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2011年07月14日

読んでみたら意外に簡単?☆☆☆

現代語訳 論語 (ちくま新書)
齋藤 孝
筑摩書房 (ちくま新書)(2010/12/08)
¥903

論語 (岩波文庫)

岩波書店(1963/07/16)
¥882

座右の古典』で一番に紹介されているのが「論語」。そこで著者の鎌田先生が引用している言葉に感動したので読んでみることにした。
『座右の古典』で紹介されているのはもっともオーソドックスな岩波文庫版だが、こんな本も出ています、というところに齋藤孝先生の現代語訳版があったので、両方借りて読んでみた。意外に読めた、というのが正直な感想だった。

一時期、齋藤先生の著書の至るところに「論語」が出ていたのでいつかは読みたい、と思っていた。だが、漢文だしむずかしそう、というイメージがあってなかなか思い切れなかった。
ところが、読み始めてみて「あれ?」と思った。食わず嫌いというか、むずかしく思いすぎていた、と感じたからだ。


「現代語訳」の方は、白文も読み下し文もない。ただ訳された文が並んでいるだけ。それも、わかりづらい部分はつまりこういうことですよ、という説明がついている。
これには多くの人に論語に親しんでほしい、という齋藤先生の愛情を感じる。

ただ、意外に簡単、と思った理由にはもうひとつある。ひとつひとつが短いのだ。しかも、「学而」とか「顔淵」とか「憲問」とか、よくわからないサブタイトルがついているのでむずかしそうなイメージを持っていたのだが、何とこれはただの原文の頭から「子曰く」を除いた2文字(一部3文字)が機械的についているだけ。数字だけだとわかりづらいためにこうなったようだ。


論語は、孔子が弟子に話して聞かせたことを、のちに弟子がまとめたものだ。このため、エッセンスが短文にまとめられて並んでいる印象だ。その成り立ちからも、聖書に似ているように感じた。
一部だけ切り取っても成り立つ本。だから、自分の気に入ったところや心に響いたところだけを読む方法でもいいし、とにかくひとつひとつが短いので、枕元に置いておいて、寝る前に少しずつ読むのもよさそうだ。

内容は、人としていかに生きるべきかが語られている。とりわけ「仁」を体現して生きることと、「礼」を尽くすことを大切にしている。
齋藤先生はあとがきで“現代日本でまさに「今」読まれるべき本”とされている。というのは、「論語」は精神的よりどころとなるからだ。以前は日本でも「論語」の暗誦を当たり前のようにやっていたそうだ。人格者として生きる、というと大げさだが、高潔な生き方の目標がそこにあると思う。


齋藤先生の目指した「読みやすい論語」が、この「現代語訳」で実現している。岩波文庫版だけを1冊読み通せと言われたら、挫折したかもしれない。

この「現代語訳」は岩波文庫版が「底本」となっているので、大筋は同じだ。漢文が好きだった人以外はまず「現代語訳」から読むのをお勧めする。その後、興味があったら岩波文庫版や他の白文・読み下し文の載ったものを読むのがいいと思う。
両方並べて読んでいくのもなかなか楽しめる。

私のアクション:いいことも悪いことも、自分で調べて考えてみる
関連記事
読書日記:『座右の古典』
読書日記:『現代語訳 学問のすすめ』



以下は私のメモなので、興味のある方はどうぞ。

為政第2・10(P24)

「その人がどう行動するか、何をよりどころにしているか、何に満足するか。この3点がわかったなら、その人物の本心は、はっきりする。決して隠せるものではない」

為政第2・17(P26)

「…はっきりわかっていることだけを『知っている』こととし、よく知らないことは『知らない』こととする。このように『知っている』ことと『知らないこと』の間に明確な境界線を引ければ、本当に『知っている』と言える」

八●第3・21(P40)

※●=にんべんに八+月
「すでに起こってしまったことには何も言うまい。やってしまったことは責めまい。過去のことはとがめまい」

里仁第4・14(P49)

「社会的地位がないことをなげくよりも、そうした地位に立つために必要なことが自分に欠けていることを反省すべきだ。自分を評価してくれる人がいないことを嘆くよりも、認められるだけのことをしようと努力すべきだ」

公冶長第5・26(P66)

「老人には安心されるよう、友人には信頼されるよう、若い人には慕われるようでありたいね」

雍也第6・12(P73)

「本当に力の足りない者なら、やれるだけやって途中で力を使い果たしてやめることになるはずだ。しかし、おまえはまだ全力を尽くしていない。今おまえは、自分で自分の限界をあらかじめ設定して、やらない言い訳をしているのだ[今汝は画(かざ)れり]」

雍也第6・23(P78)

「<知>の人と<仁>の人とでは性質が異なる。知の人は心が活発なので流れゆく水を好み、仁の人は心が落ち着いているので不動の山を好む[知者は水を楽(この)み、仁者は山を楽(この)む]。知の人は動き、仁の人は静かである。したがって、知の人は快活に人生を楽しみ、仁の人は心安らかに長寿となる」

述而第7・35(P98)

「ぜいたくにしていれば傲慢になり、倹約していると上品でなくなる。両方とも中庸を得ていないが、傲慢で礼を無視するよりは、上品でない方がましだ」

述而第7・36(P98)

「君子は心安らかでのびのびしているが、小人はいつでもくよくよ思い悩んでいる」

子罕第9・4(P110)

先生には、次の4つのことが決してなかった。
自分の私意で勝手にやる<意>がなく、何でもあらかじめ決めたとおりにやろうとする<必>がなく、ひとつのことに固執する<固>がなく、利己的になって我を張る<我>がない[子、四を絶つ。意なし。必なし。固なし。我なし]。

子路第13・17(P172)

「早く成果を上げたいと思うな。目の前の小さな利益を見るな。成果を急げば達成しない、小利に気を取られれば大事はなしとげられない[速やかならんと欲すれば則ち達せず。小利を見ればすなわち大事成らず]」

子路第13・19(P174)

「日常ではつつしみ深くし、仕事に対しては敬意を持ってきちんと行い、人とのつきあいでは誠実にする。この3つのことは、どんなに文化・道徳基準の低い土地に行っても、やめてはならないことだ」

子路第13・23(P176)

「君子は人と和らぎ協調するが、やたらとつるんだりはしない。反対に、小人はよくつるむが、協調性はない[君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず]」

憲問第14・24(P192)

「君子は上へ上へと達し、小人は下へ下へと達する。(君子は高尚なこと、重要なことに詳しく、小人はどうでもいいことに詳しい)」

憲問第14・29(P194)

「君子は自分の言葉が実行以上になることを恥とする」

憲問第14・32(P195)

「人が自分の能力を知ってくれないことを不満に思うより、自分が力量不足であることを心配しなさい(人の己を知らざるを患(うれ)えず、その能わざるを患う)」

衛霊公第15・28(P216)

「世の多くの人が悪く言う時も必ず自分で調べ考える。世の多くの人がよく言う時も必ず自分で調べ考える」

陽貨第17・6(P236)

※<仁>について弟子に聞かれ、「5つのことを世に行うこと」と答えたあとの説明
「その5つとは、恭・寛・信・敏・恵だ。<恭>、つまりつつしみ深くしていれば、人から侮られない。<寛>、つまり人に寛容で心が広ければ、人々の心を得ることができる。<信>、つまり言行が一致して誠があれば、人から信頼され仕事を任される。<敏>、つまり機敏に実行するなら功績が上がる。<恵>、つまり他人に財を分かち与えるなら、うまく人を使うことができる」

『論語』で一番伝わってほしいこと(あとがきより)(P278)

信念の強さと柔軟性というのは両立させるのがなかなかむずかしい。それが「学ぶ存在としての人間」という生き方から、ふたつとも力強く出てくる。