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2006-08-28

1歳と3〜5日 分刻み 1歳と3〜5日 分刻みを含むブックマーク

結局先週1週間は周りも休みがちだったので、夏休みモードから抜けられない1週間だった。

ので、金曜も定時に上がり。

銀座で木曜に会ったばかりの某企業役員の方を交えて飲む事になったんだけど、19時に新橋で待ち合わせだったので大手町から新橋まで皇居を通りながらのんびり歩いて向かった。

久しぶりに皇居に行ったんだけど、やっぱり圧倒的に広大なスペースに、自分の居場所が無いような奇妙な感覚。

ずっと残して欲しい、東京最後の余裕というかゆとりを感じる空間。

19時に待ち合わせて、出勤する超綺麗な銀座の花々を眺めながら、まぐろ専門店へ。

昔話に花を咲かせながら、しこたま飲んだ。

1軒だけだったのに結構飲んでしまい、最後はあまり記憶なし・・

そのままうちの実家に帰った。

土曜日は、デビを預かってもらい、日曜に周る友人宅へのお土産&お祝いを買いに行く。

晩御飯は僕がトマトソースにミートボールを入れたペンネアラビアータ風を作った。

塩加減間違えた・・

日曜は、午前から実家に車借りて友人宅周り。

まずはお台場から首都高湾岸線に乗って本牧へ。

山手に住む後輩宅へ、借りていたベビーバスやらチェアやらを返し、代わりに2歳までの洋服をどっちゃりもらい、12時においとま。

ずっと住んでいた野毛の家の近くのスーパーでデビ用にパンを買い、第3京浜に乗ってあざみ野の友人宅へ。

6月に男の子が産まれた友人宅はすっかりベビーモードになってて、穏やかな空気に包まれていた。

旦那はサッカー関連の記者で、年中海外やら国内を飛び回ってて、僕にとっては憧れの会社員生活を送っている奴。

奥さんが妊娠しているときは、奥さんの体の変化とか生理的な現象に怯えきってしまい、それを見た奥さんは産まれた後のことを真剣に悩んでいたんだけど、生まれてみれば何のその。

昨日も気持ち悪いくらいの子煩悩ぶりを発揮していた。

デビは超甘えん坊モード

やっぱりかみさんや僕が赤ちゃんを代わる代わる抱っこしたり、かわいいかわいいと連発する状態が嫌だったらしく、ちょっと下に置くとすぐにギャンギャン泣き出す。

仕方がないから抱いているけど、暑いし、結構エビ反ったりして抱っこしにくかったりで結構ストレス溜まってしまった。

でも帰りの車の中で指をちゅぱちゅぱしながら寝入る顔を見たら、「やっぱこいつが一番かわいいなぁ」と。

帰りは東名川崎インターから首都高レインボーブリッジを久しぶりに渡って帰った。

かみさんも運転がかなり気晴らしになったようで何より。

夜はすき焼き食べた後に千葉の家に帰宅。

結構疲れたけど、一気に用事が済ませたのですっきりした。

ホスピス ホスピスを含むブックマーク

木曜はかみさんがお義母さんとホスピス見学&申請に行った。

結論からすると、結構良い施設&体制だったらしい。

ホスピスは一般病棟とは全く違うコンセプトで運営されている事を知った。

飲酒喫煙の自由、飲食物も自由、一時退院も体調によっては自由、家族の同室での就寝も自由。

痛みは90%コントロールされ、心のケア患者だけではなく家族に対しても施される体制がある。

しかし、全国30万のガン患者に対して、ホスピス病床はわずか2000床との事。

見学に行った病院も入院待ちの患者さんが多数いるとのことで、いつ入院できるかは、まさに時の運。

故に、一日、半日たりともホスピス病床を無駄にはできないとの事で、入院が可能との連絡を受けた場合は即日に対応しなくてはいけないという条件がある。

、というところまで聞いてきた夜に、病院からホスピスへの入院の申請は通ったとの連絡があったとのこと。

一安心でもあり、いよいよホスピスから受け入れるよ、と言われる状態になったのか、という思いもあり。

木曜はかみさん達はホスピス見学に行った足で、お義父さんの入院している病院に行った。

そこでソーシャルワーカーの人に、ホスピスへの即日入院が必要な旨を伝えたところ、病院側で対応できるのとの事。

病院側も退院は早めにさせたいとの意向もあるらしいので、そのあたりのケアはできているみたい。

、という事で、ホスピスが空き次第移れる状態にはなったことになる。

念の為、今週に別のホスピス見学に行く予定。

お義父さんは既に環境の良し悪しを判断できる状態ではないので、お義母さんが納得する環境に移るのが何より最重要だと思う。

介護認定のタイミングホスピス入院のタイミング保険の適用、その後のあれこれ・・・

まだまだ家族としてお義父さんの病状意外にも予断を許さない状況は続く。

昨日寝がけにかみさんと色々話をした。

かみさんも真剣なあまり、お義母さんと良く電話喧嘩をする。

お義母さんも体調が良くない、というか肝臓を患っているが、病院が都内のため、なかなか通院できていない。

それがかみさんは心配なんだけど、お義母さんは大丈夫と言う。

義兄ちゃんは随分心配してお義母さんとかに電話はくれるものの、相変わらず頼りになるとは言いがたい。

にも関わらず、お義母さんはそんな義兄ちゃんが「電話くれるだけマシになった」と一人満足している。

そんなお義母さんや義兄ちゃんに腹を立てるかみさん

昨日の夜、一緒に世界遺産を見たら、アウシュビッツだった。

二人とも息を呑んで見た。

何百万もの人々は、それこそお母さんの体を心配したり、お兄ちゃんに腹を立てたり、と極普通に悩みを持ちながらも、圧倒的な運命の流れで全てを無にされた。

狂人達の凶悪犯罪と言えばそれまでなんだけど、どうしようもない運命といったものを感じた。

それを寝がけに話した。

お義母さんの状態、義兄ちゃんの言動、理想は分かっていながらそうできなかったりしなかったり、理想に向かわせる起死回生の一発も恐らくないだろう。

それはもしかしたら運命なのかも知れない。

理想に向かわせるためにかみさんが一人で重荷を背負わずに、吐き出し、ある意味現状を受け入れようと。

僕ができる事は限られることも、ここ数ヶ月で感じたこと。

つまり、長年の家族のニュアンスというかバランスは、客観的に見た人間が合理的に変えようとしても根本は変わらない事。

変えるのではなく、受け入れていくこと。

それによって増える負担は夫婦で助け合って背負うこと。

実際にはそれしかできないんだと思う。

そういった事を話した。

十分理解してくれた。

そして僕の考え方を受け入れてくれた。

僕たちなら乗り越えられると確信した。

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