの未知の文法事項が含まれているな」と推測してさらに文法書の該当箇所までたどり着くのは、至難の業なのです。

したがって文法という視点から見ると、最初に文法の知識がある程度ないと多読できないということが言えます。


言い換えると、文法面で精読しなくても理解できる文章が多く含まれていないと多読できないのです。

多読は飛ばし読みありの読み方なので、調べなくても理解できるところ(=精読不要なところ)だけを読むことになるからです。


単語に関して見てみると、多読は精読よりもたくさんの英文を読むのでそれだけ多く英単語を覚えられるように思えるかもしれません。

しかし、実際は知らない単語はスルーするためなかなか単語力は増えません。

一方精読の場合では知っている単語は増えますが、多読に比べると同じ時間で読める英文の量が少ない分、理解度の深まるのも遅いことになります。


文法・単語の勉強をしなくても多読で自然と身に付く、というのは幻想です。


多読は簡単なもの・精読は難しいものを読むといい説

よく、多読用の教材は自分のレベルより下の簡単なものを使い、精読用には難しいものを使うと良いという意見を見ます。

これも少し違うと思います。


簡単な英文を多読すると良いのではなく、普通は簡単な英文しか多読できないのです。

そこに選択肢などないのです。

また、精読には難しい英文を、というのもおかしな話です。

おそらく受験で難しい英文を精読するところから考えて、「精読=難しい英文」という図式が出来上がっているんでしょう。

しかし、簡単な英文を多読することに慣れていない段階で難易度の高い英文に手を出してもなかなかうまくいきません。

なぜならせっかく精読で難しい単語を調べても多読している文章でなかなか出会わないので記憶に定着しません。

また、文法面で自分のレベルより難しい英文を精読するのは、やったことがある人ならわかると思いますがとても厳しい作業になるからです。


英語の基礎ができて多読を始めたら、3ヶ月で簡単な文ならスラスラ読めるようになる人もいれば1年やってもそんな気がしない人もいるでしょう。

そこで初めて精読など別の方法の出番になるわけです。

多読をやってみて、結果は出たけれども足りないところは精読でないと補えないと気付いたり、逆に結果が出なくてやり方を変える必要があるから精読を取り入れたりするのだと思います。

このバランスは人によって・学習状況によってそれぞれ異なるので、例えば多読用には自分よりレベルが2段階下の教材を使い精読用には英字新聞を読むと良いとか、はたまた多読と精読の割合は7対3が良いとかそんな風には表すことができないのです。


実際に自分で多読・精読をやってみた人は必ず自分なりの感触を持っています。


30歳からの独習英語

http://www.oh.jful.jp/~oh111x/reading_new.htm


英語上達完全マップ

http://homepage3.nifty.com/mutuno/05_training/05_training04.html


ペーパーバックで英語学習

http://www5a.biglobe.ne.jp/~dabomb/english_paperbacks.htm


こうした感触は、工夫や試行錯誤があるので必ずしも耳当りがいいものとは限りませんが、非常に共感できるし参考になります。

そこに7対3とかそういう実践に基づかない分かりやすい数字は決して出てきません。

多読が軌道に乗ってきたら、できれば機械的で分かりやすい話に惑わされずに多読を続けて欲しいと思います。

へ?へ? 2011/01/15 05:58 そのアドバイスを書き込んだ人にとっての「感触」が「2段階下」や「7:3」だったんじゃないの?
それに、学習者向けに編集された書物であれば意図的にそのようなバランスを生み出すことは可能である。
それらの便利な本を使わないのは学習者の「プライド」がそうさせているからである。
「今さら日本人向けの精読本なんかくだらない」って心の何処かで思ってるでしょ。

で、貴方がやってるような揚げ足取りの行く付く先は結局「人それぞれ」という思考停止の境地。
だったら勉強法を論ずる意味などない。自分だけの「感触」を頼りにただやればよい。

yamashiro109yamashiro109 2011/01/15 15:26 コメントありがとうございます!
議論することで論点がはっきりしてくるのはとてもいいですよね。

1点目。
「精読本なんてくだらない」とは全く思っていません。
むしろ、多読だけで英語が上達♪という人は間違っていて、学習のどこかの段階では必ず精読をしないといけないと考えています。
自学自習する上では精読本は必須だという記事も書いているのでぜひ読んでください。
http://d.hatena.ne.jp/yamashiro109/20100902/1283440442〔精読はできて当然なのか〕

2点目。
人によって学習背景も違えば学習過程も違いますよね。
私は学校で精読の仕方を教わった後で、社会人になってからGRから多読をはじめたらスムーズに英文が読めるようになりました。
ここで、そうした背景・過程に言及することなく『GRの多読さえすれば英語なんて簡単だよ♪』と言ったらこれは誰かの役に立つ勉強法でしょうか?
『多読と精読の割合は10:0』だと言ったらだれかの役に立つ有意義な「感触」でしょうか。

各学習者が自分の学習過程を記す中で「2段階下の難易度」だと効果があった、と言えばこれはとても参考になります。取捨選択は情報の受け手に任されるからです。
しかし、そういった個人的な経験の文脈なしに『とにかく多読と精読は7:3が自然とバランスがいいですよ』と言われればこれは害しかありません。


へ?さんは「人それぞれ」と聞くと『英語学習には何ら有効なやり方はない』と言われているように感じるのだと思います。
しかし「人それぞれ」というのはそういうあきらめではありません。
「人それぞれ」というのは、他人の学習履歴と自分の学習履歴を照らし合わせることで、すでにある学習方法の中から自分にとって有効なやり方を自分なりに自分の頭で試行錯誤しながら主体的に探していく学習そのものです。
この過程を踏むことなく、口を開けて上を見ているだけで誰か英語の達人が素敵な英語学習法を与えてくれる、と思うことが思考停止であり、また自分が与えてあげられると思い込むことが思考停止の境地です。

julikayabjulikayab 2015/04/21 10:21 こんにちは!樹莉花と申します。以前から、リーディングは英語学習、英語力向上に必須だと信じていました。貴ブログは、考えさせられる記事でした。私自身は多読→精読→多読というサイクルで実施しています。他の記事も色々勉強させていただければと思います!それでは!

yamashiro109yamashiro109 2015/05/09 22:48 コメントありがとうございます!
もはや読んだ本の感想文すら更新できなくなっていますが、英語の読書自体は途切れることなく細々とやっていきますので、お互い頑張りましょう!

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

リンク元