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フリーライター井上理津子のなんだかんだ日記

2018-09-13

 『謝る力』から

『謝る力』(清水書院)という本を、呑み友の城島さんが出した。
城島さんは、目白大学とかでも教鞭をとってる毎日新聞編集委員
日大アメフト部の当事者学生の謝罪会見を発端に、考えましょうと、
これまでのいろいろな公的謝罪を考察して緊急出版したもので、
面白かったんだけど、

その城島さんと、このあいだ、呑んでて、
あたしは、すっかり忘れていたことを思い出した。

1990年代、あたしはもうフリーライターで、大阪の夕刊紙(もう廃刊してるとこ)の教育面に、
とある大学の著名卒業生の人国記の連載をしていた。
とある、って言うのもなんだから書くと、
1年目は同志社、2年目は関学、3年目は立命だった。
その3年目のときに、とんでもないことが起きた。

上場企業の社長にインタビューし、その人が、
〈「・・・・」と、訥々と語った〉
とあたしは書いた。
当時、ワープロフロッピー納品で、ゲラ戻しはなし。
何かあったら、電話でやりとり、というシステムだった。

何日か後、掲載紙を見て、真っ青になった。
〈「・・・・」と、のうのうと語った〉
と書き換えられ、載っていたのだ。

もちろん、すぐにデスクに電話した。
分かったのは、担当さん(大学出たての女子だった)が、
「訥々(とつとつ)」が読めず、「のうのう」だと思って、開いた(開く=漢字をカナにすること)。
それを、あろうことかデスクら皆が見落とした。出てしまった。ということ。

ひどい。ひどすぎる。と思ったが、デスクはあたしにたたみかけた。
「井上さんが、新聞用語でない文字を使ったから、こういうことになった。井上さんが悪い」
「先方には、もうこちらから謝罪に行った。訂正とお詫びも明日の紙面に載せる。大変なことをしでかしてくれた」
あたしが悪いんですか。
悔しい。なんてもんじゃない。

あたしは、その上場会社の広報だか社長室だか忘れたけど、
電話して、お詫びに伺いたいと申し上げたが、
「いいえ、結構です」だった。
それでも行った。受付で取り合ってもらえなかった。
社長あてに、経緯とお詫びを認めて投函した。返事も受け取り状もなかった。
悔しすぎた。

その後、局長(だったと思う)に呼び出され、
「あなたが、新聞用語にない文字を使ったから、こういうことになった」とまた言われ、
多少の抵抗はしたと思うが、「こういうことをしてもらっちゃ困る」と言われっぱなしだった。
その言葉の端々から、
あ、先方に、〈外部ライターの井上がハナから「のうのうと」と書いた。社としては、チェックミスを詫びる〉と言ったな、
と直感した。

挙げ句に、その連載が終わった後、
あたしはその夕刊紙の一切の仕事を切られた。

「訥々と」を「のうのうと」と勝手に開いた若い担当女子が、
その夕刊紙の役員の娘だった、と後に知った。

あの頃、あたしは青かった。知恵がなく、泣き寝入りした。
今なら、どうするだろう。

・・・と城島さんに言ったら、
それはすごい。『謝る力』のトークのとき、ケーススタディのネタにさせてもらおう、と。
どんどんネタにでも何にでしてちょうだい。

2018-09-08

フルカワさん、ありがとう!

昨日、嬉しいことがあった。

15年選手の洗濯機が、うんともすんとも動かなくなって、1週間。
手で、ごしごし洗ってたんだけど、そろそろ限界に。

買いたい! どうせなら、ドラム式のいいやつを買いたい!
と見に行ったり検索したりもしてたんだけど、
よく考えるとお金がない。

以前なら、こういうとき、
そのうちなんとかなるさと、
ボーナスないのに「ボーナス払い」で買っちゃって、
何ヶ月か後に「わっ」と毎回。
しかし、あたしも堅実になった。

身の丈に合うヤスモノを買うことにしよう、
と決意した途端、
そうそう、元お隣さん、洗濯機を放置して新居へ越したと言っていた、とふと。
で、電話すると、「どうぞどうぞ」。
もらうことにした。

管理人さんに手伝ってもらって、運ぼうとしたが、
ウチの管理人さん、まるまる文系の方で、読書の趣味は合うんだけど、細腕。
重くて、無理だった。
「知り合いに頼んであげますよ」

すご〜。
フルカワさんという方が「ちょうどタイミングよかった」と来てくださった。
ちょちょいのちょいとお隣からウチへ運び、排水の調節とかも。
その姿の、なんと凛々しいことよ。力持ち、ステキ。

しかも、「持って帰ってと言われると思って、スペース空けてきた」と、
壊れた洗濯機を軽トラに積んで帰ってくださるなんて。

「なんでそんなにいい人なんですか」
「若い頃、柔道やってたから」
ほほ〜。

本業は、クーラーの取り付けだそう。
頭さがるばかり。管理人さんにも感謝感謝。

(せめて少しはお礼をと今日、商品券買ってきた。
お送りしたいので、ご住所教えてください。と電話してるとこ=まだ、つながらない)

いただいた親切は、私も(力仕事でないことで)誰かにお返しをしなきゃ。
そんな気持ちも、いただいた。

2018-04-23

しくじり

ハッと目が覚めて、時計を見て真っ青になった。
歌舞伎俳優さんのインタビューの日だ。
場所は、神楽坂で。
あと20分しかない。

得意分野ではない。昨夜遅くまで、下調べをしてメモをした。
ああ、あのメモを、カバンに入れて置くべきだったのに、散乱したままだ。
ともかく、服を着替えて、お化粧して。
いや、お化粧はタクシーの中でしよう。

でも、20分ではどう考えてもムリ、、
とパニクっているところで、目が覚めた。

ふ〜、夢だった。よかった〜。
と胸をなでおろして、もう一度寝る。

と、「著者インタビュー」の原稿を書いている。
山場が3つ要る。20行ほどの「 」が3つ要る。
なのに、2つしか捻りだせない。
取材ノート取材ノート、本、本・・。

ところが、取材ノートも肝心の本もない。
「著者」にいつどこでインタビューしたのかも思い出せない、、

と、またパニクっているところで、また目が覚めた。
ふ〜、夢だった。よかった〜。とまた胸をなでおろす。

夢で2つもしくじったのだから、
今日はもうしくじることない。と、奮い立たせながら、パソに向かう。
「2度あることは3度ある」という囁きを振り切って。

2018-04-03 旧中杉通りの柏木堂書店

今日のお昼、ちょっと銀行まで、と歩いていて、びっくり。
中杉通りの「柏木堂書店」の店頭に、雑誌ラックが空っぽで。

どうしたんだろうと覗くと、店内に「閉店のお知らせ」の張り紙があって、
書棚にはふつうで、奥に店主がいらっしゃるのもふつう。

で、お尋ねすると、「トーハンの店売所が3月末で閉鎖されてね、仕入れできなくなっちゃたから」とおっしゃる。
あたしは、この街に越してまだ2年半だけど、
本はあちこちで買うし、アマゾンでも買うけど、
週刊誌、雑誌はこの店で、と決めてたんですよね。
いや、この間『おらおらで・・』もこの店で買った。この店にある本はこの店で買おうと。

店売所、というのは、
中小の本屋さんが、自力で仕入れに行く仕組みのところだそう。

店主、手にしておられた新書のカバーを取って、
代々木上原の「幸福書店」の左右社の本を出し、
「幸福さんも2月22日に閉められたけど、(トーハンの)店売所で、一緒だったんですよ。
でも、このところは20人くらいになってましたね、同じ店売所を使う仲間が。
うちは御茶ノ水までパス(定期?)買ってて、わたしか家内が通ってた。神田村の小取次も回って」

「『ワンピース』を置けば置くだけ売れた頃がピーク。店売所に、栃木とか関東一円から仕入れに来ていて。
整理券を配られて、『ワンピース』を一冊でも多く仕入れようと並びましたよ、置けば置くだけ売れたから」

じ〜んとする。「ちょうど90年」なんですって。
昭和2年に、今の西新宿創業。焼けて、戦後に阿佐ヶ谷へ。
店主は3代目。「わたしが継いで60年。もう後期高齢者ですしね」

来週、トーハンさんが引き取りにきて、返本。空っぽになるという。

そんな中、ふと「旅行読売5月号」が並んでいるのが見えて、
「ここに、昔、あたしたくさんたくさん原稿書いてたんです」とあたしもつい。
聞けば、店内にあるものは買えると。じゃあと旅行読売を1冊買う。
「え? 540円? 300円だったのに」とあたし。
「高くなりましたねえ」と店主とハモって、笑った。

幸福書店の閉店はニュースになってたけど、
今このタイミングで、
こうして静かに閉じていく小さな本屋さんが、山のようにあるのか。
あるのだろうな。痛いなあ。

2017-12-26

50分の3

A新聞をとっている。
と、別にイニシャルにする必要もないか。朝日なんですが。

つい先日、
集金に来た若者(新聞奨学生で、3月に卒業だそう)に聞いてみた。
「このマンションで、朝日をとってるの、何軒くらいです?」
おたく1軒だけです」
「まじ?」
「まじです」

ここ、3階建、50軒。
半分がファミリー使用(いちおうウチも)、もう半分がワンルーム

「じゃあ、他紙をとってるおたくは?」
「たしか、、、日経が1軒、読売が1軒。以上みたいです」
「まじですか?」
「まじです」

資源ごみの日、ゴミ置場が閑散としているので、
本当に今日でいいのよね? と不安になりながら、出していたけど・・・。

つまり、「50分の3」ですか・・・
先日の忘年会で、「斜陽産業さ」と某紙の方が自虐していたけど、
いやはやここまでとは。

オチなし。以上。