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ふぇみにすとの論考 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-19

[]ノルウェーの移民政策は本当にそんなに素晴らしいのか

JANJANに 「投票期間なんと2ヶ月半、ノルウェー国政選挙始まる 全人口の1割占める移民「新ノルウェー人」の投票率向上へ」という、三井マリ子さんによる記事が掲載されている。最近始まったという、ノルウェーの国政選挙について扱いつつ、ノルウェーにおける移民政策についても紹介するといった趣旨の文章である。

その中に、以下のような記述があった。


最近、移民法も改正されて、大人の移民にはノルウェー語を300時間無料で習得する権利が与えられた。このサービスは地方自治体の仕事だ。


これだけを読むと、ノルウェーは移民に大変寛容で、言語を習得するための無料の素晴らしいサービスを受ける権利を与えている国、という印象になる。

しかし、英文サイトを見ると、実は移民が永住権や市民権を申請したい場合、基本的にノルウェー語を習得する「義務」が課された、ということのようだ。すなわち、ノルウェー語講座を最低300時間受けなくてはならない、ということだ。

この制度の解説にあたって、確かに「権利と義務」という表現が使われているが、この場合の「義務」とは、移民が永住権を得るためには、300時間の言語および社会に関する講座を受けなくてはならないことであり、「権利」とは、このトレーニングが無料で受けられるという意味として使われている。この制度自体が「ノルウェー語講座の権利と義務」と呼ばれているようだ。

だが、このノルウェー語を習得することに際する「権利と義務」は、全員が与えられるわけではない。「権利と義務」が両方とも適用されず除外される人たちもいるし、反面「権利と義務」と両方が適用される人たちもいれば、「義務」だけが与えられた移民もいるのだ。要するに、あるカテゴリーの移民はノルウェー語と社会に関する講座をまったく受ける必要がなく、別のカテゴリーに属する移民に関しては、無料で最低300時間以上、最高3000時間までのノルウェー語講座を受けることができるが、また違うカテゴリーの移民に関しては、無料ではなく有料での講座の受講が義務づけられたということだ。

「権利と義務」両方から除外される移民としては、スカンジナビア各国からの移民、ヨーロッパ圏からの移民、および学生や短期の移住者などが当てはまる。要するに、この人たちは何の講座も受ける義務がないということだ。また、「権利と義務」両方を与えられているのは、難民や人道的理由での移民、ノルウェー人の家族などが当てはまる。では、有料トレーニングを受ける義務を課されているのは誰か。

この制度について解説したサイトでは、英文で以下のように記載されている。

These groups have an obligation to complete free Norwegian language training. They or their employer must pay for the training:

  • Immigrants coming here to work from countries outside the EFTA/EEA area
  • People granted family reunification with a person in the above group

別のサイトには以下のように記載されている。


Who are obliged to complete Norwegian language training? 
Some groups must go through with 300 hours of Norwegian language training and Social Orientation if they want to obtain a permanent residence permit, but they have no right to free tuition. They must either pay themselves, or, if employed, the employer may finance such training.

These groups have a duty, but no right to free tuition, if they want to obtain a permanent residence permit:

  • work immigrants from outside the EFTA/EEA area
  • persons with a family reunification permit with the above group

上記の2つのサイトによれば、EFTA/EEA area以外、すなわちヨーロッパ圏以外からの労働移民や、その家族については、ノルウェー永住権を得たい場合、無料ではなく、有料(自分か、あるいは雇用主が払う)でのノルウェー語講座の受講を義務づけられているわけだ。

要するに、 非ヨーロッパ圏からの労働移民は、有料で最低300時間のノルウェー語講座を受けなければならないということだ。

また、言語講座が300時間以上、必要とされる場合は3000時間まで受けることもありうるようで、最悪の3000時間の場合、一日8時間びっちり講座をうけたとしても、20ヶ月もかかる。実際には一日8時間もできないだろうし、働かねば生活もできないだろうし、もっとかかるだろう。

そして、この300時間を無料講座として受ける権利をもつ人たちは、300時間の場合は3年以内に、3000時間までの場合は、5年以内にこなさねばならないという。

有料で最低300時間の講座を受けなくてはならないというのは、仕事をしなければ生活できない状態にあるだろう、そしてそう賃金の高い仕事にはすぐにはつけない可能性が高いであろう、多くの労働移民(とくに働く場を求めてノルウェーに移民してきた人々)にとっては、かなりきびしい条件ではないか。そして、なぜか非ヨーロッパ系の労働移民だけにこの条件がつけられているということは、つきつめて考えれば、非ヨーロッパ圏からの労働移民を排除するための制度ということなのではないか。ヨーロッパ圏からの移民だってノルウェー語ができるとも、ノルウェー社会について詳しいとも限らないのに、なぜ非ヨーロッパ圏からの労働移民ばかりが有料講座を義務づけられているのか。

また、この講座には、言語だけでなく、ノルウェーの社会についての講座が50時間分含まれるという。この「ノルウェー社会についての講座」がいったいどのような内容なのか、気になるところだ。もしかしたら、移民たちにノルウェー社会への「適応」を促すような内容にはなっていないか。

「国政が移民排斥に傾くかどうかは、排斥される立場の人々の投票率にかかっている。」と三井さんは書くが、すでに現在の移民法のもとで「排斥される立場の人々」が存在しているといえるのではないか。移民の投票率をあげることは大切だろうが、ただ単にその人たちが「選挙に疎い」というより、ほかの理由もあるのではないか。非ヨーロッパ圏からの労働移民は、生計のために働かねばならず、市民権をとるためには家族全員ともにノルウェー語講座を有料で受けざるをえず、そのための出費だってあったことだろう。そういった人たちに、インターネットで選挙情報を流してみても、アクセスできる状態なのか、それがどこまで効果的なのだろうか、などと考えてしまうのだ。

もう一点気になったのが、この記事内で使われている「新ノルウェー人」という呼称だ。市民権を得た移民は「ノルウェー人」になるわけで、もし、あえて「新ノルウェー人」というような言葉が使われて、区別されているのだとすれば、それは差別的な意味合いをもってはいないだろうか。気になったのでグーグルで”New Norwegian”とかで調べてみたが、ここで使われているような意味合いで使われているケースを私は見つけることができなかった。もしかしたらノルウェー語でそのような単語が存在するのかもしれないが(私はノルウェー語ができないので、そのあたりはよくわからない)、もし「新ノルウェー人」といった言葉が本当に存在するとしたら、その言葉が使われているニュアンスやコンテクストが気になってしまうところだ。何となく、明治維新の後に使われたという、「平民」と区別するという差別的なニュアンスをもつ「新平民」という言葉を想起させてしまうからでもある。

ノルウェーという国が、様々なよい制度をもち、平等をめざした先進的な政策などを実践している面も多々あると思う。でも、だからといって、ノルウェーという国の政策や社会すべてが素晴らしいとは限らない。この、ノルウェー語習得「義務」の政策は、ネットで得られる情報から判断する限りは、むしろノルウェーの現在の移民政策のマイナス面なのではないか、と思うのだ。この件に関して、ノルウェー国内ではどんな議論があったのだろうか、どういった経緯でこういう制度が通ったのだろうか、反対運動などは起きているのかなど、知りたいところだ。