Hatena::ブログ(Diary)

う〜ん Twitter

2018-06-16

雅歌

テリスヘリング島に来て11日目。昨夜「雅歌」初日の幕があけました。

馬と牛と羊の牧場と鳥の群れ。波の音がしない海は干潮の時は遠くまで散歩に行けて満潮になるとキラキラたっぷりした海となる。近づくと潮が引いたり満ちたりする音なのかプチプチした音が聴こえる。初日の朝は潮が満ち満ちて家の前の原っぱが海の一部になった。

「雅歌」ではカンパニーの女性ダンサー達が巫女のように存在。歩き走り踊るだけでなく太鼓と銅鑼とフルスを演奏し、巨大な海のような風を運ぶ儀式を行う。広大な平原の中で地平線に消えるほど遠くへも行く。そして湯浅永麻さんの清らかで乱らな美しい妖怪のようなゴージャスな踊りが圧巻。五島列島から参加の神崎君は無垢な太鼓と舞で言葉にならない。テクニカルチーフの遠藤さんは料理も映像編集も力仕事も火起こしも何もかも上手で雅歌一家のお父さん。衣装と美術のティンは一番寝てない。作曲家のマキシムの感性の光る計算、朋子さんはいつも潔い思考と姿と共に甘いケーキと美味しいご飯を作ってくれて衣食住について全てが儀式ともいえる。

水平線と地平線を取り入れ、一切の電気を使わない、毎日見たことない灰色や青の空の色、殺風景ともいえる素朴な自然の風景の中には、見るものと聴くものが抱えきれないほど溢れている。マジックアワーの美しい時間に行うパフォーマンスは自然がマジックを超える事を教えてくれる。しかし美しい世界であればあるほど過酷。一切守られず与える事でしか生まれない形があるとしたらそれは祈り。極寒、強風、雨風、皮膚が焼けるほどの日差しの痛い晴れ、多種多様な虫も動物も寄ってくる。平原舞台には日陰も雨よけも虫除けもなく、パフォーマンス中もプリセットも片付けもスタンバイも毎日繰り返す事も含めそこにある営み全てが毎日厳しい。

日本の気候や自然の形とパターンもリズムも違うこの土地でこれから残り24日の夜明け前公演までどんな境地に達するのでしょう。高知県立美術館の中庭では7月13-14日、神津島の海岸では7月21-22日、いずれも日没から。

今日はどんな公演になるでしょう。風が強くなってきました。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20180616

2018-05-23

秋のメルボルン

エストニア、フィンランドのカンパニーツアーを終え大きなカバンを置いて小さなカバン一つに稽古着とスマホだけ入れてメルボルンへ。預け荷物もなし、航空券もなし、現金もなし、目的も任務も義理も何もなく身一つとスマホだけもって来た。これが私の仕事ですと胸を張れる仕事らしい仕事ともいえる。

フィンランドでもオーストラリアでも主食はサーモン。シャリが美味しくないのが残念だけど大好きなサーモンが本当に美味しい。

久しぶりに毎日踊って胴体全身が筋肉痛。腕や脚が痛いと不快だが、胴体全体が痛いのは道が拓けた気分。肋骨と肋骨の間や肩甲骨の奥や縮こまってた肉と骨がちゃんと剥がされた心地よさ。今まで冬眠していた体の部分部分が具体的に目を冷ます。冬眠していた分そこはとても若くて経験がなくてこれから成長して活躍してくれるように思える。日本人同士で稽古をしていると骨格や習慣が似ていて身体の癖が生理に隠れてしまうけど自分と倍くらい大きさの違う人と稽古をすると身をもってわかることが多いもの。今から撮影。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20180523

2018-04-26 サバLED忘備録と予定

マレーシアのサバ州では舞台公演などはめったに行われない。サバ州では外国人アーティストがビザを取得してパフォーマンスを行うようにマレーシア人でもパフォーマンスビザがないと仕事として公演活動はできない。ビザ取得には金銭的負担と労力がかかるので、サバツアーを展開するアーティストはとても少ない。伝統芸能としてのダンスはとても盛んで、人々の生活に浸透している。けれどダンスはタダで観れるもの。芸能や芸術は生活と観光に所属していて入場料を払うという価値はまだない。大多数がそういう中少数派もしっかり存在していて「People without seasons」のサバ公演を待ち焦がれている人々もいた。2日間公演は連日満席。とはいえ中には受付で「安くしてくれ」と頼む人もいたし、「お金を払うなら観ない」と帰った人もいた。その都度受付スタッフが「通常はこんな安い料金じゃ見れない公演なんだ」と説明をして30RM(1000円弱)を集めた。

低予算で作られた新しい劇場には最低限の音響と照明の機材が勢ぞろい。照明は全てLEDライト。LEDでは鳥肌が立つようなフェイドインやフェイドアウトは作れない。森の中のような境目の曖昧な光の濃淡もない。照明機材そのものが一番ギラギラと光っていて常に眩しいにもかかわらず、照らされているこちら側は熱が来なくて色彩は冷えている。例えばブルーで暗めの明かりの中ではダンサー同士の距離感がとらえにくくなる。近くにいるのに近くに感じない。近づいても近づいている気がしない。よく見えないのか見えすぎているのか、経験したことのない虚しさがある。視力が迷う。人の肌なのに触るまで温度を感じにくい。とてつもなく明るい時にも全てがフラット。高速で動いている隣の人の気配は気配より先に見えすぎて冷めてしまう。まるでスマートフォンの中の何かを覗いているよう。味が足りない。「明るい」「暗い」の言葉の意味が変わってしうほど「明るい」も「暗い」も質の違うものだった。LEDしかない中で照明の藤田氏は綺麗な手作業をしてくれて救いだった。

サバからの帰国は10時間遅れて、帰国したらワークショップに出かける時間。ワークショップが始まった時は「ワン◆ピース」の稽古が始まる時間で「ワン◆ピース」の稽古が終わる前に「雅歌」の稽古が始まった。マレーシア人達との「アジア人同士」の時間から「日本人同士」の時間へ。オランダに足をつく朋子さんや永麻さんの持つ文化、五島列島からきたともきさんの文化、そして東京で暮らすカンパニーの女性達、「アジア人同士」とは違った文化の差が刺激的。5月2日には高知公演に先立ち高知限定オーディションが行われます。4月29日締め切りです。

https://moak.jp/event/performing_arts/mukaiyamatomoko_gaka.html

GWのスタートは4月29日14時〜いわきアリオスのリハーサル室でヨガ講座あります。随分前の病後にヨガと食生活、住環境などを変えてストイックに真剣に取り組み多くを学びましたが、今はヨガは緩やかに日々の中に楽にあるもの。一度学んだことは何度も忘れ何度でも学び直せるものです。

5月5日は山口は宇部の新川市のイベント「狐の嫁入り」へ。この盛大な嫁入りイベントにカンパニーメンバーの新婚夫婦城俊彦と三田瑶子が選ばれました。二人の門出を祝してCo.山田うんはパフォーマスで参加します。どなたも観覧できます。

5月8日−9日は今年連続2年目となるエストニア・タリンツアー。倉庫群をリノベした新しい文化発信地ババラバへ戻る。カンパニーのロングラン作品「ワン◆ピース」。ソロパートを踊ってた小山まさしに代わってソロを踊るのは木原浩太で、新たに河内優太郎も加わるフレッシュな再演。

http://vabalava.ee/en/

5月11日は初のヘルシンキ公演。130年前、ロシア人の娯楽劇場として建てられた歴史あるアレキサンダー劇場で1日限りの「モナカ」公演。

http://www.aleksanterinteatteri.fi/co-un-yamada-monaka


6月15日〜24日は向井山朋子さん新作の「雅歌」プレミア。オランダのテルシェリング島で行われるウロルフェスティバル。日没や日の出を借景に行われる儀式のような作品。7月は高知県立美術館、神津島へ。野外の自然の壮大さを想定して作りこみ当日のことは想像外。

https://oerol.nl

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20180426

2018-04-11 サバ公演

ボルネオ島はマレーシアとインドネシアとブルネイに国境が分かれていて、今はマレーシア領土のサバ州にいる。洗濯物と国旗と州の旗がひらひらと同列に並んだ生活感のある船が海にたくさん浮かんでは走る。臭い臭い漁港の匂いは子供の頃に焼津で嗅いだ匂いで懐かしい。釣りをする人々の背を見ながら劇場に通う。歩くにはちょっと遠い場所だしタクシーを使わないと言ったら驚かれたけれど、まだ冬の冬眠から覚めたばかりの日本人身体がここで元気に仕事するには真夏の日差しを浴びることと汗をたくさんかくことは必須で気持ちがいい。

昨年8月文化交流使としてここサバを訪れた時は美術家の藤浩史さんとファッションデザイナーの村上亮太さんと一緒で、この土地の文化や歴史、舞踊そして開発されていくサバを視察した。「季節のない街」マレーシア版のリサーチ。そうして出来上がった「季節のない街」は10月にクアラルンプールで初演を迎え、多くのサバ出身の観客に「サバの街を題材に取り入れてくれたことが嬉しい、サバで上演してほしい」などと言われ「それではサバ公演をやろうではないか」と即実行。昨年来た時に工事中だったパフォーマンススペースのブラックボックスで今週「季節のない街」の公演を行う。カンパニーからはドテチンとお米とじょこピ〜とロンが参加。2011年「街へいく電車」というタイトルだった頃の初演メンバーだ。7年目のロングランとなり「People without seasons」と題している。

それよりも更にロングラン演目である「ワン◆ピース」は5月エストニアツアー。既にリハーサルを開始している。同時に「モナカ」もヘルシンキツアー。こちらも既にリハーサルを開始。大型自転車操業のカンパニーでダンサーもスタッフも予定を合わせ体調を合わせることはロングランで毎回毎回ミラクル。

サバで唯一のコンテンポラリーダンスカンパニー「Synergy dance theatre」はリハスタジオとレンタルスタジオ、工房をかまえている。そこのアーティスティックダイレクターでボスであるクリストファーが今回のサバ公演のサポートをしてくれている。彼はとても優秀なスタッフであり大道具であり美術家であり陶芸家でありダンサーであり振付家。どんなことを頼んでも「それはわからない」「それは無理、それをするならこれが必要」という答えは返ってこない。言い訳なく顔色も変えず手足頭を駆使する。力仕事も細かい仕事も交渉も即行動をして結果を出してくれるし頼む前に何が必要か先回りさえして考えてくれてその方向がお節介でも勘違いでもない。今回の公演は舞台美術を飾ってくれる美術家もいなければ舞台監督もいない、仕切る人がいないけれどスムーズなのは彼のおかげ。しかも劇場スタッフも機転がきいてタフでとても気持ちよく働く人だ。マレーシアにはダメ男しかいないと思っていたがそんな事ない。

目の前で新しい大劇場が建設中。次にサバに来る時はそこでやろうとメンバーが言う。私はブラックボックスで皆で作った150席の方が好きだしまだ見ぬ大劇場も好き。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20180411

2018-03-20 春の予定

桜が咲き始め雨ふり寒い東京。体感は2月の春雨です。昨年秋から松本と東京を行き来する日が続いていたけどひと段落。「まつもと市民オペラ」「まつもと演劇工場」「白い病気」など。日本語の歌や台本を持ち歩く日々の中で、日本語と日本人と日本文化にできるだけ新鮮でいることが日課で、台本他最低限を除いて日本語の本や文をなるべく読まない日々。意味を突き抜ける態度に貪欲です。

カンパニーは3つの再演と1つの新作のリハーサルを並行中。稽古する時間も場所もお金もないない尽くしのカンパニーだがチャンスは容赦なくやってくる。そのチャンスをないない尽くしのためにすべて実行できないのが歯がゆいが、ダンサーたちはそれぞれに他のプロジェクトや活動と仕事と忙しい日々を過ごしながら稽古場では集中して稽古をしてくれて、本当に逞しい存在だ。

Co.山田うんの次の舞台は4月13日(金)−14日(土)マレーシア・コタキナバルのサバで「People without seasons」(季節のない街)。昨年「季節のない街」マレーシア版を作る上でサバをリサーチした時に、駅前のショッピングセンター内でまだ工事中だった新しい文化施設だ。ちょうど1年前に上演した伊丹アイホールのような大きさで「季節のない街」ができる!と確信していた。とはいえ確信を実現させるには様々な立場の方が立場を超えながら力を尽くしてくれる行動力あってのことで実現は奇跡に近い。国内でも国外でも当たり前のように展開する出来事ほどありがたいものはない。爆発的なエネルギーを持つマレーシアキャストで上演するこの作品こそ多くの日本の観客に見てもらいたい。カンパニーからは飯森、伊藤、川合、城、という2011年初演メンバー4人が出演するほか、クアラルンプールのダンサー、サバ出身のダンサー、そしてサバで活動するダンサーなども参加。夏はすぐそこ。

https://www.jfkl.org.my/events/un-yamada-2018-people-without-seasons-sabah/

5月は昨年に引き続き北欧ツアー「ワン◆ピース」と「モナカ」でエストニアとフィンランド。今年は季節外れの寒波がこないといいのだけれど。昨年は70年ぶりの寒波の中、疲労した体に待っていたのはお湯の出ないシャワーと22時以降買えない酒だった。ダンサーにもスタッフにもいろいろと苦労しかかけていない。今年はどうかな。

6月は向井山朋子さん演出の新作「GAKA」にてオランダのテルスヘリング島のウロルフェスティバルに。既に先月からクリエイションがスタートし、カンパニーからは8名の女性ダンサーが踊りと演奏で出演する。6月のテルスヘリング島は10日間島全体がアートフェスティバル会場となる。オランダという平地の中に日本や北欧で聴こえてくるような山や海に宿っている神様の遊びのような、そんな自然の形はあるかな。テルスヘリング島から出発し、7月は高知、神津島と「GAKA」は巡る。その頃は夏だなんて今日は全然実感できない。

日常は言葉にしたくないことが多い。素敵なことも残念なことも。そういう時、風が目の奥の隙間にすっと入り込んで、行動を減らさないまま瞑想に近い場所で耳を澄ます振り。

目の見えないみづゑは何にも臆することなく高い所や隙間をスタコラのぼるし降りてくる。知らない人にもビクともせず、外の光も大好きで行動は全く衰えない。凛として可愛い。元気なかゑでは高いところが嫌い。他人も嫌い。外も嫌い。空から降ってくる雪とご飯以外には興味を持たず、臆病で冒険に行きたいなどと訴えたことがない。甘えん坊で可愛い。寒い日はどっちも可愛い。

3月31日、年度末の最終日は「ダンサロン」ひいきの「本能中枢劇団」が出演します。振付担当もしています。「ダンサロン」はダンス作品のショーケースではないし、ダンサーのためのイベントでもなくて、もっと広い「ダンス」ということでスパイラルホールと実行委員会のものと開催しています。私は仕掛け人の一人ではあるけれどここのところはずっと行けていません。今回は久々に会場にいることができます。多くの人とお会いしたい、また心踊れば踊り出したい。スパイラルホールで会いましょう。

http://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_2552.html

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20180320

2018-01-23 ハレーション

yaun2018-01-23

意識と身体というのはなかなか一緒に過ごすことができない。身体はここにありながら、手の届かないところに、意識が飛んでいる、無意識のうちに。また、身体をあっちに運びながら、意識は運ばれずじっと何かを考え続けていたり。身体は身体で一冬ごとに少しずつ調整が厄介になる。動かさないとどんどん動かなくなるし、動かし過ぎても即ダメージが。動けばいいのか動かないほうがいいのか、動きたいのか動きたくないのか、本当のところはわからない。寿命があるんだということだけわかる。真夏まであと2ヶ月の予定。

今は「モナカ」の最中。1月5日〜8日のスパイラルホール、1月21日福岡のなみきホールを終えて、最終地は1月26日京都のロームシアター。http://rohmtheatrekyoto.jp/program/5889/

2月16-17日にTPAMにて「七つの大罪」を上演するにあたり稽古中。スタジオパフォーマンスの環境下、今回は今回として新たにチャレンジして前回とは違う演出。https://www.tpam.or.jp/program/2018/?program=co-un-yamada-highlights-from-repertory

こんにゃく座ではオッフェンバックの「天国と地獄」の稽古中。運動会と文明堂で有名な音楽は160年前に誕生したオペラの中に可笑しな内容でカラリと存在。2月8日〜!チケット絶賛発売中。http://www.konnyakuza.com/syusai.html

まつもと市民芸術館では今年も「まつもと演劇工場」。今年はマヤコフスキーの「ミステリヤ・ブッフ」老若男女の市民キャストは奇妙で素敵な人ばかりで。http://theaterfactory.net

昨夜は街灯と雪景色のハレーションで家の中がとても明るかった。電気をつけなくても白い蛍光灯の間接照明の中にいるような、灰色で霞みがかった新鮮な光だった。外からは子供達の遊ぶ声が夜遅くまで聞こえてきた。きっと東京に住む多くの人がうっとりする雪の恩恵に出会っただろう。雪だるまを作ろうと思って玄関を開けたら、猫の石像がシュトーレンみたいな姿で凍えていた。それ以外の景色は雪見だいふくのように美味しそうで、だるまはいらなくなった。

今日は元気な太陽と雪景色のハレーションで、ただの晴れよりももっと強い晴れだった。うちには大きな窓しかなくて、その窓にもカーテンがないので、外の光の色がそのまま家の光の色になる。晴れの日はいつも絶対にテラスで日向ぼっこをする猫達は雪の積もったテラスをじっと見て一歩も出ようとしなかった。みづゑは目が見えないけれど、やっぱり出なかった。その後室内で日向ぼっこをしながらじゃれていて、気づいたら取っ組み合い。みづゑは目が見えないのに取っ組み合いするし、高いカウンターからジャンプするし、ねずみのおもちゃにはしゃいだりもする。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20180123

2017-12-29 冬の太陽

yaun2017-12-29

みづゑの目が見えなくなってからみづゑの写真をあまり撮らなくなった。目が見えていた時のみづゑは私が写真を撮ろうとすると顔を背けたりしたもの。でも今は私が写真を撮ろうとしていることが見えないので、絶対に顔を背けない。そうすると写真を撮ることがただの一方通行の力になってしまってなんだか気が進まないのだ。

日本に帰ってきてから約二ヶ月の間、39度台の熱が3度出て、片方の腕も全く上がらないという日々、と同時進行に横浜、福岡、神戸とまわった楠田健造とのデュオツアー、香港のプラットフォーム「ワン◆ピース」再演、松本の市民オペラ「ちゃんちき」など、慌ただしい日々だった。にもかかわらず、その慌ただしさや忙しさを一ミリも感じることはなく、毎日穏やかさを感じていた。白いご飯や味噌汁や納豆を食べて風呂にも浸かれる。半年間の文化交流使の活動の忙しさに比べたら何もしてないのと同じくらい穏やかだ。

毎日カンパニーは全16人のダンサーで「モナカ」国内ツアー稽古。東京、福岡、京都の三都市での公演が予定されている。これらの都市でカンパニー公演ができることは当分ないだろうし、そもそも日本国内でこの大型のカンパニーが踊って生き残っていける環境などないので、たった一回の稽古でさえ貴重。その一回一回いい形を作ろうとするが。いい形とは何かと問いかけて踊る姿を見る。

私は皆と一緒に「モナカ」は踊れないので、毎日一人稽古場で踊る。肩も腕も指も痛いのだが、痛みは永遠じゃない。痛くないところも永遠じゃない。動くところも、動かしにくいところも、失ったものも、得たものも、何一つ永遠じゃない

。皆一度得たものを失いたくないという気持ちばかりが強くなり、何も失えなくなる。毎日あたり前なことが一つもないのに。同じ空間は二度とない。来る日も来る日も同じ稽古場で、踊りながら、物の配置を変えたわけではなくても、身一つあるだけで空間は更新されると分かる。それは救いのようなもので、絶対に埋めてはいけない穴のような存在。

1月5日〜8日の東京表参道のスパイラルホールでの公演は、1月5日と6日は木原浩太がいないので、彼のいないバージョンのプランA、1月7日と8日は彼がいるバージョンのプランBという二種類の場面がある。カンパニーでの群舞作品の場合、パズルのピースを一つなくしたら代わりのピースがなく、別のパズルを最初から作るような振り出しに戻す必要があったりする。一人減ったら一人足すだけでは増えすぎたり少なすぎたりする。1月21日は福岡のなみきホール、1月26日は京都のロームシアター。こちらは16人全員揃ったプランB。

みづゑと一緒に耳をすましていると日々の家の中で一番聴こえて来る音は温度。光の予感は音の始まりに近く、一度始まった音は聴こえなくても急になくなったりしない。上がらない腕にも日光浴が一番気持ちが良いもので、私もみづゑもいつも太陽を待っている。冬至が過ぎて光の差し込む角度が少しずつまた夏に向かって折り返し移動を始めた。時間の先の先の方から、今まで聴こえていなかった音も鳴っていて、聴こえないふりもしている。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20171229

2017-11-14 旅の恩恵

yaun2017-11-14

世界中旅をしたら体が強くなった。強くというのは鋼のようなということではなく、柔軟に丈夫になったということ。歳をとっただけかもしれないけど。なぜか体が大幅にアップグレードしたような感覚。帰国後に即主治医二人の診察を受けたが数値も状態もいたって良好。むしろ一生覚悟の薬が生まれて初めて減っていくという方針さえ。

半年で30都市ほど。先月4日間マレーシアでウィルス感染してウィルスを殺せないまま帰国して39度の熱がでたが、39度も熱が出せる体になったことは私にとっては喜ばしい。今までは体力がなくて38度以上の熱を出せなかった。世界各地のあちこちで熱が出たり皮膚が痒くなったり虫の大群に襲われたりしていろんな目にあっただけあって少しくらい体に異変が起こっても即受け入れられるようになった。今回の高熱も水飲んで寝て治せた。またこの半年、10日に一回はトランジットトランジットで飛行機に乗りまくり、地域や気候を急激に超えていた。あまりにも移動が激しい時には軽い脳震盪を起こしたりしていた。そのせいか、帰国してからちょっとやそっとの気圧や天気の変化、国内の長距離移動に対しても体が耐えられるようになった。それだけではなく、日本に帰って来てからかなり忙しい日々なのにもかかわらず、忙しさに心が荒むことも焦ることもなく、とても時間がたっぷりあるように感じるようになった。しかしそのせいかすごいたくさん忘れ物も失敗も多々。がそのことに対して動じなくなった。心配しても仕方ないということしかなかったので、どんなことにも心配しなくなった。心配がないと耳と鼻でキャッチできることが多い。

満員電車にのっていると人々はみんな耳も鼻も目も塞がっている。穴を閉ざして情報をいれないようにして出さないようにして体が固まっていっている。人々は小さな体の中にさらに殻を作って貝のよう中身を守る。無意識に。まるで一人も未来を待っていないみたいに見える。上手に固まっている。

先週はイスラエルから親友のニヴが来日して「ワン◆ピース」香港公演のリハーサルブラッシュアップに貢献してくれた。彼は動きを一度見ただけでストラクチャーやダンサーの弱点などすぐに見抜くことができる透察力と記憶力と非常に優れた聴覚と視力を持っているので、鬼に金棒のリハーサルだった。二人で常々話すことは80パーセントがバカ話だけど、それ以外は音楽のこと。ダンサーは体のことに一所懸命ばかりでパートナーの音楽についてなぜあんなに無頓着なのかということ。マレーシアのダンサーとの仕事の中でもダンサーの音楽性にもっと時間を割きたかったのだが、そこのあたりは次回再演でブラッシュアップできますように。(マレーシアは音楽教育自体があまりなされていない)

今週はSTスポットの30周年記念を祝してオランダ在住の楠田健造とデュオを踊る。11月17ー19日。彼の踊りを見て欲しいという思いが私が踊りたいという気持ち。作品主義になりすぎることで何を失い何を得るのだろう、と、気づかされる。そして11月20日は国連大学で文化交流使の報告会。入場無料で申し込みが必要だけどぜひ。そして今月からはまつもと市民オペラ「ちゃんちき」の稽古が始まっている。大勢の松本市民のコーラスの皆様の歌と踊りを同時にもつ体を見ていても、音楽を理解している人は踊りを覚え体現するスピードが早い。

11月30日は博多で久々に「ダンスライヴ」という完全即興の会。もちろん楠田健造と。そして翌日12月1日は神戸はダンスボックスにて、同じく楠田健造との「ダンスライヴ」。

目の見えない猫みづゑは相変わらずお日様と高い所が好きで、夜明け前から東の窓に乗って朝日を待っている。トイレの場所も水やご飯の場所もすべてわかって何も迷わないし困っていない。目が合わないのでみつめあうことができないけれど目は開いて旅をしている。ほぼ寝てるけどね。

pandapanda 2017/11/16 01:56 はじめまして
いつもTwitterとブログ、楽しく読んでいます。
大学の頃、実家にいた2ニャンコを思い出して、
懐かしい気持ちになります。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20171114

2017-10-19 夏の体

yaun2017-10-19

先週マレーシアで知り合いのマッサージにいったら大風邪をひいた。某薬局の奥にある倉庫の中で強烈な指圧と水牛の角でガリガリする荒治療。ドラマツルグのジャネットにそのことを言ったら「そうよ、マレーシアでマッサージいくとかならず熱出たり体調悪くなったりするのよ。だから私は絶対にこの国でマッサージには行かないわ」とのこと。素晴らしいマッサージはなかなかないと知っているのについつい行ってしまうマッサージ。今年は世界中を旅しながら各国のマッサージを経験してみたけどナンバーワンはイスラエルで行った「タイ式マッサージ」だった。このタイ式は、本国のタイ式とも、外国によくあるタイ式とも違って、どこがタイ式と?という弱々しい力で全く気持ち良くないマッサージだった。「もう少し強くやってほしい」と言ったら棒でグリグリ押されてバンバン叩かれた。私は餅か?それとも虐待か?と思いながら、棒でバンバン叩くお姉さんの動きがあまりにも怠惰すぎて「こんな体験なかなかできないな〜」と思って楽しんでしまった。

今年の5月以降、真冬国に2週間行ったこと以外は、だいたいピーカンの夏の国にいる。かれこれ半年夏にいて、気づけばすっかり常夏のメンタリティになっている。まあ今日も暑いから明日でいいか、とか、ちょっと変だけどいいか、とか、ちょっとお釣り少ないけどいいか、とか、虫も一緒に食べちゃったけどいーか、とか。時間や景色がなんとなくざっくり回っているような何も回っていないような気がしてきて境目がゆるくなっていく。毎日暑いと細かいことを気にすることができなくなるもので、昔はマレーシア人と仕事をすると「なんてゆるいの!」と思ったけれど今は「ま、そうだよねえ、わかるわかる」と思ってしまったりする。

マレーシア人の中で特にゆるいのは舞台のテクニカルチーム。とてものんびりしていて平和な空気が流れている。時間がなくても、どんなに押していても焦ることはない。ニコニコしていてとっても感じがいい。「どの劇場もこうなのよ」とやはりジャネットに教えてもらった。

今ここは熱帯雨林の雨季の真っ最中。空調のない屋根の薄い稽古場では静寂は作れない。ファンの音。コーランの音。さらに稽古中スコールが降ると、声も音楽も一切聞こえない。世界はすべて「ザー!!」というノイズに包まれて言いたいこともかき消されていく。

劇場に入って静寂や闇を作ることができて、空気がキリッとしまることに飢えていた、ということさえ忘れていた、と気づいた。窓のない劇場は窓そのもの。

2011年宮城県からスタートした足掛け6年目の「季節のない街」は東京、北九州、金沢、伊丹、そしてとうとう季節のないクアラルンプールにて明日が初日。写真は出演者クアンナム君の作品ノート。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20171019

2017-10-11 季節のない街

yaun2017-10-11

6ヶ月目の夏である。気づけば5月からずっと夏の地域にいる。途中2週間ほど真冬にいった以外はずっと夏にいる。夏の体はとても軽くて、血の回りがスムーズで窮屈さがない。体が温かいと気持ちを締めるのが大変。マレーシアの人は皆永遠にこない冬に憧れている。待っても待っても来ないものは来ないことを知っている。

「季節のない街」は2011年からカンパニーで取り組んできた作品で、前身は「街へ行く電車」。とても愛着があるレパートリーの一つ。戦後日本の生活を背景にした山本周五郎の小説は日本人にしかわからない感覚がたくさんあるのだと思っていた。縦書きの小説の物語の後ろに隠されている時代の音、風景や感情や体調や気分、そういうことは日本人の感覚だから共有できるものだと思っていた。が、そうではない。「季節のない街」はもはや日本人だけでは踊れない作品。同世代の人とは読み解けない作品。20代から60代の個性豊かなマレーシア人11名と5名の日本人ダンサーのバランスは圧倒的にパワフル。一緒に踊ってきたカンパニーメンバーにまず見て欲しい!と思うリハーサルが続いていて、みんな体も頭もパンパンで半死状態。稽古が終わると夜に毎日誰かが「携帯をなくした」とか「落し物」とかいう連絡が絶えません。

「季節のない街」は「People without seasons」として10月20日−22日マレーシアのクアラルンプールklpacにて。

http://www.klpac.org/whats-on/un-yamada-project-2017-people-without-seasons/

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/yaun/20171011