また会おう、兄弟 台北のどこかで  「モンガに散る」(10)


「川っぺりで高校生が喧嘩する話なんだ。舞台は1980年代の台湾。ヤクザ、青春、恋愛、アクション。すべて盛り込まれるよ。どんなジャンルか……ひとことで言うのは難しいなあ」


2008年の秋。鈕承澤(ニウ・チェンザー)は、目玉をぐりぐりさせて言った。川っぺり──台北・淡江沿い、かつて町屈指の繁華街だった艋舺(モンガ)が舞台の映画「モンガに散る(原題:艋舺)」(10)が、2年後の東京でお披露目されるとは、あの時は思いもよらなかった。


彼は今まで会った監督の中で、ひときわ印象深い人だ。記憶の中の“風櫃の少年”が、目の前で早口で話している。初監督作品の「ビバ!監督人生!!」(07)は、どこかうさんくさく、人を食ったような話。師である侯孝賢ホウ・シャオシェン)のイメージとまったく逆に、“俗”と皮肉に満ちていた。彼にまつわるすべての要素がちぐはぐで戸惑ったが、作品ははっきりプロの手によるものだった。「よくできていますよね」。珍しく通訳さんと雑談になった。作る映画もさることながら、目の前の本人が興味深い。監督が席をはずした後、宣伝担当の女性に聞いた。「近くで見るとどんな人ですか」。彼女は言った。「実は今朝、ちょっと面白いことがありました」


「早朝この会場に来る途中、近くの路地に酔っ払いがしゃがみ込んでいたんです。(六本木という)土地柄よく見る光景なんですが、監督には珍しかったみたい。いきなりデジカメを取り出し、背後から近寄って、動画で撮り始めたんです。よく見ると酔っ払いは水商売風の、ちょっと怖い感じのお兄さんで、正直あせりました。『監督、だめですよ』って言ったんですけれど、『いいから、いいから』って撮影をやめないんです。とうとうお兄さんも気づいて、こっちをにらんできたので、私があわてて言いました。『台湾の映画監督なんです。すみません、勝手に撮って』。ところが監督は、ニコニコ彼に中国語で話しかけて、握手まで求めたんですよ。言葉は通じないのに、なぜか意気投合したみたいで、最後はサインまでしてあげてました」


目に見えるようだった。他人が好きで、自分が好きで、人間が好き。自伝的な「ビバ!監督人生!!」を見れば分かるように、人並み外れて“愛情の出入り”が激しい人なのだ。大言壮語で酒や女にだらしなく、自分を溺愛する母に金を無心し、都合が悪くなると雲隠れ──。近くにいたらきっと困るだろうが、どうしても憎めない男。


それ以上にガツンと響いたのは、彼の作品が持つ、泥臭く旺盛な生命力だった。キャスティング、脚本、演出、すべてが周到で“ちゃっかり”していた。恋人役にしれっと知的美女の張鈞簶(チャン・チュンニン)を起用するずうずうしさ。恐らく数々の偶像電視劇=アイドルドラマで積んだ経験を、四十を超えてやっと撮った映画に反映させたのだろう。それまでの台湾映画になかった、打算的だがユーモアもある、プロの匂いが新鮮だった。


今年の夏、台北で「モンガに散る」を見た。生意気盛りの高校生5人が極道へ踏み込み、人生を翻弄される。監督が言った“川っぺりの喧嘩”は、若い俳優の体温と作り手の熱意を背に受けて、観客をぐいぐい引っ張っていく。予想をはるかに越える“堂々たる商業映画”であることに、私は驚いていた。前年の大ヒットドラマ「痞子英雄」(09)で注目を浴びた新人・趙又廷(マーク・チャオ)を主役に起用し、脇に人気上昇中の阮經天(イーサン・ルアン)を据える。さらに「九月に降る風」の鳳小岳(リディアン・ボーン)、ヤクザのボスには「海角七号」の馬如龍(マー・ルーロン)。台湾人なら誰もが“今見たい”俳優をそろえている。台北の歴史を語るに外せぬ繁華街・艋舺(モンガ)を舞台に、80年代を象徴する小物を散りばめ、ノスタルジーを誘う。物語の核心は、共感を得やすい父と息子の葛藤。すべての複雑な要素を消化したうえで、独りよがりにならず、万人に訴えるドラマに仕立てている。恐るべき監督の腕力。さらにうなったのは、この計算された商業映画が、「当たってなんぼ」の邪心を感じさせないことだった。


台北で「モンガに散る」を見た後、イーサン・ルアンが来日した。インタビューでの発言に、私ははっとした。監督ははっきり、“弟たち”に思いを伝えていた。


──監督は怒りっぽい人(笑)。とてもダイレクトに気持ちを表現する。感情の起伏が激しい。最近は「兄貴」と呼ばせてもらっているが、仕事の時は冗談など言えない。仕事の鬼でもあるけれど、寂しがり屋でもある。監督は僕に言った。「この作品で映画作りの一つのモデル、基盤を作っておきたい。台湾映画全体のレベルを引き上げたい。一歩一歩進んでいけば、ここまで行ける、と示したい。観客が劇場に入り、映画の中の風景がリアルで、人物も(演じている)俳優自身だと信じられる……そういう映画にしたい」と。


東京国際映画祭・アジアの風部門の特集「台北電影ルネッサンス2010〜美麗新世代」で、「モンガに散る」の上映が発表されたころ。ニウ・チェンザーは自転車にまたがり、台北の町を走りまわっていた。中国版のツイッター「微博」で昨夜、“モンガの弟たち”──主演5人に呼びかけている。


「通達。廟口太子幫(劇中5人が入るヤクザ組織)の例会開催。対象:太子幫のメンバーと友人たち。時間:中秋の夜。各自家族との食事が終わった後。場所:秘密。出席希望者は連絡を。備考:一緒に食事する家族がいない者は一報を」


今日は中秋。兄弟たちよ。台北のどこかで、また会おう。


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「モンガに散る」 阮經天(イーサン・ルアン)に聞く
http://eiganomori.net/article/160618351.html


「台湾シネマ・コレクション2008」 ニウ・チェンザー監督に聞く
http://eiganomori.net/article/163397751.html


写真:台北萬華地区・華西街観光夜市入口。「モンガに散る」のワンシーン、大乱闘のロケ現場となった=2010年9月6日、筆者撮影