Regeneration 夜明けの声をきいて

 その日は、父の誕生日だった。久しぶりに電話をして声をきく。「みんな元気でやっている。おまえも体に気をつけて。」
 2年前、日本で初めての個展を出身地の栃木県でおこなった。ニューヨークに住み始めて16年が経過し、経済的に自立困難なアートの道へ進む事に反対してきた父と、この時和解した。日本国外に住むというその距離は自分のルーツを再認識させ、客観的な視線で自分自身を捉え、変えて行く機会を与えてくれた。人は生まれてから死ぬまで、様々な変化と変容を遂げて行く。人種のるつぼであり実験都市と呼ばれるニューヨークで、言葉や文化の違いから他者と自分の境界線を行きつ戻りつ、自分とは人間とは、そしてその存在理由とは何かを問いかけつつ制作を続けてきた。
 東京で10月に個展を開催することになり、震災後初めて帰国する。栃木の県北に位置する実家は瓦屋根が崩れ落ち、高濃度の放射能汚染の被害を受けている。地元の人達との温かい交流、栃木の自然の美しさと伝統文化の再認識、そして母の手作り料理の味。長年の海外滞在経験から学んだ事を地元に還元したいと考えていた矢先の東日本大震災だった。
 10月17日から29日まで、東京の麻布十番ギャラリーにて、「Regeneration 夜明けの声を聞いて」を開催する。鍵をテーマにした初期の作品から、アメリカでテロがあったSeptember 11と日本で震災があったMarch 11 のつながりをテーマにした新作までの流れを版画とブック・アートで展開。アーティスト・トーク、ヤジマチサト士氏によるニューヨークの映像上映、311以降の日本の状況とニューヨークでの状況を話し合う場としてミーティングポイントと題し、参加者から意見を引き出せるような観客参加型のパフォーマンスを企画。

麻布十番ギャラリー :http://azabujuban-gallery.com/
東京都港区麻布十番1−7−2 エスポアール麻布102 
Tel/Fax 03-5411-3900

10月17日(水)から29日(月)まで 火曜休廊
11−19時まで 展覧会最終日は17時まで

オープニング パーティー 10/17(水)6pm
アーティスト トーク   10/20(土)5pm
ミーティング ポイント  10/27(土)5pm

この他、日曜日のイベントを追加予定

「Regeneration 夜明けの声を聞いて」

 私の覚えている最も古い記憶。窓から差し込む陽の光の眩しさ。
玄関先に車が止まる。垣根越しに見える人影は蜃気楼のように霞んでいる。でもそれが誰だか私は知っていて嬉しくてしかたがないのだ。母が新しい生命を抱えて帰って来たあの夏の終わりの日。2歳と4ヶ月だった私が窓越しから見た風景。この記憶は脳裏に焼きつき繰り返し思いだされてきた。母と子の絆と継続して行く命の繋がりとして、私を支えてきた瞼の奥に広がるあの乳白色の原風景。
 ここに、1枚の写真がある。祖母が生まれたばかりの赤ん坊だった母をしっかりとした大きな手で抱いている。 生まれた瞬間から、人は様々な外界の情報に曝されて生きて行く。時には、その情報に惑わされ翻弄され、自分から情報を発信できるという自己を見失いつつ。 エネルギーが、まだ地球にあるもので賄われていた1937年に戦争への足音を聞きながら生まれた母。戦後、日本の復興と共に公害問題が起こり、初めての子供である私を、サリドマイド児の出生率が一番高かった時に産んでいる。小さな島国の日本で、私を生み育てて来た母の記憶に思いを馳せる。
 時は移り変わり、 様々な情報の中から必要なものを選択できる自由を得たと同時に個人の責任が問われる時代に、私達は生きている。ひとり一人の生命のエネルギー。新陳代謝して行く自然のサイクルの中で、人は多くの死と共に生きている。夜明けの声をきいて、目覚めた時から再生が始まる。私の中から、そして貴方の中から、支えてくれているものたちと共に。
田中康予