キェシロフスキ

クシシュトフ・キェシロフスキは最も好きな映画監督の一人だ。
「殺人に関する短いフィルム」「愛に関する短いフィルム」「ふたりのベロニカ」「デカローグ」・・・・どれも大好きだ。僕の名である「屋築」も、「殺人に関する短いフィルム」の主人公「ヤチェック」に由来しているくらい、好きだ。
小学生のときに学校を休んで、NHK教育テレビでやっていた「ハーメルンの笛吹きおとこ」を見たときに感じたような奇妙さが、キェシロフスキの映画にはある。「偶然」や「運命」といった、目には見えないものの表現が、緑や赤、青みがかったフィルムに、そして、冷たくせつない音楽に、まず表れている。それだけでやみつきになってしまう。

キネカ大森で「トリコロール三部作」―「トリコロール/赤の愛」「トリコロール/白の愛」「トリコロール/青の愛」―がやっている。大分前に、(今はもう閉店しているが)高田馬場にあった中古ヴィデオ・CDショップで、この3作のヴィデオが3本ともそれぞれ80円で売られていたので、「おぅ」と思って購入した。だから、家にヴィデオがあるのだけれど、やっぱり当然映画館で見たいので、今日「赤の愛」と「青の愛」の2本立てを見て来た。3本立てにしてくれればいいのに、ランダムな組み合わせで2本立てになっているのが残念だ。本当は、ジュリー・デルピー主演の「白の愛」が見たかったのだけれど、時間の関係で「赤」(イレーヌ・ジャコブ)と「青」(ジュリエット・ビノシュ)の2本立てを見ることになった。

90分ちょっとの映画は「短編」とは言われないけれど、「長編」にしてはそれは短い方で、「殺人に関する短いフィルム」も「愛に関する短いフィルム」も(90分くらいだが)、「短い」と名付けられている。だから、「赤の愛」「青の愛」を今日見て思ったことは、「やはりキェシロフスキは「短編」の名手だなぁ」ということだ。それぞれ1時間弱の短編「デカローグ」10作も、どれもうまいことまとめられていて、なにか心にどしんと与えてくれるものが必ずある。まるごとフルーツゼリーのような贅沢さを味わえる「ふたりのベロニカ」でさえ、100分ないのだ。
チェーホフの「短編」の読後感と同じように、キェシロフスキの「短編」も、着陸ではなくて、離陸で終わる。(「青の愛」はそうでもなかったけど)どこかに落ち着くのではなくて、見終わった後、どこかに突き抜けていく感覚がある。いわば映画の大半は助走であり、ラストに離陸し、エンディングのクレジットで飛行しているような感覚。僕らは飛行しながら「あぁ、いいよねぇ・・・」とうっとりとさせられるのである。