2012-02-08
現代歌人ファイルその174・都築直子
都築直子(つづき・なおこ)は1955年生まれ。上智大学フランス語学科卒業。1989年に小説現代新人賞を受賞して小説家としてデビューした後に、短歌に転向した。「中部短歌」で春日井建に師事したのち、現在は「日本歌人」に所属している。第一歌集「青層圏」は現代歌人協会賞と日本歌人クラブ新人賞を受賞した。
都築はスカイダイビングのインストラクターという一風変わった職業を経験しており、それを生かした歌を作っている。
高層の壁の真下にわれ一人のけぞるやうにいただき仰ぐ
足もとより空に直ぐ立つ垂線をふたつまなこに追ひ飽かずけり
緋の色はあらはとなりて壁面に立ちあがりたるけふの朝焼け
垂直の街に来る朝われらみな誰か生まれむまへの日を生く
ひきしぼりたわめたるもの一瞬にときはなちたり光のなかに
くれなゐの光を引いて落ちゆけば闇の底より夜せりあがる
いずれもスカイダイビングの歌である。普通では得られない「飛行者」の視点を、いきいきとした修辞で擬似的に体感することができる。実景としての飛行が歌われているわけだが、抽象的な言葉を用いることでメタファーとしての飛行とも読めるよう意図していると思えてくる。
第二歌集「淡緑湖」はスカイダイビングの歌そのものは見られなくなるが、「空」のイメージを巧みに使いこなすところは変わらない。
日照雨(そばへ)ふる芋の葉群にやはらかに虹のくるぶし降りたてりけり
傘下げて夏の階段のぼりゆけば空の手前で左へ折れつ
墨東の暁天(あかときぞら)に雲立ちてフラミンゴの群れあらはれにけり
みづからのG(ジー)にあるいは耐へかねて大いなる日はビルにめりこむ
ばらばらと飛行機のおと近づいてたからもの降つて来る、きらめけるビラ
球体となりて pop の po の音はわがくちびるのへりを飛び立つ
縦横無尽という感じだろうか。並の歌人であればほんの短い距離の垂直変化でしか「空」のイメージをつかめないところを、都築は縦に横に大きく動き回れる想像力を保持している。それはスカイダイビングの経験ばかりではないと思う。おそらくは幼少時から飛び回ることへの憧れが強く、スカイダイビングも短歌も、「空」のイメージにより肉迫するために選びとったものなのだろう。
くるしみのイエスの頬を見てゐしがふとも絵の具の隆起みてをり
暮れがたの鬼灯(ほほづき)ひとつ手に置きぬ落日よりも大きこの玉
金色(こんじき)のしづくなるべしゆるやかにわが軒を打つ半夜、はるさめ
火のおもて火のうらがはと思ふまで青ふかくあり紫陽花領は
ベランダに立つてゐる羊歯 夜ならば新月ならばわれならば飛ぶ
ひつじ雲ひろがる宵は笛提げてあゆみゆくべし橋詰のさき
海だつた日々のよろこび告げたきかわたしのうへに雨が来てゐる
春日井建門下の歌人であるが、師の持つ耽美性や西洋的美学はそれほど受け継いでいない(尊敬は非常にしており、オマージュの歌はある)。都市の日常や発見の歌が作風の中心を占める。しかしそれらの歌にもどこか異世界との境目のようなものを見つめる姿勢があるようにも思う。師の美学に過度に染まることなく、方法論をしっかりと受け継いだタイプなのだろう。まるっきり師匠のコピーとなってしまうより、都築のように自らの方法論をしっかりと持てる方が、ある意味ではより師の意志を継承しているといえそうだ。
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2012-02-01
現代歌人ファイルその173・本多忠義
本多忠義(ほんだ・ただよし)は1974年生まれ。山形大学教育学部卒業。「かばん」所属。2005年に歌集「禁忌色」を出しているほか、2冊の詩集も出版している。宮城県在住の歌人である。
冬が来る前にいつかの坂道で坂道であなたに触れてぼくは壊れた
どちらからともなく一番星を指す上手に笑えなくてもいいよ
校庭が見えないほうのベランダで許されたいなら星を数えて
ありふれた激しい雨に邪魔されて口笛はまた「レミ」でかすれる
泣きながら夢を見ていたあの空が混ぜてはいけない色に変わって
指差した雲は幼く夏空の綻びをまた許しきれない
昨日から降り続く雨投げやりな矢印どおり文学館へ
歌集題の「禁忌色」とは美術用語で、混ぜ合わせると汚い色になるため混合を避けられる組み合わせのことだという。しかし本質的には、「禁忌」という言葉が持つ「罪」の側面に着目した命名であるように思う。混ざり合ってはならない二人。許されない二人。倫理的な何らかの禁忌を犯していることを自覚しているような歌が、切ない喪失感とともに並ぶ。
いつか目の覚めない朝が来る日までぼくらは星を数えなければ
壊されてゆく病院にだらしなくぶら下がっている十字斜めに
白壁を染めて広がる影法師「もういいよ」とか「もういいや」とか
できないのではないしないだけふたりきりの教室加湿器の音
約束を破ってばかりいる君に期限の切れた夕陽をあげる
ひとつだけ足りないそれでいいような気がする壁のジグソーパズル
傷痕が疼きはじめる呼んでいる切り裂いている飛行機雲を
否定の「ない」が含まれた歌が多いあたりに、欠如や喪失から抒情を生み出そうとする志向があることがわかる。「解体された病院」というモチーフが登場する歌が複数あり、本多の内面において悲しみのシンボルとして何らかの意味を持っているようである。
もう二度と子供の産めない君を抱く世界は思ったよりも静かで
片親の生徒の自殺を知った夜ずっとトイレで爪を見ていた
ばかばかと言われたけれど難しい名前をきみは覚えてくれた
二人いた息子はパンを焼かないでどっちも自衛隊に入った
記憶から追い出していた青になる乾きはじめた坂の途中で
従順なぼくはそうして雲を見るあなたが家族の話をするたび
これらの歌は決して秀歌というわけではないが、本多が抱えている傷と喪失感を探るヒントになっているように思う。本多の歌は作中主体やそれを取り巻く状況は意図的にぼかされているようだが、決して淡くはない。輪郭はむしろはっきりしている部分が多いようにすら思う。「禁忌」を犯し続け「罪」の意識を抱き続ける人々の生きざまが、抽象化されて描かれているのだろう。
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2012-01-25
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角川「短歌」2月号の「若手歌人による近代短歌研究(二)」にて、石川啄木について寄稿しました。
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現代歌人ファイルその172・細溝洋子
細溝洋子(ほそみぞ・ようこ)は1956年生まれ。名古屋大学文学部国史学科卒業。1989年「心の花」入会。2006年、「コントラバス」で第18回歌壇賞受賞。歌集に「コントラバス」(2008)がある。
口語と文語を適度に混じらせたソフトな作風であるが、やわらかで明るい雰囲気のなかにどこか不穏さが漂い続けている。それは、この作者独特の離人感覚にあるように思う。
スクランブル交差点斜めに渡るとき高層の窓にわれの目のある
「はい?」という口癖指摘されてより私はわたしの言葉見張りき
地下駅の鏡に映る一瞬が見知らぬ人にとってのわたし
選ばなかった側から見えるこちら側いくつの影が滲むのだろう
筆名を持たばあるいはわたくしに響くコントラバスの低音
アンケートまた頼まれて名前なき私がえがくいびつなる円
少しだけ背伸びしてみる春であるあなたから見える私だろうか
「他者から見えるもう一人の私」というモチーフに非常に執着している。視点が他者に移動する、それだけのことでまるで異世界にワープしたような認識を持っている。やわらかな言葉の向うに、常に自己客観視を自らに対して律しているような神経質さがあるように感じられる。
誰のせいでもないという嘘 対岸のすすきが散らす光見ており
次々に芯が出てくるえんぴつの芯、と私を思う日のある
俺という一人称を持たざれば伝えきれない奔流のある
窓から窓へ紙飛行機を飛ばすように少し無理して伝えたいこと
不等号のいずれが開く我らかと手を振る人に手を振り返す
感情の蛇口ゆるみてほたほたと零るる場所にときおり戻る
自分の名前だんだん好きになることは何かが細くなってゆくこと
約束は美しくない花束のようで やっぱり渡せなかった
ときにあふれそうになる自分の感情を、伝える手段がない。適切に処理する方法がわからない。そういった苦悩の中を生きてきたことが、独特の離人感覚につながっているのではないかと思う。自分をコントロールしたいという思いと、コントロール出来ないままの自分を誰かに受け止めて欲しいと願う思いのはざまで、言葉が生まれているのだろう。
速達を出してそこだけ早くなる時間の帯を思うしばらく
夜のポストにしばらく立てり静まりて他の封書になじみゆくまで
とおり雨その美しき響きもて過ぎ去るものを目を閉じて聴く
羽根あると思う手紙とそうでない手紙とありて同時に来たる
パスワード忘れて取りに戻れない記憶のように昼の三日月
雪となるまぎわの雨を受け止めて水の花咲くフロントガラス
鳥の群れいっせいに向きを変えるとき裏返さるる一枚の空
また、比喩によって世界を的確に把握する技術にも非常に優れた歌人である。複数の「自己」への苦悩をいったん押し戻し、同じように客観的な目で見る世界。そこはたくさんの驚きと喜びにあふれた世界でもあった。鳥たちが空を裏返すように、自分もまた世界を裏返して変えてしまえる瞬間を待っている。その時を信じてみたいというポジティブさも、細溝の歌には満ちている。細溝の抱える苦悩も希望も、きっと多くの人が共有しているものだろう。作者の年齢や職業などのプライバシーを読み取りづらいタイプの作風なのであるが、それはかえって功を奏しているように思う。高い修辞技術とともに、良き普遍性を持った歌である。
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2012-01-22
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「短歌研究」2月号の特集「春待つ心」に「雪国から春を待つ―冬の延長として」を寄稿しました。
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