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2011-04-18

5歳236日目と1歳と67日目 どっちが本当の日常5歳236日目と1歳と67日目 どっちが本当の日常?を含むブックマーク

先週の土日に弟家族と一緒に福岡の祖母のお見舞いに行ってきた。

祖母は認知症を発症しているので、曾孫であるデビや次女はおろか

僕達の事も認識できないであろうこと、さらに、最近栄養の摂取

状態も悪いので、殆ど意識もうろうとしている状態であることは

事前に叔母から聞いていた。

それでも、次女を一目見せたかったし、僕達自身も恐らく最後にな

るであろう祖母との時間を過ごしたかった。

デビと弟の4歳の長女は、羽田空港で会った瞬間から本当の姉妹以上

に打ち解け合い、二日間ずっと手をつないだり遊んだり。

昼前に福岡に到着し、タクシーうどんの名店「かろのうろん」で

ごぼう天が乗ったうどんをみんなでいただく。

親父からは「かしわおにぎりも一緒に食べよ」とアドバイスがあ

ったので、それも一緒に。

どれもこれも絶品!

デビはもちろん、次女も冷ますのが間に合わないくらいにうどん

欲しがり、ゴボウ天ぷらガツガツと良く食べた。

その後、バスに乗って病院へ。

およそ3年ぶりに合う祖母は、寝たきりの状態で手を握って「yasbay

だよ」と声をかけても薄らと目を開くものの、誰が来て何が起きて

いるのか良く分からない状態だった。

でも、何度か声をかけていたら、手をグッと握り返してくれた。

祖母に僕達が来た事が伝わっていてくれると信じている。

デビと姪っ子は、始めは病室の雰囲気にちょっと驚いていたものの、

やがて、祖母の手を握りながら「ひいばぁば!デビだよ!」と声を

かけるようになり、次女もニコニコしながら祖母の手をピタピタ

いていた。

祖母は、子供の声にはかなり敏感に反応し、心なしか顔の表情も和

らいでいたように感じた。

自分の曾孫であると分かっていたかどうかはともかく、小さな子が

見舞いに来てくれた、ってことは伝わっていたんじゃないかなぁ。

1時間ほど病院でお見舞いした後に、ローカル線を乗り継いで予約し

ておいた志賀島国民休暇村に向かった。

3年前に2歳のデビを連れて来た時に泊って、非常に風光明美ロケ

ーションと、ご飯も美味しく何よりリーズナブルなことに感動して

しまったので、今回も多少不便なところだったけど、弟家族と共に

予約してしまった。

ローカル線に乗る前に宿に電話して迎えを頼んでおいた。

ローカル線の終点である西戸崎」という駅で降り、迎えの車で

いざ志賀島へ。

志賀島は、九州本土と砂洲で陸続きになっている面白い地形で、島

に渡る道路も左右が海が広がっている。

左右の海の色や波の立ち方が全く違うのも面白い

途中、金印が発見された場所や、元寇の際に無くなった元の兵士の

塚があるところを過ぎて、白砂青松の広がる海のまん前に建つ宿に

到着した。

夫婦もその風景に興奮気味。

部屋に落ち着き、さっそく弟とそれぞれの長女を連れて温泉に入り

に行った。

まだ16時頃だったので、風呂に入っている人もまばらで、デビと姪

っ子も大喜びで大きな風呂露天風呂を楽しんでいた。

その後、ちょっと部屋で休んでから、お待ちかねの夕飯。

旬に入ったばかりという、イカの活け造りを別注文しておいたんだ

けど、これが絶品だった。

体は透き通った状態で、まだ足が時折動くって状態で出てきたんだ

けど、子供達は驚くどころか「美味しい!」を連呼して僕たちの分

まで遠慮なく平らげていた(笑)

天然ものの鯛も絶品。

腹いっぱい食べ、美味しいお酒を飲み、子供達の言動に大笑いし、

しばし地震や色々な事を忘れて家族で楽しく思い出深い時間を過ご

すことができた。

そう、福岡にいる間地震を思い出す事は殆どなかった。

お店も普通だし街の人達の表情も明るい。

宿の前に海ではマリンスポーツに興じる人達がたくさんいて、海も

明るい春の海だった。

夜8時過ぎにはみんな疲れもあって寝てしまった。

翌朝は6時過ぎに起床。

早速デビと風呂に入った。

朝食を食べ、チェックアウトを早めに済ませた後に海でみんなで

遊んだ

その後、今度は志賀島渡船乗り場まで送ってもらい、フェリー

福岡市内に戻った。

福岡からタクシーで「元祖長浜ラーメン」へ。

小学校の頃、夏休みで祖父母の家に行くと、土曜の夜に叔父や年上

の従兄弟達が集合してみんなで大宴会だった。

宴会後は広い畳の部屋で、叔父や従兄弟達が相撲大会腕相撲大会(笑)

ひとしきりみんなで大騒ぎした後に、叔父がタクシーを数台呼び、

みんなで長浜ラーメンを食べに行った。

時間はかなり遅く、小学生の僕達兄弟が外出するにはふさわしくな

かったに違いないんだけど、その時だけは両親も笑って許してくれ、

従兄弟達と一緒に、トンコツの匂いがきつい店内で、ちょっと大人

になった気分で非常に美味いラーメンを食べた記憶がよみがえる。

当時の店は既になく、近くに移転していたものの、東京で食べるト

ンコツラーメンとは明らかに異なる「元祖長浜ラーメン」の独特の

美味しさは健在。

何となくだけど、ソウルで食べたソルロンタンにちょっと通ずると

ころがある気がする。

薄切りの肉が乗っているところも、当時のまま。

デビや次女、姪っ子もひたすらズルズルとラーメンをすすっていた。

その後、近所の公園でデビ達を遊ばせ、アッと言う間に福岡っこ達

と遊びだす、そのボーダーレス感覚をいわば羨望の眼差しで見つ

めながら、ラーメンで腹いっぱい+とても気持ちの良い陽気にウト

ウトする。

地下鉄に乗り空港に向かい、改札出たすぐのお店で「ふくや」の

明太子を自宅用に買う。

そう、うちは昔から誰が何と言おうと明太子は「ふくや」。

カステラは「福砂屋(笑)

帰りの飛行機も、心配していた子供達の「耳痛」が無く、それどこ

ろか次女は着陸時の衝撃とか音にも一切目を覚まさず熟睡してくれた。

空港に着き、駐車場に向かうエレベーターに乗ろうとした際に、二基

ある内一基が節電で止まっているのを見て「あ〜そうか」と少し暗然

としたものの、家に帰り着くと日常に帰ってきた安堵感もあったり。

福岡での何も不安なく過ごした時間と、家に帰ってきてからの「いつ

もの感じ」。

どっちが日常的なんだろう・・

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