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う〜ん Twitter

2016-10-07

大詰め

千里の道も一歩から。ダンサー達は気が遠くなるような構成と振りを終始調整して毎日稽古を重ねています。不得手なことを克服していくダンサー達の姿勢から私も多くを学びます。ここ数年の作品はホントにダンサー泣かせで大変ですが、「いきのね」はますます大変。ただいま大詰めです。

CINRAのインタビュー。青木涼子さんと久々に再会していろいろ新作についてお話ししました。お能も神楽も根底に同じ日本の暗黙の常識が流れています。ここには掲載されなかったことでもかなり刺激的な話がありましたが、ぜひ一読を。

http://www.cinra.net/interview/201609-yamadaaoki


先週は「ディクテ」再演がありました。ようやく何人かの韓国人にも観てもらえました。作品の紐をといて話したりもできた。近くて遠い韓国への思いはあるようでないようで、そして特別に愛着がなくても愛着を持ち、経験がなくても想像することができる身体の置き場そこはの導きがあると思いました。

多くの外国人に字幕がないとブーブー言われました。セリフは全て日本語も英語も同じだけ同じものを用意していたけれど、客席に外国人が多いなと思った瞬間英語を使うのをやめちゃいました。言葉を通して特別理解してほしい記号はない作品だし、終始「わかってほしくない」「わかりえない」という欠落の維持を大事に。

今年はソロの新作も作ったのでこの「ディクテ」を再演する必然性をなかなか感じられなかったけれど自分のタイミングだけで活動していては一歩も進めないことを嫌というほどで知っている。自分の毎回ごとの一歩、ましてや理由のある一歩を着実に見続けている人なんていないのだ。

とにかく4つのリハーサルを掛け持ちしている日々が3つになった。複数の稽古場のはしごは多重人格なので大丈夫だけど体が結構あちゃー。

ダンサーの動きを見てる時は、実際動いてなくても同じところが動くのでダンサーと同じ所が筋肉痛になります。

最近はブログをマメに更新しなくなりました。ブログもSNSも自分のノートとは違う。ことばの存在のありがたさが変わってきてしまいます。このツールを使っているとむしろ一度覚えて使っていた言葉を忘れてしまいそうになります。言葉など話せなくても生きていけるけれど、自分が飽きてしまう。死ぬまでまだ結構ありそうなので私は私が飽きないようにしなければ。言葉はリッチに存在してほしい。そのためにこのツールはあまり面白くない、と最近思うのです。

一ヶ月後に初日を迎える「メトロポリス」のお稽古がはじまっています。大勢の出演者それぞれ刺激的。演出の串田さんの頭の中は私にはわかりませんが、それは串田さん本人もわからないので私にわかるはずがないけれど、ということはつまり私の方がわかるかもしれないのでした。串田さんといえば、両親が作ってくれた私の赤ん坊からのアルバムの、私が生まれた時の写真の冒頭のページはなぜだか串田さんのお父様の串田孫一さんの詩ではじまっています。父は串田孫一さんのその詩が好きだったようで子供が生まれたらその詩を子供に贈りたかったみたいです。

化粧水が切れて一ヶ月になります。パスポートが切れそうです。以上山手線でブログの更新してみました。

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