あげよ、瞳を -Japan young Greens勉強會の記-

2012-04-16

2月3月の報告

久しぶりの更新をします、宍戸です。

2月、3月もいつも通りに勉強会をすることが出来ていましたが、ご報告が遅くなってしまい失礼しました。

2月は前回に案内していたとおり、M君とSさんが現地で落ち合い、私がスカイプで参加するような形を採りました。映像は概ね繋がっていましたが時々乱れ、また音声も声を発する位置によっては聞き取りづらいこともありました。加えてやはり、声を出すタイミングや相手が何を考えてるだろうか、ということをつかもうとする際に、スカイプ上では分かりづらい部分があったことは否めず、スカイプ勉強会には不向き、とまでは言わずとも、向きではないものだということを感じました。

勉強会は「神の愛について」という、Sさんが以前も持って来てくれたことのあるテエマを、前回以上に深めていく話合いを行いました。

3月は新宿工学院大学にて、M君、K君、Dさん、D君、O君に初参加のN君とH君、そして私の8名で、今までで一番多くの参加がありました。テエマはK君から「全方位外交の是非について」、H君から「当事者と非当事者について」、私から「震災ガレキの広域処理について」それぞれ発表がありました。

どのテエマについても熱の入った問いや応答が交わされ、いつも以上に刺激的な会になりました。会って顔を見合わせて、声の聴こえるところで身体を向け合って話すことが大切だと、改めて実感した日になりました。

今月の日程は未定ですが、決まり次第、当ブログにてお知らせできるようにしたいと思っています。

平成壬辰 卯月十六日

宍戸 大裕

2012-02-20

本日勉強會の予定です

こんにちは、宍戸です。

ご案内が直前になつてしまひました。今月の勉強會の日程及び場所については以下の通りです。

★2月20日(月)19:00〜 於)渋谷区ウィメンズプラザ 

私は現地には欠席しますが、スカイプで參加予定です。今月もSさんがまとめ役となつて下さり開催します。初めてのスカイプ參加、上手くつながるかどうか、つながつたとしてもちやんと話合ひに混ざれるか、初の試みなので波乱含みですが久しぶりの勉強會を楽しみたいと思ひます。


平成壬辰 如月二十日

宍戸 大裕

2012-01-31

★1月24日 勉強会★

みなさんこんにちわっヾ(@⌒ー⌒@)ノ

式部です♪

1月の勉強会の概要を書かせていただきますっ!

今回の勉強会は、準備してきたテーマとは逸れて、心の内を明かすような、そんな時間となりました。

参加者は、私の他にMさんと、Dさん。

少ないけど、それだけ深くなりましたよ☆*:.。.

ここに書くにはあまりにもプライベートなので、内容は秘密(^ m ^)

概要になってませんが、今日はこれにて退散っヽ( ̄v ̄@)ノ=3=3=3

2012-01-22

明後日、勉強会の予定です

こんばんは、宍戸です。

今年も勉強会が始まります。今月の日程及び場所については以下の通りです。

★1月24日(火)19:00〜 於)渋谷区ウィメンズプラザ 

私は欠席しますが、先々月に同じくSさんがまとめ役となつて下さり開催する予定です。どんな會になつたのか、報告を樂しみにしてゐます。

平成壬辰 睦月二十二日

宍戸 大裕

2011-12-19

17日の勉強会報告

宍戸大裕です。

一昨日、新宿工学院大学にて15時から18時まで、18時からは場所を移して20時近くまで、近くの喫茶店で勉強会を行いました。今回の参加者はS、Sの友人Yさん、O、途中から参加のMと初参加のDに小生を加えた6人でした。S、Dから発表がありましたが、例によって例の如く、発表の内容についての報告はそれぞれにお任せしたいと思います。小生は「自信のなさから出発すること」について発表いたしました。

レジュメ内容要点】

0.自己批判から(二つの「頂門の一針」)

  岼穗卒兇鮖弔靴燭泙沺∧かったふりする同調癖」

 ◆屐反震面椶福錨慘呂良埖」

1.「ぶれない」ということ(中野重治の「歌」を参考に)

  屬海譴歌か?」、「これが歌だ!」 →自分の責任を自覚した者の宣言

 ◆屬屬譴覆ぁ廛屐璽爐涼罎如△修琉婬舛蓮どの立ち位置からどう「ぶれない」のか?「ぶれない」ことで何を守るのか?

2.揺れ動くこころ(太宰治の「自信の無さ」を参考に)

 |噂磴気箸いΧさへの憧れと、それを笑い飛ばす知性への親和性(二面性)

 ⊆信がないのはなぜか?

3.しかし僕は、ここから出発する

  レヴィナスは最初に“ウィ”と言う」「まずは相手を尊敬すべきだよなあ」(三浦さん)

 ◆崋信がない」ことを「ぶれない」ことで補ってみようとしてもダメさ。ならばそこに立っている自分に、いつも自覚的であるしかない。

 Jらぬことは、分るまで問い詰めていくこと。(ぶれていいから逃げぬこと。)

※参考(友部正人さん「夢がかなう10月」から)

以上

場所を移した喫茶店では、原発についての議論に多くの時間を用いました。その時も思い、発言しましたが、私自身を顧みた時、話のテエマ原発へゆくと、とても冷静でいられなくなります。「客観的な分析」とか「代替エネルギー」の模索といった議論が始まると、私は「こういう事態を前にして必要な言葉はそういうことではなくて、”いまここで、私はこうする”という一人称の言葉しかないんじゃないか」と問いかけたくなります。社会の情勢分析にとどまり、一人称の言葉を口にして来なかったことが、原発の存在を許し、今の事態を招いたのではなかったかと考える私は、にも関わらず未だに一人称の言葉で始まらない原発論議に、冷静な態度で付き合うことが出来ないのです。

私たちがいま「原発」について語るとき、「ことばを刻むように行為を刻むべきだ」と遺した三島由紀夫のような態度が、私たち自身の生きる態度に求められるのではないかと考えています。


平成辛卯 師走十九日

宍戸 大裕