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屋築のサンライズ

2016-06-19

6月19日

 朝、玉城ティナについて調べていて、誕生日が同じだったので歓喜する。今までウエンツ瑛士や軽部真一くらいしか10月8日生まれの有名人がいなかったので、本当に嬉しい。
 阿佐ヶ谷、コンコ堂で小松弘「起源の映画」が1500円で売られていて買う。数年前から探していて、図書館にもないし、以前はネットでは1万円とかで売られていて、手にすることができなかったので嬉しい。中野の靴流通センターで父の日のプレゼントでサンダルを買い、送る。
 夕方、渋谷ツタヤでマルコス・ヴァーリ「Mustang cor de Sangue」を試聴していて、最高にうまい肉を口いっぱいに含んでモグモグ噛みしめて豊穣な肉汁を味わうような多幸感があって、打ちのめされる。
 最近はマルコス・ヴァーリばかり聞いているので、心なしか徐々に顔がマルコス・ヴァーリに似てきている。初期のアルバムのマルコス・ヴァーリは表情が明らかに何かやばくて、特に「Samba'68」のジャケットの表情なんか明らかにおかしい。「純粋な表情」と言ってしまえばそれはそうなのだけれど、「純粋」という言葉を大人に使ったときにはゾッとするものがある。「ブラジル」コーナーのレコードを探っていたりするとき、たまに明らかにやばい「純粋な表情」を見かけるけれど、間取りがおかしい物件が明らかに不当に激安の値段が付いていたりするように、それはだいたい高値が付けられている。
 マルコス・ヴァーリを聞きながらいつも思い出すのは、中学校時代の音楽の時間の、絶望的にいやだった独唱のテストのことだ。「歌う」ということが自分を何か別の存在に変えることであり、それはとりわけ中学生にとってはあまりに困難で、相当な勇気がいることで、だから絶望的である、という前提を「よくわかる」と言ってくれた上で、それでも、勇気を出して「諦めて、飛べ」と言ってくれるビルドゥングロマンスのような音楽の先生はいなかったな、と思いながらマルコス・ヴァーリを聞いている。マルコス・ヴァーリを聞いていると勇気が湧いてくる。
 夜、ユーロスペースでペドロ・コスタ『ホース・マネー』見る。

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